表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

19/29

あわれなるもの、都の鬼6

「おでかけだぞ、せいらん。みんなでおでかけ。きないにいくんだ」

「あう?」

「お・で・か・け」

「……。あー、あうあ〜」

「ちがう〜。おでかけ! きないめぐり!」

「ばぶぶっ、あうー」


 青藍は紫紺の真似をしようとしますがやっぱり難しいですよね。


「ふふふ、それくらいにしておいてあげてください。青藍はまだ赤ちゃんですからね」

「せいらんはしかたないな~」


 呆れた様子の紫紺に私はクスクス笑います。

 青藍を膝に抱っこして紫紺の頭をよしよししてあげました。


「――――にぎやかだな。なにかありましたか?」


 ふと花緑青はなろくしょうの声がしました。

 ようやく帰宅したのですね。花緑青が黒緋に挨拶します。


「兄上、ただいま帰りました」

「ずいぶん遅かったな。腹が減っているならなにか用意させるが」

「お気遣い痛み入ります。しかし出先で軽くいただいてきたので」

「そうか、なら晩酌に付き合ってくれ」

「はい、喜んで」


 花緑青はにこやかにそう言うと黒緋に足を向けます。

 でも、ふわり。私の近くを通った時に仄かなこうの薫りが漂いました。

 これはうつですね。きっと仕事の帰りにどこぞの女人のところに寄っていたのでしょうね。

 花緑青はふと私の前で立ち止まりニコリと微笑みます。


義姉上あねうえ、どうしました?」

「いいえ、こんな遅くまでご苦労様です。繁盛しているのですね」

「おかげさまで」


 丁寧にお辞儀して黒緋の隣に腰を下ろしました。

 花緑青は黒緋の前では可愛げのある弟になるのです。

 女官が花緑青の酒器を運んできました。

 紫紺と青藍も叔父の帰宅にはしゃぎだします。


「はなろくしょう、おかえり! あしたはきないめぐりなんだ!」

「ばぶぶっ。あい~」

「畿内巡り? 兄上、畿内巡りへ行くんですか?」

「ああ、急だが鶯と子らを連れて明日から行ってくる。お前も来るか?」

「お誘いありがとうございます。せっかくですが、明日は公卿くぎょうから相談に乗ってほしいと頼まれていまして」

「そうか、お前のみくじは当たるからな。お前の評判は俺の耳にも届いているぞ」

「陰陽寮の方々に噂していただけるとは恐悦至極」


 そう言って花緑青は酒を煽ります。

 語らう黒緋と花緑青の隣では紫紺と青藍も楽しそうにおしゃべりです。


「せいらん、あしたはどこいく?」

「あう?」

「オレはやまにのぼって、かわであそびたい。つりもするんだ」

「ばぶぶっ」

「せいらんはまだあかちゃんだからみてろ。わかった?」

「あう?」

「オレがおっきいおさかなつってやるから、いいこでみてるんだぞ。わかった?」

「あう?」

「わかった?」

「あい」


 青藍がこくんと頷きます。

 青藍はまだ赤ちゃんなのできょとんとしていますが、紫紺は楽しそうに構ってくれていました。

 花緑青も酒を飲みながらそれを見ていましたが、ふと口を開く。


「紫紺と青藍は仲がいいんですね。幼いとはよいことです」

「そうだな。青藍はいつも紫紺にくっついて回っている。ハイハイで追いかけるそうだ」

「ハハハッ、それはいい。幼いうちから仲違いもあると聞くこともあるが、兄上のところに限っては心配ないようだ。これも義姉上のご尽力の賜物たまものでもあるのかな。地上にいるといろんな兄弟を目にするものですから」


 花緑青がニコリと笑って言いました。

 血縁とは不思議なもので、なによりも強い絆が結ばれるものでありながら、ひとたび断ち切れればなにより深い亀裂となるもの。

 政争の火種となれば呪い呪われの憎悪が生まれ、血で血を洗う争いとなり、ては何万何千もの人々を巻き込む戦にだってなりかねないものなのです。

 地上で修行していた花緑青はそういった光景を幾度となく目にしてきたのでしょう。

 そんな花緑青が笑顔で目を細め、なにげなく口を開く。


「今はよい時期だ。なんのしがらみも憂いもない。なにも分からないから純粋だ」


 笑顔なのに僅かに混じった皮肉。ここには黒緋もいるというのにこのような物言いをするなんて、溢れでた本音というものでしょうか。

 私は一秒目を閉じて、ゆっくり目を開く。花緑青にニコリと笑いかけます。


「今だけがよい時期なのではありません。これからも続きます。私が続かせます」


 笑顔できっぱり言い返しました。

 紫紺と青藍に芽生えた兄弟の絆はこれからも続くもの。決して断ち切れることはないのです。

 花緑青から一瞬表情が消えて、でもすぐに人好きのする笑みを浮かべました。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