蒼き疾風 烏の蒼炎 ――そして
-tips-
上位種。
異種の中には、他の異種との戦闘や捕食を得て、その格を上げる者が居る。そしてそれは、本来格下と言われるゴブリンや魚頭擬人などが起こしやすいとされる。
特に技を極め、職名を手に入れた上位種は、ハイ、またはエリートと呼ばれ、他の種より大きく秀でた能力を有する。
-対上位魚頭擬人剣豪戦線-
「はぁああああっ!!」
ヴェントの細身剣による熾烈な連続攻撃。しかし、甲冑を想起させる様な強固な鱗を持つ上位魚頭擬人には今一届かない。更に相手が持つ――魚の骨に似た異形の大剣は、適当に振るだけでも攻撃範囲でヴェントに勝り、筋力。体格の有利不利もあって攻めあぐねている状態だった。
「さて、――時間稼ぎはもう良いかな!? ユウ!」
「ああ。既に気は高まっている! 喰らえ気功錬術。《浸透勁》!!」
その直後、横から軽装の少女が上位魚頭擬人の腹部へと蹴り込む。蹴り自体はヴェントの剣同様鱗に阻まれるが、ユウと呼ばれた少女の足先から不可視の波動が放たれ、それによって上位魚頭擬人は吹き飛ばされた。
「――~っ!!?」
その蹴りによる衝撃は、鱗の上からでありながら浸透する様に腹部の奥まで響き、体内を暴れまわる鈍痛の波に流石の上位魚頭擬人も苦痛に顔を歪める。
「流石だねユウ! 相変わらずの威力だ!」
「まだだよ! 気を付けて!」
しかしの上位魚頭擬人も直ぐに体勢を立て直し、剣を振り被ってヴェント達に迫る。
「させないよっ! 大盾錬術。《タウントドラミング》!」
だがその動きを阻む者が居た。紺青の風の一人。全身を大鎧で包み、更に大盾を持つ防御特化の【鎧戦士】だ。大盾を打ち鳴らす音は聞く物の敵意を煽り、攻撃を自身に集中させる。
「いいよクラウディア! そのまま押し止めちゃって~!!」
そして、金髪の【詠唱術師】エクレア。彼女の有する練術は、呪文発動に本来必要な詠唱を大幅に簡略化する《高速詠唱》。
彼女の呟きが止まり、魔力の活性化と共に放たれるのは――先程の〔猛火の魔連弾〕と同様の三節級呪文。
「喰らっちゃえ! 〔赤雷の戦斧〕!!」
膨大な電力を赤色に輝く程に集中させ、天より振り下ろすその一撃は、上位魚頭擬人へと叩き込まれ、辺りが轟音と眩い閃光に包まれる。
「つ、強い! これが群青の風。一人一人の質も高いが、何より連携の練度が段違いだ!」
夜泣き烏とて、一旅団として、術師のみならではの連携を得意としているが、群青の風もまた、連携戦術を得意とする旅団だ。
機動力と剣術で攻守ともにバランスの良い【軽剣士】のヴェント。気を溜めるのに時間が掛かるが、一撃一撃の火力が高いユウ。ガチガチの防御力で他の皆を守るクラウディア。素早い詠唱で火力を出すエクレア。それぞれが互いの得手不得手を補い合い、連携する事で格上相手でも互角以上の戦いが出来る。
それこそが紺青の風の戦いである。
「えへへ、結構効いたんじゃない~?」
「皆、良いぞ! このまま叩き続けるんだ!」
「分かった。任せて、ヴェント」
「私もまだまだ頑張るよーっ!!」
「……っていうか、もしかして――あれハーレム旅団って奴なのでは?」
「あっ! 本当だ。 大鎧の人は顔は見えないけど声高いし……くっ、あの美形剣士が羨ましい!」
因みにだが、美形剣士を美少女(?)達が囲っている形の旅団である為か、むさ苦しい男だらけの他の冒険者達から、よく(主にヴェントに)敵意を向けられている旅団でもある。
「……フゥ――ッ!!」
体中焦げつかせながらも、上位魚頭擬人が立ち上がる。すると、全身を覆っていた甲冑の如き鱗がボロボロと崩れだし――露わになったのは、一切無駄の無い筋肉と、それを薄らと覆うなだらかな銀の鱗だ。
「っ!! 皆、気を付け――」
ヴェントがそう言いかけた瞬間。隣に居た筈のユエが遥か後方へと吹き飛ばされた。その場には、大剣を突き出した姿で上位魚頭擬人が止まっている。
(――は、早いっ!! あの甲冑風の鱗は、自前の物じゃなく他の生物から剥ぎ取り、身に着けた物――これがコイツの本来の速度か!!)
