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謎のおみくじ屋と天上の妃1


 地上、きょうみやこ

 地上の京の都は御所ごしょを中心にして造られた都です。

 御所の周りには貴族が暮らす寝殿造しんでんづくりの屋敷が整然と建ち並んでいました。その一角に都でも稀代の陰陽師と名高い黒緋の屋敷があります。

 そこが私たちが地上で暮らしている寝殿造りの屋敷でした。

 そう、地上では私たちが天上の天帝や天妃であることを秘密にして陰陽師ということにしているのです。

 そしてさっそく黒緋は陰陽師として御所へ赴くことになりました。

 みかどや貴族の要望でもありますが、それ以上に情報収集が目的です。御所の役所には各地からあらゆる情報が集まってくるので情報収集にはうってつけの場所なのです。その情報は噂話から公式文書まで多岐にわたりますが、今は少しでも各地で大発生しているイナゴの情報を集めなければいけませんでした。


「黒緋様、いってらっしゃいませ」


 私は正門まで黒緋を見送りです。

 手を繋いでいる紫紺にも促しました。


「紫紺、あなたもご挨拶してください」

「わかった。ちちうえ、いってらっしゃい」

「ああ、行ってくる。鶯の言うことをよく聞くんだぞ?」

「うん、できる」

「いい子だ」


 黒緋はそう言って紫紺の頭を撫でると、次は私が抱っこしている青藍を見ます。

 青藍は「ちゅちゅちゅっ」と指吸いをして見送りです。


「あうあ〜。ちゅちゅちゅっ」

「行ってくる。お前もいい子でいろ。泣きすぎるなよ?」

「あい」


 青藍も上手にお返事できました。

 きっと今日もたくさん泣くでしょうがいいのです。元気な証拠です。


「あとは頼んだぞ」


 黒緋が牛車ぎっしゃに乗り込みました。

 御所へ向かう牛車を見送ると、私は紫紺と青藍と一緒に屋敷に戻ります。

 今日は予定がたくさんつまっていました。

 久しぶりに地上の屋敷に来たので朝から炊事と掃除です。黒緋は式神にさせればいいと言いますが、自分でできることは少しでも自分でしたかったのです。

 天上では私の身の回りの世話は女官がしてくれるので、地上でくらい自分のことは自分でしたいのです。天妃の記憶が戻るまではずっと下働きをしていたので、体を動かしていなければなんだか落ち着かなくて。


「さあ、紫紺と青藍も手伝ってください。昼までにお掃除を終わらせてしまいましょう」

「うん、オレがんばれる! いっぱいきれいにするぞ!」


 紫紺が元気に返事をすると、抱っこしている青藍も「あいっ」と楽しそうに手を上げてくれます。

 こうして私たちの地上での生活が始まるのでした。




 昼過ぎ。

 私は外出する支度を整えると奥の間を覗きました。

 そこでは紫紺が手習てならいをし、青藍がスヤスヤお昼寝しています。


「青藍は眠ってしまったんですね」

「うん、さっきねた。ははうえ、どっかいくのか?」

「はい、夕餉ゆうげの買い物に行ってきます。あなた達も一緒にと思ったんですが青藍は眠ってしまったんですね」

「それなら、おこす?」

「ふふふ、それは可哀想ですよ。こんなに気持ちよさそうに眠っています」


 青藍はとっても気持ちよさそうに眠っていました。「ぷー、ぷー」とかわいらしい寝言。時々「ちゅちゅちゅっ」と指を吸って、小さな口からはよだれが垂れています。ぐっすりですね。


「紫紺、お留守番をお願いできますか? 青藍を見ててあげてください」

「えー、オレもいきたいのに」

「また連れていってあげます。今夜はあなたの好きなものを作ってあげますから」

「わかった。それならがまんする」

「いい子ですね」


 いい子いい子と紫紺の頭を撫でてあげました。

 私は式神に紫紺と青藍の見守りを命じ、一人で都のいちへと行くのでした。




 いちで買い物を終えると帰路につきます。

 川辺を歩いていると、心地よい風が吹き抜けて市女笠いちめがさの衣を優しく揺らす。

 私は衣の隙間から外を覗きました。

 川辺には花畑が広がっていて、明るい日差しの下でキラキラと輝いているようでした。


「気持ちいい場所ですね」


 短い期間とはいえ都に滞在していたことがあるので知らない景色ではありません。でも久しぶりに地上へ降りてきたからでしょうか、いつもより美しく見えます。

 今度は紫紺と青藍も連れてきてあげましょう。誘ったら黒緋も一緒に来てくれるでしょうか。

 …………。

 …………ああ、やっぱりいけません。ちょっと調子に乗りました。

 四凶しきょうを討伐して想いが通じあってからの黒緋はとても優しくしてくれるので、気を抜くと調子に乗ってしまいそうになるのです。

 今の黒緋は私を愛してくれています。できればずっと私だけを愛してほしいのです。でもそれが我儘だということはよく分かっています。だから少しでも長く今の幸せが続くように願うのです。努めるのです。この怖いくらいの幸せが続きますようにと。

 私は川辺を歩き、広い寺院の外壁にそって歩きます。

 でも寺院の正門に差し掛かった時でした。なにやら騒がしい人だかりができています。

 若い女性や市女笠いちめがさを被った高貴な婦人が人垣をつくっているようでした。

 不思議に思いつつも歩いていくと、すれ違う若い女性たちの会話が聞こえてきます。


「やった~、大吉だって。待ち人来たる、それって今夜夜這(よば)いがあるってことかしら」

「ええ、いいな~。私は小吉。今の人とは駄目なのかな」


 女性たちが大吉だの小吉だの言っています。どうやらおみくじのようですね。

 きっと寺院の前におみくじ屋さんの出店があるのでしょう。

 私はそのまま前を通り過ぎようとしましたが、その時。


「そこの御前ごぜん様、ちょっといいかな?」


 ふと男に呼び止められました。

 立ち止まると女性たちの人垣が割れて、そこにはおみくじ屋の若い男。

 目が合うと男はニヤリと笑う。男は整った顔立ちながらも修験者しゅげんしゃの衣装を着崩しています。野性味がありながら研ぎ澄まされた刃のような雰囲気の男でした。


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