次なるエンカウント
-tips-
機械弓。
弓に固定具など機構を取り付けた武器。
通常の弓と比べると、重く連射が効かない為、余り人気は無い。
但し威力が安定しており、発射可能状態のまま保持できる他、弓と比べて扱いが簡単。
関連練術も習得が容易なものが多いなど他の武器と比べて秀でた部分も多い。
アッシュが特に愛用している。
「ホる瑠rurrr……」
舌舐めずりしながら大梟熊が迫る。
アッシュは倒れて蹲ったまま、耳を地に当てて大梟熊の極僅かな足音を頼りに距離を測る。そして相手の死角になっていた鞄にこっそり手を入れ、ある物を探っていた。
(まだ……まだだ焦るな……ギリギリ防御の間に合わない位置まで――)
更に大梟熊が迫る――あと一歩か、二歩か。という所でアッシュに顔を近づけて――。
(今っ!!)
「これなら……どうだぁっ!!」
死んだ振りをして鞄から取り出していた物――それは獣除けの匂い袋だ。
毒を持っていたり、刺激臭のする植物の灰や粉末。それに肉食獣の尿など動物が嫌がる物を布袋に詰めて封した物。
軽く開くだけで強い匂いを発するそれを、口を開いたまま大梟熊の顔面にブチ撒ける。
相手が梟と――匂いに敏感な熊の特徴を持つ異種ならば、これも効果があると考えてのアッシュの一手。
「Giィ異ゥオゥウッ!!?」
――それは正しく、大打撃だった。
激臭と強刺激の粉末を浴びた大梟熊が悲鳴を上げて怯む。アッシュはその一瞬に生まれた隙を見逃さない。
「逸ったな間抜けっ!!」
顔を抑えて苦しむ大梟熊に、決して逃がさぬとばかりに渾身の力で喰らい付く、手には機械弓用の短い矢を握りしめていた。
「このぉっ!!」
「ボぉお尾オお御オっ!?」
握った矢を大梟熊の右目に捩じり刺す。流石の羽毛も目への攻撃を防ぐ事はできず、大梟熊は激しい痛みに腕を振り回しながら狂った様に暴れだした。
「ヤケになったな……終わらせてやる!!」
アッシュは異種から距離を取り、機械弓を構える。銃床は砕けているが発射機工はまだ生きており、取り出した矢を装填――し終わった所で、大梟熊の様子が変わった。全身をブルブルと震わせ始め、激しく羽毛が周りに散り始める。
「ホォおお御オォ!!!!」
大梟熊が雄たけびを上げ、アッシュの視界を覆う程の羽毛が、更に空中に飛び散った。
「何!? まさかこれはっ!!」
誰に見られない状態で発動できる《気配隠蔽》。姿を隠し、感知スキルにも引っ掛からなくなる。
羽毛を激しく撒き散らす事で自身の姿を隠し、《気配隠蔽》を発動した上で奇襲する。それが大梟熊の切り札だった。
「ハぁ…… Hoお……」
舞い散る羽毛に隠れて《気配隠蔽》を発動させた大梟熊。
羽毛が落ち切った瞬間に今度こそあの獲物を殺してやろうと、息を潜めて待つ――。
「ホ……、……?」
しかし、何時の間にか獲物の姿が無い。移動する音などしなかった筈なのに。
ふと、コツンと大梟熊の足元に何かが当たる。
大梟熊が足元に目をやると、微かに煙を吹いた木の実の様な何かが――爆発した。
「ッ!!? ボヴゥッ……」
突然の爆発に足をやられ、大梟熊は地に倒れる。何か分からないが、このままでは不味いと腕の力だけで逃げようとするが――。
「――逃がすかよ」
ガチャリと背後から音がした。大きな力を束ね、その影響による火花を散らした機械弓の音が。
「……ッ!!」
「悪いな……ハァ。《気配隠蔽》は俺も持ってる」
そう――大梟熊が羽毛を撒き散らした時点で、アッシュは敵の狙いに気付いていた。そしてその隙を逆に突いてやろうと、自分で斥候の錬術でもある《気配隠蔽》を発動。
羽毛が舞っている間に近くの木の影に隠れ、此方を攻撃しようと姿を現した大梟熊の足元に手作り爆弾を転がしたのだ。
