トラインでの一日 リイムとヒノキオ編
-tips-
氷菓子。
アイスクリンとも。
細かく粉砕した氷に牛乳を混ぜ、何度も撹拌し続けた後。
蜂蜜と砂糖を加えてできるお菓子。
特に子供に大人気で、トラインの新たな名物になると巷で話題になっている。
「では我が光あるじ。行って参ります」
「行って来るッス!」
「行ってらっしゃーい」
今日という日はその挨拶から始まった。普段から自身の従者として振舞うリイムに対し、主従関係にも休みって必要だと思う。というアッシュからの提案を受け、渋々ながら休暇を取る事となったリイム。外を見てみたいというヒノキオを連れ、リイムはトラインの繁華街へ遊びに出掛けた。
「で、休みっていうけど、何をすれば良いッス?」
「そう難しく考える必要はありませんよ。要は気晴らしができれば良いのです」
因みにヒノキオはと言えば、リイムのフードの中に納まっている。今まで小鉢の中から動けなかったヒノキオだが、蒼霊水を摂取して以降。根っこを変化させて小さな足とし、二足歩行が可能となった。
小鉢から自由に出られる様になったので、今回の様に人の服や鞄に潜り込み、外に出る事が出来る様になったのだ。
「我が光の望みは、私が奉仕仕事に熱を入れすぎて、疲労を溜めない様にする為のもの。だから、普段と違う事をのんびり行って居れば、それで良いのですよ」
「そういうものッスか」
「ええ、そうで――?」
そこでふとリイムが何かに気付き、建物と建物との間にある小道へと視線を向けた。
「どうしたッス?」
「いえ、気のせいかしら。何やら……」
小道に入って行き、暫く道なりに歩く。すると、その奥から、少女のすすり泣く様な声が聞こえて来た。
「――ぐすっうぅ……ぐすっ」
「あらまぁ、こんにちわ」
「――?」
一目に付かない路地裏で泣き続ける少女に声を掛けるリイム。すると、少女は不安げに顔を上げた。
「おねぇちゃんだあれ?」
「私はリイム。それと――」
「ヒノキオッス!」
リイムのフードからピョコンと出て来たヒノキオを見て、少女がぱっと驚いた表情を見せる。
「かわいい……」
「照れるッス! お嬢ちゃん、名前なんて言うッス?」
「……アン」
少女――アンがヒノキオを撫で、警戒を解いたのを察したリイムは、少女に尋ねる。
「どうしてこんな所で泣いているのですか? ご両親は?」
「お父さん、いない。お母さんは――わかんない……あたし、ひとりなの」
リイムは、ふむ。と一瞬思案し、アンに視線を合わせる様に姿勢を下げる。
「では、一緒にお母さんを探しましょうか?」
「……いいの?」
「ええ。――あ、ヒノキオくんは」
「オレッキも構わないッス」
という訳で、リイム達は迷子の少女アンを連れ、彼女のお母さんを探す事になった。
◆ ・ ◆ ・ ◆
「女の子と逸れたお母さん? 見てないねぇ」
「そうですか……有難う御座います」
リイム達はアンを連れ、道行く人に話を聞いてみるも、有意義な情報はなかなか出て来ない。
「お母さん、あたしのこと、きらいになったのかな……」
「それはどうでしょう。あ、それでしたら――貴方とお母さんが離れた時の事、覚えている限りで良いので、教えて貰えませんか?」
アンはうーんと頭を捻りながら、ポツポツと口にし始めた。
「私、おうちでゴホゴホってなったの」
「……風邪ですね? それで?」
「そしたらお母さん。あたしを一人にしていなくなったの。ゴホゴホはなくなったけど、あたしいつのまにかお外にいて、かえれなくなったの。ずっと」
「――成程。そうですか」
リイムは暫し考えると、アンを連れて噴水広場へ、そして近くの長椅子にアンを座らせると、その隣にヒノキオを置いた。
「私、ちょっとだけ用事が出来ました。ヒノキオくんお話しながら一緒に待っていて下さいますか?」
「……すぐ帰って来る?」
「ええ、必ず」
二人から離れたリイムは、トラインの裏町へと大急ぎで向かって行く。
(確か二週間ほど前、トラインを含めた複数の街で流行り病があった筈。分かっているだけでも十数人が亡くなった――と)
そして、裏町で複数の人間から話を聞いたリイムは、次に酒場で情報を探し、纏める。そしてふと、張り出されていた依頼に目が留まった。
「これはもしや……実際そうかは分かりませんが、行ってみるとしましょう」
◆ ・ ◆ ・ ◆
「おねえちゃん。ここなの?」
「ええ。私から離れないで下さいね?」
「こ、怖いッス……」
リイム達が訪れたのは、トラインの離れにあるとある場所。身元不明の遺体を葬る為の――共同墓地だった。
「おねえちゃん……」
「大丈夫です。さて、そろそろの筈ですが……」
日が暮れ始めると共に、淀んだ魔力の気配と共に生ぬるい風が吹き始める。そして、それは現れた。
「Ohooooo……」
「出ましたね」
いつの間にかそこに居たのは、黒い靄に包まれたボロ布を着て、手に二輪の花を持った女――人の怨念と土地の魔力が結びつく事で生まれる死霊系異種の一種。
