禁忌の血 タブーブラッド
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混血。
他種族どうしが交わる事で、低確率ながら両方の特性を受け継いだ子供が生まれる事がある。
唯人種と妖精種との混血である半妖精種が特に有名だが、神話には神や竜と交わって生まれた存在も登場している。
そして――かの■■種もまた、■■種と■■種との混血である。
蒼穹の銀翼。彼らは良いチームだ――とアッシュは思う。
だから、彼らの行いを嗤った奴らは許さない。確実に奴らは潰す。
――その果てに、皆に恐れられ、殺意を向けられる事になったとしても、と。
「――擬装、解除」
邪精大樹の根が迫り、アッシュの体が無残に潰される。
そう誰もが想像したその瞬間を――激しい閃光が焼き尽くす。
「ギヒっ!?」
ソレルの本気の一撃でもなければ弾き返す事も出来なそうな邪精大樹の根が、アッシュより放たれた閃光――則ち膨大な魔力を纏った矢に粉砕された。
「あ、アッシュ……?」
「え、嘘。その顔……!?」
皆が異変に気付く。
これまで見て来たアッシュの――濃い栗色の髪と目の色が変化していた。それだけじゃない。
「その耳――は」
唯人種の特徴の一つである丸みを帯びた耳が――妖精種や窟人種の様な、妖精系の尖った形に変わっている。
左手に掲げた機械弓にしても、今までの古びた中古品といった見た目からはとても発せられぬ程の魔力と威圧感を纏っていた。
「灰色の、髪。赤い瞳……あぁ、まさか。只の読み物語じゃなかったのかよ……!?」
そしてソレルは、口にする。
五百年前の物語――かつて実在したとされながら、今この瞬間までその唯一を除いて二度と地上に現れる事はないとされた名を。
「魔王――"禁忌種"!?」
――それは今から五百年前。
当時のイディアリスの大部分を支配していたのは、とある巨大な帝国だった。
それはその圧倒的軍事力と統率力で、周囲のちいさな国や部族、あらゆる文化文明を飲み込んでいき、栄えたという。
そんな帝国が、一夜にして滅ぼされる事件が起きた。
それを行ったのは――たった一人の男。
何が目的だったのか今だよく分かっていないが、それはただ"魔王"とだけ名乗った。
魔王は周囲の種族をその圧倒的力で統率し、世界中を巻き込む大戦を起こしたという。
後に、とある王国から輩出された一人の若者が仲間と共にその魔王の軍に戦いを挑み、そして魔王を討ち滅ぼした。
その若き英雄は後に"勇者"の名で語られる様になったと言う。
さて実の所――今でも魔王には謎が多い。
それは男であったと言う、莫大な魔力を操る戦士だったと言う。――そして、尖った耳と灰色の髪と赤い瞳をした――"妖精種"と"窟人種"の混血であったと言う。
後に魔王の種族は禁忌種と呼ばれる事になる。
そもそも妖精種と窟人種は元より最悪に相性が悪いとされる二種族。
恋愛関係になる所か、万が一交わった所で子が生まれる可能性は砂粒程に小さいと言う。
ともあれそんな二種族は、お互い二度と魔王の様な存在を生み出しては為らぬと、互いに血を混ぜ合わせてはならないという条約を敷く。
今もなお、禁忌種の存在は――世界中が恐れる大禁忌なのだ。
「さて相棒。今まで腹ペコの状態で戦わせて悪かったな」
アッシュは左手に持つ機械弓に言葉を掛け、いつの間にかもう一方の手に持っていた無地の仮面を鞄の中に仕舞う。
「此処からは出し惜しみ無しだ。本当の全力を喰らわせてやれ!」
ゴッ――と、アッシュを中心に風が舞う。
それは、彼が本当の顔ごと隠し、封印していた魔力の奔流であり、それは瞬く間に機械弓へと飲み込まれて行く。
「さぁ行くぞ! 機械弓練術《レギオンショット》!!」
アッシュが叫び、機械弓が唸りを上げる。
魔力が複数の矢を形成し、此れまでに無い連射速度且つ――それぞれが先程までの《チャージボルトショット》を超える威力を伴って、皆を拘束していた根や邪精樹を一気に粉砕していく。
「た、助かった!」
「カブリオレさんは――!?」
真っ先にカブリオレの心配をする蒼穹の銀翼の面々に苦笑いしつつ、カブリオレに機械弓を向けて矢を放つ。
「機械弓練術《アイ・オブ・ア・ニードルスナイピング》」
