もう一つの世界 それは
-tips-
魂と輪廻
イディアリスにおいて、死した者の魂は空に浮かぶ星の河へと向かい、長い旅の果てにまた地上の子に宿る――則ち輪廻転生の概念が信じられている。
その生命の光を司る者こそ、光の大精霊ルクシアである。
「前世の――記憶?」
「ああ、覚えている限りはだが、俺は一度死んでいる。イディアリスとは違う世界でな」
アッシュの余りに突飛な発言に、周りがシンと静まり返る。
「流石に、俄かには信じがたいですね」
「だろうな。何だったら、俺の妄想話って事で流してくれて良いぜ? 証明なんか出来ないしな」
そう言うアッシュに対し、リイムは少し考える様に俯き――。
「では、話して頂けませんか? 貴方の言う、異世界の話を」
「オレッキも興味あるッス!」
と、リイムとヒノキオが言い、ヴィリジアもまた、無表情ながら興味深げにじっと見つめるので、アッシュはじゃあ――と話し始めた。
「この世界がイディアリスって、呼ばれているのは知っているよな? 俺の居た前世の世界にも――地球って言う名前があったんだ」
アッシュは語り始めた。青い海に囲まれた懐かしき世界の話を。
アッシュの口から出て来るのは、全く違う様でどこか似ている世界の話。気候、文化、信仰、エネルギー、国、人種。アッシュにとってそれらは、頭の中のアルバムを広げ、見て聞かせる様な行為だったが、リイム達にとっては不思議で新鮮な情報ばかりで、アッシュが口を開く度に皆が各々に驚いていた。
――そして。
「と、まぁ。こんな所かな」
「――なんと言いますか、物書きとしてもやって行けるのでは?」
「止めといた方が良いな。危険な思想家として宗教関係者当たりから睨まれそうだ」
「しかし、世の中には色んな植物が有るんスね。放火する植物とか怖すぎッス」
「魔窟も異種も居ない世界。そんな世界があるなんて、想像もしてませんでした」
「自動人形・AI・電力――情報を精査の上・記憶領域に登録」
アッシュの話を聞いた皆は、それぞれが気になった事を思い思いに語っている。そこに、アッシュの話を不信に思う空気は無い。
「皆、あっさり受け入れるんだな?」
「飽くまで一つの物語として、ですね。面白かったですよ? それはさて置き――」
と、リイムは一旦話を区切り、真剣な表情でアッシュに尋ねた。
「前世、と言っていましたね。お尋ねしますが、何故我が光の前世の方は、亡くなられたのでしょう?」
「――うん。それこそ俺が神の塔に登って、この世界の神とされる存在に合いたい理由でもある」
アッシュは自身の右肩を抱き、冷や汗一筋垂らして、その恐怖の記憶を思い返す。
「前世の俺がいた世界は――未曾有の災害に襲われていた。正体不明の災害――虫食い穴」
「わーむ、ほーる?」
アッシュは思い出す。
とある砂漠の国で、人面獅子の石像の頭がまるまる無くなっている画像が、ネット上に広まったあの日の事を。それを見た誰もが悪質なコラ――質の悪い冗談だと笑っていた。
しかし、物が消えて行く画像は次々と増えて行った。白い石柱の神殿跡が消えた。観光地としても有名な遺跡が消えた。円状に配置された列石が消えた。地上絵が消えた。
この世のありとあらゆる神秘的な存在が消え、アッシュが前世で暮らしていた国でも、生放送中にその国一高い山が突然丸い闇に飲まれて消えた事で、それが冗談でも何でもない事に皆やっと気が付いた。
世界中で緊急事態宣言が発令されたものの全く原因が分からず仕舞い。皆大いに不安に包まれ、国と国との間で不信感が募り、ギスギスとした雰囲気が漂う不穏な世の中になってしまった。
――そして、その時は突然だった。
とある学生が、通学の途中で虫食い穴に飲まれ、消失する事件が起きた。これまで人間のみが虫食い穴に飲まれる事象は初めてだった為、研究者達は更に頭を悩ませる事になるのだが、アッシュはその事実を知らない。何故なら。
「と、いう訳で。余りに突然だったから余り自覚は無いんだが……前世の俺はどうやら虫食い穴に飲まれて死んだらしい。気が付けば新たな体に生まれ変わっていて、しかもそれは世界中の人間から嫌われた禁忌種だったって訳さ」
「それはその――ご愁傷様です?」
「はは、無理に慰めてくれなくていいさ。今の俺だから出来る面白い事だってあるしな。俺は今の俺に不満は無い――ただ」
アッシュは天井を――否、この世のどこかに居る筈の、神を睨む様に上のその先を見据える。
「今俺がここに居るって事は、虫食い穴の原因はこのイディアリスにあると考えるのは自然な事だろう? 俺は、この世界の神に聞きたいのさ。何故地球は、虫に食べられたんだ――とな」
