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神美少女に肯定されすぎて人生ヤバイ  作者: 抑止旗ベル
第1章『踊るダメ人間』

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第24話


「終わりにしよう、石崎」


 乙名がホイッスルを吹く。


 ボールを蹴りだす。


 シザースを絡めたフェイント。コート端でのクライフターン。エラシコと、ヒールフリック。


 練習してきたテクニックのすべてが石崎に阻まれる。


 なぜだろうという疑問が生じるも、すぐに、それらすべての技の練習相手は石崎だったことを思い出す。


 中学時代の3年間、フィールド上で僕を最も理解してくれていたのが石崎だったのだ。


 ふと石崎の顔を見ると、彼は笑っていた。


 こいつ、どこにそんな余裕があるんだ。僕は必死でやってるのに。


 心の中で文句を言ってみても、悪い気分にはなっていなかった。


 一瞬だけスペースが空いた。


 僕の身体は勝手に動き、シュートを放っていた。


 石崎が伸ばした足がボールに触れ、ボールは宙を舞った。


 浮き球のボレーは―――僕が得意とするシュートだ。


 ボールが僕の左側に落下する。


 石崎の反応が遅れている。


 あとは僕が足を振りぬくだけ――そう思っていた。


 そのとき、ボールが消えた。


 さっきまで見えていたはずのボールが見えなくなった。


 そんなはずはない。


 だけど、本当に見えなくなってしまったのだ。


 僕の混乱とは裏腹に――というかむしろ幸運なことに、僕の左足は冷静にシュートの体勢に入っていた。


 振りぬいた左足にボールがミートする。


 手ごたえはあった。


 決まったと思った。


 しかし、放たれたシュートはゴールポストに直撃し、そのまま跳ねてコートの外へ転がった。


「…………」


 誰も声を発さなかった。


 石崎は茫然と転がったボールを眺めていた。


「……こうなった場合、どうなるんだっけ」


 立っていられず、僕は地面に座り込みながら、そう尋ねた。


 3回のゲームを終え、お互いに得点は「1」。


 つまり、引き分け。


 決着をつけるためには延長戦に突入するしかない。


 そうなれば、既に体力の限界を迎えている僕に勝ち目はない。


 あのシュートが決まっていれば、文句なしで僕の勝利だったのに……。


 現状、僕に残された選択肢は2つ。


 負けると分かっていてもこのまま戦い続けるか、僕の方から負けを申告するか。


 どちらにせよ、守原さんには石崎とデートをしてもらうことになりそうだ。


 期待に応えらず本当に申し訳ない。


 そんなことを考えていると、石崎が座ったままの僕に右手を差し出した。


 僕はその手を掴み立ち上がった。


 ゲーム続行ってわけか。


 仕方ない。


 体力の限界までやってみよう。


 石崎がミスを連発すれば、ひょっとすると僕にも勝ち目があるかもしれない。


「落田」

「……何?」

「俺の負けだ」

「え?」


 耳を疑った。


 どうして石崎が負けってことになるんだ?


「何度も言わせんなよ。俺の負けだって」

「お互いに得点は1点だろ?」

「落田、お前が事故に遭ってから4か月近く立ってるんだ。お前が入院していた間も、俺は必死にトレーニングしてたんだ。もちろんフィジカルで勝負すれば負ける気はしねえ。このまま続ければ絶対俺が勝つさ。でもな、4か月のブランクがあるお前と勝負しても、引き分けなんだよ。この意味が分かるか? サッカーのセンスじゃお前には勝てないってことだ」

