奪われた名と紡がれた物語
-tips-
神鮫射弩。
普段は黒塗の連弩で、連射機能を持つ東洋風の機械弓。
由来は、地球世界の歴史に名高き大国の最初の皇帝が、不老不死求め、竜神の化身もしくは使いとも呼ばれる大鮫魚を討伐する為に使用した弩。もしくは連弩。
水棲の存在に対して大きなダメージを与える効果があり、今回の大氾濫が海辺で起こる事を知ったアッシュがその効果をエンチャント出来る事を期待して創作した。
銘を解放すると、所有者の命への執着心に呼応し、自身の命が危険である程――生への執着が強い程に矢の威力が上がる。
付与錬術
《水棲特攻》。《自動装填》
幻装錬術。銘を解放すると発動可能。
《我求命仙》
所有者の生命の危機。生への執着心に応じて威力が上昇する。
《神夢散箭》
神の連なるものに対して、特攻効果のある協力な一射。放つと、所有者は自身の魔力を一時的に失う。
アッシュが最後に一撃を放った丁度その時。戦場である港から離れた外れの岸に、二つの怪しい影があった。
「な、何じゃ先程の膨大な魔力の波動は――ええい、この雨が魔力反応の邪魔になって……オノレ!」
「それより、召還された神獣が倒された様ですが」
それは、白衣を羽織り、頭部に様々な器具を取り付けた異形の老人と、全身甲冑を身に着けた漆黒の騎士。二人は人目に付かないこの場所で、自らが引き起こした大氾濫の様子を
観察していたのだ。
「最早どうでも良いわそんなもの! 我らが主から賜ったものの、役立たずにも程がある! 異界の神獣だか何だか知らんが、ただデカいだけ! ま、所詮は英雄とやらの敵役と云った所かのう。だが、今は先程の魔力の事じゃ! 怪物を止めた結界と言いあの最後の一射といい気になりすぎる! おい、何としてでも確保に向かうぞ!!」
「――了解した」
と、二人が行動に移ろうとしたその時だった。
「おっと、そこで止まって貰おうか――そこの二人」
「「っ!?」」
怪しい二人組に声を掛けて来た人物。それは、アッシュも何度か顔を合わせた髭面の大男だった。
「やっと、見つけたぜ。ああ何も言う必要は無ぇ、お前らが全部の原因だ。そうだろ?」
身なりは汚らしいが、その髭とボサボサの髪の奥から見える眼光は刺すが如く鋭く、二人を睨みつけている。老人は最早面倒と言った表情で嘆息し、ただ――殺せ、とだけ命じた。
「……恨みは無いが、悪く思うな」
漆黒の騎士がスラリと腰の剣を抜き、男へ一瞬で距離を詰め、その首を狙った一閃が――ナイフ一本に止められた。
「な、何っ!!? 黒剣の剣を……あんなショボいナイフで止めたと!?」
「……へぇ、エライ自身が有ると思えば――金級か? 知らん顔だが――」
「くっ! ――教授! お逃げを!!」
瞬間、教授と呼ばれた老人は、懐から何か道具を取り出すとそれを操作し、背後に脱出門に似た空間の孔が発生した。
「ぁあ!? 逃がすとでも――ちっ! 此奴!!」
大男が老人に迫ろうとするが、今度は漆黒の騎士が踏みとどまって背後を守る。老人は孔へと飛び込み、漆黒の騎士も男のナイフを弾き、すぐさま孔へと逃げて行った。
「待てこら手前ェら――!! あー、クソ!!」
男も孔に手を伸ばそうとするが、孔は急激に縮小し、消えてしまう。
「やられたぜ、あいつ等。あんな逃げ方が出来るのかよ」
「全くです。余計な事をして下さいましたね――我らが父王よ」
「――げ」
大男が背後からの声に振り返ると、向こうの繁みから、聖竜騎士団の紋様を付けた鎧姿の男が歩いて来る。そして、大男の前まで来ると、ザッ――と即座に跪いた。
「聖竜騎士団――第四席ハルベルト。お迎えに上がりました――パテラスス陛下」
「――はぁ、誰も迎えなど呼んでねぇ……オホン、呼んどらんが」
「今更取り繕っても無駄ですよ。元日緋色金級冒険者だった頃の貴方の口調に戻っていた事。勝手に行動して重要参考人を逃した事。報告させて頂きますので」
