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幼女の覇道 ~愛される技術  作者: えいみK
七章 世界と幸福の正体。我が世。
8/8

世界と神と幸福の正体

 俺がこっちの世界に来て、一年が経った頃。

 俺は、パパとママと一緒に、スタジオビルの最上階のフロアに行くことになった。

 最上ひかるっていう人に会うために。

 最上ひかるっていうのは、このスタジオビルのオーナーで、パパたちが籍を置いている芸能事務所の創業者社長。ビルに入っている番組制作会社やビル管理会社や研究開発所も全部、その人が最高責任者なんだって。つまり、パパたちのボス。

 パパたちは、その人を『総帥』って呼んでるんだって。

 記録が残っているだけでも千数百年以上続く古い名家、最上家の現当主。最上家は、常に、日本国の各時代の最高権力者と繋がりを持ち、表立って権力を振るうことはなかったが、非正規の私軍で、この国を陰から守り続けていたらしい。

 だが、国の存亡がかかった重大時にも、人間同士の戦い――外国との戦争――には加担しない。

 最上家が動くのは、敵が人間以外のものである場合のみ。

 最上家は、神話の時代から人知れず、たとえば、ヤマタノオロチ、竜、鬼といった怪物たちを退治してきた家なんだそうだ。

 最上家の当主には、そういった異形のものの出現を予知する力が備わっていて、これから亜神出現の頻度が急激に上がることも予覚済み。

 であればこそ、これまでのように人知れず亜神を退治することを諦め、こんな会社を立ち上げ、ビルを建て、亜神に太刀打ちできる人材の育成を始めた――。


 総帥に会いに行く日、武士お兄ちゃんたちは、そんなふうなことをナデシコに説明してくれた。総帥がどんな人物で、何をしている人なのか、パパたちも正確なところを知っているわけではないようだった。

「総帥は、とにかく、ものすごい金持ちなんだ」

「嘘か真か、最上家は、国外にダイヤか金の鉱山を持ってるんだって噂もある。だから、日本の経済が停滞しようが、世界恐慌が起きようが、全く影響を受けないんだとか」

「怪物出現を予覚する能力に恵まれてしまったばっかりに、怪物退治を義務づけられた家。しかも、すべての費用は自腹。国からの援助は全く無し」

「自腹でないと、自主独立性を保てないだろう。時の権力者に利用される恐れがある」

「あ、それで自腹なのかー」

 ナデシコに最上家のこと、総帥のことを教えてくれる武士お兄ちゃんたちの言葉は、とりとめがなくて、大方が推測でできていた。

 つまり、パパたちは、最上家について、正式に正確な説明を受けたことはない。最上家の偉い人は、パパたちにその説明をする必要はないと思っている。

 パパたちにとって、総帥は雲の上の人、御簾の向こうに鎮座ましましている正体不明の人ってことだ。

 胡散臭い。ただひたすら胡散臭い。

「ナデシコちゃんは、面倒なことは覚えなくていいよ」

 最後に、ママが、武士お兄ちゃんたちの発言を総括してくれた。

「僕たちは、ナデシコちゃんが僕たちと暮らしていても誰も文句を言えないようにしてほしいって、総帥にお願いしたんだ。総帥は、そのお願いをきいてくれて、ナデシコちゃんを最上家の親戚の家の養女ということにしてくれた。つまり、僕たち五人の妹っていうことにしてくれたんだ。ナデシコちゃんは、今日、僕たちと一緒にそのお礼を言いに行くんだよ」

 要するに、最上ひかるという名の総帥は、死んだ子供であるナデシコに新しい戸籍を作り、社会的立ち位置を確保してくれた――ということのようだった。

 この世界では、何をするにも、公的機関が発行した本人確認書類というものが必要だということには、俺も気付いていた。わざわざ礼を言いにいくのが当然なほど大層なことを、総帥がナデシコのためにしてくれたことを、俺はちゃんと理解した。

