パーティバトル
-tips-
銀級冒険者。
金属製の認識票が冒険者として一人前となった証とされるが、青銅級の昇級資格はわりと甘めな為、実質銀級こそがそれに当たる。
一つの町の役所から直接依頼を受けたりする様になるのもこの辺りからとなる。
「ひぃいいいっ!!」
悲鳴の主は確実に近づいて来ている。同時にその更に奥の方から、複数の何者かの声と迫る物音。
「アッシュさん。異種から逃走する際の鉄則は」
「履修済みだ、危険と無謀は別の物。異種と戦う時、敵わないと感じた上で逃げる事自体は罪では無い。ただし……激しい興奮状態にある異種から逃げる際。浄火のある場所だろうと、人の居る場所へ逃げてはならない」
何故なら、興奮した。異種は浄火を忌避しないから。
ある町で、運悪く近くに出現した大型異種の群れを怒らせ、浄火を頼って逃げた男が、その先の町ごと異種の群れに襲わせてしまった事例がある。
浄火は毎日の安全を願い生きる人々にとっての命綱。これがあるからこそ、危険な異種が存在するこのイディアリスでの生活圏が作られる。
故にそんな人々の生活を破壊する行為は非常に重い罰を受ける。事実、その事件を起こした男は後に捕まり、処刑されたと言う。
当然、今の様に浄火で安全圏を作った場所に異種を仕向ける行為も重大な犯罪行為だ。
最も――そんな事を考えている余裕すらない状況が有るという事もまた事実であるが。
「ひぃやああああっ!!」
悲鳴と共に森の奥から飛び出してきたのは、見るからに高価な衣服と装飾を身に着けた恰幅の良い中年の男だ。
男は転がる様にアッシュ達にまで、駆け込み――それを見てリイムが声を上げる。
「そこの方! 私は冒険旅団の"蒼穹の銀翼"所属。リイム・ゼラ! 貴方は何者ですか!」
「ひぁ、さ、先刻の彼らの仲間かね!? 助けてくれ!! 私は、トロッコ商会のカブリオレというもので……」
そう言った所で、更に奥から複数の異種が群れをなして現れた。
「ゴブリンが五体に大梟熊が一体、それに大顔蝙蝠二体に……あれは!」
アッシュは視界に入った全ての異種と自身の記憶を照合し、名前を呟く。特にアッシュが注目したのは――ボロボロのローブに怪しい装飾と杖を身に着けたゴブリンだった。
「術師ゴブリン! 呪文使いか!!」
ゴブリンは時に呪術を習得し、呪文使いとなる事がある。上位職の一つである【対呪霊士】とは比較にもならないが、その能力は確かに本物だ。
「流石に――この数は不味いですね」
「爆弾は……駄目だ、あの人にまで当たっちまう」
「ひ、ヒィ……!」
異種の出現で腰が抜けたのか、カブリオレと名乗る男は悲鳴を漏らすばかりで動けずにいる。それを挟んで奥に敵が九体――絶体絶命の状況だ。
「く、せめて腕がどうにかなれば……」
「ッ!!……いえ、どうやら何とかなりそうです!」
と、緊迫気味だったリイムが僅かに安心した表情を見せた瞬間。
「ちょぉおっと待ったーー-っ!!」
アッシュの知らない――しかしリイムの良く知る声が更に奥から響いて来た。そして現れたのは、それぞれ武装した身なりの三人組だ。
「間に合った! そのままじっとしてなよ商人のおっさん!!」
先ずは背負う程の大剣を手にした赤い髪の青年。体中の傷と、幾度も修繕した跡のある革鎧が、彼の戦闘経験の多さを物語る。
「あれ、リイム居た! 居たよ"ソレル"! "ドンナ"! おーい!」
リイムに気付いたのは木製の杖を手にする白いローブの少女だ。此方に向けて手を振っている。
「匂いで分かっていたよ"スノウ"。複数の血の匂いが混ざっていたのが気になってはいたけどね」
物静かに言葉を発したのは、狩人の様な恰好に帽子を被った少年だ。最も、帽子から毀れる大きな犬耳が、彼をアッシュ達唯人種とは違うと示しているが。
「あれが、リイムの仲間。しかもあれは――獣人種!」
「えぇ、ドンナは犬の獣人種。他の皆も頼もしいのですよ? だって彼らも銀級ですから」
リイムは彼らの事を誇らしげに見つめた後、今だ腰を抜かしたカブリオレへと駆け寄る。
「カブリオレさん、でしたね? ここは危ないので、向こうの彼の下へ。行けますね?」
「わ、分かった……」
カブリオレは這う這うの体でアッシュに駆け寄る。アッシュはカブリオレを庇う様に体を支え、リイムへ頷いた。
「リイム! 向こうのは誰だ!?」
「同業者です。彼もここに飲み込まれた様なのですが、やりますよ」
「へぇ、それはまた」
一瞬、赤髪の青年――ソレルはアッシュを一瞥し、二っと笑う。
「んじゃあ、取り合えず安心だな! よし蒼穹の銀翼! パパっと片付けるぞ!!」
「「「応っ!!」」」
遂に揃った冒険旅団の蒼穹の銀翼。団長と思わしきソレルの言葉に従い、全員が臨戦態勢に入った。
「先ず、大顔蝙蝠を僕がどうにかしよう。アレの放つ怪音波は厄介だ」
そう言って手にした長弓の弦を引く犬の獣人種であるドンナ。しかしその弓に矢は番えておらず、そのまま空中の大顔蝙蝠を狙っている。
