魔窟の主との闘い
-tips-
魔力。
イディアリスにて古くから実在する神秘の力。
人を含めたあらゆる生物がその恩恵を受けており、精神と感応させ、錬術や呪文の行使に利用する。
魔力には色とそれに相当する属性もあり、基本的には火、水、風、地、光、闇の六つ。
「……で、この先であってるのか?」
「ああ。僕の斥候練術の一つ、《レベルスカウター》は、しっかり機能しているよ」
準備を終えたアッシュ達は、ドンナの案内で森の奥へ進んで行く。
因みに編成は前衛のソレル。中衛、リイムにアッシュ。戦闘力を持たない為に真ん中で守られているカブリオレ。後衛スノウ、ドンナの順だ。
ドンナは【斥候】を経て【狩人】の纏職を得たらしく、一通りの斥候練術も収めている。ただしその練度はアッシュのそれを大きく上回っていた。
(《レベルスカウター》は周囲に存在する者の位置と力量をある程度感知する錬術だ、俺はまだ習得していないし、感知範囲も俺の練術より遥かに広い……流石だな)
「主が居ると分かっているなら、最も大きく、動かない反応に向かえばいい。他の反応は全て無視だ」
「うん。光の精霊様の力を信じて、ね」
更に今のアッシュ達は、スノウの《魔除けの奇跡》で淡い光の結界を貼っている。浄火と同様の効果のある光の膜を周囲に展開する事で、異種の接敵を極力回避しているのだ。
「便利なのだねスノウ君の力は」
「それ程でも無いですよカブリオレさん。私はまだまだ修行中で……使える奇跡の種類も、まだ三つだけですし、残数も少ないですしね」
精霊の加護の力を行使する【僧侶】。その奇跡の力は無限ではなく、回数性の制限がある。
先の宴会でスノウがしていた様に、特殊な書物を用いて聖句を唱え、精霊に祈りを捧げる事で【僧侶】は奇跡を行使できる様になるのだ。
「私が今使える奇跡は最大五回でそれぞれ「治癒」、「守護」、「魔除け」の三つ。最初に《魔除けの奇跡》で作った浄火の種火をリイムに渡して、戦闘中に守護、アッシュ君に治癒。先刻の祈祷で一回分加護を受けてから、今の《魔除けの奇跡》による結界。――あと私が使える奇跡は二回だね」
「成程、もう下手な怪我もできないって事だ」
アッシュは前回の様な奇跡が期待できないと知り、改めて自分の貧弱さを顧みて更に気を引き締める。
「とはいえ、緊張しすぎも心身の毒だ。そろそろ主も近い、皆気は引き締めても締めすぎないよう――」
と、ドンナが言葉を続けようとしたその瞬間だった。
「ひ、ひぃえええええっ!!?」
「「な、何っ!?」」
「これは……木の根!?」
突然地面から木の根が生え、カブリオレをぐるぐる巻きにして持ち上げた。
「ちぃっ!!」
ソレルが大剣を振るって助けようとするが、更に複数の木の根が生えてアッシュ達の周囲を取り囲み、動けなくなった所をカブリオレだけバケツリレーの如く奥へ奥へと運ばれて行く。
「助けてくれぇ!!」
「何でわざわざカブリオレさんを!?」
「僕らの配置を見て――彼が一番大事で弱いと判断したか、もしくは……」
アッシュの疑問に、ドンナが冷静に答えようとする。が、そうしてる間に、カブリオレはあっという間に森の奥へと消えてしまった。
「「「ケーッケッけッ怪ぇ!!」」」
更に、周りの景色が様相を変えて行く。只の木だと思っていた内の幾つかが反転して顔を出し、奇声を発し始めた。
「邪精樹! 《擬態》の錬術で森に紛れ、人を襲う異種!!」
「当然、感知系練術は反応しないか! しかし木の根も反応が無かったのはどういう!?」
「恐らくあれは、主の腕の様なもの! 《レベルスカウター》は強い生命力を可視化するもので、その反応は根元である本体しか感知しないんだ! 迂闊だった!」
そう言ってる間に、周囲の邪精樹の群れは此方にじわじわと迫って来る。
「とにかく道をつくるぜ!! 大剣練術、《唯剣両断》!!」
魔力の光を帯びた大剣が振り下ろされると、ソレルの前を塞いでいた木の根と邪精樹が吹き飛ばされる。衝撃で残りの敵が怯んだ隙を狙い、一点突破で脱出する事が出来た。
「カブリオレ氏を追いかけるよ!」
「よっしゃ皆! 気合いれるぞ!!」
ドンナの声、ソレルの号令と共に、皆で木々と邪精樹の間を駆け抜けて行く。
そして暫く走った先、明らかに広い場所にでた。
「ッ!! あれは!!」
ドンナが指し示す先。
魔窟の最奥に座していたのは――邪悪な威圧感を放つ巨木。
「ギ……ぎ樹奇ki喜ィ……ー-」
幹からが邪悪な表情が浮かび上がり、地面から太い根が伸びる――これこそが、この昏き誘いの森の魔窟の主。
邪精大樹である。
「見てそこ! カブリオレさん!」
スノウが見つけたのは邪精大樹のすぐ横。ひと際高く伸びた根の先にカブリオレが捕えられていた。
「ぐ、うぐぐぅ……」
生きている様だが、根はしっかりとカブリオレの体に食い込んでおり、余裕がある様には見えない。
「あれで栄養を搾り取ろうって腹か!」
「まさか……太ってるから水でも蓄えてるかもと思われた?」
「言ってる場合じゃないよ! でっかい木の根元!!」
邪精大樹の根元に、白い何かが複数転がっている。
獣の、そして――人間の骨の山だった。
(食欲に《敵意感知》は反応しない、か……!)