「ユエっ!! 大丈夫!?」
「エクレアはユエの救助! クラウディアはエクレアを補助してくれ! ここは僕が受け持つ!」
ヴェントが剣を振りかざし、上位魚頭擬人と打ち合うと同時に、指示を受けた二人も即座に動き、倒れて伏しているユエへと走る。
ヴェントと上位魚頭擬人は再び剣撃の打ち合いとなるが、やはり趨勢は上位魚頭擬人の方に傾いていた。
(やはり――やっぱり私の力じゃ……いや、諦めない! 絶対に!!)
更に踏ん張ろうとするヴェントだったが、遂に剣を弾かれ、更に蹴りを懐に入れられて吹き飛ばされる。
「がっ!! ――く、かは」
「ヴェント!!」
エクレアが呼びかけるが、地面に叩きつけられたヴェントは動けない。そして、止めを刺さんと上位魚頭擬人が倒れたヴェントへと歩み寄り、掲げられた剣がヴェントの首を刎ねんとする寸前。
「待て待て待てぇええい!!」
横からの声に反応し、腕が止まった。実際に上位魚頭擬人の腕を止めたのは、声では無く――無視出来ぬと感じる程の魔力の奔流ではあったが。
「は、班長! やはり無理が!」
「無理ならどうした! 私はセル・ラ・セージ魔導学園一年杖組主席。コルボ! 学園に席を置かぬ娘があれ程の術を放っていて――私がそれ以上でない理由など無い!!」
コルボは、どさくさに紛れて地に魔法陣を描き、仲間達を陣の周囲に配置。その中心で、仲間と共に魔力を活性化させていた。魔法陣の効果はズバリ、周囲の人間と自身の魔力を同時に行使し、本来実力的に発動出来ない呪文を無理に発動出来る程にまで術者の魔力を底上げするという物。
「ぐ、ぐぅううう何のこれしき!!」
――しかし、数人分の魔力を同時にその身に宿す強化に術者自身が追い付いていなければ、その荒ぶる魔力は術者自身を傷付ける。
「――……っ!!」
「やっと此方を意識したな化物! 喰らうが良い!! 我が最高最大の四節級呪文!! 〔蒼炎の大魔弾〕!!!」
呪文名が宣誓され、莫大な魔法力は青白く輝く程の猛火へと変わる。そして、その猛火は集束しながらも更にその熱量を増し、上位魚頭擬人へと襲い掛かった。
「――ッ!!?」
先程の炎弾を遥かに上回る猛火の弾が叩き込まれ、上位魚頭擬人は大きく仰け反らされる。そして、猛火の弾は巨大な蒼炎の竜巻へと変わり、上位魚頭擬人の肉体を覆いつくした。
「君、大丈夫か!?」
「う、済まない。助けられたね――」
既にボロボロの体になって動けないコルボの代わりに、その仲間がヴェントへと駆け寄る。
「助けられたのは此方も同じだ! とにかく、コルボーさんも連れて早く――嘘だろ!?」
竜巻が消えると、全身丸焦げになりながらも、五体満足で立つ上位魚頭擬人の姿があった。最も、彼方も流石に堪えたのか呼吸は荒くなり、足元も多少覚束なくなっている。
「どう、やら。後もう一押しの様だな――」
ヴェントは愛用の細身剣を拾い上げ、何とか立ち上がる。そして、向こう側をチラリと見つめ、そして剣を構えた。
「来い。決着を付けよう」
「――……」
互いがゆっくりと近づき、間合いが近づく。そして、間合いが重なったその瞬間。再び剣と剣が激しくかち合った。
「くぅ……!」
「――ッ!!」
今まで以上に猛烈な剣撃がぶつかり合う。既にお互い限界は近い。だからこそ――全力を尽くし合う。
「オ、ォ雄々オ御オオッ!!」