「ま、待て! 悪かった!! そもそもお前、此処に居たのなら向こうを手伝ってやらんか! 前線に立っとったのお前の部下だろう!」
「国の命令を受けて実際に動いたのは彼らで、王の捜索を命じられたのが私です。それを混ぜこぜにするのは良くありません」
大男――ドラグレストの王パテラススは、思い出す。この目の前の騎士ハルベルトは、良くも悪くも上からの命令に忠実な男。それ故に、時に柔軟性に欠ける頑固な面がある事を。
「全く相変わらずだな。所で――先程の連中だが」
「ああ、あの二人ですね? 衣服に記されていた紋様には見覚えが有ります」
黒剣と教授。恐らく通称であろう二人が同様に身に着けていた共通の紋様――黒い布にひび割れから何かが覗く卵の紋章。それにはパテラススもハルベルトも、思い当たる節があった。
「ここ最近。この辺りで犯罪行為を繰り返している裏師団。闇黒の殻なる者達の仕業かと――」
◆ ・ ◆ ・ ◆
『――ォオ……ン』
――煩いな。
『ウォオオオオン――』
「だーっ!! 煩いって言って――あ?」
目を覚ますと、アッシュはぼんやりとした霧の中。波の音と叫び声――否、泣き声のみが響く空間の中に居た。
「此処は、何処だ?」
『ォオオオン――此処は、我が心の内。貴様が我を討ったが故に、我が恨みの残滓が貴様の体に宿ったのだ――』
アッシュはその言葉から声の正体に気が付き、霧の奥へと目を凝らす。すると霧の中より、あの|最終巨濤の怪物の姿が現れた。
「アンタか。俺に何か用?」
『用など無い――我はただ嘆くのみ。我は取り戻せなかったのだから――』
「取り戻せなかったって、何をだ?」
『名前だ。我は――この地に召ばれた際に、名前を奪われた』
「名前――奪われただって!?」
『然り。我は己が何者かも分からぬまま、ただ微かに残る記憶の残滓を頼りに、町を襲うしか出来なかった。それが、我から名前を奪った者からの命令だった――』
アッシュは青ざめる。今回の事件は、自然に起きたものでは無く人為的なもの――そして、そんな真似を仕出かす事が出来る存在が、この世に居るという事に。
『だが、我は何も成せず――ただ破壊を撒き散らしたのみ。これ程嘆かわしき事があるか――オオ、海神よ。無力たる我を許し給え――』
「……なぁ、その海神ってさ――ポセイドン。って名前だったりするか?」
すると、怪物はピタリと泣き止み、その巨大な顔をアッシュへと近づける。
『こ、小僧! 我らが海神を呼び捨てるとは――いや、今は良い。我は聞いた。この地は我らが生まれた海では無い――此処に我らの名を知る者は居ないと――よもや、よもや!!』
「ああ、多分だけど。俺はお前の名前も、お前を象る物語りも――知ってる」
アッシュは語り始めた。
それは、遥か昔の物語。とある王国の王妃カッシオペイアは、己の美――若しくは娘であるアンドロメダー姫の美は海の乙女達をも超えると嘯き、その言葉に怒った海神ポセイドンはカッシオペイアに娘を海への生贄に求めた。
そして、生贄として嵐に荒れる海に縛り付けられたアンドロメダーを喰らおうとしたのが――ポセイドンより遣わされた怪物――つまり、眼の前の存在だ。
「そしてお前は、その瞬間に通りすがった勇者に倒された。そうだな?」
『お、オオ! そうだ! そうだ我は、その様に語られていた! 最期は人間如きに倒されたというのは今も残る苦い記憶だが、確かに我が空虚が埋まるのを感じるぞ! 小僧よ、教えてくれ! 我が名は――』
必死になって、怪物は己の失った名を求める。勿論アッシュはその名も知っていた。それは当時の国で、海獣を表す名称でもあり、海の怪物を意味する女神の名を由来とし、今も鯨類を意味する単語に使われている言葉――。
「ケートス。もしくはケトゥスか? 確か、そんな名前だった筈だ」
『――ケートス。そうだ、ケートス。やっと取り戻した! 我が名! ケートス!!』
