第21話
「落田くん?」
廊下の隅から僕を呼ぶ声が聞こえ、僕は我に返った。
向こう側からこちらへ歩いてきているのは、守原さんだった。
「ああ……守原さん。何してるの、こんなところで」
「すぐに相手の状況を確認しようとする危機管理能力、さすがね」
「あ、僕を褒めてくれるキャンペーンってまだ続いてたんだ」
「当たり前だわ」
「それで、何してたの?」
「先生に頼まれて、クラスの提出物を職員室まで運んできたところなの。ちょうどよかったわ。一緒に帰りましょう」
というわけで、その流れで僕らは一緒に帰ることになった。
こんなところを石崎に見つかったらますます話が拗れそうだな、と思わないでもなかった。
幸いにもサッカー部の人たちと鉢合わせることもなく、僕らは校門を出た。
そのタイミングで、僕は『果たし状』の件を守原さんに打ち明けた。
「実は困ったことになってるんだ」
「そうじゃないかと思ったわ。いつもに増して深刻な顔をしていたから」
「……僕、そんなにいつも深刻な顔してる?」
「まるで明日世界が滅びるみたいな顔をしているわよ」
そんなにか。
そして今はいつもに増して深刻な顔をしているってことは、今すぐにでも宇宙戦争が起きて銀河系崩壊の危機が迫っているレベルの顔をしているってことか。
まあ、現在の僕の心象としてはあながち間違いじゃないかもしれない。
「このことなんだけど」
見てもらった方が早いと思って、僕は右手に握ったままだった『果たし状』を守原さんに渡した。
守原さんはそれを受け取って中の文面を眺めると、唇を尖らせた。
「いつの間に私が景品になったのかしら」
「さあ……。僕も困ってるんだよ」
「ごめんなさい。私と石崎くんの問題かと思っていたら、落田くんまで巻き込んでしまっていたのね」
「気にしないでよ」
「私が石崎くんを振ってしまったから……」
いや、まあ、確かに。
こんなことになるなら、ストレートに断れってアドバイスせず、何回か会ってから頃合いを見て振れ、と―――いやいや、そんなヤリ手のOLみたいなアドバイス、僕にはできない。
結局はこうなる運命だったのだ。
「とにかく土曜、棒は石崎と決着をつけなきゃならない。どうやら避けては通れないイベントみたいだからね」
イベント、という言葉を口にして、まるでゲームみたいだなと思った。
だけど残念ながらこれは現実で、リセットもなければ便利な攻略サイトもない。
現役のサッカー部員と半年間ゲーム漬けだった僕でサッカー勝負をするなんて、普通なら負けイベントとしか思えない出来事にも参加せざるを得ないわけだ。
どうしようかな。
とりあえずジャージくらい探しておこうかな。
※※※
そして、土曜日。
僕は石崎との約束通り、駅前の公園にやってきていた。
かつてトレーニングに使っていたジャージは、そういえば事故の影響で痛んでしまって処分していたから、仕方なく高校の体操服を着てきた。
公園には、僕の他に誰もまだいなかった。
持参したボールでリフティングをしていると、守原さんがやって来た。
「早かったのね、落田くん」
「ああ、さすがにアップくらいはしておこうかと思って」
「やっぱり上手だわ」
僕がボールを蹴り上げるのを見ながら、守原さんが言った。
「なんだかんだ長い間やってたからね。身体が覚えているんだよ」
「ごめんなさい。迷惑をかけてしまったわね」
「気にしなくていいって。僕が、石崎の告白を断るならはっきり伝えろって助言したのも原因かもしれないし」
「……落田くん、無理なお願いかもしれないのだけれど、勝って」
無茶ぶりだろと言いかけたが、守原さんの真面目な表情を見て、言葉を呑みこんだ。
ボールを高く蹴り上げ、トラップして地面の上へ軟着陸させる。
この感じなら、そこまで身体が鈍ってるってわけじゃなさそうだ。
「さすがに石崎も、嫌がってる人に何かを強要したりすることはないと思うよ。そのあたりは安心してよ」
「そ、そう……。そうよね」
守原さんは、ほっと胸を撫で下ろした。
そのときだった。
「よく来たな、落田!」
公園中に大声が響き渡る。
振り返るとそこには石崎が立っていた。
そして彼の背後には公園に備え付けの、小型のサッカーゴールがある。
「朝から元気だな、石崎」
「当然だ。気合が違うぜ。何せ今日はお前と俺の幾代にも及ぶ因縁にケリがつく日だからな」
「……僕とお前の間に、そんな長々とした因縁があったっけ?」
「……いや、今のはちょっと大げさに言っちゃっただけだ。しかし俺は中学時代、お前にエースストライカーの座を奪われたことを忘れちゃいないぜ!」
確かにそんなこともあった。
「早速だけどルールを教えてくれ。僕らの因縁とやらに、どんな方法で決着をつけるつもりなんだ?」
「一対一だ。攻撃側と守備側を交代しながら行う。点が決まるか、ボールがコート外に出れば攻守を交代する。それを3回繰り返し、より多くの点数を取った方の勝ちだ」
中学時代、時間潰しに僕と石崎で何度もやっていたルールだ。
戦績は―――どうだったかな。覚えていない。
「分かった。文句はないよ。ただ一つ、守原さんをかけて戦うっていうのはやめよう。守原さんが気の毒だから」
「そ、それは……でも、女をかけて戦うっていうのが男のロマンというか……」
石崎が頭を抱える。
そしてしばらく一人でぶつぶつ何かを言っていたが、やがて結論に達したらしく、目を見開いて言った。
「じゃあ、俺が勝ったら守原さんと一度だけデートをしてもらう―――という交渉権をいただこうか! 守原さんっ! それなら許してもらえますかっ!?」
突然名前を呼ばれ、驚いたような顔で石崎を見る守原さん。
「あっ、えっ、は、はい」
動揺した様子で石崎の申し出を了承してしまう。
その瞬間石崎は、ジョホールバルでイランに勝利しワールドカップ初出場を決めたサッカー日本代表のように膝で滑り両手を天に掲げ、悦びを表現した。
この公園の地面、芝生じゃなくて土なんだけど、石崎の膝は大丈夫なんだろうか。
それから、流れと勢いで石崎の提案を受けちゃった守原さんも大丈夫なんだろうか。
いや、余計なことは考えないでおこう。
とにかく最善を尽くす。