大顔蝙蝠はその名の如く、正面からは体が隠れる程の大きな顔を持つ蝙蝠。通常の種と同様、暗がりの中を翼で飛び、他者の方向感覚をおかしくする怪音波を放つ。
そんな大顔蝙蝠の弱点は、強い光と大きな音である。それを知るドンナが放つは、【狩猟士】の纏職を持つ彼の、最も得意とする長弓の練術。
「長弓練術。《ノイズショット》!」
弦が指から離れると、弓そのものを発生源として耳を劈く様な大音量が放たれた。その音を浴びた大顔蝙蝠は激しい混乱状態となり、くるくると落下していく。
「では、参りますね?」
と、同時にリイムが動いた。大梟熊を中心とした異種の集団に一瞬で肉薄。そして軽く体勢を屈め、呟く。
「爪練術。《サイクロンスクラッチ》」
瞬間――。
リイムを中心として黒き旋風が舞う。それは両手に装備した鈎爪を優雅に、そして残酷に振り回す暗殺者の姿からなるもの。
ゴブリン達は鈎爪に切り刻まれながら吹き飛ばされ、大梟熊も一瞬怯むが、持ち前の耐久力で堪え、反撃として自慢の剛腕を叩き付ける。
「ふふ……」
しかし、当たらない。
リイムは大梟熊の猛攻を紙一重で躱し続ける。一部生き残ったゴブリンもボロボロの武器で攻撃に加わるが、いつの間にか纏っていた光に難なく阻まれ、届かない。
「〔光の加護よ――我が同胞に守護を〕」
それこそが白いローブの少女。スノウの力だった。
彼女は自身が信仰する精霊の加護を借り受け、味方を助ける纏職――【僧侶】。
「キャ奇……? ぎゃ亜アッ」
ゴブリンが反応した。
強い力の行使は、敵に目を付けられる原因となる。スノウへ数体のゴブリンが迫るが――。
「させっかよ! そぉらっ!!」
それを阻むのが攻撃特化の纏職。【破壊者】のソレル。
攻撃力に特化した能力を持つ彼がスノウとゴブリン達の間に割り込み、大剣を振り回して迫る敵を蹴散らして行く。
「ソレル! あっち!」
スノウが指さした先には術師ゴブリン。何やらブツブツと呟くと、前方に赤い光の陣が発生する。そして、次の瞬間。
「キ鬼ャッ!! 〔火の魔弾〕〉!!」
ゴブリンらしくないハッキリとした言葉と共に、赤い陣から炎の塊が出現。
次の瞬間に炎の塊は発射され、それは高速でソレルに向かって左右にブレながら迫って来る。
「隠れてろスノウ! 大剣練術。《ブレイドウォール》!」
ソレルが叫び、盾の様に構えられた大剣が魔力を纏う。
次の瞬間、彼らに到達した炎の塊は、大爆発と共に二人を真っ赤な炎で包み込んだ。
(今のが"呪文"というものか。もしあの時今の呪文を使えるゴブリンがいたら……死んでたな)
そうアッシュが想像した通り、〔火の魔弾〕は様々な術師が扱う"呪文"の内の初級呪文だが、その中でも随一の威力を持つ。
それはこの辺りに生えている木の幹くらいなら一発で粉砕する威力を持ち――しかし、ソレルの防御は崩せなかった。
「は、俺を倒したきゃ三節級呪文でも使うんだな」
「ぎゃキャ……!?」
炎の中から五体満足で立つソレルとスノウに驚いた隙をつかれ、術師ゴブリンはドンナに胸を撃ち抜かれ、倒れた。
「はい、おしまいですね」
と、いうリイムの言葉と共に全身をズタズタに切り刻まれた大梟熊がズズンと倒れる。
そしてその大梟熊を最後に、他に立っている異種は居なくなった。
「ふー……」
ソレルが大剣を下げる。僅かに体や服が焦げており、先程の防御技を以てしてもなお、相手を苦しめる呪文と言うものの威力が垣間見える。
「……ギ」
「っ!! まだだよ!! 術師ゴブリンが!!」
「何っ!!?」
スノウが気付き、指さした先で、杖を支えに術師ゴブリンがヨロリと立ち上がる。矢は、術師ゴブリンの首に掛かっていた、装飾の鎖で止まっていた。
「防がれていた!? 迂闊!」
ドンナが叫ぶと同時に、術師ゴブリンが、先程より更に大きな陣を構築し始めた。
「デカいぞ! 間に合わない!!」
「ギャひっ!! 〔猛火の魔連弾……」
そして、術師ゴブリンが更なる一撃を振るおうとした瞬間。タンッ! と言う音と共に術師ゴブリンの額から矢が生えた。
「ル、ず……?〕」
術師ゴブリンが倒れる。その奥にいたのは――器用な片手姿勢で機械弓を構えたアッシュだ。
「ふぅ、装填を手伝わせて申し訳ない」
「は、はは。こ、この位、お安い御用だとも……」
隣にはぶるぶる震えるカブリオレ。
アッシュは術師ゴブリンが生きている事に気付き、片手しか使えなかった事もあってカブリオレに矢の装填をこっそり頼んでいた。
商人であり武器を使う機会に乏しいカブリオレは、銃床の砕けた機械弓相手に多少苦戦する破目になったが――それでも、間に合った。
「……ははっ! 確かに、やるなぁアイツ!」
そう言ってソレルは大剣を地に刺し、今度こそ――戦いを終えたのだった。
-tips2-
旅団
冒険者やその補助をする者達で構成された編成隊の一種。
4~8人編成の物が特にそう呼ばれ、それ以上の規模となると師団と呼ばれる様になる。
小・中規模の魔窟に潜入するには旅団規模で向かうのが一番適しているとされる。
※文微修正




