それは■■■■の様に赫く
-tips-
契約宣誓。
自身や他者に制約を課す北方の地に伝わる原始魔術の一種。
自身に制約を課す事で己の能力や技の効果を引き上げたり、他者に制約を課して守らせるなどして使う。更に、自身に重い制約を課す事で、他者に一方的に術を掛ける事も可能。
「今回の契約宣誓は、大氾濫の発生中に討ち取った獲物の総重量数。私の剣と貴方の――機械弓? で、競い合うのよ。いいわね?」
「良くないが!? 何勝手に決めて――うわぁ左手になんか光る紋様が出てるぅ……」
そして、金髪の少女エーデの首にも、似たよう紋様が浮かんでいた。
「あ、それと。貴方が負けたら冒険者を辞めて貰うから。役所に出す契約破棄書を用意をして置きなさいね? じゃ!」
「は……何だそれオイ! ちょっと待てぇえええっ!!!!」
アッシュの叫びも空しく、エーデはまたも飛び去って行った。それを見ていた周囲の人間はと言えば、またエーデの飛び道具狩りだのどっちが勝つか賭けるだの好き勝手言っている。
「――えぇ……?」
流石のアッシュも、怒涛の展開にただ困惑の声を漏らすしか出来なかった。
◆ ・ ◆ ・ ◆
「はぁ、訳分かんねぇー」
結局あの場に居続けられなかったアッシュは、現実逃避と遅めの昼飯の調達を兼ねて、ナミノートの波止場で釣りをしていた。海はもうすぐ大氾濫が発生するとは思えない程穏やかで、ただ波止場に砕ける波の音だけが響いている。
「三つ翼のエーデ、か」
アッシュはついでとばかりに、周囲の人間からエーデの情報を集めておいたのだが、これがまた濃い人物らしい。
冒険者になってからただの一度も仲間と組まず、単独で銀級に至ったとまでは聞いていたが、その正体はここより遥か北に位置する国。ミアゲルフォード出身の有翼族の女戦士である。
有翼族は見た目こそ唯人種と左程変わりは無いが、背中に一対の翼を有し、飛行能力を持っている。その特性故か種族単位で気位が高く、特に高陵に国を構え、強さを重きに置くミアゲルフォード出身の者は、特にその傾向が強いと言う。
エーデもまた同様で、彼女自身生まれつき片方にしか翼が生えていないというハンデを背負いながらも、それを物ともせぬ膂力の持ち主で、両手剣を片手に一本ずつ持って戦う二刀流と取得している纏職の特性を用いた機動力に秀でた戦法で、破格の戦闘力を誇るという。
そして、彼女はとにかく飛び道具が大嫌いらしく、それを用いる冒険者は総じて戦士と認めないと自ら公言し、時々飛び道具を使う冒険者に勝負を挑んでは、一人残らず引退に追い込んでいるらしい。
「聞いただけでも酷い話だなぁ……っと!」
釣り竿に手ごたえを感じたので、思い切り引き上げる――が、釣れたのは革の長靴だった。
「お約束かっ!!」
物に当たっても意味は無いのだが、アッシュも多少イラついてたのか長靴を地面にぺいっと投げ付ける。と、そんな時。彼に声を掛ける者が現れた。
「荒れてんなぁ、若えの」
「誰だ? って、あなたは先刻の」
それは先程、アッシュの露店でナイフを一本買ったけむくじゃらの大男だった。
「暇してんだ。何かあったんなら話してみろや」
「――ま、ちょっとした面倒事でしてね」
赤の他人に……とも一瞬思ったが、事が起こるまで暇なのは同じ、と。アッシュは先程の事について大男に話した。
「うははは!! 面白えなそりゃ」
「他人からしたらそうでしょうね! けど、こっちは冒険者生命が掛かってんです。笑っては居られませんよ」
大男は、ふむと一瞬考える様に顎髭を摩り、アッシュに問いかけた。
