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禁忌種(タブーブラッド)の人生クエスト  作者: カッパ巻き
幕間2 トラインでの日常
22/36

トラインでの一日 アッシュとヴィリジア編

 -tips-

 トラインの食事情。

 周囲に森林系、洞窟系と複数の魔窟(ダンジョン)を抱えている為か、資材豊富で食材もまた然り。

 トラインはノドッカから小麦や畜産物を、南の港町ナミノートから魚介類を輸入している為、特に小麦を用いた麺料理が美味と巷では有名。

 だが最近最も注目を浴びているのは、北の魔窟(ダンジョン)から採取できるある素材を用いた菓子だという。


「では我が(あるじ)。行って参ります」

「行って来るッス!」

「行ってらっしゃーい」

 

 今日という日はその挨拶から始まった。リイムはヒノキオとお出掛け、そしてアッシュはヴィリジアと共に今日一日の(チーム)としての雑務を行う事となっている。と言うのも、今日という日がリイム・ゼラの休暇日だからである。

 

 リイムは、アッシュの影――従者として振舞っており、アッシュを主として奉じている。常日頃からアッシュを中心とした彼らの周りの仕事の殆どを一人で切り盛りしており、正直アッシュからしたら肩身が狭い事この上ない。


(わたくし)はこうある事こそが本望ですので、お気になさらず」


 リイムはそう言うものの、借りにも主従という関係だからこそ、頼りっぱなしなのは良くないと考えていた。

 

 そこで、休暇日である。

 アッシュは週に一度(最初は二度だったがリイムの方が断固反対した)、リイムに休暇日を作り、その日は彼女の普段の仕事をアッシュが変わりに行う、という形で彼女に休んで貰う事にしたのだ。

 そして今日の休暇日。リイムはヒノキオを連れてお出掛け、という訳である。


「さてと、今日の作業は――資材の調達にヴィリジアの探索服の仕立て、と。良しじゃあ、行こうかヴィリジア」

「――了解」


 アッシュはヴィリジアを連れて、流れ星の止まり木亭を出発。先ずは資材調達に向かった。



 ◆ ・ ◆ ・ ◆



「相変わらずこの辺りは人が多いな」


 到着したのはトラインの繁華街である。ここは常に人であふれ、活気に満ちたトラインの大動脈とも言うべき場所だ。普通の住民だけでなく、中には簡単な武装をした恐らくは冒険者(シーカー)も混じっている。

 アッシュ達はあらかじめ用意したメモから、資材探索用の小道具や食料。それからアッシュが制作活動に使う資材を買っていくのだが、普段アッシュのみの買い物では起こらない事が多々あった。


「可愛いお嬢さんだねぇ、ほら。その娘にオマケだ」

「あららまるでお人形さんみたいだねぇ。ほらほら取っといて取っといて」


 ヴィリジアの愛らしさにやられた店員達によるオマケ祭りである。

 

 謎の技術によって生みだされた磨製淑女(カッティング・メイデン)である彼女は、その儚げな美しさから道行く人の注目を集め、店員達を虜にしていったのだ。


「ヴィリジアが居るだけで全商品一割引きときた。幸運の女神なのでは?」

「当機は・磨製淑女(カッティング・メイデン)・他のいずれでも無い」

「はは、その通りだな――さて」


 アッシュは買い物を終えて、次に彼自身も顔なじみの衣服屋へと向かった。


「おやいらっしゃいアッシュ……と、まぁ可愛らしいお客さんだねぇ。妹――さん、じゃないわよね」

「こんにちは、ポルテさん。彼女は列記とした冒険者(シーカー)で、俺の仲間です。彼女の冒険者(シーカー)としての衣服を仕立てようと思って」


 ポルテと呼ばれた恰幅の良い婦人の衣服店員は、ヴィリジアの姿をじっと見つめ――。


「ふむふむ、支援術師系(サポーター)かい?」

「その様な物です。普段着と、探索用とを用意しようかと」

「ま、その服で探索はキツイだろうね。よし。任せな! 嬢ちゃんみたいなお客は珍しいからねぇ。腕を振るわせて貰うとするよ。ほらおいで」


 ポルテがヴィリジアを催促し、ヴィリジアはアッシュをじっと見つめる。アッシュは大丈夫、とヴィリジアを店の奥へと促し、その数分後――。


「待たせたね、どうだい?」

「おお!」


 再び出てきたヴィリジアは、先程のふわりとしたドールドレス仕様から、装飾を控えながら少女らしさを失わない。軽快な服装に変わっていた。


「流石ですねポルテさん。……よく似合ってる」

「――了解」

「うふふ、照れてるのね?」


 少し俯き気味になったヴィリジアをポルテは照れていると判断したが、実際の所はアッシュも分からない。その後、探索用の衣服に関してはアッシュも話に加わり、(ようや)くして話が纏まった。