 それでも俺には、

「ナデシコはパパの妹じゃないよ! ナデシコはもう、パパのこと、パパって呼べないの!?」

ということの方が大問題だったが。

 まさかそういう反応が帰ってくるとは思っていなかったらしく、ママが目をぱちくりさせる。

「何を言っているんだ」

 パパも、そんなことは考えてなかったみたい。

 気を取り直したママが、幾度か浅い首肯を繰り返した。

「もちろん、ナデシコちゃんは、これまで通り、秀人のこと、パパって呼んでいいんだよ。僕たちの妹っていうのは、あくまで書類上のことだから」

 ママに言われて、俺は一安心。固くなっていたナデシコの頬の筋肉が、ふっと緩む。

 そこに、ナデシコ以上に緩んだ武士お兄ちゃんの茶々。

「そんでもちろん、ナデシコはこれまで通り、優理のことも、ママと呼び続けていいんだぞ」

 笑っているのは、武士お兄ちゃんだけでなく、水樹お兄ちゃんと光輝お兄ちゃんも。

 ナデシコがパパとママの子のままでいられることを、武士お兄ちゃんたちも嬉しく思ってくれているんだ。

 俺はもっと嬉しくて、笑いながら、パパたちが座ってるソファの周りを何周も駆け巡った。


 だが、一度地下まで下りて、地下駐車場から最上階直行エレベータに乗り込む時には、俺はいい子で静かにしてたぞ。

「ナデシコちゃん。総帥の前では、お行儀よくしててね。でも、『どうもありがとう』は、大きな声ではっきり。総帥は、ナデシコちゃんのために、とっても難しいことをしてくれたんだ」

 ママにそう言われたせいもあるけど、いつもナデシコより騒がしい武士お兄ちゃんが、最上階直行エレベータに乗り込んだ途端、すごく静かになっちゃったから。武士お兄ちゃんの緊張が、ナデシコに伝染ったんだ。


 最上ひかる。

 国の権力者にも公的機関にも口出しを許さず、自主独立を守る亜神討伐組織の指揮統率者。

 遺伝子編集という非合法かつ非倫理的な手段で、パパたちを人類最強の五人にした、善悪の彼岸に立つ人物。

 それは、どれほど怖ろしい奴なのか。

 総帥執務室に入る時、俺はパンガイア世界の大神殿で最高神のいる至聖所の扉の前に立った時と同じくらい、緊張していたかもしれない。

 この世界の亜神討伐の指揮統率者といえど、所詮は人間。出会いがしらに強力な攻撃を受けることはないだろうが――あの時と違って、今の俺は非力な子供だからな。

「お入りください」

 秘書か執事か侍従なのか、よくわからない黒服の男が、俺たちを総帥の執務机の前に案内する。

 部屋は広かった。

 装飾らしい装飾なし。

 調度といえるものもなし。

 あるのは、パソコンが一台置かれただけの、大きくて重たそうな机のみ。

 その机に座っている総帥、最上ひかるの姿を認めた時、俺はパンガイア世界で初めて最高神の姿を見た時以上の衝撃を受けたんだ。

 なんてことだ!


 最上ひかる。

 ものすごい大金持ち。

 この世界で最強の人間であるパパたちの上司。

 いかなる権力者にも遠慮しない、亜神討伐組織の指揮統率者。

 人徳あふれる好々爺か、権謀術数を駆使する中年男か、屈強な戦士タイプの青年か。

 あの時と同じだ。

 俺の推測は、すべて外れた。

 そこにいたのは、十代半ばにしか見えない、ひ弱な少女だった。

 漆黒の髪、空色の瞳。

 俺をこの世界に飛ばしてくれたパンガイア世界の最高神と同じ顔をした――。


「優理。あなたたちに直接会うのは、一年振りくらいかしら。あなたたちの仕事の目覚ましい成果については、もちろん、すべて報告を受けています。これまでにないほど亜神出現の頻度が上がっている今、あなたたちは、それらをすべて撃退し、この世界の被害も最小限に抑えてくれている。本当にありがとう」

 『ありがとう』? ありがとう、だと?