雄叫びを上げた上位魚頭擬人が剣を振りかざし、全身に魔力が満ちて行く。
「大技を使う気か、ならば僕も答えよう!」
ヴェントが剣を真っ直ぐ構え、腰を僅かに下げて溜めの姿勢になる。魔力の高ぶりがお互い最高潮に達し、――渾身の一撃が放たれた。
「オオ雄々おお御ッ!!」
「手向けと受け取れ! 細身剣錬術。《ストレートフラッシュ》!!!」
それは、大剣の異形さが生み出す乱雑な気流の竜巻。そして対するは、精神を集中して放つ。神速の一点集中五連突。お互いの最大威力が激しく衝突し――そして、上位魚頭擬人の剣が競り勝った。
「く、ぅああああっ!!」
「吹き飛ばされた! 不味い!!」
夜泣き烏が叫び、ヴェントが体勢を立て直す前に、上位魚頭擬人の止めの一撃が迫る。
「――ああ、残念だが認めよう。今は、君の方が強かった。――だが、勝つのは僕達だ」
「!?」
上位魚頭擬人の背後から、全身を突き抜ける衝撃。放ったのは、少し前から起きていた【練気功士】のユウ。
「気功練術。《気功遠当術》! 殺したと思ってたか?」
ユウは先程の剣の攻撃を受け、確かに軽傷でない怪我を負わされた。しかし彼女の気功練術には、魔力を生命力に還元し、傷を癒す《療気功》という練術も持っていた。それで自身の傷を塞ぎ、じっとして回復を待っていた。
「どりゃああっ! 鎧装練術。《アーマートレイン》!!」
そして、一瞬の隙を見て、クラウディアが突撃。その重量に任せて上位魚頭擬人を上空に撥ね飛ばす。
「ガッ!! ――ガ、亜」
「御免ね? でもアタシ達って旅団だからさ~。焦って一人に集中しちゃうと良くないよ?」
そして、群青の風の最大火力担当。エクレアが弓を引くような構えで魔力を活性化させ、呪文を撃ち放った。
「〔赤雷の魔矢〕!!」
――赤色の雷電が放たれ、それは正しく上位魚頭擬人の胸を穿つ。心臓は筋肉の特性に従って限界以上に収縮――完全に潰され、墜落した上位魚頭擬人は、確かに絶命していた。
「お、終わった――のか?」
「向こうから歓声が聞こえる。残り二体も何とかなったらしい」
「なら、今度こそ終わり――だよな?」
その夜泣き烏の構成員達の疑問に対し、是と答えられないヴェント。何故なら。
「妙だ。あれ程の異種が、主の宝物を落とさないだと?」
ヴェントは知っていた。大氾濫により発生する大型の異種は、迷宮の主同様、倒す事で褒賞とも言うべき何かが手に入る。だが、ヴェントの手の中には何も無い。
「考えられるのは二つ。まだあの上位魚頭擬人が死んでいない――いや、それは流石に無いか。だとしたら――」
「まさかまだ――大氾濫は終わっていない、とでも?」
そんな不吉な予感が生じると共に、ナミノートの空がどんどん曇り、陰って行く。そして、暫く後に雨が降り始め――ナミノートの最後の試練が、立ちはだかる。
-tips2-
群青の風。
元々はヴェントとエクレアが、ゴブリンの群れに襲われた故郷の村にて、偶々出会った蒼穹の銀翼の面々に救われた事を切っ掛けに、二人が彼らの様な冒険者になりたいと志したのが始まり。そして、恥ずかしがりやで鎧越しで無いと他人と話せないクラウディアや、海を越えて修行に来たユウと意気投合し、結成された旅団。
結成以降。一度だけ蒼穹の銀翼と再会した事が有ったのだが、ソレルは当時の事を良く覚えておらず、そん位の少年を助けた事なんてあったか? と、首を捻っていた。




