第27話
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守原さんは、僕が守原さんを助けたせいで、僕が事故に遭ったのだと言っていた。
問題はその事実を証明することができないということだ。
事故のことを知っている人――つまり僕の両親――に当時の状況を教えてもらったところ、僕は横断歩道を渡っていたときに、信号を無視した車に跳ねられたのだという。
その事故現場付近に神がかり的な美少女が居たという話は出てこなかった。
運転手がスピードの出しすぎで、前方に対し注意を払っていなかったということも理由としては大きいかもしれない。
とにかく、事故の瞬間に何が起こっていたかを知っているのは、守原さんだけしかいないということだけは分かった。
だけど、その守原さんに話を聞くことが出来ない以上、事故当時のことを調べるためにはもう一人の当事者――つまり僕が記憶を取り戻すしかなかった。
ということで。
僕は何らかの手掛かりが得られないかと、事故現場へやって来た。
以前はランニングコースとして訪れていた場所だったから、少し歩けば辿り着くだろうと思って軽い気持ちで出かけたのだけれど、予想以上に遠く、到着した頃にはバテバテになっていた。
体力の衰えを如実に感じる。強烈な日差しがアスファルトを焼いている。
僕が事故に遭った現場は信号機がほとんどない一直線の道路で、そこには気まぐれで配置されたかのような横断歩道があった。
ここで車に跳ねられたのだと、頭では分かっていても実感はない。
言うまでもなく、思い出すことも何もない。
周辺をうろうろと歩いてみたが、見覚えはあっても、事故当時の記憶が蘇ることは無かった。
無駄足だったかもしれない。
余計な汗をかいてしまった。
いやむしろ、日ごろの運動不足を多少は解消できたと喜ぶべきか?
これ以上この辺りを徘徊していたら不審者として通報されかねない。このくらいで切り上げて帰宅することにしよう。
とはいえ、またあの長い道のりを歩いて帰らなければならないと思うと憂鬱だ。近くに駅があったはずだから、帰りは電車に乗ろうかな。それともバス? ……いや、財布を持ってきていない。結局僕は歩いて帰ることにした。
額の汗を袖で拭った。
そのとき、横断歩道の向こう側を歩く人影が見えた。
こんな日に散歩だなんて変わった人もいるものだなあと思って眺めていると、向こうもこちらに気が付いたのか、僕の方を見て立ち止った。
黒い髪を三つ編みにして眼鏡をかけた、地味な印象の女の子だった―――そう、地味な印象を受けた。
そのはずなのに、僕はその女の子から目を離すことができなかった。
あんな子に見覚えはない。
しかし、僕の口からはある一人の神美少女の名前が零れていた。
「守原さん……?」
その瞬間、女の子は我に返ったように僕から顔を背け、小走りで去っていった。
僕の声が聞こえたのか? まさか。小さな声で呟いただけだ。道路の向こうまで聞こえるはずがない。
ということは。
心臓が高鳴った。
僕の顔を見て離れていったということは、あれは守原さんなのだ。
僕は赤信号を無視して横断歩道を渡り、女の子の後を追った。
……いや、あるいはただ知らない人と目が合って、気持ち悪さを感じて逃げただけなのかもしれない。
僕は足を止めた。
女の子は曲がり角の向こうに消えていった。
やっぱり僕、少しおかしいのかもしれない。
いくら守原さんが神美少女だからといって、ここまで彼女に執着するのは奇妙だ。
乙名が言っていた通り、今の僕の言動はストーカーじみている。
きっと僕は、この暑さにやられてどうかしてしまったんだ。
いくら太陽が眩しかったからって、それを理由に女の子を尾行していいはずがない。
帰ろうと思って、僕は横断歩道を振り返った。
そして横断歩道の白と黒のラインが目に入ったとき、僕の頭の中に映像が蘇った。
少女の背中と、視界の端に映る自動車。
確かにあのとき僕は、車とぶつかる寸前に、少女を横断歩道の向こう側に突き飛ばした―――。
「あれが、守原さんだったってことか……」
僕の記憶にある少女の姿は、さっき見かけたあの女の子と一致していた。
間違いなく僕は、あの子を助けた。
僕の身体が車と衝突する直前に、あの少女と目が合った記憶がある。
たとえ髪型や印象が変わっていても、あの澄んだ瞳は間違いなく守原さんのものだった。
どうして今まで思い出さなかったのだろう。
もっと早く思い出していれば、守原さんは僕の前からいなくならずに済んだかもしれないのに。
ついさっきまで晴れ渡っていた空は、いつの間にか分厚い雲で覆われていた。
やがて降り始めた雨は始めこそ小さな粒だったが、やがて土砂降りへと変わった。
僕は道路沿いの、シャッターが下りた個人商店の軒先で、雨が止むのを待った。
守原さんはこの雨に濡れずに済んだだろうか。
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