 自分と自分に追従する神々以外の命を――人間や亜神の命など、鳥が食い散らかした果実の種ほどの価値もないと考えていた、あの生意気な最高神が、特別上等上質とはいえ人間ごときに『ありがとう』だと?

 俺をこの世界に飛ばしてくれたクソ生意気なチビ最高神と全く同じ姿をしてはいるが、これはあの最高神とは違う何者かなのか? これは、他人の空似というやつか?

 一瞬、俺は、その可能性を考えた。

 そして、すぐに、その考えを捨てる。

 姿だけのことじゃない。最上ひかるから受ける“感じ”は、俺がパンガイア世界で対峙した最高神のそれと、全く同じものだった。

 人間たちのそれとも、亜神たちのそれとも、他の神々のそれとも異なる、あの“感じ”。

 間違いない。この女、最上ひかるは、パンガイア世界のあの最高神だ。あの瘠せっぽちの最高神だ。

 人間や亜神には存在する意味も意義も権利もないと信じ、ただただ自分と自分に従う神々のみを愛し認めていた最高神。

 冷ややかな目で、一言の警告すらせず、一片のゴミを視界から消し去るように、俺を異世界に捨ててのけた最高神。

 そいつが、俺の目の前にいた。


 その女は、微笑を浮かべて掛けていた椅子から立ち上がり、パパと手を繋いでいる俺の前にやってきて、俺の前にしゃがみ込んだ。

「あなたがナデシコちゃん? 聞いていた通り、とても可愛らしい。生き返ってくれて、本当によかったわ」

 なんだ、その、俺が生き返ったことを本気で喜んでいるような目は。

 俺は、わけがわからなくて、ぽかんとしていた。『どうもありがとう』を言うどころじゃない。

 いったい、これは何の冗談だ。

 なぜこんなことに――なぜこんな事態が起こり得るんだ?

「パ……パパたちがナデシコを助けてくれたの……」

 そうだ。俺を助けてくれたのはパパたちだ。断じて、この女じゃない。

「ええ、よかったわ。ナデシコちゃんのパパたちは、命の大切さを知っている。亜神の掃討だけが――自分たちに害を為すものを消去できれば、それだけでいいと考えるような冷たい心は持っていない」

 そうだ。おまえとは大違いだ。

 俺は唇を引き結んで、じっと最高神の目を凝視した。

 最高神が、同じように俺の目を見詰め返し、だが、すぐにその視線を脇に逸らす。

 彼女はその場に立ち上がり、ママに向かって、少し困惑の混じった微笑を向けた。

「あなた方の、自身の命を顧みない勇敢な働きには、感謝のしようもありません。ナデシコちゃんのことに限らず、あなた方の望みは、可能な限り叶えるつもりです。何でも言ってちょうだい。あなた方は、本当に欲がなさすぎてよ」

 何だ。この気持ち悪い猫撫で声は。

 おまえは、一人で、この世界に飛んできたのか? 自分を守ってくれる神々のいないこの世界で、至高の十二神に代わって自分を守護する者たちを作ろうとしているのか?

「総帥には、生きる場所と生きる目的を与えてもらいました。僕たちだけでなく、ナデシコちゃんの戸籍まで作ってくださった。感謝しています」

 ママが、丁寧な言葉で、やわらかい物腰で、最上ひかるに感謝の意を伝える。

 その謝辞は、遠慮というより、『あなたの厚意に、積極的に甘えるつもりはない』という、極めて婉曲的な拒否だった。

 俺の大好きなパパたちと俺の大嫌いな最高神には仲良しでいてほしくない俺が、勝手にそう感じただけだったのかもしれないが、実際に、パパたちと最上ひかるは仲良しではないようだった。