「じゃあ……」

「本当に残念だぜ、落田。俺が出したパスで、またお前にゴールを決めて欲しかった」


 石崎はそう言って僕の手を離し、こちらに背を向けて歩き始めた。


 それを見て、乙名も石崎を追って歩き出す。


 気が付けば公園に残っているのは僕と守原さんだけになっていた。


「……勝ったのか」


 実感はないけど、どうやらそういうことらしい。


「お疲れ様、落田くん」


 守原さんがボールを片手に僕へ歩み寄って来た。


 石崎たちが忘れていったものだ。


「ありがとう。何とか守原さんの願いは叶えられたみたいだよ」


 僕は言った。


 しかし、守原さんの表情は浮かなかった。


 まさか本当は石崎とデートしたかったとか言わないよな。


 だとしたら僕、一週間ばかり部屋に引きこもりたい気持ちなんだけど。


「……やっぱりすごいのね、落田くんは」

「え、何が?」

「サッカーよ。とても上手なのね。私が想像していたよりずっと上手だったわ」

「まあ、真面目にはやっていたから」

「事故が無ければ、落田くんは今もサッカーを続けていたのでしょうね」

「それは勿論、そうだと思うよ」


 さっきの時間で、僕は完全に思い出していた。


 事故に遭うまで僕がサッカーに懸けていた―――情熱、みたいなものを。


「これ、石崎くんに返してあげて」


 守原さんが僕にボールを手渡す。


 僕は何も思わずにそれを受け取った。


 そんなことよりも、守原さんの表情がさっきよりもさらに暗くなっているのが気になった。


「返すのは構わないけど……どうしたの、守原さん。どうしてそんなに悲しそうな顔をしているの?」

「本当に事故に遭った時のことを覚えていないの、落田くん」


 守原さんは今にも泣きだしそうな顔で言った。


 僕にはどうして彼女がそんな顔をしているのか分からなかった。


「覚えてないって。この話はもう何度かした気がするんだけど」


 守原さんはただ、そう、と呟いた。


 セミの鳴き声がした。


 公園の利用者はいつの間にか増えていて、子供たちが砂場で遊んでいるのが見えた。


 僕は守原さんが何かを言ってくれるのを待っていた。


 本当なら、石崎との一戦で全身汗まみれだし、今すぐ倒れこみたいほど疲れていたし、何より真夏の日差しから逃れられるところに行きたかった。だけど、守原さんが口にする言葉を聞き逃してはいけないような気がしていた。


 そして、セミの声が一瞬だけ止んだとき、守原さんは言った。


「あなたが事故に遭ったのは、私のせいなの」

「は?」


 全く予想していない言葉だった。


 僕は思わず間抜けな声を上げていた。


「あの日、あなたは私を助けて事故に遭った。私があなたからサッカーを奪ってしまったのよ」

「いや……え? ちょっと待ってよ。何その話。僕全然知らないんだけど」

「知らないのではなく、覚えていないのではないかしら。あの時、落田くんは頭を怪我していたみたいだったから」

「あ……頭?」

「私があなたから奪ったのはサッカーだけじゃない。事故に遭う前のあなたそのものを喪失させてしまったの」

「何を言ってるんだよ、守原さん」


 僕の頬を、さっきまでとは違う冷たい汗が伝った。


「ねえ、落田くん。事故に遭うまではできていたことができなくなったと感じたことはない?」

「今までもそんなに色々なことができていたわけじゃないさ。僕は元からダメな人間だったんだよ」

「そうかしら。例えば、記憶力が低下したと思ったことは? ……この間、私と一緒に観た映画を覚えている?」

「映画……」


 確かに守原さんと映画を観に行った。


 だけどそれが何の映画だったか―――すぐには思い出せなかった。


 ホラー、じゃない。魔法が関係する何かだった気はするんだけど。


「他には、やる気が起きなくなったとか、性格が変わってしまったとか、視野が一部欠落しているとか」


 やる気が起きない? そんなのは元からだ――だけど、サッカーは一生懸命やっていた。


 性格が変わってしまった? これも、元から僕はこんな性格だ―――だけど、乙名は僕が卑屈になったと言っていた。


 視野が一部欠落した? 普段生活している中で、それを感じたことなんか一度もない――だけど、さっきは確かにボールが見えない瞬間があった。


「これは私の予想にすぎないのだけれど、あなたの脳には事故の後遺症がある。だから、サッカーはもうできないと言われたのだと思うわ」

「後遺症……」


 足ではなく。


 頭――脳に。


「ずっと恩返しがしたいと思っていた。あなたは命の恩人だから。私が落田くんのことを肯定してあげることがあなたのためになるのなら、いくらでもそうしたいと思っていたの。あなたの傍にいることが、落田くんからサッカーを奪った罪滅ぼしになるのならって。だけどもう、無理」

「無理って、どういうこと?」

「もう耐えられない。あなたと一緒にいればいるほど、私は私がどんなにひどいことをしてしまったか思い知らされることになるの。あなたはダメ人間なんかじゃない。本当にダメなのは私の方なのよ」

「え」


 何がどうなっているのかさっぱりわからない。


 ついさっきまで石崎との対決に勝利することだけを考えていれば良かったはずだったのに、どうしてこんな話になってしまったのだろう。


「どうか許して、落田くん。私がいなければ、あなたはきっとすごいサッカー選手になっただろうし、石崎くんたちと揉めることもなかった。自分がダメ人間だなんて思って、自信を失うこともなかった。本当にごめんなさい。それから……もう会うのはやめましょう」

「守原さん……?」

「さようなら、落田くん」


 守原さんは踵を返すと僕を残したまま去ってしまった。


 僕はボールを片手に、彼女の後ろ姿が少しずつ小さくなって、やがて消えていくのを眺めていた。


 他に何もできる気がしなかった。


 ただ、セミだけが大きな声で鳴いていた。





※※※



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