(そして、これは――武器を持つ者だけが使える錬術。俺の魔力と気力を弓に込めてブチ放つ――)
「機械弓練術。《チャージボルトショット》!!」
放たれた矢は大梟熊の頭を吹き飛ばし、そのまま軽く地を抉る。巨体が完全に脱力し、そして二度と動かなくなった。
「……はぁ、はぁ。っ、疲れた。とにか……く、今は、隠れ、て。休まない……と」
アッシュが膝から崩れ、倒れる。右腕は真っ赤に染まり、垂れた雫は地面を赤く染めている。緊張の糸が切れた事もあるが、とにかく血を流しすぎたのだ。
「…………」
動かない。大梟熊もアッシュも。アッシュは息こそまだあるが、このままでは死んでしまうのも時間の問題だった。
「ク…け毛ke」
と、そこに一体のゴブリンがやって来た。何時の間に居たのか、手にはアッシュが大梟熊に放ち、弾かれた矢を持っていた。
実は――先程からこのゴブリンはアッシュ達の戦いを遠巻きに眺め、様子を伺っていた。要は漁夫の利を狙っていたのだ。
(ジュルリ――……)
ゴブリンはアッシュへと近づいて行く。そして首目掛けて矢を突き立てようとして――。
「お止めなさい? 勝者の褒賞を横取りなんて……下種のする事ですよ?」
「ゲ…? ゲびっ!!?」
ゴブリンが倒れる。首を掻き切られたのだ。それを行ったのは――黒い影の如き者。先程の炸裂音を聞きつけ、此処にやって来たのだ。
影は倒れたままのアッシュを見やる。如何なる感情を持ってかは、フードの影に隠れて分からない。
「ふふっ」
影はアッシュへゆっくりと手を伸ばす――そして。
◆ ・ ◆ ・ ◆
(…………)
(…………? 明るい……柔らかい?)
「あ、目覚めましたか?」
何かをコトコトと煮る音、そして声が聞こえた。
アッシュは一瞬、本当に天国に行ったのではという思考を――先程の、耳元から聞こえた女の声で振り払う。
「っ!! 何、ギャッ!!? akg@^lx[;rgb~~っ!?」
「はいお静かに。出血多量に錬術の多数行使による魔力、気力、生命力の枯渇……貴方、死んでもおかしくなかったのですよ?」
アッシュは右腕を駆け抜ける激痛に激しくのたうち回るが、謎の女に頭を押さえられてまともに動けない。
正しくは――女の膝と腕で頭を押さえられ、右腕は布でキツく縛られていた為に動けない――だ。
「なこ、痛っ、れ、膝、膝まく――!?」
「えぇ、膝枕ですね……ふふっ」
何が可笑しいのか、女は静かに笑っている。突然の事態に混乱するアッシュだが、とにかく落ち着かなければと深呼吸を始める。
「スゥ――、はぁ。済まない、もう大丈夫、だ。起きる」
「あら残念。はい、どうぞ――むぅ、おかしいですね。男の子は膝枕でイチコロという話は嘘だったのでしょうか」
後半小声で何か言っていた女の手が離れ、急いで顔を上げたアッシュは改めて、何故か自分を膝枕していた相手を見る。
被っていたフードを外し、その中から出てきたのは、濡羽色のショートヘアに所々肩まで長い髪という不思議な髪形の少女。
目に掛かる程の前髪の隙間から、碧色の左目が覗いている。
冒険者の様だがその容姿は筋肉と武器を力とする【戦士】のそれには当てはまらない。
肩まで覆うローブや、全身の黒く動きやすそうな出で立ちから、【魔術士】かもしくは――俺と同じ【斥候】の纏職を持つ者、とアッシュは想定する。
(それと……歳は今の俺と同じ(15歳)か少し上か? いや、それは後で良い)
と、アッシュは少女の観察を一旦止める、自身の顔の絆創膏や腕に巻かれた包帯から、自分が目の前の少女に救助されたのだ理解したからだ。
「先ずは、助かった。ありがとう」