 総帥執務室に入ってから、パパたちは一度も口を開いていない。きっと、パパたちがママみたいにお行儀のいい口の利き方ができないから。うっかりいつもの調子で気安く砕けた言葉を吐いて、総帥の機嫌を損ねてしまったら大ごとになるからだ。

 だから、ちゃんと敬語を使えて、社交辞令が言えて、人当たりのやわらかなママが、パパたち五人の交渉窓口になっている。ママが交渉窓口なのは、ママだけが最高神と同性だということも関係しているのかもしれない。

 ともかく、俺は、俺の大好きなパパたちと大嫌いな最高神が仲良しでないことを確信し、大いに留飲を下げたんだ。

 パパたちが愛し守ろうとしているのはナデシコで、生意気で冷酷な最高神じゃない。俺は、その事実が気持ちよくてならなかったんだ。不倶戴天の敵と想定外の再会を果たしてしまった、衝撃の極みと言っていいこの場面で、俺にはそれが最重要事項だった。

 非力な幼女である俺が、今、最上ひかるに戦いを仕掛けていっても全く勝負にならないことがわかりきっていたから、闘争心や復讐心が燃え上がらなかった――という事情もあるかもしれない。

 いや、違うか。

 俺は、この世界にやってきて知ったんだ。

 戦闘力、武力、政治力なんかには、何の意味もない。どんな世界ででも、愛されている者こそが真の勝者なのだということを。

 パンガイア世界で、俺は、世界の覇権を手に入れかけた最底辺の存在だった。

 対して、最高神は、至高の十二神に守られた天上の存在。

 それが、この世界では見事に逆転。

 俺は、最高神・最上ひかるの上に、かつての自分の姿を重ね見て、哀れみの気持ちをさえ抱いていたかもしれない。


「そんなに畏まって遠慮しなくてもいいのよ」

 残念そうに、最上ひかるが言う。

 ああ、本当に、パンガイア世界での俺の姿を見ているようだ。

 できることなら、孤独な最高神に教えてやりたいよ。

 もし、おまえが本気でパパたちと仲良しになりたいのなら、パパたちをスタジオビルの最上階フロアに呼びつけたりせず、美味しいケーキを持って、ナデシコのおうちに遊びにくればいいんだぞ――と。

 気位の高い最高神様にそれができるかどうか、そこが運命の分かれ道だ。

 最高神様には、そんなやり方は思いつかないか。

 この世界でも、神話の時代から続いた名家の流れを汲むお姫様だそうだし。

――と、顔には出さずに胸中で嘆息して、その息をすべて吐き終える前に、俺はとんでもないことに気付いた。


 俺は、最高神は当然、俺をこの世界に転送したあと、自らもこの世界に転移してきたのだと思っていたが、最上家という長い歴史を持つ家の存在を考えたら、それはあり得ないことなのではないか?

 そもそも俺がこの世界に転送されてきた時、最上ひかるは、この世界で既に、亜神を迎え撃つためのシステムを構築し終えていたんだ。いや、そのシステムは、千年二千年以上昔から、この世界に存在していた――。

 時系列の矛盾。

 時間がおかしい。

 数千年単位でおかしい。

 神は死なない。そして、神は不老だ。

 五歳のナデシコの柔軟な脳が、俺の百年分の経験と知識をこねくり回して導き出した結論は、実にとんでもないものだった。

「ひかるお姉ちゃん。ナデシコは五歳になったよ。ひかるお姉ちゃんはいくつ?」

 その結論(推論)の真偽を確かめるために、俺は最上ひかるに問うたんだ。

 ナデシコの馴れ馴れしい物言いに、ママたちは慌てたようだったが、今だけごめんなさい。

「総帥は、とっても偉くて、立派な人だって、ママたちは言ってたよ。神様より偉い? 神様みたいに、何万年も生きてる?」

 普通の人間の娘なら、戸惑いつつも笑いながら、『十五歳よ』とか『十六歳よ』とか、実年齢を答えてくるだろう。普通の人間の娘でなくても、年齢詐称に慣れている者なら、動じる様も見せずに偽りの年齢を口にする。

