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禁忌種(タブーブラッド)の人生クエスト  作者: カッパ巻き
第三章:夕日に焦げる大氾濫
32/36

嵐来る

 -tips-

 軽装士(フェンサー)

 機動力重視の纏職(ロール)

 片手剣に小盾(バックラー)というのが基本だが、回避に自身のある者は重い防具をほぼ捨て、素早さに全能力を振り切った戦い方をする者も居る。


「さて、よろしいですか? 我が(あるじ)

「はい。済みませんでした」


 一方その頃。アッシュはリイムの前に正座させられ、そのまま反省会を行っていた。


「先程の動き方。エーデさんを置いて行けなかったというお気持ちは分かりますが、それでも先ず、貴方自身の安全を優先すべき所でした。ヴィリジアちゃんが居なかったら一巻の終わりでしたよ?」

「いや、俺だって一応手が無かった訳じゃ」

「それは、貴方の本当の顔を晒す以外での話ですか?」

「いえ、何でもありません。はい」


 アッシュは肉体的な強度がほぼ最低値。それ故に避けられない攻撃に対しては滅法弱い。それを考えから外して留まろうとした結果が先程のあれだ。正直言って迂闊と言う他無い。


「やっぱり必要なのは緊急の防御手段かなぁ。ちょっとその辺りで構想練って見るか。所でヴィリジアは?」

「向こうの一目に付かない場所で休ませています。暫く休んでいればまた動ける様になると当人から」

「そうか、どうもヴィリジアのバリアは燃費が悪いらしい。なら次の装備はその辺りを――ん?」


 遠くから歓声が聞こえる。海の方で海竜蛇(シーサーペント)が倒されたのは見えていたので、恐らくもう一方の三体目も倒されたのだと理解する。


「って事は、これで大氾濫(スタンピード)は終わり――か?」

「何言ってるの? まだ討伐し損ねた雑魚共が残ってるわ。それなりに数も居るから最後まで気を抜かず――」


 アッシュの呟きを、砲台大亀(ランチャータートル)の遺体の上で聞いていたエーデが否定的な返事を返す。――が、その途中で急に視線を海へと向けた。


「――何? この嫌な気配」


 エーデがそう言いながら見つめる海に、アッシュも視線を向ける。いつの間にか空はどんよりと雲に覆われ、強い横風は吹き、海は打ち上がった波がここから見える程に荒れていた。


 ――そして、遂に雨が降り始める。始めはポツポツと、しかし直ぐに雨は打ち付ける様な大雨となり、風も更に勢いを増して行く。


「変だわ、嵐の予定なんてなかっ――た、筈?」


 エーデの様子がおかしい。急に膝を着き、剣で体を支えていないと倒れてしまう、とばかりに衰弱して行く。


「う……」

「っ!? リイム、どうした!?」

「分かり、ません。体から力が、急に寒く――」


 と、リイムは体を震わせているが。アッシュはなんとも無い。だが、周りを見ても一部の人間がどんどん力を失い、倒れて行く。良く見れば衰弱し、倒れていく者達には共通点があった。


「まさか――女性? この雨。いや、嵐が女性から体力を奪っているのか!?」


 荒事の多い冒険者(シーカー)とはいえ、エーデやリイムの様に女性でありながら、生きていく為に冒険者(シーカー)稼業を行う者も案外多いのだが、雨が降り出して以降。その全ての女性冒険者(シーカー)が一人残らず倒れた。


 そして。海の方からボコボコと泡が立つ様な音。その音はどんどん大きくなって行き、沖合より迫る影もまた、海面へと近づいて行く。


「――まさか、来るのか!? 最終巨濤(ラストウェーブ)が!」


 アンカと共に港に戻っていたトゥードリッヒが、血相を変える。さらに海面の泡が激しくなっていき、そして――。激しい水飛沫と共に、それ(・・)は現れた。


『オ――オオ、ォオオオオオオ――ッ!!!!』


 大声で吠える巨大なモノ。その肌は鯨を思わせる様な黒き光沢を帯びており、ギラリと揃う牙と鋭い瞳が凶暴さを様々と見せつけている。海藻を纏った腕が港を掴み、持ち上がった巨体は見上げるが如く。


