第11話
「……じゃあ、それにしようよ。僕も別にこだわりがあるわけじゃないし」
「そう。だったら、この『トリガミ家の一族』を観ましょう」
「了解。時間は?」
「午前中。10時30分。駅に集合で良いかしら」
「もちろん」
映画か。
ずいぶん久しぶりだ。
中学生の頃、部活のメンバーで何度か行ったきりで、それ以来だから……だいたい一年ぶりくらいにはなる。
前に観たのは、何だったっけ? これもまた忘れてしまった記憶だ。
「高校に入ってからは観ていないわね、映画」
「ふうん。守原さん、忙しそうだからね。で、どんな映画が好きなの? やっぱりホラー?」
「いいえ、別にホラーが好きというわけじゃないのよ。『トリガミ家の一族』は人気ランキングの上位にあったから……あっ」
守原さんはスマホの画面を見て、小さく声を上げた。
「何かあったの?」
「ごめんなさい、あと少しで電車が来てしまう時間なの」
気が付けば僕らはもう駅の前に到着していた。
「ああ、それじゃ今日はここでお別れだね」
「ええ。また明日」
「明日?」
「もちろん。学校で会えるでしょう? 一日に一度は落田くんのことを褒めないと」
「それ、まだ続けるの?」
「落田くんはもう、自分のことをダメ人間だなんて思わなくなった?」
「……いやそんなことはないけど」
「だったら、まだ続けなくてはならないわ。また明日ね、落田くん」
守原さんは明るい声でそう言うと、僕に手を振りながら、若干焦っている様子で自転車を押しながら駐輪場へと駆けて行った。
ぼんやりその後ろ姿を眺めながら、駅前のロータリーを行き来している人たちや車を眺めていると、駐輪場に自転車を停めた守原さんが、駅の改札へ走っていくのが見えた。
守原さんが軽やかに手を振る。
僕は背後を確認した。誰もいなかったので、恐らく僕に手を振ったのだろうと思い、守原さんの方へ身体を向けて手を振り返した。
守原さんが改札を抜けてホームの方へ消えていく。
そういえばゲームのイベントが新しく始まったんだったと思い出し、僕は少し急ぎ足で自宅へ帰った。
※※※
それから数日が――正確には火曜から金曜までの4日が過ぎ、再び休日がやってきた。
この一週間は特に何もなかった。
本当に何もなかった。
石崎とか乙名がサッカー部関係で何か言ってくるかと思っていたけど、そういうこともなかった。
別にサッカー部に誘って欲しかったわけじゃないが――というとツンデレみたいになってちょっと自己嫌悪しちゃうんだが――まあ、とにかく僕のことを諦めてくれたのなら、それに越したことはない。
どちらにせよ僕はサッカーを続ける気はないし、誘われるたびに断るのも気まずいし。
とにかく土曜日がやってきて、僕は駅前で守原さんを待っているのだった。
とはいえ、まさか一時間も前に到着してしまうとは思わなかった。
時間にルーズな僕にとってはありえないことだ。
これじゃまるで守原さんと会うのを楽しみにしていたみたいじゃ……もちろん神美少女と二人で映画を観に行くなんて身に余るイベントを楽しみにしていないわけではなかったんだけど、それにしても一時間前に到着してしまうなんて、時間に余裕を持ちすぎてむしろ恥ずかしいくらいだ。
暇だったので、駅前のベンチでスマホを操作するふりをしながら、改札口から出てくる人たちをぼんやり眺めていた。
守原さんと似た背格好の人を見つけては、やはり守原さんじゃなかったとスマホの画面に視線を戻す動作を数回繰り返した後、『ギガント・ドロップ』の情報サイトで最新のゲームアップデートで追加される新要素についての記事を見つけ、つい熟読していたとき、僕の頭上から声がした。
「意外と早いのね、落田くん」
「……守原さん」
守原さんだった。
夏っぽいコーディネートだ。
――えっ。
いやちょっと待って。
シャツがノースリーブなんですけど。
二の腕をそんなに露出してしまってよろしいのですか?
そして僕はそれを目にしてしまってよろしいのですか?
「さすが落田くん。万が一の事態に備えて早めに到着したということね。素晴らしい心がけだわ。時間に余裕があれば、何が起こってもある程度は対応できるものね」
「あ……うん、どうも」
「どうしたの? 少しテンションが低いようだけれど体調でも悪いの? ……ああ、ごめんなさい。暑い中待たせちゃったから」
「いや、いつも通りだよ。守原さんの気にしすぎだよ」
「大丈夫? 顔が赤いように見えるのだけれど」
「気のせいだよ、気のせい。でなければ多分日焼けだよ」
すごい観察眼だ。
っていうか僕、顔赤くなってるのか。
いやだねえ。
「日差しが強いものね。お待たせして悪かったわ。でも、私も電車の時間、早めにしたつもりだったのよ」
そう言いながら、守原さんは片手で持っていた薄手のカーディガンを羽織った。
二の腕が……。
まあ、いいか。
別に守原さんの二の腕が見られなくなったからって死ぬわけじゃない。
ただちょっとだけ残念に思うだけだ。
僕はベンチから立ち上がった。
「そろそろ行こうか」
「ええ、行きましょう」
今日のメインイベントは映画観賞なのだ。
守原さんの二の腕の鑑賞ではないのだ。
っていうか僕、二の腕のこと考えすぎだろ。新たなフェチズムに目覚めてしまったのだろうか。その白さと細さ、そして柔らかそうな見た目が脳裏に焼き付いて離れなくなってしまったのだろうか。これから僕は街中で二の腕を露出した女性を目にするたび、胸中に言いようのない高揚感のようなものを感じずにはいられなくなってしまうのだろうか。
それとも単純に、普段は制服の袖に隠れている部位が露わになっているということに対して、何か背徳感に近い興奮のようなものを感じているというだけだろうか。
とりあえず―――どうだっていいのだ、そんなことは。特殊な性癖に対して考察を深める必要性なんてものは、どこにもないのだ。
「……本当に大丈夫なの? 落田くん、なんだか上の空よ?」
「本当に大丈夫だよ。別に二の腕のことなんて考えてないし」
「え、二の腕?」
「……いや、何でもないんだよ」
考えていたことがつい口から零れてしまった。
全く、躾のなっていない口だ。