 

「またおいでー」

「ええ、どうもありがとう御座います」


 新たな装いとなったヴィリジアを連れてアッシュは店を出る。続いて次の探索活動の方針を決める為、二人は酒場へと向かう事にした。


「じゃ、ちょっと中を見て来るよ。酒場はガラの悪い連中も多いから、ヴィリジアはここで待っててくれ」

「待機任務・了解」


 と、その前にアッシュは、ヴィリジアをトライン中心の噴水広場の長椅子に座らせた。流石に荷物が多くなったが故の休憩と、真昼間から酒場に居る様な連中とヴィリジアを合わせない様にする為である。

 アッシュは、予想通り昼間から大賑わいの酒場へと入り、張り出された依頼書を眺める。そこでふと――ある依頼が目に留まった。


「――これは」


 アッシュは手にした依頼書を見て僅かに眉を(ひそ)める。その内容は、アッシュは勿論のこと、この辺りに暮らす人間にとっても無視できる内容では無かったからだ。


「こりゃ、早めに準備を済ませなきゃな」


 アッシュはこの依頼を受ける旨を店主に伝え、店主もアッシュの認識票(タグ)を確認の上、問題無しと紹介状を渡した。酒場での用事を終えたアッシュは広場へと戻った――のだが、広場が騒がしい。


「だから、そんな物放って俺達と遊ぼうぜってよ!」

「待機任務中・その他の行動に移行不可」


 ――迂闊。

 正直、ああ云う手合いの遠慮の無さを舐めていた。一目に付かない場所の長椅子を選んだのが間違いだったのか、とにかくヴィリジアが冒険者(シーカー)らしき大柄の男にしつこく声を掛けられていたのだ。


「悪いけど、彼女は(うち)の連れなんだ。ナンパは他所でやってくれないか?」

「ァあん!? 手前(テメ)ェは何でも屋!! エセ冒険者(シーカー)は引っ込んでろ!」


 冒険者(シーカー)の男は赤い顔をして明らかに酔っており、既に話の通じる状態とは言えなかった。


「そう興奮しないで、ほら。水の一杯でも飲んで落ち着いてさ――」

「煩えっ!! 手前(テメ)ェ見てえのが何で美人を侍らせてんだぁ生意気な!!」


 男は腰の剣に手を掛け、スラリと引き抜く。流石に広場に居た人達もやばいと思ったのか、衛兵!と叫びながら逃げ惑う。


「おい、それ抜いたからにゃタダじゃ済まないぞ?」

「黙れ黙れぇっ!! そんな台詞は、俺の剣捌きを見てから言いな!!」

 

 と、男は近くにあったアッシュ達の買った荷物を斬り付ける。それによって果実類の汁が飛び――ヴィリジアの服に数滴掛かった。


「さぁ見たか! この俺の剣さばきぃ――?」

「ヴィリジア? どうし……ひぇっ」

 

 アッシュの顔が青くなる。急に立ち上がったヴィリジアは無表情のままだが――うつむき気味の表情を影が覆い、薄らと輝く瞳からは、氷の様な冷ややかさを感じたからだ。


「なんだぁ? 俺の剣に惚れたかぁ? 嬢ちゃん」

「あっ、馬鹿止め……」


 何を勘違いしたのか、気を良くした冒険者(シーカー)の男はアッシュが(気遣いから)止めようとしたにも関わらずヴィリジアに手を伸ばし――。


接触を禁ず(ふれるな)