「野ぁ郎――っ!!!!」
怒りで顔が真っ赤に染まったソレルが、大剣を構えて突っ込んでいく。
「無謀だソレル! 長弓練術。《サーペントショット》!!」
特攻するソレルに、ドンナが練術で補助する。
ソレルを返り討ちにしようとした邪精大樹の根を、ドンナの矢が蛇の様にうねりながら撃ち落として行く。
「〔光よ――我が同胞に守護を〕!」
スノウの祈りで《守護の奇跡》が発動。皆が暖かな光を身に纏う。カブリオレもまた、光の守護で苦痛の顔が多少緩んだ。
「破壊者練術。《アンガーマッシブ》!! そして喰らえ大剣練術!! 《唯・剣・両・断》!!!」
怒りを腕力に加算する破壊者の錬術の効果で、先程以上に破壊力の増した、ソレルの渾身の大剣が叩き込まれる。
「ギャあ嗚呼亜あアッ!!」
「効いてるぞ! 今の内に――リイム!!」
アッシュの合図で、リイムが根の攻撃を躱しながらカブリオレへ接近。
そうした所でアッシュが《チャージボルトショット》を放ち、カブリオレを捕えていた根を破壊した。
「はい救出、です。大丈夫ですか?」
「す、少し痩せたかもしれん……」
冗談を言う元気のあるカブリオレの様子にアッシュは安堵し、改めて邪精大樹へ向き直る。
「ぎギ……木ki奇き……」
「あいつ、まだやる気だぜ!」
強力な一撃を受けて尚敵意を損なわない邪精大樹に対し、ソレルは大剣を構え直し、他の皆も警戒を高める。
「ぎ、キゃあ嗚aa阿あっ!!」
動いたのは邪精大樹。
奇声を上げると、周囲から邪精樹が次々と湧き出してきた。
「手下を集めて取り囲んだか、皆気を付けて!」
一斉に攻撃しようとする邪精樹に対し、ドンナが弓を上空に向けて構え――練術を放った。
「長弓練術。《アロースコール》!」
放たれた矢は上空で光の矢に分裂。
味方を取り囲む邪精樹に向かって、光の矢が雨の様に降り注ぐ。
「流石ですドンナ。では、私も本気で参りましょう!」
リイムは指で何か印を組み始める。――そして。
「忍者練術。《三身分身の術》!」
「え、今なんて」
リイムの宣言と共に、ドロンと煙幕が周囲に発生。煙が晴れるとそこに居たのは――三人に増えたリイムだ。
「ぶ、分身!?」
アッシュが反応するのも無理はない。
今、リイムが発動させたのは、【暗殺者】の彼女では習得しえない筈の練術。事実、この練術は現地から海を越えて遥か東に位置する島国――ヒイズルでのみ習得できる【忍者】もといその派生纏職しか習得できない筈の術なのだが、リイムにはその前例を覆す何かがある様だ。
「「「参ります。「爪練術」。《ドリルクロー》!」」」
リイムが分身と共に練術を発動。その名の如く螺旋回転するリイム達により、邪精樹が次々と粉砕されて行く。
「そんな技まで……って言ってる場合じゃないか!」
アッシュも負けじとありったけの手作り爆弾を投げ込んでいく。
「えい! えい!」
カブリオレを守っているスノウも、邪精樹の鞭の様に振るわれる枝を杖で撃ち払う。
元より不意打ちで相手を襲う前提である邪精樹の動きは鈍い。
木の丈夫さを考えても、銀級冒険者旅団が中心にいるこのチーム相手では、幾ら数を揃えても厳しいものがあったのか、まともに反撃もできず、邪精樹の群れはみるみる内に減っていく。
「さぁ、そろそろ決着着けようか!!」
と、ソレルがもう一度先刻と同じ一撃を叩き込もうとしたその時だった。
「ぐあああああっ!!?」
「えっ! カブリオレさん!?」
地面に寝かされていたカブリオレの悲鳴。
スノウが駆け寄るが、近くに敵は見えない――と思いきや、その影から小枝ほどの邪精樹が出現、カブリオレに根を貼り、首筋に枝を突き付けていた。
「そんな、《守護の奇跡》が効いてな……まさか、あの時すでに!」
そう、これが単純に木の根であれば《守護の奇跡》で守れたかもしれない。
しかし捕らわれた時すでに、邪精大樹はカブリオレへ己の分身である種を埋め込んでいた、寄生状態で一体化していた為、奇跡に弾かれなかったのだ。
――ニヤリと、邪精大樹が嗤った。
人が苦しむ姿を見て、だけではない。その嗤いは――勝利を確信した者の笑みだった。
(しまった! ……そこまで賢いか!!)
