リザルトと魔窟の主
-tips-
種族。
このイディアリスには数多くの種類の人種が暮らしている。
世界中に広く文化域を広げている唯人族。
動物の特徴を併せ持つ獣人種。
魔力の濃い土地を好み、自然を愛する妖精種など。
その種類は数多い。
異種の群れとの一戦が終わって暫く後、アッシュ含めた魔窟遭難組はと言うと――。
「わーっはっはっは!! 此度の勝利と頼もしい新人との出会いにカンパーイ!!」
「「カンパーイ!!」」
……勝利の宴会をしていた。
「って普通に飲み食いしてるけどいいのか? 一応魔窟の中だろ」
「だからこそだよ! 何時までも気ぃ張ってちゃいざという時に持たないぜ?」
「そうともさアッシュ君! 若い者はこんな時こそ気楽でなければねぇ!」
この人――自称商人のカブリオレに至っては、要救助者なのでは? とアッシュは一瞬考えたものの、気にしても仕方ないと宴の席に戻る。
聞けば彼は、商人として仕事で来ていた森の中でアッシュ達と同じ様にに光に飲まれてしまったらしい。そしてその中でリイム以外の蒼穹の銀翼と遭遇、したは良いものの、そのすぐ後にあの異種の群れに出くわしてしまい、つい逃げ出してしまって今に至ると聞かされた。
「さ、ソレル。アッシュさんも、大梟熊の鍋をどうぞ?」
「お、サンキューリイム。アッシュや他の皆にも渡して――」
「既に、全員分。渡してあります。お代わりがあるなら何時でもどうぞ?」
(――先刻も思ったが、リイムは人の世話をするのが好きなのか?)
アッシュが不思議に思っている横で、ソレルが盛られた器の中身を一気にかき込む。
「っかー! 旨ぇ!! アッシュも食え! 食わなきゃ強くなれないぜ?」
「あ、あぁ……」
(押し強いな……言ってる事は正しいんだが。しかし彼らがトラインで噂の冒険者旅団。蒼穹の銀翼だったとは)
アッシュは、自身も名前だけは知っていた有名な冒険者旅団が目の前に居る事に若干たじろぎながら、器の中身を口にする。
最初こそ彼らに対しても敬語を使っていたアッシュだったが、ソレルは他者との壁を作らない性格らしく――同じ冒険者どうしで堅ぇ堅ぇ!! と、タメ口を強要されたので言う通りにした。
因みに食わなきゃ強くなれないという言葉にもちゃんと意味がある。このイディアリスという世界の生き物は、とにかく何かを食べる事で力を付けるのだ。
そもこの世界の生き物は例外なく体内に魔力を宿している。
本来血肉に含まれる滋養の他、同時に摂取された魔力は、食べた者の能力を高める。即ち、魔力を多く持つ異種の肉を食べる行為は、効率の良い肉体強化法と言えるのだ。
「そうだ。喰らう事は生きる事。君は大梟熊を一体仕留めたと聞く。君は、喰らう義務があるんだ」
更に話に加わったのはドンナだ。
最初はアッシュに対して警戒の色を示していたが、大梟熊の話をリイムから聞くと。
「そうか、君は勇敢な男だね。先刻は助けられた、ありがとう。まさか噂の何でも屋が、君の様な人間だったとは驚きだ」
と、アッシュへの距離を少し縮めた。あと匂いも嗅いできた。
「獣人種の感覚や挨拶って独特だよね。で、アッシュ君腕はどう?」
「もう、すっかり治ったよ。ありがとう」
「感謝は光の大精霊様にねー」
ひらひらと手を振るスノウ。その後彼女は何やら書物を広げて祈りの姿勢を取り始める。
先程アッシュは彼女の【僧侶】の力で右腕を治して貰ったのだが、治療費を渡そうとして断られていた。
「私は自分を通して、光の大精霊さまからの恩恵を届けているだけ。少しでも有難く思ったなら、光の精霊堂にお布施でもしてあげてね?」
「ちゃんと帰れたらそうするよ」
さて、とアッシュは自分の鞄の横に壊れたままの機械弓を置く。そして鞄の中から複数の道具、器具を取り出して、並べ始めた。
「銃床は言うまでもなく、他も大分ガタが来てたな。今の内にささっとやっちゃうか」
と、手袋と片眼鏡を付けたアッシュは作業台の上に機械弓とその他部品を置き、工具で分解し始めた。
更に油を染み込ませた布を手に取って細かく分けた部品一つ一つを磨き、そんな作業を淡々と進める。
不良と判断した部品は脇に置き、新しい部品を軽く鑢で微調整しながらどんどん組み立て直していく。
そして、銃床をスペアのものと取り換えて――あっという間に機械弓を元の姿に直してしまった。
