呪いといえば藁人形4
「黒緋様、原因は分かっているんですか?」
「調べさせているが原因不明だ」
「そんな……」
困惑してしまう。
どう考えてもイナゴの虫害など起こるはずがありません。
「黒緋様、地上でなにか起こっているかもしれません。行ってはいけませんか?」
「まさか、お前が行くのか?」
「はい。豊穣を約束したのは私です。天妃として見過ごせません」
「気持ちは分かるが……」
黒緋は悩んでしまいました。
……そんなに悩むことでしょうか。以前の黒緋は一人で地上へ行っていたのに。しかも地上に行ったまましばらく帰ってこないこともあったくらいです。
「あなたはよく一人で地上に行くじゃないですか」
「今はそんなに行ってないだろ」
黒緋が少し言い訳じみた口調で言いました。
彼らしからぬ焦った様子に首を傾げてしまいます。
たしかに黒緋は以前より地上へ行く頻度が減りました。
私が遠ざけられていた頃はよく地上に遊びに行っていたのです。私が出迎えると機嫌を損ねてしまうこともありました。
でも四凶を倒して地上から天上に帰ってきてからは、黒緋は地上よりも後宮にいる私のところへ来てくれます。地上へ行かなくなったわけではありませんが、『顔を見に来た』と私がいる後宮へ会いに来てくれるのです。
「そうですけど。……黒緋様?」
うかがうように黒緋の顔を見つめました。
すると目が合った黒緋が少し苦い顔になってしまいます。……なにか余計なことを言ってしまったでしょうか。
内心心配してしまいましたが、黒緋もまたうかがうように私を見ました。そして。
「……嫌だったか? その、俺が地上に一人で行くのは」
「え、いきなりどうしました?」
「聞きたい。どうだったんだ」
「えっと……」
困りました。急にそんなことを聞かれても困ります。
黒緋は嫌だったのかと聞きますが、正直なところ他の妻室のところに行かれるよりはよかったです。
でもそんなことは言いたくありませんでした。嫉妬深い女だと思われて、面倒な女だと疎まれてしまうかもしれません。挙げ句、後宮に新たな妻を迎えられるのは絶対に嫌でした。
だから黒緋が好みそうな返事を考え、そっと笑いかけました。
「その時の私は地上に興味がなかったので、黒緋様が一人で地上へ行ってしまうことを不思議に思っていました。でも、あなたが地上の人間を深く愛していることは分かっていたので嫌ではありませんでしたよ。地上のことを語るあなたの笑顔を愛していますから」
嘘ではありません。これもほんとう。
ただ他の妻室のところに行ってしまうのが嫌だったと、それは言わないだけ。
「今は私も地上が大好きですけどね」
「そうか」
「はい」
冗談めかした私に黒緋が安心した顔になりました。
その様子に私も内心安堵します。正解だったようですね。また遠ざけられてしまうのは絶対嫌ですから。
「黒緋様、どうか私も地上に行かせてください。地上が飢饉になってしまうかもしれないのに放っておけません」
そう言って抱っこしていた青藍を横に置くと、床に両手をついて深々と頭を下げました。
「黒緋様、どうかよろしくお願いします」
私は改めてお願いします。
そんな私を黒緋は黙って見ていましたが、少しして長い息をつきました。
「顔を上げろ」
「いいえ、どうしても許可をいただきたく」
駄目です。許可をいただけるまで頭をあげるつもりはありません。
頑なな私に黒緋が苦笑しました。
「許可というが、お前に願われれば許すしかないだろ。思案したところで意味はない」
「え、それじゃあ……」
ハッとして顔を上げました。
すると目が合って、ああ頬が熱くなる。
だって黒緋は思いがけないほど優しい目で私を見ていたのです。
そんな目で見られると甘い誤解をしてしまいそうになって、慌てて首を横に振りました。黒緋は天帝です。いくら私が天妃でも調子に乗ってはいけません。
私は気を取り直して黒緋を見つめました。
「では、行ってもいいんですね!?」
「ただし俺も一緒だ。それなら許可する」
「え、あなたと一緒に!?」
「嫌か?」
「とんでもない! 嬉しいです!」
信じられない申し出に胸が高まりました。
またあなたと地上にいけるなんて、こんなに嬉しいことはありません。
「ちちうえ、ははうえ、オレもいきたい! オレもいっしょにいく!」
紫紺が「ハイッ、ハイッ」と手を上げて訴えてきます。
それを見ていた青藍も「あいっ、あいっ」と手を上げる。もちろん意味は分かっていませんが、紫紺の真似をしているのですね。
「もちろんです。紫紺と青藍も一緒に行きましょう。黒緋様、いいですよね?」
「ああ、最初からそのつもりだ」
黒緋の嬉しい返事に紫紺はやったー! とおおはしゃぎ。
「せいらん、ちじょうにおでかけだ!」
「あう?」
「お・で・か・け! やったーだ!」
そう言って紫紺が青藍にバンザイの恰好をさせています。
青藍は訳が分からないながらも楽しい気持ちになって、「あいあいあ~」と両腕をあげていました。
こうして私たちは地上へ行けることになったのでした。