「そもそもな、何故お前は冒険者なぞやってんだ? 儂の見立てだと、お前すこぶる弱ぇだろう」
その言葉は、アッシュの見た目の印象。とかそういう話でなく、弱いと確信に満ちて言える程に、アッシュの力量を理解しての問いだった。
「行きたい場所があるんですよ。冒険者でもないと行けない場所です」
「危険だぞ? ほぼ確実に死ぬ」
「死にたくはないですし。危険も嫌ですが、それでも行かなきゃならないんです」
「ほぉん……」
大男は懐から、アッシュから買ったナイフを取り出した。それは美しく丹念に磨かれ、海から反射する太陽の光を受け、きらきらと輝いている。
「こんな物を3000ジェルで売る様な奴が、デカい口叩くじゃねぇか」
「3000じゃ高すぎました?」
「阿呆か! 安すぎるってんだよ! 王都なら倍の値段でも買われるぜ。何でこんなに安くしてんだよ。他所の店への配慮ってのがあんじゃ無ぇの?」
アッシュは海へと視線を向けたまま――ポツリと、呟く様に応える。
「信頼できる人間をつくるなら――それを安すぎると言ってくれる様な人が良い、と思っただけです」
「カハハハ! 捻くれてるねぇ。そんなに裏切られるのが怖いか?」
「背中から刺されたら死にますんでね!」
「そりゃそうだ!! カハハハハハ!!! あー、笑った笑った。ま、若ぇの。そう難しく考える事は無ぇんじゃねぇさ」
そう言って立ち上がる大男。そのまま背を向け、町の方へと歩いて行く。
「結局の所この話はなぁ。お前さんが勝てばそれで済む話なんだよ――」
男の去り際の言葉を聞いたアッシュは、再び海に向かい合う。――そしてふと、竿がピクリと動いた。
「勝てばいい、か。そりゃそうだ!」
アッシュは迷いの晴れた様な顔つきで、釣り竿を思いっきり引き上げ――。
「あら、我が光。此方に居られましたか……まぁ」
「おお、リイムにヴィリジア。どーだ、大漁だぞ?」
リイムが波止場に来てみると、アッシュは大きな籠が一杯に成程の魚や蛸などを釣り上げていた。
「向こうに火を使っても大丈夫そうな場所がある。今日は豪勢に行こうぜ」
「畏まりました。ヴィリジア、お手伝いを」
「了解・新規味覚情報・記録準備開始」
「竈の準備は俺がしよう。せっかくのナミノートの魚介だ、こんな時でも楽しまなきゃな」
そして、野営設備の準備を終えたアッシュ達は、久しぶりの海鮮料理をたっぷりと堪能した。そしてアッシュは、その中で三つ翼のエーデとのいざこざの話をしたのだが――。
「まぁ、皆? 新しい仲間が増えそうですよ?」
「仲間。つまり後輩ッスか?」
「使用者呼称:兄貴・リイム呼称・姉貴・――当機・如何なる呼称か」
「ヴィリジアはほぼ同期ッスからヴィリジアッス」
「訂正を求める・姉貴呼称推奨」
「ヴィリジアは姉貴って感じしないッス~」
「――了解・攻撃対象設定完了」
「止めんか!」
と、皆気にして無い様だった。信じられているんだろうがなんだかなぁと思うアッシュであった。
◆ ・ ◆ ・ ◆
「ふぅ、そろそろ日暮れだな」
「そうですね――おや? 何でしょう」
野営の後片付けをしている途中、ふとリイムが何かに気付く。向こうの方を見てみると、何やら集団が言い争う様な様子が見えた。
「ん? なんだなんだ?」
アッシュ達が近付いてみると、真っ向から言い争っている二人を中心に、二つの勢力が険悪な雰囲気になっている様だ。
「だからなぁ! ここは俺達の縄張りだ! 大氾濫が起きようが、俺達はここを動かねぇってんだよ!」
「それが愚かだと言っている。大氾濫はそう甘い物じゃないのだ!」