アッシュの放った矢は細く小さくなって行き、キュンと不思議な軌道を描いて、カブリオレに取り付いて居た小型の邪精樹を一瞬で撃ち抜き、消滅させた。
この技は本来。非常に出が早く、ほぼ確実命中させられる代わりに、一発ではスネイルも殺せないとされる最弱級の練術だ。
だが、今のアッシュの膨大な魔力を受けて強化された機械弓によるものならば、木の枝程の異種くらいであれば、隙も与えず殺せる威力となっていた。
「これで心配いらないよ」
「おお! って、いうか……お前、その姿」
「説明は後、だろ?」
近寄って来たソレルに対し、アッシュは親指で、悔しそうに顔を歪める邪精大樹を指す。
「正直あの顔だけで溜飲は下がったが――まだ恨みを持ってる奴らがいる、よな」
「――ああ、そうだな」
ソレルは転がったままになっている骨の山を見つめて呟く。
アッシュと蒼穹の銀翼が邪精大樹に向き直る。
「あ、先に言っておくが、俺自身は弱いまんまだからな」
「って、武器と魔力が凄くなっただけかよ!」
「だが、事実助けられたよ」
「ふふ、よくもやってくれましたねぇ――」
改めて、臨戦態勢に入るアッシュ達に対し、邪精大樹も何やら動きを見せ始めた。
「ギぃ……き樹、キぁ嗚呼ああ亜唖あっ!!」
「えっ! 何で味方を……!?」
邪精大樹が叫ぶと共に、地面から何本もの根が伸び、何と味方であった筈の邪精樹達を次々と捕まえて、口の様な洞の中に放り込み始めた。
「喰う事で、生き物は強くなる――か!」
「どっこまでも癪に障る野郎だ!!」
配下の邪精樹を全て飲み込んだ邪精大樹。
するとどんどん体が大きくなって行き、更に己の根を地面から引き抜き始める。
枝は巨大な腕の様に、根は足の様に束ねられ、地面から立ち上がるその姿は正に――巨人。
「でかい……邪樹擬巨人とでも名付けようか? ソレル」
「好きにしろドンナ!」
「っ! アッシュさん、どうしました? 一瞬ふらついた様な」
「……気にするな。さ、今度こそ決着付けようか」
「うん。最後の奇跡! いくよ!」
スノウの《守護の奇跡》を纏った皆が邪樹擬巨人へと駆け出す。
森自体が敵になったかの様な相手に、それぞれ二手に分かれて攻める構えだ。
「先ずは足を狙います! 爪練術。《エアリアルクロー》!」
「定番だな! 機械弓練術《チャージボルトショット》!!」
リイムが両手の鈎爪より放った、複数の飛ぶ斬撃が、邪樹擬巨人の視界を覆い、生れた隙を狙ってアッシュの更に破壊力を増した《チャージボルトショット》が左足部分を粉砕した。
「やるな! 俺もいくぜぇ!! 《唯剣両断》!」
「如何なる大木も、刃を受け続ければ倒れるもの――長弓練術。《ギムレットアロー》!」
ソレルの大剣と、捩じり射抜くドンナの矢が邪樹擬巨人の顔面に炸裂した。
「ギぃ御オおおっ!」
邪樹擬巨人がバランスを崩す。
右腕を支えに何とか体勢を留め、反撃とばかりにもう一方の左腕が複数に枝別れする。
そしてそれぞれが鋭く尖り、アッシュ達を串刺しにしようとしてきた。
「《レギオンショット》!!」
「《アロースコール》!!」
しかし、アッシュとドンナの同時に放たれた複数射撃攻撃で、その枝を全て弾き飛ばす。
だが尚も攻撃を続けようと、邪樹擬巨人はその分かれた枝をもう一度束ね、スノウとカブリオレへと叩き付けようとする。
「不味い! このままじゃ――」
「心配無用です。アッシュは知りませんでしたね、彼女は普段後方から支援する補助役ですが……」
「すぅ――」
一息、スノウが精神統一して杖を構える。
邪樹擬巨人の渾身の一振りが迫り――。
「杖練技。《清流流し》!」
魔力操作からなるスノウの精密極まる杖捌きにより、あの巨木の一撃が弾かれ、受け流された。
「そーしーて!」
ブン! と、スノウは自身が持つ杖を真上に投げ上げ、伸びきった邪樹擬巨人の腕を掴む。
「どんなに大きな力も強さも、勢いを削いで方向性を逸らしてしまえばほら、この通り――素手練術。《月輪投げ》!!」
スノウが地に足踏みしめ、力を籠める。
邪樹擬巨人は攻撃の勢いをそのまま奪い取られ――そして宙を舞った。
「スノウは杖術と合気の達人。一対一で真正面からの敵にはそうそう負けません」
「嘘だぁ!?」
「相変わらずすげぇ! 流石団一の怪力だぜスノウ! 何で毎度その力を見せてくれないのか」
