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神美少女に肯定されすぎて人生ヤバイ  作者: 抑止旗ベル
第1章『踊るダメ人間』
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第1話


 「天才」という言葉に対して、どのような印象を受けるだろうか。


 例えば、数百年後の人々にも聴かれるような音楽を作った天才作曲家、もしくは誰にも成しえなかった偉業を達成する天才的なスポーツ選手、または世界に技術革新を起こすような理論を打ち立てた天才博士―――等々。


 要は、僕のように毎日を平々凡々と、今日の夕飯カレーだったら嬉しいなあなんて思いながら生きてるような凡人には到底不可能なことを平然とやってのける、天におわしめす神々から特別な才能を与えられた存在、それが天才なのだ。


 そんな天才たちに対し、尊敬だったり憧れだったり、もしかすると嫉妬だったりといった感情を抱くことがあるかもしれないし、ひょっとするとないかもしれない。


 あるいは、つい最近までは僕――落田優おちた すぐるにもその片鱗があったのかもしれない。


 小学生からサッカーを続けていた僕は、特に努力した覚えもないが、中1のときからスタメンで、中学卒業前にはクラブのユースチームからスカウトが来るくらいには活躍していた。


 自慢じゃないが、天才ストライカーと呼ばれたこともなくもなかった。


 クラスでは何もしなくてもそれなりに人気者だったし、サッカーさえやっていれば安泰だと思っていた。


 地元の友達の多くが進学する高校を受験して、さあこれから花の高校生活を――そんなことを考えていた矢先の、高校入学前の春休みのことだった。


 ランニングをしていた僕は自動車事故に遭い、大怪我を負った。


 かなりひどい怪我で、数日意識が戻らないほどだった。


 それが原因でサッカーを続けられなくなったことはもちろん、入院していたために入学式にも出られなかった。


 1学期の間もしばらくは松葉杖生活で、最初は同情的だった同級生たちも、足を怪我しているカワイソーな僕という存在に慣れてしまうと、だんだんと相手にしてくれなくなっていった――いやまあ、別に相手して欲しかったわけでもないけど。


 と、いうわけで。


 足の怪我が治った1学期の終わりごろ、僕の通う江歩蘭高等学校には一人の孤独な少年――いわゆるぼっち――というか僕――が誕生していたのだった。


 今までサッカー部のエースということで確立されていた僕の地位は、僕がサッカーを辞めたことによって完全に崩壊。


 中学の3年間は部活ばかりやっていたので、当然のことながら成績は下の下。


 よく言えばクールで物静かな、悪く言えばコミュ障な僕はクラスの輪に入ることもできず。


 帰宅部になったことで持て余した時間をオンラインのFPSに費やし、毎晩のように徹夜する日々。


 そのせいで視力は低下、目つきばかりが悪くなっていった。


 高校入学以来髪も切ってないし、心なしか猫背になったし、僕のあまりの変貌ぶりに驚いたのか、担任の先生からはカウンセリングの案内までされてしまった。


 ……高校での数か月間を経て、ひとつ分かったことがある。


 僕は、サッカーが出来なくなったからダメになったのではない。


 元々ダメ人間だった僕が、たまたまそれなりにサッカーが得意だっただけなのだ。


 僕からサッカーの要素を無くしたことで、ただのダメ人間に戻っただけなのだ。


 そうか、僕は「天才」なんかじゃなかったんだなあ……。


 目の辺りを覆う前髪を払いながら、僕はそんなことを思った。


 さて、今日は期末考査の最終日だ。


 帰りのHRも終わり、クラスの中心人物――いうなればカースト上位の、サッカー部の石崎がテストの打ち上げにカラオケでも行こうと言い出し、クラスメイト達が異様な盛り上がりを見せているのを尻目に、僕は一人靴箱へ向かった。


 上履きから靴に履き替え玄関を出る。


 話を戻すようだけれど、「天才」といえば隣のクラスの守原さんがそうかもしれない。


 一学期に行われた県一斉模試では堂々の全科目一位。英語のスピーチ大会でも全国入賞。それに加えて、高校生離れしたスタイルの良さとハッキリした目鼻立ち。街を歩いているだけで有名事務所からスカウトされたという噂は、僕の勘だけど本当だろう。


 神がかり的な美少女である彼女の存在は、もはや校内の誰もが知っていて、一部では【神美少女】とさえ呼ばれるほどだ。怪我で入院し高校生活のスタートダッシュをこれ以上ないほど失敗した僕がようやく学校へ通い始めた一学期半ばでさえ、隣のクラスの前の廊下には守原さんを一目見ようと集まる人々が絶えなかったのだから。


 いやーすごい人もいたものだなあ、それにしても最近暑くなってきたなあ。今朝のニュースでも数十年に一度の暑さが続いているって言ってたし。っていうかそれってどんな確率だよ。仮に数十年という曖昧な表現を20年程度と仮定して、そんな20年に一度の暑さが連続するってことは20分の1を何回か掛け算すればいいのか? でも今よりもっと暑かった白亜紀では恐竜が元気に活動していたわけだし、そう考えるとティラノサウルスって偉大だよな―――と、僕はふと足を止めた。


 何も歩くのに疲れたわけではない。足元に太陽の光を受けて輝く数センチほどの金属の塊が落ちていたからだ。


 いったいなんだろうと思って拾い上げると、その正体が自転車の鍵であることに気が付いた。


 きっと誰かのポケットから零れ落ちたのだろう。アンラッキーなことにスペアのカギも一緒になっている。学校の事務室あたりに届ける方が良いのだろうが、今校舎に戻ってカラオケ行きの集団と鉢合わせるのも気が進まない。


 悪いが、この鍵の持ち主にはしばらく自転車での登下校を我慢してもらうことにしよう。


 そう決心した僕は鍵の持ち主に心の中で謝罪しつつ、自宅への道のりを歩み始めた。


 と、駐輪場の辺りに差し掛かったとき、炎天下の中自転車の前で佇む人影を見つけた。


 誰だろう、と思う間もなかった。


 スカートの裾から伸びる長い脚、ウェーブのかかった真っ黒なロングヘアー、そして夏服の襟元から覗く白い首筋。


 僕が思わず立ち止ると、目の前の少女が顔を上げた。


 長い睫毛を伴った相貌が僕を見る。


 その瞬間、同じような光景をまえにどこかで見たような気がした。


「守原しづか、さん……」


 無意識のうちに、僕は彼女の名前を口にしていた。


 するとなぜか守原さんも驚いたような顔をして、


「――落田くん」


 と、僕の名を呼んだ。


 強い日差しがアスファルトを焦がす中、セミの鳴く声だけが響いた。


 視線を守原さんから、彼女の前の自転車に移す。


 ライトブルーの、どこにでもあるような普通の自転車だ。


 しかしなぜか、サドルのすぐ下に設置されている鍵は掛かったままだった。


 よくもまあ守原さんレベルの美少女が乗る自転車のサドルが盗まれもせず無事だったものだなんて下世話な感想はさておいて、ちょっとした予感が僕の脳みそを駆け巡った。


「……もしかして、鍵、失くしたりしてない?」



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