人質。
シンプルな手法だが、今の彼らにとっては最も痛い行動を、奴らは取ったのだ。
「く……これじゃあ、うわぁ!!」
「カブリオレさん! 今助け……きゃあ!!」
ソレルの大剣を握る手が緩んでしまった瞬間。太い根に思い切り吹き飛ばされ、遠くの木に叩きつけられる。同時に、カブリオレに気を取られたスノウが、突然地面から生えてきた根に捕まってしまった。
「くそっ、処理しきれない!」
「これは……うっ」
機動力に優れるドンナやリイムもまた、人質を気にして動きが鈍り、勢いを取り戻した邪精樹の群れに追い詰められ、遂に邪精大樹の根に捕まった。
「皆!!」
アッシュも機械弓を撃とうとするが、既に一人で対処出来る量を超えた邪精樹に囲まれてしまっている。
たった一瞬の隙――。
魔窟の中に置いて、それが絶体絶命のピンチを招くのは、良くある事。
皆が一斉に行動を封じられ、ソレルも、スノウも、ドンナも、リイムも、脳裏に絶望の文字が過った。
「ギャハ」
「「木卑誹ヒ……」」
静かになった森の中に――邪悪な嗤い声が木霊する。
「ギャは葉歯は把はhahaハハハハ!!!!」
「「「キ木ヒhi比ひ緋否――!!!!」」」
そして、ついに手の内に収まった美味なる餌を前に。邪精大樹達による饗宴が――。
「――嗤った、な?」
――冷たい声に、切り裂かれた。
「キヒ……?」
「あ、アッ……シュ?」
誰が、彼の名を呼んだのか。
いや、そもそもそこに居るのは本当に彼なのか――そう思ってしまう程に、今彼の纏う雰囲気は、今までのアッシュとは大きく違う。
「確かに、ただお前達を倒す為なら、人ひとりの命気にして動きを鈍らせたあいつらの行動は――可笑しく見えるのかもしれない」
「だが、その見ず知らずの人間を必死で救おうとする行為は――誰かを守ろうとする行為は、決しておかしい事なんかじゃないんだ」
冒険者は――この危険な世界の中での最前線に立つ者達。
決して善人だけでなく、事実この世には悪を働く冒険者もいるだろう。だがそれらを含めても――冒険者にはただの腕力や魔力とはまた別の強さがあり、その強さに連なる義務がある。
「だからこそ。アイツらの行動は同業者として誇らしい。誰かの盾になれと言われて、実際その通りに出来る人間は先ず居ないからだ」
「――だから。それを嗤ったお前達を、俺は決して許さん」
何かが起ころうとしている。
アッシュの不気味な迫力に押され、動けずにいた邪精大樹達。
――しかし思い直す。
あれは脆弱なる者。我が本気で根を撃ちつければ潰れて中身を零し、死ぬ者だと。
邪精大樹の極太い根がアッシュの前に伸びる。それが思い切り振り降ろされ――。
「アッシュさんッ!!」
誰かの叫ぶ声。
それが森中に響き渡り、アッシュの体が叩き潰される直前――彼の手が自身の顔に触れた。
――まるで、仮面を取ろうとしているかの様に。
「――擬装、解除」
-tips2-
冒険者登録。
イディアリスに生きる人間の何割かは、豊富な素材を狙って魔窟探索を行う為、探索許可を持つ冒険者になる為の登録を全国の役所にて済ませている。
その際、特殊な付与道具を使って冒険者資格の希望者の情報を登録するのだが、その登録情報は基本的に偽造する事が出来ない。
例えば、自身と言う存在を丸ごと覆い隠す様な、そんな特殊能力や道具でも使わない限りは――だが。




