第29話
「だけどどうして急に変わっちゃったんだろうね、守原さんは」
僕が言うと、さっきまで饒舌に喋っていたはずの出有珠さんは急に黙り込んでしまい、代わりに舌打ちが聞こえた。
「てめーのせいですよ」
「えっ、僕?」
「……詳しくは本人に聞いた方が良いんじゃないですか? ほら、つきましたよ」
気づけば、住宅街の突き当りにある一戸建ての前に到着していた。
表札には『守原』と書いてある。
そうかこれが守原さんの家か。なんというか、感慨深いという気持ちさえ浮かんでくる。
出有珠さんがデコデコにデコレーションされたスマホを取り出し、誰かに電話をし始めた。
その誰かというのは――まあ、こんなときに田舎のおじいちゃんおばあちゃんに電話するわけもないだろうから、恐らくは守原さんだろう。
出有珠さんは小さな声で二言、三言相手に何かを伝えると、電話を切った。
「……守原さん、何か言ってた?」
僕が尋ねると出有珠さんは不思議そうな顔をした。
「しづか? ……いや、今のは親戚のおばあちゃんから着信があっていたから、今は電話できないと伝えただけですよ。しづかへは今から連絡します」
「あ、そう……」
出有珠さんはもう一度スマホで誰かに電話をし始めた。
スピーカーモードに切り替えてくれたのか、出有珠さんのスマホから聞き覚えのある声がした。
「もしもし、私だけれど。今あなたの家の前に居るの。出てきてくれる?」
そんなメリーさんみたいな文句で本当に守原さんが出てきてくれるのかと一瞬疑った僕だったが、すぐに家の中から足音がして、内側から玄関の扉が開かれた。
現れたのは眼鏡をかけた三つ編みの少女。
少女は僕らを見て驚いたような表情を浮かべ、言った。
「真希菜だけじゃなかったのね。落田くんや乙名さんまで……」
知っている声だ。
この少女はやっぱり守原さんだったのだ。
「ええと……久しぶり」
僕は言った。
守原さんは、恥ずかしそうに前髪を触った。
「落田くんたちがいるなら、ちゃんとした格好をしてから出てきたのに」
彼女はジーンズにパーカーという出で立ちだった。
別におかしくはない。むしろ生活感があって、守原さんファン的には高得点だ。
これで妙な着ぐるみとかを着て来られたらさすがに僕もビビっただろうけど。
しかし、いざ守原さんを目の前にすると、言うべき言葉を見失ってしまう。
早く学校来いよとも言いづらいしそもそも今夏休みだから学校開いてないし、どうして急に学校来なくなったんだどうして僕に連絡してこなくなったんだって問い詰めるのもメンヘラっぽくて気が引けるというか、まともな人間がやることじゃないような気がする。
というわけで、僕は頬を伝う汗を拭いながら、言った。
「ごめん守原さん、色々話したいことはあるんだけど、とりあえず日の当たらないところに移動させてもらいたいんだ。許してくれるかな?」
「あ……そうよね。ごめんなさい。みんな、上がって。今うち、両親仕事でいないから」
※※※
仕事で両親いないから、か。
なんて魅惑的な響きだろう。
これがお色気ラブコメの世界なら、良いムードになりかけた男女がキスか何かしようとした瞬間に、帰ってこないはずの両親が帰って来て一騒動あるみたいな展開になるのだろうけれど、今僕が置かれている現実ではそういうことにはならず、リビングのテーブルを同級生の女子3人feat.僕で囲むことになってしまった。
なんというか、気まずい。
もう5分近く誰も口を開こうとしていない。
僕は助けを求めるつもりで乙名の顔を見たが、彼女は残念そうに首を振った。
なんということだ。社交性の塊のような乙名でさえどうにもできない状況だとは。
そもそも僕らが、というか僕がこうして守原さんの家を訪れたのは、守原さんに会わなければならないという理由も根拠もない使命感に駆られた僕自身の行動の結果だったりする。
ということはつまり、僕が先陣を切って話題を提供しなければ、このまま気まずい沈黙に身をさらし続けなければならなくなるということか。
僕は誰にも聞こえないよう小さく息を吐いてから、言った。
「ええと、遠回しに言っちゃうと余計な誤解を生みそうだから、単刀直入に訊くね。守原さん、どうして学校に来なくなったの?」
僕に名前を呼ばれ、守原さんは怯えたように顔を上げた。
その表情は、僕の知っている守原さんではなかった。守原さんはもっと自信ありげで落ち着いていて――いや、違うのかもしれない。それはあくまでも、『神美少女』と呼ばれている守原さんであって、本来の――出有珠さんが知っている守原さんではないのだろう。
「……落田くんと最後に会ったあの日に伝えたつもりだったけど、あなたに対する罪の重さに耐えられなくなったの」
僕に会うことの罪の重さ、か。
恐らくは事故のことを言っているのだろう。
確かに僕は、守原さんを庇って事故に遭った。その記憶は間違いなく僕の中にある。
「一応の確認なんだけど……守原さん。あのとき僕が突き飛ばしたのは君で間違いないよね?」
んっ、と守原さんは言葉を詰まらせた。
それから彼女は何度か瞬きをしてから、言った。
「あのときのことを思い出したの、落田くん」
「事故現場を見ていたら、偶然ね」
「じゃあやっぱり、この間あの現場にいたのは落田くんだったってこと?」
僕は頷いた。
あの時見た三つ編みの女の子は、守原さんで間違いなかったようだ。




