峠の宿場町にて1
傀儡師一座の舞台を観覧したあと、私たちは宿場町にある宿坊に泊まることになりました。
神社の境内にある宿坊ですが、ここは熊野詣や伊勢参りに出かける上皇や公家が御用達にしている宿坊のようですね。外観も内観も都の貴族の屋敷のように広々として立派なものでした。
提供された夕餉も腕の立つ料理人によって土地のものがふんだんに使われていて、どれもとてもおいしくて紫紺も青藍も大満足のようでした。
陽が沈んで燭台の灯かる頃。
私と青藍は湯浴みを終えて部屋に戻ります。旅の途中に豪勢な夕餉をいただき、沸かしてもらった湯で湯浴みまでできました。旅は過酷なものとばかり思っていたのでなんだか拍子抜けですね。
「いい湯でしたね。あなた、湯の中でうとうとしてましたね」
「あうあ〜」
「ふふふ、気持ちよかったんですね」
「あい」
青藍が上機嫌にお返事してくれます。
赤ちゃんの丸くて柔らかな温もり。湯上がりの赤ちゃんとはいいものですね。
ちゅちゅちゅっ。指吸いをしながら気持ちよさそうに微睡んでいます。このままうとうと眠ってくれるといいのですが。
「戻りました。黒緋様、紫紺、いますか?」
部屋に戻ると黒緋と紫紺がいました。
黒緋は渡殿で月を眺めて晩酌を楽しんでいます。その隣では紫紺が気持ちよさそうに大の字で寝そべっていました。湯上がりなので夜風が気持ちいいのですね。
「先にあがっていたんですね。黒緋様、紫紺をありがとうございました。紫紺はわがままをしませんでしたか?」
「大丈夫だ。体を洗うのも着替えも全部自分でしていた。俺がしたことといえば髪を洗ってやることくらいだ」
「オレはなんでもできる」
「それは頼もしいな。だが風呂で泳ごうとするのはやめておけ」
「たのしくなったんだ」
「溺れないかひやひやしたぞ」
「オレはおぼれない」
紫紺が自信満々に答えました。
とても力強い言葉ですが大の字で横になったままなのでなんだかおかしいですね。
抱っこしていた青藍を降ろすと、紫紺の顔を覗きこみます。
「紫紺、いつまでもごろごろしていてはいけません。湯冷めしてしまいますよ?」
「まだあついんだ」
「すぐに冷えてしまいます。ほらちゃんと前も合わせてください」
ごろごろしていたので寝間着が乱れています。これでは本当に風邪をひいてしまいますね。それにお行儀もよくありません。紫紺は天帝の血を継いだ御子なのですからしっかり教育しなければ。
「ダメです。風邪を引いてしまいます。それにお行儀だって悪いですよ」
「おぎょうぎ?」
「そうです。あなたは天帝の嫡子です。どんな時も威厳を持たなければいけません」
そう、紫紺はまだ三歳の子どもですが天帝の嫡子です。それはゆくゆくは天帝の玉座に座るということ。紫紺が立派な天帝になるように育てるのは天妃である私の責務でした。
「さあ起き上がってください」
「ここひやひやできもちいいのに~」
「気持ちは分かりますが、それでは立派な殿方になれませんよ?」
「ははうえはりっぱなのすき?」
「そうですね、好ましいと思います」
「じゃあオレりっぱ~」
紫紺がぴょんっと起き上がりました。
反動を利用した見事な身体能力です。三歳児とは思えぬそれに黒緋の血を色濃く受け継いでいるのが分かります。
「あ、こんどはせいらんがころころしてる」
「え?」
振り向くと青藍がころころ転がっていました。
どうやら兄上の真似をしたかったようですね。「あうあ〜」と赤ちゃんがころころしています。
「せいらん、まてまて~!」
「あい~。ばぶぶっ」
「こら、二人とも騒いではいけません」
二人の追いかけっこが始まってしまいました。
湯冷めどころか眠気まで冷めてしまったようです。
私は止めようとしましたが晩酌を楽しんでいた黒緋に声をかけられます。
「鶯、そろそろ俺にも構ってくれ」
「でも紫紺と青藍が騒がしくしてしまっています」
「俺は構わない。それに今夜この宿坊に泊まるのは俺たちだけだ。多少騒がしくしても問題ないだろう。鶯、こっちへ来い。少し付き合ってくれ」
「あなたがそう言うなら……」
私は小さく苦笑して黒緋の隣に座りました。
酒器を渡されて酒を注がれます。