 だが、お偉くて、他人に年齢を問われたことなどない不死の神は、

「あ……ええ、いやだ、ナデシコちゃん。もしかして、人魚の話を聞いたの? 私が、人魚の肉を食べて、歳を取らなくなったって……」

 人間の振りをするために、言わずにいればいいことを、うっかり口にしてしまうんだ。

 最上ひかるが人魚の肉を食って不老不死になったなんて話、パパたちも聞いたことがなかったと思う。そんなこと、現代日本に生きているパパたちには思いつかないし、誰かに聞かされても、まともに取り合わない。

 最上ひかるの周囲で、そんな噂話がまことしやかに囁かれていたのは、今から何年前だ? 百年前か? 二百年前か?

 ともかく、最上ひかるは『十五歳よ』とは答えなかった。

 確認完了。俺は確信した。


 最上ひかるは、この世界で、何千年何万年も生きてきたんだ。へたをすれば、その時間の単位は“億年”かもしれない。

 最上家を作ったのは、この女だ。

 パンガイア世界の最高神は、この世界に自らを転送したりしなかった。

 パンガイア世界の最高神は、ずっとパンガイア世界に存在し続けた。

 なんてことだ。

 この世界は、パンガイア世界の未来の世界。

 パンガイア世界は、この世界の過去の姿。

 パンガイア世界とこの世界は、一つの同じ世界だったんだ!


 パンガイア世界の最高神は、俺を異世界に飛ばしたつもりで、パンガイア世界の未来に飛ばしていた。

 時空転移させているつもりで、その実、時間転移させていただけだったんだ。

 この女は、凶暴な亜神たちを未来に飛ばしていると、自覚してはいなかったんだろうな。

 その未来に、不老不死の自分がいずれ追いつくことを考えれば。

 普通レベルに論理的思考ができる者なら、目の前の怪物を、明日の自分の家に送るわけがない。

 最高神は、邪魔な亜神たちを、ちゃんとゴミ捨て場に送っているつもりだったに違いない。

 だが、何万年何億年かが経って、自分が目の前の怪物を未来に送っていたことを知り、慌てて、その亜神たちを迎え撃つ組織を作った。それが最上家だ。

 亜神の出現を予覚する能力だと? それは、奴が捨てたゴミの記憶だ。

 かつての最高神は、今、懸命に、自分が犯したミスの後始末をしているんだ。


 何というか――笑える話だな。うん、笑える話だ。

 ママが連れていってくれる図書館で、『世界の神様たち』とかいうタイトルの絵本に、ギリシャの十二神だの十二神将だの十二使徒だの、妙にパンガイア世界の至高の十二神に似た集団の言い伝えがあって、不愉快になったことがあったが、あれの元ネタは本当にパンガイア世界の至高の十二神だったのかもしれない。

 この世界がパンガイア世界の何万年何億年か先の未来だというのなら、それは大いにあり得ることだ。神の実像も実態も知らない人間たちの間で、かつてこの世界に存在した神たちの存在が口伝えに伝えられ、神話伝説になったというわけだ。

 そう。

 神話、伝説。

 今、この世界で、神たちはほとんど無力化している。

 神は不死なんだから、俺に倒されても――まともに活動できなくなるほど力を奪われても、数百年もすれば復活するはず――と、俺は思っていたんだが、あの後、あいつ等は蘇らなかったのか? それとも、蘇ったあとで、俺以外の何者かに、今度は完全に消滅させられた?

