あわれなるもの、都の鬼6
「おでかけだぞ、せいらん。みんなでおでかけ。きないにいくんだ」
「あう?」
「お・で・か・け」
「……。あー、あうあ〜」
「ちがう〜。おでかけ! きないめぐり!」
「ばぶぶっ、あうー」
青藍は紫紺の真似をしようとしますがやっぱり難しいですよね。
「ふふふ、それくらいにしておいてあげてください。青藍はまだ赤ちゃんですからね」
「せいらんはしかたないな~」
呆れた様子の紫紺に私はクスクス笑います。
青藍を膝に抱っこして紫紺の頭をよしよししてあげました。
「――――賑やかだな。なにかありましたか?」
ふと花緑青の声がしました。
ようやく帰宅したのですね。花緑青が黒緋に挨拶します。
「兄上、ただいま帰りました」
「ずいぶん遅かったな。腹が減っているならなにか用意させるが」
「お気遣い痛み入ります。しかし出先で軽くいただいてきたので」
「そうか、なら晩酌に付き合ってくれ」
「はい、喜んで」
花緑青はにこやかにそう言うと黒緋に足を向けます。
でも、ふわり。私の近くを通った時に仄かな香の薫りが漂いました。
これは移り香ですね。きっと仕事の帰りにどこぞの女人のところに寄っていたのでしょうね。
花緑青はふと私の前で立ち止まりニコリと微笑みます。
「義姉上、どうしました?」
「いいえ、こんな遅くまでご苦労様です。繁盛しているのですね」
「おかげさまで」
丁寧にお辞儀して黒緋の隣に腰を下ろしました。
花緑青は黒緋の前では可愛げのある弟になるのです。
女官が花緑青の酒器を運んできました。
紫紺と青藍も叔父の帰宅にはしゃぎだします。
「はなろくしょう、おかえり! あしたはきないめぐりなんだ!」
「ばぶぶっ。あい~」
「畿内巡り? 兄上、畿内巡りへ行くんですか?」
「ああ、急だが鶯と子らを連れて明日から行ってくる。お前も来るか?」
「お誘いありがとうございます。せっかくですが、明日は公卿から相談に乗ってほしいと頼まれていまして」
「そうか、お前のみくじは当たるからな。お前の評判は俺の耳にも届いているぞ」
「陰陽寮の方々に噂していただけるとは恐悦至極」
そう言って花緑青は酒を煽ります。
語らう黒緋と花緑青の隣では紫紺と青藍も楽しそうにおしゃべりです。
「せいらん、あしたはどこいく?」
「あう?」
「オレはやまにのぼって、かわであそびたい。つりもするんだ」
「ばぶぶっ」
「せいらんはまだあかちゃんだからみてろ。わかった?」
「あう?」
「オレがおっきいおさかなつってやるから、いいこでみてるんだぞ。わかった?」
「あう?」
「わかった?」
「あい」
青藍がこくんと頷きます。
青藍はまだ赤ちゃんなのできょとんとしていますが、紫紺は楽しそうに構ってくれていました。
花緑青も酒を飲みながらそれを見ていましたが、ふと口を開く。
「紫紺と青藍は仲がいいんですね。幼いとはよいことです」
「そうだな。青藍はいつも紫紺にくっついて回っている。ハイハイで追いかけるそうだ」
「ハハハッ、それはいい。幼いうちから仲違いもあると聞くこともあるが、兄上のところに限っては心配ないようだ。これも義姉上のご尽力の賜物でもあるのかな。地上にいるといろんな兄弟を目にするものですから」
花緑青がニコリと笑って言いました。
血縁とは不思議なもので、なによりも強い絆が結ばれるものでありながら、ひとたび断ち切れればなにより深い亀裂となるもの。
政争の火種となれば呪い呪われの憎悪が生まれ、血で血を洗う争いとなり、果ては何万何千もの人々を巻き込む戦にだってなりかねないものなのです。
地上で修行していた花緑青はそういった光景を幾度となく目にしてきたのでしょう。
そんな花緑青が笑顔で目を細め、なにげなく口を開く。
「今はよい時期だ。なんの柵も憂いもない。なにも分からないから純粋だ」
笑顔なのに僅かに混じった皮肉。ここには黒緋もいるというのにこのような物言いをするなんて、溢れでた本音というものでしょうか。
私は一秒目を閉じて、ゆっくり目を開く。花緑青にニコリと笑いかけます。
「今だけがよい時期なのではありません。これからも続きます。私が続かせます」
笑顔できっぱり言い返しました。
紫紺と青藍に芽生えた兄弟の絆はこれからも続くもの。決して断ち切れることはないのです。
花緑青から一瞬表情が消えて、でもすぐに人好きのする笑みを浮かべました。