「さて次は……どうした?」
「いやぁ、職人技を見たなぁと」
「まるで早回しだ」
「すごーい」
「うふふ、今の真剣な表情も……」
いつの間にかアッシュの周りを、蒼穹の銀翼の皆+1が囲んでいる。
「それもそうだが……私が気にしているのはその鞄だ。余りに物が入り過ぎる」
(――ドキリ)
カブリオレはと言えば、アッシュの鞄の方に注目していた。
「もしやその鞄……《収納術》の練術が付与されているのではないかね? いやはや付与道具とは珍しい」
「あ、いやその……はは、これは伝手で手に入れた物で……」
アッシュは一瞬、言い淀みながらも答える。視線は泳ぎ、脂汗が一筋垂れて明らかに挙動が怪しい。
「成程。いや、それ程の物は高位の【付与術士】の手に拠る物か、魔窟からぐらいでないと出てこない。価値とするなら大きな馬車位と同等の額だ。大事にすると良いよ」
「全くその通り! ははははは」
「「「……?」」」
一瞬皆に怪訝な目で見られるが、アッシュは半ば強引に話を終らせた。
「あ、後大梟熊以外の異種も、使わないなら俺が貰っていいか?」
「え? 腹壊すぞ?」
「食べねぇよ!」
ソレルにツッコミを入れながら血抜きだけされていたゴブリンと大顔蝙蝠を持ってくるアッシュ。
悪臭を放つ作業をする為に少し皆から離れた場所で道具を並べ、その中の小刀を手に取った。
まず顔を悪臭防止の布で覆い、ゴブリンの腹を裂いて中を水で洗って肝を取り出す。
それを小分けにしてすり鉢に入れて棒でゴリゴリと擂り、形が無くなった所で持ち込んでいた複数の薬草を投入。
更に擂り潰して混ぜ、色が変わったら水を更に加える。
それを暫く放置すると、灰色の上澄みと淀んだ緑色のドロっとした物体に分かれる。
上澄みを捨てて残ったものを大きく底の浅い器にさらし、刃物で十字状に切って小分けする。
小分けしたものを手で捏ねて丸め、乾燥させれば――。
「新人冒険者のお供。魔肝丸のか~んせ~い」
「うわぁ、新人の頃よく魔力回復に飲まされた丸薬ってそんな作り方だったのか……」
ソレルはその丸薬に嫌な思い出があるのか、うげぇと言った顔をし、アッシュ含む他の冒険者の皆も同じく渋い顔となった。
実際の所アッシュはこの様に、様々な物品を自在に作り出す技術を多く習得している。
その技術や知識の殆どは、彼がノドッカや偶に行くトラインなどで知り合った人々との触れ合い――その過程で得た物ばかりだ。
彼は非力であり、非力であるが故に、数々の知識を多くの人から借り受けている。だからこそ――今もこの危険な世界を生きていられるのかもしれない。
「で、大顔蝙蝠は肉こそ食えないが骨と飛膜が良質の素材だ。飛膜は切り揃えて処理すれば、今ソレルが付けているみたいな軽量な革鎧の素材になるし、他に大梟熊の羽毛も……」
「うわぁああ聞きたくねぇ! もう聞きたくねぇえええっ!!」
悲鳴を上げるソレルを皆で笑いながら、暖かな休息の一時が過ぎて行った――。
「はっきり言おう。この魔窟に出口は無い」
「「「ッ!!?」」」
小休止の後、ドンナはここまでに分かった魔窟の情報を纏めた上でそう告げた。
「我々は、出られないという事かね!?」
「いや、どんな魔窟にも脱出方法はある。ただ単純に外にでる為の出口が、今は無いという意味だ」
カブリオレの焦った様な問いに、ドンナは冷静に答えた。
「そもそも、どんな魔窟だろうと深度という物がある。洞窟系にも森林系にもその他にもだ」
魔窟の特徴は、異種の発生や歪んだ異空間由来の普通には存在しない植物や鉱物等の素材。
稀に発生する希少な宝物とそれを守護する罠など数あるが、それらの危険度や質はその魔窟の深度に比例する。
深度が深まれば、採取可能な素材や設置された宝物の質が上がる。
が、同時に異種や罠の危険度は高まり、生存率は目に見えて小さくなっていく。
様々な国が多くの魔窟を各地で調べ上げ、魔窟とその深度の危険性を共通で規格化したのが、深度等級だ。
「恐らくこの魔窟の深度等級自体は精々二層級程。銀級冒険者旅団なら問題なく踏破できる」
「なら問題ねーじゃん」
「忘れたかいソレル? そも僕らはトライン周りの森に向かった人間が次々に行方不明になるという事件の解決を、とトラインから依頼を受けて近くの森の調査中にここに来たんだ」
(森で消えた人間は、俺達だけじゃなかったのか!)