 俺は何となく、後者なのだろうと思った。

 一年暮らしてみてわかったが、この世界に神の存在を本気で信じている人間はほとんどいない。

 人間の信仰の対象は、神から科学へと移行した。その存在を信じ、畏れ、敬い、崇める下僕を持たない神になど、存在する意味も価値もない。当然、何の力もない。舗装された道の裂け目から、懸命に芽を出し、茎を伸ばし、花を咲かせて、人の心を和ませるタンポポほどの力もない。

 人間たちが神を信仰しなくなったために、神々は力を失い、滅びていったんだろう。他のどの神よりも人間たちに恐れられていた死を司る神――俺の父も滅んだんだろうか。

 ただ、最高神だけは、その力を維持している。

 神の力も存在も信じていない人間たちが、何の気もなく口にする『神様』。それが、今のこの世界における最高神なのかもしれない。ただの言葉、概念。

 その、ただの言葉、ただの概念に、何らかの力があるということか。


 ともあれ、自分を守ってくれていた至高の十二神を失い、復活も望めないことを知った最高神は、人間に頼らざるを得なくなかった。人間たちに強くなってもらって、過去から転送されてくる亜神たちを倒してもらうしかなかった。

 パンガイア世界で深く考えもせず亜神たちを転送した先が、現代の日本の関東周辺だったために、ここに亜神掃討のための拠点を作った――というわけだ。

 救いは、自分が送り込んだ亜神たちの特性や、送り込んだ順番を、いくらかは憶えていること。

 おそらく数ある亜神たちの中でも最凶最悪だった俺を、案じていたより容易に消し去ることができたので、今は以前より安心しているところ。

 人間たちの科学の進歩によって可能になった遺伝子編集の技術で人間の身体能力を強化することもできれば、破壊力抜群の武器もあるしな。

 俺がパンガイア世界からこの世界に飛ばされてから何万年何億年が経ったのかは知らないが、最高神は少し変わったような気がする。

 以前は――神々に叛意を抱いている亜神はともかく、何の力も持たない人間など、土の上を歩き回っている働きアリ程度にしか見ていなかったのに、俺やママたちに対する、へりくだり遠慮しているといっていいような接し方。こんな卑屈、俺が見知っている最高神には、到底考えられなかったことだ。

 同胞である神々を失って、最高神は、どれだけ孤独の時を過ごしてきたんだろう。パンガイア世界で最も強く最も美しい神たちに愛され守られ、自分は世界最高の存在だと、疑いもなく信じていたに違いない神が。

 今、その地位にあるのは、この俺だ。そして、それは、これからも変わらない。

 元最高神・最上ひかるが、パパたちを自分に忠誠を誓う下僕にするために、気持ち悪い作り笑いを浮かべてどれだけ媚びへつらっても、俺はそんなのには負けない。俺は常に最上ひかるより可愛いナデシコでいて、パパたちの目と心を俺だけに向けさせ続ける。

 そのためになら、どんな努力も厭わない。

 パパたちを亜神退治の道具としか思っていないような女に負けてたまるか。

 俺は今現在、既に、最上ひかるよりかなり有利な場所にいる。今の俺は、最上ひかるのように馬鹿げたプライドや意地は持ちあわせていないし、パパたちの好みや弱みも探りやすいポジションにいるからな。


 俺は最高神の正体に気付いたが、最高神はナデシコの正体に気付いていない。

 このまま、何も知らぬ振りをしよう。

 元最高神が、人間たちの信仰対象でなくなった今でも、神としての力を有しているのかどうかはわからないが、この女にナデシコの正体を知られて、また別の世界(未来世界?)に飛ばされたりしてはたまらないからな。

 俺は、この世界が気に入っている。

 ナデシコを愛してくれるパパとママ。その事実を認めている仲間たち。

 今の俺は何の力も持たないちっぽけな女の子なのに、それでも俺はパパたちの大事なお姫様だ。

 俺の求めているものがここにはある。パパたちのいるこの世界こそが、我が世。

 限りある命しか持たない人間。それでも、俺は、パパとママの可愛いナデシコでいたい。


「ひかるお姉ちゃん。ナデシコに親切にしてくれて、どうもありがとうございます!」

 ママに言われていた通り、お行儀よく、丁寧な言葉で、俺は最上ひかるに礼を言った。

 可愛らしくできたと思う。



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