 ――怪物。誰もがその姿をみて、そう連想せざるを得なかった。


『贄――贄は何処(いずこ)か――』

「喋った!? 異種(クリーチャー)が!?」


 誰かが驚愕の声を漏らす。事実、言葉を理解し、喋る異種(クリーチャー)は少なくないが、明らかに敵対的な異種(クリーチャー)がここまで流暢に喋るのは珍しい事だった。


『海は――お怒りである――贄を――贄を寄越せぇええええっ!!!!』


 怪物が叫ぶと共に、嵐が勢いを増して行く。このままでは、此処にいる冒険者(シーカー)どころか、このナミノートそのものが嵐と怪物に滅茶苦茶にされるのは明白だった。


 最終巨濤(ラストウェーブ)

 それは即ち、大氾濫(スタンピード)の終わりと共に極稀に現れるとびっきりの大物である。それが現れる事自体が歴史に残る程の大事件とまで言われ、事実過去の事例では、その最終巨濤(ラストウェーブ)の出現により、島一つが消滅したことさえ有るという。


「あ、あんなデカいの、倒し用が無ぇだろう!」

「も、もう終わりだ……」


 その迫力に押され、一部の冒険者(シーカー)達が尻込みし始める。だがそれでも尚、真っすぐに怪物へと立ち向かおうとする者達も居た。


「諦めるな!! ここが踏ん張りところ。気合を入れろ! 怒れる拳(レイジングフィスト)!!」

「「「応っ!!!!」」」


 トゥードリッヒと彼率いる怒れる拳(レイジングフィスト)


「海の怒りが何だ!! そんなもん幾らでも乗り越えて来た!! そうだろうお前ら!!」

「「「当然だ!!」」」


 ナミノートの漁師達。


「例え、盾が砕けようと、我らの旗に一切の歪み無し! 立て、聖竜騎士団!!」

「「「ははっ!!」」」


 ドラグレスト王国の聖竜騎士団。それぞれ三組が港に立ち、怪物を睨みつける。


「おい、俺達も行くぞ」

「そうだ、どの道逃げられない――」

「あんな化物に好き勝手させるか!」

 

 そんな彼らに触発されてか、一人、また一人と武器を手に取り、怪物へと立ち向かおうとする。怪物は港に居る最も近かった人間。トゥードリッヒを睨み、問うた。


『――贄は何処か』

「そんな物は知らん。ここは我ら人の地! 怪物の立ち入る場所など無い!!」

「愚かなり。海を侮辱し、かの方の怒りを忘却した小人共。裁きを受けよ!!」


 怒った怪物はその巨腕を振り上げる。それを迎え撃つ為に、前衛冒険者(シーカー)達が前に出て壁となり、怪物の腕と真っ向からぶつかった。


『――ぬぅ!?』

「「「ぅうおおおおおおおっ!!」」」


 防御練術(アーツ)なども用いられた全力の集団防御により、怪物の腕が弾かれる。その隙目掛けて、トゥードリッヒを含めた残りの冒険者(シーカー)達が、渾身の攻撃錬術(アーツ)を放った。


「今だ、撃て撃て! 狙いなどと考えるな! ただ眼の前に向けて全力で放てぇええっ!!」

「「「はぁあああああああっ!!」」」


「ぅおおおっ! って言っても、俺のナイフ攻撃じゃとても届かねぇ!」

「言ってる場合じゃねぇよ! 俺だって先刻の防御で自慢の盾がガラクタ寸前なんだ!」

「煩ぇっての! っていうか、こんな時にあの何でも屋は何やってやがるんだ!」


 と、マウル含め、殆どの冒険者(シーカー)達が必死に怪物に抵抗している間。アッシュはと言うと――。



 ◆ ・ ◆ ・ ◆



「いよっし。これで全員かぁっ!?」

「ああ! この辺りの女達は避難完了だ!!」


 一部の冒険者(シーカー)や、居残っていた鍛冶師達と協力して、嵐の届かない建物の中に動けなくなった女性達を避難させていた。そしてその中には、別の所で休んでいたヴィリジアと、リイム。エーデの姿もある。

 