怪物――ケートスは歓喜の雄叫びを上げる。アッシュがつい耳を塞いでしまう様な、全身に響く様な雄叫びだった。
「煩っ!! ま、まぁ良かったんじゃないか? 名前を取り戻せてさ」
『オオ、感謝するぞ賢き者よ! これで未練は無い。やっと、我らが父の下へ逝ける――』
ケートスから光が溢れ、その輪郭がぼやけ始める。霧が晴れ、恐らくこのおかしな夢も覚めるのだろうと、アッシュは悟った。
「あ、待ってくれ! 最後に、お前を呼んだ者の話を聞かせてくれないか?」
『……良いだろう。あれは、あの魔性の女は――取り込んでいた』
「女? 取り込む?」
要領を得ない言葉に、混乱するアッシュだったが、ケートスは消えさる寸前。とても重要な情報を残して行った。
『そう、あれは――我らが母。エキドナを取り込んでいた。それだけでは無さそうだが――な』
「――何だって!!? もっと、話――を――」
『さらばだ。賢き者よ。最後に――我が力の欠片を――託す』
その言葉を最後に、世界が白に包まれて行く――そして。
◆ ・ ◆ ・ ◆
「――はっ!!」
「っ!・使用者・覚醒確認・健康状態の検査に移行する」
アッシュは、既にどっぷりと暗くなった空の下で目を覚ます。本気で魔力を行使した上で大技を使った事で、その反動から失神していたのだと気付く。
「――ふぅ、大丈夫だよ、ヴィリジア。心配かけたな」
「――……了解」
ヴィリジアの頭を撫でながら、アッシュは視線をケートスの消えた海へと向ける。既に勝鬨の声が上がっているのに気付き、全てが終わったのだとやっと認識できた。
「――はぁ、今回もギリギリだったぁ。って言うか寒っ!! リイム達は大丈夫か?」
アッシュは立ち上がると、体が雨に濡れて冷え切って居る事に気付く。そして、急いで個性封印の仮面を被ろうとした、その時だった。
「――やってくれたわね」
「――え?」
バサリと、頭上から聞き覚えのある声と羽音。恐る恐る視線を上に向けると――。
「まさか、まさかだったわね、禁忌種さん?」
額に青筋を浮かばせた片翼の少女――エーデがアッシュの前へと降りて来た。
「え、エーデ!! いや、三つ翼のエーデ……さん? 一体何の話やら、俺は通りすがりの禁忌種さんですが?」
「アンタがした事。全部見てたのよ。有翼族の視力を舐めないで頂戴? 何でも屋のアッシュさん?」
(あー、積んだー、積んだわー)
いよいよ俺も年貢の納め時か――と、観念しかけたその時だった。
「って、熱っ! 何だ!?」
「っ!!」
アッシュは腕から、そしてエーデは首から熱さと錯覚する様な痛みが生じる。痛みの発生源を確認して見れば、アッシュの腕からは縄の様な紋様が刻まれ、エーデの首には鎖を思わせる紋様が刻まれていた。
「ふ、ふふふ。狩った獲物の総重量だものね。討伐数にするべきだったわ」
「あっ!! 狩り勝負の契約!」
そう。アッシュは確かに、最終巨濤であるケートスに止めを刺した。数多くの冒険者の協力あっても事ではあるが、確かに止めを刺したのはアッシュなのだ。これまで二人が倒した異種の量は、間違い無くエーデが上だった。だが、最後の最後で、ケートスによりその天秤はアッシュへと傾いたのだ。
「ふふ、敗北した私の条件は、この私自身の譲渡――つまり」
「これから宜しくお願いしますわね? 忌まわしきご主人様?」
-tips2-
海獣ケートス。
地球世界の古代ギリシャの伝説に語られる怪物。何故かイディアリスに召喚され、名を奪われた上で逆らえない状態にされ、大氾濫の呼び水として使われた。
海神の代行として地上に遣わされるだけあり、海水を操る能力と巨体を武器として、災害といっても過言ではない攻撃が可能。更に、海の乙女えお軽視した王妃を罰しに来た存在として、女性に対しての弱体化能力をもっており、嵐という形で弱体化の呪いを発動させる。