「煩いよソレル!」
(乙女心の分からない奴だ……)
宙を舞い、隙だらけとなった邪樹擬巨人に向けて、軽口交じりながらも、渾身の力を込めて、ソレル、スノウ、ドンナの三人が一斉に攻撃する。
「これで最後だ! 《唯剣両断》!」
「素手練術。《練気弾》!」
「《ギムレットアロー》!!」
三人の攻撃が邪樹擬巨人を直撃。
ズズゥウウン――!! と、悲鳴をかき消す程の地響きが鳴り、邪樹擬巨人が背後から地に叩きつけられる。
「ギ、疑木……」
体中ボロボロになり、倒れたまま呻くばかりの邪樹擬巨人だったが、今度は体をブルブルと震わせ始める。
「皆、油断するな! まだ何かしようとしている!」
ドンナの声で全員が邪樹擬巨人へと武器を構える。
邪樹擬巨人は暫く体を震わせ続け――そして、急にピクリとも動かなくなった。
「え? 死んだか?」
「いや、《レベルスカウター》では生きている……あれは!?」
――すると、ボコリと邪樹擬巨人の体から、小さな何かが這い出てきた。
姿形は邪精樹に似ているが、更に細く、小さく、色も黒くなっている。
それは此方を忌々し気に一瞥すると、向こうへと向き直り――。
「っ!! 逃げる気だ!!」
「あいつぅうう!!」
ドンナが《サーペントショット》を放ち、ソレルとリイムが追いかけようとする――が。
「は、速ぇえ!!」
「く、この私ですら!」
「矢が、弾かれた! なんて硬度!!」
黒い樹皮は密度を高めたが故か、銀級冒険者の矢を以てしても届かず、逃げる速さも、此処にいる何者よりも早く、追いつけない程になっていた。
――そう、主は思考し、気付いたのだ。
此処は我の生み出した空間、我を殺さぬ限り奴らは此処から出られない。
ならば――消耗している今の内に我が姿を隠し、今度こそ奴らが戦う気力を失うまで逃げ続ければ良い。
喰らう事など、生きてさえいれば何時でも出来る――と。
「生への執着。窮地に置いても回る頭は大したもんだ」
だが、邪樹擬巨人は忘れていた。
この場にいる誰よりも、その命を望んでいた男がいた事を。
「だが、そんな事を許す奴が――この場に居ると思ってるのか?」
――静かに、同時に激しい怒りを以て、アッシュが莫大な魔力を機械弓に注ぎ込んで行く。
「魔力量規定値――突破。強度不足により、完全壊封不可。仮想壊封申請――許可」
アッシュは、最後の一撃を放つ為の、儀式とも言うべき確認の言葉を口遊む。
そして、隠し、封印していたその"銘"を唱える。邪悪な樹を討ち滅ぼす死神の銘を。
「真秘壊封」
「〔勝利を謳え――『■■の石弓』〕!!」
――爆発。
否、そう思える程の力の奔流。それがアッシュの宣言を半ばかき消しながら、それを覆っていた最後のベールを吹き飛ばす。
機械弓がこれまでの古びた形から変化して行く。大きさは両手持ちのそれから土台の上に設置される様な弩砲の如きものへ。
その意匠も、何やら複雑怪奇なパーツが組み合わり、一本の古樹を思わせる様な形となっていた。
そして、此処まで存分に込められた魔力が――放たれる。
「行っけぇええええっ!!」
機械弓から発射された光の矢。それが木々を粉砕しながら邪樹擬巨人に迫り来る。
「ぎ、ギ悲ッ!」
逃げる。全速力で逃げる背後から、光の矢が距離を詰めて行く。
――邪樹擬巨人は思う。
何故こうなる。何故我は死ぬ。我は生まれ、餓えた故喰らった。
喰らえば力を得た故に我はもっと餓え、更に餌を求めた。
我は見ていた。奴らも喰らっていたではないか。
奴らも餓えるから喰らうのだろう。ならば我の行いは間違ってなど――。
と、思った所で思い出した。
奴らは確かに喰らっていたが、同時に与えてもいたな、と。
奴らは餓える者でありながら、同じく餓える者達に与えていた。
ああ、それが、違いだと言うのなら――。
我は――我、も――……。
そう、思考した所で――光が――その最後の思考を、飲み込んだ。
-tips-
■■の石弓。
普段は古びた形の機械弓だが、その"銘"を隠蔽する神秘を壊す事で、その真なる姿を露わとする。
その一矢は軍勢一つを吹き飛ばし、その最大同時発射数は■発とも言われる。
しかし非常に燃費が悪く、莫大な魔力を注いだ後でないとまともに性能を発揮できない。