「――これで一安心かな。リイム、ヴィリジア。少しここで休んでいてくれ」

「申し訳ありません。こんな火急の事態にも力になれず――」

「当機・無力・歯痒い」

「二人は俺を守ってくれた。今度は俺の番だ。何、直ぐに終わらせてやるさ。ヒノキオ二人を守ってやってくれ」

「任せるッス兄貴!」


 と、ヒノキオが枝を振って応えたその時。外から更に建物へと避難してくる複数の人。群青の風(アズールウィンド)だ。


「うわっ! まだ居たのか。大丈夫か?」

「だ、大丈夫じゃないかも~」

「ふ、不覚だ。こんな雨如きに」

「鎧の中で溺れかけ……ガボガボ」


「はぁっはぁっ……まだ、終わっていない……」


 そして、残りの仲間を一人で抱えて避難させ、そのまま外に向かおうとするヴェント。


「ヴェ、ヴェント駄目! だって貴方も――」

「言うな、エクレア。僕は大丈夫だから、最後まで、戦か――ぐえっ!?」

「そんなヘトヘトで何言ってんだ。良くは知らないが剣も鎧もボロボロじゃないか。激戦終えた後なんだろ?」


 無理を押して外へと向かおうとするヴェントの首根っこを掴み、投げる様に建物の奥へと押し込むアッシュ。


「な、何をするんだ! 僕は!」

「い・い・か・ら。じっとしてなって。まー、あれだ。多分何とかなるから!」

「ッ!!」


「――ふふふ」

「ん? 何を笑ったんだ? リイム」

「いいえ、何でも」


 そしてアッシュを含め、女性達を避難させていた者達も最後の戦いへと舞い戻る。残された女性達は、静かに――戦いの行方を見守るしかなかった。


「――くそっ!」

「ヴェント、無茶し過ぎだよ。貴方もこの嵐の所為で限界だったんだから。あーあー全身びしょ濡れ」


 そう言いながら、エクレアはヴェントの胸当てごと服を脱がし、露わになったふくよかな胸を布で吹き始めた。それを見た他の女性冒険者(シーカー)達がギョッとし、ついでにエーデも驚きの表情になっていた。


「あら、群青の風(アズールウィンド)って、全員女性の旅団(パーティ)だったのね」

「別に偽っていた訳じゃ無いけど、ね。舐められない様な態度を取っていたらいつの間にか――って事さ」


(そ、そうだったんだ……)

(くぅ、こっそり狙ってたのに!)


 と、そんな他の独身女性冒険者(シーカー)の無念の声を他所に、ヴェントはかつて弱かった自分の事を思い返していた。



『きゃあああああっ!』

『助けて! 誰か!!』


 それは、ヴェントの故郷の村がゴブリン共に襲われ、幼馴染のエクレアと共に隠れて居たのを見つかって襲われ掛けた時の事だった。


『何してんだ! おらぁああああああっ!!』


 ゴブリン達を一蹴し、二人を助けた青年。ソレルが仲間の三人と共に今だ数多く居るゴブリンの群れへと突っ込んで行こうとした時。


『無理だよあんなに一杯居るのに! 死んじゃうよ!』

 

 ヴェントは必死で叫んだ。あの時彼女の心は折れていて、このまま戦っても無駄だとそう思い込んでいた。――だが。


『ま、大丈夫さ』


 ソレルがヴェントの今だ小さかった頭をポンと撫で、そして笑顔で言ったのだ。


『多分、何とかなるから!!』



 蒼穹の銀翼(ウィングラインブルー)はゴブリンの群れを打倒し、村を救った。そして、ヴェントという少女の胸の中に、彼らと言う英雄像が深く刻み込まれたのだ。


「くそ、何で、よりにもよって、あの人と同じ言葉を言うんだ――……」

「確かに、あの二人は全然違う様で、似ているのかも知れませんね」


 ヴェントの呟きを聞いていたリイムが、嬉しそうに答える。


「似てるって――何処が?」

「そうですね」


 エクレアの問いに、リイムは少し考えて――。


「逆境に挑もうとする時、楽しそうにする所――でしょうか?」

 

 と、そう答えるのだった。


 -tips2-

 最終巨濤(ラストウェーブ)

 大氾濫(スタンピード)発生の際。本来は第三波で終わる所を、極稀に第四の大物が出現する事があり、その現象をその名で呼ぶ。

 歴史の中でも最終巨濤(ラストウェーブ)の名は度々登場し、そのどれも大災害級の被害が起きている。

 そして、歴史上最初の最終巨濤(ラストウェーブ)の話は、その発生した日時以外ほぼ何も分かっていない。何故なら、それが起きた島ごと、その最終巨濤(ラストウェーブ)に全て飲み込まれ、歴史上からも姿を消してしまったからである。



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