アッシュは今初めてその事実を知る。
トラインに近い森という事は、その隣のノドッカも近いという事だ。少なくともアッシュの知る限り、 ノドッカ近くの森で消えた人間は居なかった筈だが、更なる犠牲者が出るまで余裕は無い事も理解した。
「そう、そもそもこの魔窟はおかしい。複数の入口を隠して他者を誘いこみ、出口が存在しない……」
そう一息置いてドンナは、考えうる中で最悪の事実を口にする。
「恐らくここは――特例魔窟だ」
特例魔窟。
魔窟の中でも特異な性質を持つもので、今だ発見例の少ない希少な魔窟だ。
分かっている限りの情報では――深度に限界が無い代わりに途中途中に脱出門が設置されている魔窟や、階層毎に強敵がいて、それを単独で倒さないと先に進めない魔窟。
それから――出口の代わりに魔窟の主がおり、それを倒さないと脱出できない魔窟などがある。
そもそも魔窟からの脱出法は複数ある。
特殊な呪文を使う、もしくは同様の効果の付与道具を使う。逆走し、入口から逃げ出す。
そして、最深部に必ず存在する。脱出門を潜る、などである。
どんな冒険者でも知る通り、魔窟には必ず入口と出口がある。
それが無いという事は――ここが主の居る特例魔窟である証拠となるのだ。
「それと、これは飽くまで予想だけど――この魔窟は若い」
「どういう事かね?」
ドンナ曰く、魔窟は深度とは別に、発生時期の古さも突破難易度に関わってくるという。
古い時代から存在し、多く人間を受け入れて来た魔窟は、人間の思考を理解すると言うのだ。
――事実、ある歴史の古い魔窟は、内部の複雑さや深度もさることながら。
何より罠の巧妙さと生息する異種が実に老獪といった様で、更に設置される宝物も高価で希少な物ばかりという事で、今でもそれ狙いの犠牲者が絶えないのだそうな。
「アッシュ。君は大梟熊を仕留めた。それは大成果と言っていいが……この魔窟がもっと育っていたなら、君は生きてはいなかっただろう」
「……だろうな」
ドンナの言葉をアッシュは肯定した。
あの時、ゴブリンの数がもっと多く、武器の知識をもっていたら――大梟熊が最初の一撃をもっと完璧に決めていたら――。アッシュは改めて、自分は運が良かったのだと寒気と共に実感した。
「僕の練術の反応が正しいなら、この森の中心と言うべき場所に強い反応がある。恐らくはそいつが、ここの魔窟の主だ」
「けどよ、この魔窟が若いってんなら、主も弱いんじゃ?」
ソレルの問いにドンナは首を横に振って否定した。
「僕らは他の命を喰らって力を得る。異種も、ね」
「これまでの行方不明者……ですね?」
リイムが言う通り、明確な数は分からないが、聞く限りそれなりの人間が消えていると思われる。全てがそうとは限らないが、それがこの魔窟の力に変えられているとなると――。
「「「…………」」」
この場にいる人間全員が沈黙する。敵の力は未知数。しかし、打倒する以外に脱出方法は無い。
「……やろう!! 蒼穹の銀翼の力、魔窟の主に見せてやろうぜ!!」
まずソレルが大きく声を上げる。
「勿論!」
「当然だね」
「私も異論ありません」
「俺も手伝わせて貰おうか」
「怖い! だが、頑張らねばだね、うむ」
残りの面々も様々な思いを胸に、声を上げる。
こうして、改めて蒼穹の銀翼と残り二人による、魔窟攻略が始まったのだった。
◆ ・ ◆ ・ ◆
――それは、待っていた。
栄養豊富な獲物が来ることを。
蜘蛛の巣の様に功名な罠を、同じ性質を持つ森という名の空間に張り巡らせて。
それは今も――この「昏き誘いの森」の最深部で、待っている。
-魔■ 仮称:怪■い森-
情報更新開始――……完了。
-特例魔窟 昏き誘いの森-
-tips2-
魔窟の危険度。
通常は国ごとの役場に設置された冒険者課によって決められる深度等級と、発生年数によって決まる。
とは言え、その中に発生する素材や財宝も、より深い深度――年数で価値が上がっていくので、魔窟に入る人間が居なくなる事は先ず無い。




