神々との戦い
(これが最高神だと!?)
大神殿に至るアプローチは瓦礫の山。
無意味に巨大で威圧的だったファサードも、今は影も形もない。
このパンガイア世界に君臨する神々を祀る大神殿は、野蛮で下等な亜神である俺の力によって破壊し尽くされていた。
多少なりとも柱や屋根が残っているのは、神殿最奥のこの至聖所――パンガイア世界の最高神の御座所だけだ。
この世界の最高神、光の神とは、どんな姿の持ち主なのか。
見る者を圧倒するような美貌の女神か、輝くばかりに美しい青年神か。あるいは神々の長にふさわしい老人の姿をしているのか。定まった姿を持たない光そのものということも考えられる。
神ならぬ身の者が最高神に対峙するのは、おそらく世界開闢の時まで遡っても、この俺が初めてだろう。
最高神がどんなものであっても臆することなく、必ず、その存在を消滅させるのだ。
そう意を決して、俺は至聖所に続く重たい扉を押し開いたのに。
決意通りに、俺は、最高神と対峙しても臆することはなかった。恐れもしなかった。怯みもしなかった。
だが、驚いた。驚いて、愕然とした。
パンガイア世界の最高神である光の神。それは小柄で瘠せっぽちの――貧相と言っても語弊がないほど、ちっぽけな少女だったんだ。
人間でいえば、十代半ば。十四、五歳。何の力も感じられない。
長い漆黒の髪、空の色をした大きな瞳。純白の長衣。男女を問わず、ごてごてと我が身を飾り立てるのが常の神の一柱にしては、装飾品らしいものを一つも身につけていない。
身の丈も人間の少女と同じ。俺の五分の一ほどだろう。人間の少女そのもの。
それなりに美しいが、それだけだ。いや、美しいというより、これはただの可愛らしい子供だ。
対する俺は、人間と神の間に生まれた亜神。異質生物の結びつきで生まれた怪物だ。
人間や神の四、五倍の背丈、二十倍以上の質量を持つ巨体。このちっぽけな最高神は、俺の上腕ほどの背丈もない。シダの茎をへし折るよりたやすく、俺は片手で捻り潰せるだろう。
こんなのが最高神? 光の神?
こんなのが、このパンガイア世界の王!?
こんなのを、世界開闢の時から何千万年何億年も、至高の十二神が守り続けていたというのか?
いや、今となっては、奴等に冠せられていた『至高の』などという言葉こそが、奴等が我が身を飾り立てるのに用いていた無意味な装飾品にすぎなかったのだと、俺は断言できるがな。
至高の十二神に挑む前に戦った、奴等を守護する雑魚闘神たちの方が、よほど手応えがあった。
至高の神たちはどいつもこいつも、まとっている衣装が美しいだけの軟弱な花。水も養分もない荒れ野で生き延びてきた野草の方が強いのは理の当然というものだ。
至高の十二神のうち十一柱は、俺に倒された。
天空を司る神、地を司る神、水を司る神、知を司る神、武を司る神、美を司る神、火を司る神、植物を司る神、動物を司る神、鉱物を司る神、精神を司る神を、俺は倒した。
残るは死を司る神のみ。つまり、俺の父のみ。
死を司る神と最高神を倒せば、俺がこの世界の覇者になるんだ。
『倒した』と言っても、神は不死。五百年もすればその存在は再生し、世界の覇権を奪還するだろうが、それは俺の死後のこと。どうなろうと、俺の知ったことじゃない。
俺は、俺が生きている間、気取った神サマ方の姿が俺の視界に入ってこなければ、それでいいんだ。
俺はただ、神たちが嫌いなだけだ。命に限りのある人間と違って死ぬことがなく、人間には持ち得ない強大な力を持っているというだけで、威張りくさっている神たち。
『どうせいつかは死ぬのだから』という理由で、人間たちの命を軽んじる奴等。
それでいながら、奴等は、無責任に人間との間に子を成す。
神と人間の間に生まれた亜神は、神でも人間でもない怪物になる。
人間と神は、外見は似たり寄ったりだが、本質は全く異なる生き物なのだろう。異質生物同士の結びつきで生まれた亜神は、その大多数が神にも人間にも似ない化け物になる。
俺のように、姿は神や人間と同じで、大きさだけが巨大になるのはまだましな方。
一つの身体に顔が複数あったり、身体の一部が無機物で覆われていたり、手足が鳥や獣のそれだったり。知能も低いことが多いようだ。
『親と同じ姿をしているだけ、まだまし』と言っても、俺は、この世に生まれ出るために母の腹を引き裂くしかなかった最悪な生命体だが。