「魔窟内における負傷者の手当は冒険者の義務です。お気になさらず。あ、少ないですが……食べますか?」
そう言って黒の少女は今もコトコトと音を立てる鍋を指さす、彼女が作った物の様だ。
「いや、今は大丈夫。俺はアッシュ。あんたと同じ冒険者……って事になるかな、一応」
「アッシュさん、ですね。私は"リイム・ゼラ"。リイムと呼んで頂いて結構です。先程は、本当に良い物を見させて戴きましたよ」
「リイム、か。よろしく……先程?」
先程と言われて思い当たる事と言ったら、あの大梟熊との死闘以外に思い当たらない。あれを見られていた事に気付き、アッシュは顔が熱くなって行くのを感じた。
「人があんなに熱く戦う姿を見たのは初めてでした。必死にあの新人殺しに喰らい付く様など今でも眩いばかりに目に焼き付いて――」
「やっ……やめろーっ! 恥っっず!! や、あんな無様な……ていうかンな前から見てたんなら助けてくれたって!」
「そうしても良かったのですが、あの熱心な様を見たら手を出すのも面白くな……もとい無粋と感じまして」
「良い性格してんなあんた!! って、待てよ?」
アッシュは周囲をキョロキョロと見渡し、今だこの中が森の魔窟の中だと確信する。だが、それにしては今まで感じていた、張り詰めた気配が今は無い。
「そう言えば此処は? 魔窟の外じゃなさそうだが」
「えぇ。貴方の応急処置をするのと、安全確保の為。広めの場所に当たりを付けてあれを」
リイムが指差したのは、何かを煮込んでいる鍋――ではなく先程から暖かな光でこの場を照らす焚火。良く見ればその火の色はよく知る黄色味を帯びた赤い色ではなく、どちらかというと青白い色をしている。
「そうか、「浄火」」
「ええ、人の集まる場所には必ず設置される魔除けの火。これも同じ、浄化と魔除けの力を持つものです」
道理で、とアッシュは納得する。
「今この火が燃えている限り、大梟熊含め異種が近付く事はありません。だから今は――安心して良いですよ」
「……あぁ」
アッシュは焚火を眺めながら、此度の事に関しての反省し始めた。
準備不足だったのは間違いない。だがそれにしても油断が多かった――と思う。
そも危険とは、如何なる時も不意打ちで来るものだ。準備できてないだの油断してただのの言い訳なぞ、死んだ後には何の意味も無い。
(――あの一件で、理解できてたと思ってたんだがな)
アッシュは己の迂闊を顧みて――そして今度こそ間違えない。と、心に決める。
そして、その為に情報を集めて五体満足でこの場を脱出して見せると改めて誓い、行動する事にした。
「さてそう言えば、リイムは何故ここに? 依頼の関係か?」
「そうですね。そもそも私達は――拠点でもある町の"トライン"からの特別依頼を受け……ある調査をしていたのです」
「調査……ん? トラインの……特別依頼。私、達? ……あの、つかぬ事を、お伺いしますが……」
「まぁ改まって、何でしょう?」
ある事実に気付き――アッシュは内心嫌な汗をダックダクに流しながら、恐る恐る尋ねる。
「宜しければ、貴方の冒険者等級を伺っても?」
「ランク、ですか? えぇ……お恥ずかしながら」
リイムは懐から、銀色に輝く認識札の付いた首飾りを取り出す。
「私。銀級の【暗殺者】で――」
「先程から生言ってサぁーっせんしたぁああああっ!!!!」
アッシュは速攻でバック宙一回転からのひれ伏し謝罪をしたのだった。
-tips2-
冒険者等級
全国冒険者共通規格で、冒険者の実力を配布される認識票の色で示す。
赤から黄と来て、青色から、単独での低級魔窟の探索が許可され、そこから更に青銅級、銀級、黄金級、白金級、日緋色金級と続く。




