第26話
僕が返事に困っていると、乙名はため息をついた。
そしてテーブルの上に落ちていたウエハースを再び口の中に入れ、音を立てて咀嚼しながら言った。
「でも、落田がそんなに守原さんのことを気にしてるってことは何か事情があるのよね。仕方ないから協力してあげるわ。中学時代のマネージャーとしてね」
「ああ……ありがとう。助かるよ」
良かった。どうやら信頼してもらえたようだ。
「それじゃ、詳細を教えてくれる? あの日、私たちと別れた後で何があったの?」
「ええと……守原さんが妙なことを言っていて」
「妙って?」
「僕が事故に遭ったのは自分のせいだって」
「自分っていうのは、守原さんのことよね?」
僕は頷いた。
「僕が事故に遭ったのは守原さんを庇ったからだって話なんだけど……」
「どうして事故に遭ったのか、覚えてないの?」
「まったく覚えてないんだ。事故に遭う前後の記憶とかも曖昧だし、そもそも事故に遭った瞬間のことなんて思い出せる気もしない」
「大変な事故だったって話は聞いているわ。私もお見舞いに行ったし」
「え、そうだったの?」
「だけど面会謝絶状態で、会わせてもらえなかったのよ。石崎も一緒だったんだけど」
「面会謝絶か……」
そんなことになっていたなんて知らなかった。
僕が覚えているのは、気が付いたら病院のベッドで横になっていたことくらいだ。
「でも、あの事故に守原さんが関わっていたなんてね。ということは、単純に落田との関係が縺れたから学校に来なくなったってわけじゃなさそうね」
「そもそも僕と守原さんの関係が縺れた覚えはないけど、僕がストーカー的な思考で守原さんに会いたいと言っているわけじゃないことを理解してくれたみたいで嬉しいよ」
「どちらかと言えば、落田が事故に遭ったことに責任を感じていて、それに耐えられなくなった……みたいなこと?」
「そう。僕も同意見……というか、そう思いたいというか」
「じゃなきゃ、落田のことが嫌すぎて学校に来なくなったってことになっちゃうもんね」
「その通り」
いやもちろん、その可能性も完全に否定されたわけじゃないけど、僕としては限りなく低い可能性だと思っている。あくまでも個人的な希望論でしかないけれど。
「あんたの気持ちは分かったわ。でも、会ってどうするつもり?」
「え? それはもちろん、守原さんに、僕が事故に遭ったことなんて気にしなくていいって伝えるつもりだよ」
「……そうするしかないわよね。それで守原さんが学校に来れるようになるかどうかは分からないけど」
「僕のモチベーションを下げるようなことを言わないでくれよ。それでもマネージャー?」
「客観的な意見を教えてあげるのもマネージャーの役目だから。まあ、だいたいの事情は分かったわ。とりあえず守原さんの住所を調べておいてあげる。落田は……そうね、事故当時の状況を調べておいたら?」
「ああ、そうだね。やってみる」
「ええ。ごめんね、今日はこれからサッカー部の方に行かなきゃいけないの。守原さんの住所が分かったらまた連絡するから」
「分かったよ。またね、乙名。今日は急に呼び出したのに来てくれてありがとう」
「気にしなくていいわよ。中学時代からの腐れ縁でしょ」
乙名がバッグを片手に席を立つ。
僕は思わず、彼女を呼び止めていた。
「乙名」
「何?」
乙名がこちらを振り向く。
「石崎は元気にしてる?」
「もちろん。あんたに負けてから、以前にもまして一生懸命練習してるわ。だから私がちゃんと、怪我しないように見ててあげないとね」
「それを聞いて安心したよ。一緒にサッカー続けられなくてごめんって伝えて欲しいんだけど……」
僕が言うと、乙名の表情が強張った。
「……やっぱり続けられないの、サッカー? この間はあんなに楽しそうにやってたじゃん。怪我してた足も大丈夫そうだったし」
「足が大丈夫でも――どうもダメらしいんだ、頭が」
「悪いってこと?」
「いや、まあ、間違ってるようで正しいというか……」
「ごめん、語弊があったかも。事故で頭を怪我してるってこと?」
「そうだね。脳に傷があって、サッカーみたいに激しく他人とぶつかるような競技はもう続けられないんだ。どんな影響が出るか分からないから」
乙名はしばらく僕を見つめたまま何も言わなかった。
店員さんが乙名の横を通り、僕らが座っていた席の隣の席を片付け始め、そしてその片付けが終わったころになってようやく、乙名は口を開いた。
「無理に――サッカー部に誘ってごめんなさい、落田。サッカーが出来なくなって本当につらいのは、あんたの方だったはずよね。私、足さえ治ればまた落田も一緒にサッカーができると思って」
「乙名が謝る必要はないよ。僕、気にしてないし」
「……バイバイ、落田。また連絡するから」
そう言い残し、乙名はファミレスを出て行った。
伝票はテーブルに置かれたままだった。
守原さんの住所を調べてもらう手間賃ということで、喜んで僕が払っておこう。
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