それは、筋骨隆々の水兵の様な出で立ちの男と、もう一方は今朝アッシュ達もその姿を見た、怒れる拳の団長であるトゥードリッヒだった。
「何処に文句があるってんだ!? 俺達もここに残って一緒に戦うって話をしてるだけだろうが!」
「あ、アンカ! 落ち着けよ!」
「それには及ばないと言っている。素人判断は命の危機に至る事もあるのだ。大人しく非難して貰おう!」
「団長。地元の人間と争うのは不味いですって……」
何やらお互い譲れない事が有るようだが、話の全容が見えない。流石に見逃せないとアッシュが割って入って来た。
「こんな時に言い争いですか?」
「ああ!? 誰だてめぇ!!!」
「む、君は――」
水兵風の男は声を掛けて来たアッシュに部外者が関わるなと言わんばかりに睨みを効かせ、トゥードリッヒはやって来た相手の事に気付いた様な顔をした。
「俺もこの町の防衛に参加している者です。ですがそんな中で諍いを起こしている人達を見かければ、気になるのは当然かと思いますが」
「むぅ、そうだな。つい、熱くなってしまっていた様だ」
「……ちっ」
アッシュの冷静な態度につられてか、言い争っていた二人も取り合えず落ち着いた様だ。
実際に話を聞いてみると、本来依頼を受けてこの町にやって来た冒険者や、その補助を任された人間以外は、町の外へ避難する事になっていたのだが、このナミノートの港を職場とする若き漁師達、その纏め役である"アンカ"とその仲間が俺達もこの町を守るんだと言い出し、それを聞いた怒れる拳の一行が、馬鹿な真似はするなと咎めに来たのだそうだ。
「いや、余所者に暮らしてきた町を任せられないという気持ちは分からないでも無いですが、やはり無茶では」
「いーや! 俺達も普段から、海を生息域とする異種相手に銛で相手したりしてんだ。俺達だって行ける筈だろ!」
「それが愚かだと言っているのだ!!」
ナミノートの漁師達以上に大きな声で、トゥードリッヒが一喝する。その迫力は間近に受けたアンカ達は勿論、直接その圧を浴びた訳でも無いアッシュすらもビビる程だった。
「大氾濫は……災害なのだ。嵐に真っ向から立ち向かってはいけないと言うのは、君達も承知の筈だろう」
「む……」
災害という言葉に、アンカ含め、漁師側が一斉に口を噤んだ。海に生きる者として、災害の怖さは身に沁みついている。例え勇猛な彼らでも、怖くないと軽々しく口にする事など出来はしない。
「ま、確かにこんだけ静かな海が、これから戦場になるなんて、普通は考えられない――か」
と、アッシュは夕日が沈みゆく海を眺める。
風一つ無い、凪の様に静かで、夕日に照らされたそれは――血だまりの様に赫くて。
「――え?」
だから、気付いた。
「撃滅の……トゥードリッヒさん」
「何かな。何でも屋の君」
「大氾濫は――後二日程で発生する、んでしたよね」
「うむ。私もそう聞いて――」
と、口にした所で、トゥードリッヒの顔が青く染まり、バッと夕日に染まる海の彼方を睨む。
「馬鹿な……大氾濫の発生日時がズレるなど、しかし!!」
海の向こうに、確かに影が見えた。
水平線を浸食する様に――数多くの何かが蠢き、迫る影が。
-tips2-
大氾濫。
土地の魔力異常により、異種が大量に発生する現象。
異種は灯りに引き寄せられる虫の如く、人の集まる居住区域を目指す傾向にある為、発生した場合は必ず多数で防衛しなければならない。その為、大氾濫の兆しが見えた際は、近辺の役所が緊急依頼を発令し、青銅級以上の冒険者を募るのが決まりとなっている。