人間はどうせいつか死ぬのだから仕方がないという考えなのか、神たちは無責任に戯れた人間の女が身籠る可能性など考えてもいないんだろう。
可愛そうな俺の母さん。
神の目に留まるほど美しかったばかりに、神に弄ばれ、我が子に殺されてしまった不幸なひと。
俺の出生は、俺が神を憎み、神たちの全滅という無謀を企てるのに、十分な理由だと思う。
神は不死。神の命は無限。
人間の命には限りがあり、平均寿命は五十歳前後。
神と人間の混血である亜神の平均寿命は五百年ほどと言われている。
十二神の内の十一柱を倒すのに、百年ほどかかった。
つまり、人間の女と死を司る神の間に生まれた俺の余命はあと四百年前後。
俺の憎悪は、世界を覆い尽くすほど。俺の破壊力は、戦いの経験も持たないひ弱な神たちの五倍は大きい。
力があるのに、誰にも認められず、疎まれ、蔑まれ、忌み嫌われる。
俺のこれまでの百年の人生はそんなふうだった。
これからの四百年は、どうなるのか。
俺より強い者が存在しない世界で、俺はどう生きていくのか。
それは、この最高神を倒してから、ゆっくり考えよう。
「私が、この亜神の命を侵食し、この暴挙を阻止いたします。お逃げください」
俺の父。黒金の髪と瞳をした俺の父が、俺が何者なのかも知らずに、最高神に向かって叫ぶ。
美を司る神に匹敵するほどの美貌を持ちながら、人間たちに恐れ疎まれるばかりの死の神。
不幸な人間の女の血と死を司る神の血が、俺の身体には流れている。
俺を殺すか。
俺はすんなり死ぬだろうか。半分は人間だが、半分は神。そして、俺の半分を占める神の血は無限の死を司る神のそれ。
人間の命は有限だが、死は無限。
死を司る神の血を引く亜神が死んだらどうなるのか、前例もないことだ。実に興味深い。
まして、俺は死の子供だ。
俺に亜神の異母兄弟がいるという話は聞いたことがない。それは、だが、死を司る神が、俺の母以外の人間の女を犯したことがないというわけではないだろう。
死の神の血が、人間の血と混じり合って生きていられなかったんだ。死の神の血が、人間の血を殺してしまうせいで、新しい命を生むことができなかったんだろう。
俺だけが、異様な生命力で、命を保ったまま産まれてきた。
母が、死の神の血の死の因子を我が身に引き受けてくれたのかもしれない。
母さん。自らの死の中で、俺という新しい命を産んでくれた、哀しく美しいひと。
父に対する俺の憎悪が燃え上がる。
非力な最高神を背後に庇い、死の神は、実の息子を睨みつけた。
「いいえ」
少女神が、自分の頭三つ分ほど背の高い死の神の腕にそっと触れる。そうして、彼女は、死の神に庇われることをやめた。
俺と俺の父の間に立ち塞がり、
「この世界から立ち去りなさい」
と、俺に命じた。
何の力も感じられない少女が、どういうつもりで俺にそう命じるのか。
俺は嘲笑おうとした。
実際、笑った。僅かに残っている神殿の柱や屋根を吹き飛ばすほどの大きな声を響かせて。
だが、何ということか。
少女神にはその力があった――その力だけはあったんだ。
彼女は、俺を異世界に転送した。
この俺を。神の力と、生に執着する人間の情熱を併せ持った存在であるこの俺を。
パンガイア世界で初めて神への反逆を試み、最後の一手にまで迫った男を。
至高の十二神のうち、十一柱までを倒してのけた力の持ち主を。
「あなたに、この世界を憎しみで支配させるわけにはいきません」
最高神の声には、抑揚が全くなく、静かだった。それは声ではなく、思念だったのかもしれない。
「この世界のありようを憎んでいるあなたが、この世界の王になれば、あなたは、この世界の存在そのものを消してしまいかねない。不死の神々はいずれ蘇るでしょうけれど、有限の命しか持たない人間や他の動植物たちはそうはいかない。根絶やしにされたら、再び蘇ることはない。このパンガイア世界が死んでしまう。世界というものは、神だけが存在しても意味がないの。この世界は守られなければならない」
勝手なことを。
『この世界は守られなければならない』?
ふざけるな! 何のためにだ。
神だけが豊穣の実りを享受し、神だけが不安も不幸も知らず幸福でいる世界。
そんな世界など、守られても何の意味もないじゃないか!
俺の反論は、おそらく最高神の耳にも心にも届かなかった。




