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呪いといえば藁人形1


 天上界。それは神域の森の入口にありました。


のろいの藁人形わらにんぎょう……。困った物を見つけてしまいましたね……」


 思わぬものを見つけて目をぱちくりしてしまう。

 控えていた女官たちもざわめいて、私の視界から藁人形を隠してくれました。

 藁人形は天上でも地上でも呪物じゅぶつとして扱われているのです。


「天妃様、大変失礼をいたしました」

「このような忌物いみものを天妃様の目に触れさせてしまったこと、どうかお許しください」


 そう言って女官たちが地面に平伏ひれふしました。

 天妃である私の警備体制は厳重なものでなくてはならないので、私の行く先にこのような忌物があるのは彼女たちの落ち度です。

 ……こういう時、少し困ります。間違いや落ち度は誰にでもあることなので軽く許したいところですが、私の立場がそれを許さないのですから。

 でも仕方がありません。私は厳しい顔を作りました。


「このような不手際をされては不快です。今から神域の森へ入るというのに……」

「申し訳ありませんでした!」

「どうかご容赦ください……!」


 女官たちは恐縮してますます地面に平伏します。

 今すぐ立たせて衣装についた土や砂を払ってあげたいけれど、ぐっと我慢。でも叱って対面は保たれたのでもういいですよね。


「まあいいでしょう。今回のことは不問としましょう。幸いこの藁人形からは邪気を感じません。邪気がなければただのわらたば。これは藁人形ではなく、藁の束が木に打ち付けてあっただけのもの」

「ありがとうございます!」


 女官たちにほっと安堵が広がりました。

 私は頷いて女官たちを立たせます。


「みな立ちなさい。この藁の束のことを私は忘れます。みなも忘れるように」


 実際、藁人形から邪気を感じません。

 いつから藁人形が木に打ち付けてあったのか分かりませんが、邪気がなかったので誰も気づかず見過ごしていたのでしょう。


「では行きましょう」


 私は女官たちの集団を引き連れて神域の森の入口へ向かいました。

 神域の森の入口で女官たちは待機です。


「それではここでお待ちしています。いってらっしゃいませ」

「はい、では行ってきます」


 私は一人で森の中へ入っていく。

 天上界ではつねに天妃の私には護衛や世話役の女官たちが控えていますが、この神域は天帝の血筋と天妃の私しか立ち入ることは許されない禁足地きんそくちなのです。

 ここはある意味、天上界で私が唯一一人になれる場所といってもいいでしょう。

 でも私がここに来た目的は一人になるためではありません。


「さあ、今日も地上を見守らなければ」


 私は張り切って森の奥にある池に向かいました。

 そう、私の目的地は神域の森の奥にある池。この池は地上と繋がっていて、天上界にいながら地上の世界を見ることができるのです。

 人間として地上で暮らしていた私にとって地上は第二の故郷のようなもの、安寧を願うのは当然ですよね。

 そしてなにより地上には双子の妹である萌黄もえぎがいるのです。姉である私がしっかり見守ってあげなければ。


「今日は豊穣ほうじょう祭事さいじでしたね。斎王は十日前からみそぎをして大変だったことでしょう」


 斎宮で行なわれる豊穣の祭事は日本国土全域の豊穣を祈る大規模な祭事でした。日本の神職最高位である斎王は日本国土の安寧を祈っているのです。豊穣の祭事もその一つでした。

 私が池を見つめると、水面みなもに伊勢にある斎宮が映りました。

 儀式場になっている斎宮の庭園にはたくさんの巫女や白拍子、そして中心には斎王である萌黄の姿があります。

 斎王は天上に舞や供物を奉納し、神気の宿った声で祝詞を唱えていました。

 その光景を天上から見守りながら私はほうっとため息を一つ。


「立派ですよ、萌黄。あなたなら素晴らしい斎王になれると思っていました」


 鈍臭どんくさいところがあるので目を離せませんが、それでも立派な斎王になってくれました。幼い頃は私と離れたくないと言って斎王になることを拒んでいたというのに……。ほうっとまたため息をついてしまう。


「萌黄、頑張っているあなたに私の加護をたっぷり授けますからね」


 私は萌黄をよしよしするように水面を指でなでなでします。


「あなたの神気は私の神気。あなたが豊穣を願うように、私も大地の豊穣を願いましょう。この豊穣の祭事によって大地の実りが豊かになることを約束します」


 天妃の約束。

 その約束に私の神気が宿り、日本国土全域に広がりました。

 これで大丈夫。今年は誰も飢えることがない豊穣を約束しましょう。

 こうして私は日課になりつつある地上と萌黄の見守りを終えたのでした。





 あれから月の満ち欠けが一巡しました。

 天上も地上も平穏が続き、人々は日々つつがなく暮らしています。


「せいらん、こっちだ! はやくはやく!」

「あいあいあい~っ」


 天上の宮殿で子どもと赤ちゃんの元気な声が響いていました。

 もちろん紫紺しこん青藍せいらんです。二人は渡殿わたどので追いかけっこをしているのです。

 紫紺がパンパン手を叩きながら呼ぶと、青藍が嬉しそうにハイハイで追いかけます。二人とも広い渡殿を行ったり来たり、とても楽しそうに遊んでいます。


「ふふふ、青藍のハイハイの動きが早くなりましたね」


 私は唐衣からぎぬの袖で口元を隠して小さく笑いました。

 タタタッと軽快に走る紫紺の後ろを、ペタペタペタペタと青藍も元気にハイハイです。小さな手で前へ前へと進む姿は可愛らしいものです。


黒緋くろあけ様もそう思いませんか?」


 私は隣にいる黒緋を振り返りました。

 黒緋も紫紺と青藍の元気な姿に目を細めます。


「ああ。青藍もよく動くようになった。そろそろ一人で立つんじゃないのか?」

「そうですね、なにかに掴まれば自分で立ち上がるようになりましたから。その時が楽しみです」


 そう言って私は笑いかけました。

 こうして黒緋と一緒に紫紺と青藍が遊んでいる姿を見守れるのは嬉しいことです。だってまるで家族の時間みたいじゃないですか。

 もちろんここには多くの士官や女官たちが控えているので家族だけというわけではないのですが、それでも天帝の黒緋が私と私たちの子どもである紫紺と青藍のいる後宮に来てくれるのは嬉しいことでした。


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