「泣き女霊!」
「hiィイイeEeeeeeeeee!!」
泣き女霊の魔力を帯びた叫びが、衝撃波を伴ってリイム達を襲う。リイムはアンを庇い、そして彼女の耳元で呟く。
「私、あちらの方とお話して参りますので、ここに居て下さいましね?」
「えっ……うん」
リイムがアンの頭を撫でると、今なお泣き叫ぶ泣き女霊へと、一息に肉薄する。
「ohoooooo!!」
「さてまずは、大人しくなって貰いましょうか。フッ!」
リイムは泣き女霊へと蹴りを叩き込む。魔力でその身体を構成している霊体異種は、魔力を帯びた武器や肉体でなら干渉が可能だ。宙に浮いている為攻撃を当てにくくはなっているが、リイムには関係無い。次々と打撃を叩き込み、泣き女霊を弱らせて行く。
「ふむ、そろそろでしょうか。では……それっ!」
そしてリイムは、光の精霊を祀る精霊廟で寄付金と交換できる聖水入りの小瓶を手に取ると、その蓋を開けて中身を泣き女霊へとぶちまけた。
「ヒィ異ィeeeeッ!?」
死霊系異種には、魔力を浄化する手段が良く効く。聖水によって力を奪われた泣き女霊が悲鳴を上げて怯む。
「お、お姉ちゃん。大丈夫!?」
「えぇ、大丈夫ですよ、アン」
「――ぅ、a ん――ア、ン?」
泣き女霊が、アンと言う名前に反応した。そして、黒い靄が薄まって行き、隠れていた表情が現れ始める。
「――え、おかあ、さん?」
「アン……アン!」
「お母さん!!」
「え、どう言う事ッス?」
「そのままの意味ですよ。アンのお母さんは、アンの看病の為に薬を取りに行き、その途中で異種に襲われ――亡くなっていたようです」
リイムはまず、貧乏な者達が暮らす裏町の中で母と子のみで暮らす家を探し、その途中裏町の住人から、流行り病に侵された娘の看病をしている母親の情報を得た。ところがその時流行っていた病は厄介なもので、市販の安い薬では効果が薄く、離れの森で採取できる高価な薬草が一番効果がある。というものだった。
そして次に、酒場で複数のお客から話を聞き、一人でトラインの外に出た女性の目撃情報と、近くの森で傷だらけで発見され――身元不明で共同墓地に埋葬された女性の話。そして、依頼に張り出された、共同墓地に最近現れる様になった泣き女霊の討伐依頼を見て――もしやと思い、ここにやって来たのだ。
「どうやら、薬草を買うお金も無い程には貧しかった様ですね。そして、帰れぬ母を待ち続けたアンも――」
「そういう事ッスか……」
そう。二人とも最初から気付いてはいたのだ。アンの足元はほんのり透けていて、リイムとヒノキオ以外は――誰も彼女に気付いていなかったのだから。
「もう、ひとりぼっちはいやだよ……」
「そうね……ごめん、ごめんね、アン……」
そしてリイムは、抱き合って泣き続ける二人に近づいて行く。
「乱暴な真似をして、申し訳ありません。――もう、離さないで上げてくださいね?」
「……はい。有難う御座います」
「お姉ちゃん、ヒノキオくん。ありがとう。わたしたち、かえらなきゃ」
アンとその母親の姿が薄れて行く。そしてアンが、母親から花を受け取ると、その花をリイムに手渡した。
「私に?」
「うん。ともだちのあかし!」
リイムが花を受け取ると共に、アン達の姿が溶ける様に消える。薄らと花の香りの残る風がリイムの髪を撫でた。
「では、帰りましょうか」
「了解ッス!」
誰も居なくなった共同墓地を二人は去って行く。そこにはもう、淀んだ魔力の気配はなかった。
「ふふ、お休みを頂く筈だったのに、ちょっとした冒険になってしまいましたね」
「そうッスね。けど、どうしてリイムの姉貴はあの子を助けたッス?」
「助けた理由ですか? そうですね――」
「私は、どうも昔から――余り可愛い子供では無かった様で、両親からも余り興味を持って貰えませんでした。……だから、放って置けなかったのでしょうね。ああ、きっとそれもです」
リイムの言葉の意味を読み取れず、ヒノキオが何がッス? と尋ねる。
「あの方を、我が光と共に在りたいと思った理由です。あの方は一人で――迷子のまま強気に振舞う子供の様な人でした。私は、彼の、孤独に挑まんとする姿にこそ惹かれたのかもしれません」
「惚気られたッス!」
と、そんな事を話している間に、背後から声を掛けられる。その声は、リイムにとって半日聞いていないだけでも物足りなく感じてしまう様な声であり……。
「や、休日はどうだった?」
「あ、我が光。ええ、とても充実致しました」
こうして、リイムとヒノキオのちょっと大変な休日は、夕日が沈むと共に終わりを迎えたのだった。
-tips2-
ユキゲ草。
魔力の濃い土地の森にて採取出来る薬草の一種。小さく白い花を付ける。
強い解熱作用があり、高い熱を伴う症状の緩和に効果がある。
香りにもリラックス効果があるとされ、献花としてもよく用いられる。
花言葉は――離れていても、忘れない。