 その迂闊の代償を、己の身で支払う事となった。


模造錬術(イミテーションアーツ)。《バリアスフィア》」


 ヴィリジアが男に向かって手を軽く伸ばす。そして球体上の小さな魔力障壁を展開した。


「あ、何だこ……」

「《エクステンド》」


 次の瞬間。ヴィリジアの生み出した障壁の球体が、まるで風船の様に膨張し、男を思い切り吹き飛ばした。


「ぶべぇあああああっ!!?」


 男は派手に空中回転しながら飛び、広場の噴水の池へと叩き込まれる。


「――水の提供・完了」

「いや、そりゃ水でも飲んでとは言ったけども」


 結局、男は暴れながらも衛兵に連行され、アッシュ達も正当防衛とは言え練術(アーツ)を用いるのはやり過ぎだ。と注意される破目になったのだった。



 ◆ ・ ◆ ・ ◆



「――謝罪する」

「別に怒っちゃいないさスッキリしたし。衛兵も理解してくれる程度には手加減してたしな。――むしろ、怒ってたのはお前の方だろ?」


 広場でのいざこざから少し経って、アッシュとヴィリジアは傷付けられた分の物を買い直し、もう一度広場の長椅子に座っていた。


「何で怒ったんだ? 別に俺もお前も傷付いてはいなかったろ?」


 アッシュの問いに、ヴィリジアは自分の着ていた服――の端の果汁の汚れを見る。


「――そうか、折角の新しい服を汚されて怒ったのか」

「汚された・のは・服だけでは無い」

「?」


 ヴィリジアは赤くなり始めた空を見上げ、己にとっての父――製造者の言葉を思い返した。


「当機の製造者・最初の服に願いを込め・託した・我が子の成長(カッティング)を」

「託した。――そうか、ヴィリジアにとって衣服は、誰かの願いなのか」

「肯定」


 ふと、アッシュは視線の先にある物を見付け、長椅子から立ち上がる。そしてそこである物を二つ買い、戻ってその内一つをヴィリジアに手渡した。


「ほら、コイツでも食べて機嫌直しな」


 アッシュがヴィリジアに手渡したのは、トラインから北の方角。山の麓に位置する魔窟(ダンジョン)の一つ。氷室の迷路(コールドラビリンス)にて採取出来る氷塊を用いた菓子。ノドッカの牛の乳と加工した氷を混ぜ、砂糖と蜂蜜を加えたシャーベット状の氷菓子である。


「冷たいから一気に口に含まない様にスプーンで少しずつ食べるんだ。ほら」

「了……解・――っ!?」


 恐る恐る氷菓子を一口したヴィリジアは、目を見開き、体をピンとさせた。


「おお? 大丈夫か?」

「れ・冷感・油脂分・甘味――溶融・甘味・冷感……」

「分かった分かった落ち着いて食べな?」


 ヴィリジアは氷菓子に夢中になっている様で、溶けて垂れかけているのを大急ぎで舌で舐め取ったりと、四苦八苦している。


「――娘か。確かにこの姿を見て人工物みたいな扱いなんて出来る訳無いよな」

「?」


 二人で氷菓子を食べ終わり、今度こそ帰路に付く。その途中でリイムとヒノキオの後ろ姿が見えた。


「や、休日はどうだった?」

「あ、我が(あるじ)。ええ、とても充実致しました」

「それは良かった。俺達もまぁ、楽しめた、かな?」


 ヴィリジアはアッシュの問いに、首を縦に振って肯定――する動作を止め、アッシュの事をじっと見る。


「たのしかった・あり、がとう」

「っ! ――ああ、そりゃあ何よりだ」


 そんな二人の様子を眺めながら、リイムもまた嬉しそうに微笑む。


「ん? そういやリイム。その頭の」

「えぇ、これですね?」


 リイムの頭には、一輪の白い花が飾られていた。今朝出る時には無かったものだ。


「友情の証――です」

「オレッキも貰ったッス!」


 よく見れば、ヒノキオの頭にも、同じ花が飾られていた。


「そうか。じゃ、帰るとしよう」

「はい」

「了承」

「ッス!」


 と、日没を告げる鐘が鳴る。こうして、アッシュとヴィリジアのちょっと大変な休日は、夕日が沈むと共に終わりを迎えたのだった。


 -tips2-

 ヴィリジア。

 時刻みの洞窟(クロックワークスケイブ)の隠し部屋にて眠りに就いていた少女。言語出力は苦手。

 その正体は、古代技術によって作られた人造人間磨製淑女(カッティング・メイデン)一人(・・)

 翡翠色(ジェダイト)の名を冠する彼女は、内臓された魔力炉から魔力を出力し、障壁という形で展開する能力を持つ。これを模造錬術(イミテーションアーツ)と呼称するが、実際には練術(アーツ)とは別枠の能力。

 今だ学習途中で無垢――あるいは残酷と呼べる行動を取る事もあるが、それも人と触れ合い、研磨(カッティング)を経る事で変わって行くだろう。

 因みに基本無表情だが、最低限の感情は入力済であり、無感動では無い。アッシュは勿論直ぐその事に気づいたのだが。

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