「アッシュの兄貴……」
「そして、その災害が止められるものなら止めたい。俺にどこまで出来るか分からないが――」
「残念ですが、無理でしょうね」
「ちょっ! リイムの姉貴!?」
それはある意味、無情ともいえる発言だったが、それを口にしたリイムは、アッシュを前にして顔を真っ直ぐに見つめ――続ける。
「貴方の望みは理解しました。ですがそれは、貴方一人では到底どうにも出来ない。それは、私にもわかります」
「――だよな。だから俺は」
「はい。どうするべきでしょう?」
それは、ある意味で言えば、単なる確認作業だった。アッシュはリイムを、そしてヒノキオとヴィリジアを次々に見つめ、そして決断する様に目を閉じ、その想いを言葉にする。
「俺は――神に会って、虫食い穴をどうにかする。その為に、最高の仲間を集めて、最高の組を作る。だから、皆に手伝って欲しい。
「全て、貴方のご随意に」
リイムは、その言葉を待っていた――と言う様に微笑みを浮かべる。
「命令・受諾した」
ヴィリジアも、無表情のままだがアッシュの言葉に同調した。
「当然オレッキも手伝うッス!」
ヒノキオは、両側の小さな枝を揺らしながら、張り切って応える。
「……ありがとう、本当に。だが、ここからが大変だ」
(そして――もう一つの秘密に関しては言えなかったな。まぁ、俺もまだあの話については理解し切ってない部分もある。この世界で探求を続けていれば、必ずその時に辿り着く日が来る。その時までは、まだ内緒だな)
こうしてアッシュ達は気持ち新たに、定めた方針へ向かう一つの組となった。そして――。
「よーし! そうと決まれば今日は祝いだ! 皆で酒場に行って食べに……ヴィリジアって何を食べるんだ?」
「補給方法・魔力を伴う物質の口腔接種・流体固体共に問題無し」
「つまり、特に問題は無いのですね? それでは一足早く手配に行って参りますので、失礼」
「って、リイムの姉貴が消えたッスー!?」
アッシュ達は、新たな門出を祝って昨日利用したあの酒場にて、存分に宴を楽しんだ。ヴィリジアが以外と食欲旺盛だったり、ヒノキオが蒼霊水を根っこからでなく口っぽい部分から飲んでいたり、仲間の以外な面が見られてたりして、そんな楽しい時間が夜遅くまで続いた。
――そして、翌日。
トラインの役場からアッシュが出て来た。外ではリイムが既に待機し、アッシュの査定結果を待っていた。
「如何でしたか? 我が光」
リイムの少し不安げな問いに、アッシュは首に下げた――青銅の認識表で答える。即ち、アッシュの青銅級冒険者入りの証である。
「わぁ――! おめでとうございます!」
「今回、血塗れの大斧の一件を抑えたってのがデカかったな。実力もリベットに勝った事で認められたし、ちゃんと依頼も遂行出来た。特に文句は出なかったよ」
「やはりそうですか。――私は、一年前に昇級したばかりですので、金級に上がれるかどうかは、一年後次第ですね」
曰く、青銅級以降の昇級には、最低二年の査定期間が必要で、それまでにある程度の実績を持っていなければ、昇級する事は無いのだとか。最もアッシュは、リイムの実力の程を理解しているので、その時がくれば昇級は確実だろうと、自信を持って断言できるのだが。
「登録・完了した」
「そうそう、ヴィリジアも問題無く登録出来たよ。――何だか妙にすんなり行ったのが逆に気になるんだが……ま、細かい事は言いっこ無しか」
冒険者登録をする際は、専用の付与道具である水晶に触れる事でその人物の情報を登録し、その情報に冒険者としての問題がなければ登録完了という仕組みだ。
アッシュは寧ろ、その登録で彼女の事をどう誤魔化した物かという心配の方が大きかったのだが、結局水晶はヴィリジアを唯人種と認識し、冒険者課の役員もヴィリジアの能力に問題無しと判断してあっさり赤色認識表を渡したのだった。
(俺の時もそうだった。最初に登録する時は、仮面もあるとはいえ大丈夫かと思って居たがあっさり登録出来てしまった。冒険者登録の水晶ってなんであんなに認識が甘いんだ? 普通もっと色々精査してもおかしくないと思うんだが……)
と、今あれこれ考えた所で答えは出ないと判断し、アッシュは考察を保留する。
「さてと、折角冒険者になったんだ。どこか、三人で初心者用の魔窟でも散策してみるか?」
「そうですね。ヴィリジアちゃんも、私達の戦いを見ておくべきでしょう」
「――任務・戦闘情報収集・了解」
ヴィリジアの硬い言い回しについ苦笑してしまうアッシュ。あんな誓いをたてた翌日にしては、緩い冒険になりそうだが――。
そんな日も偶には良い――と、青く澄み渡る空を眺めながら、呟いた。
-tips2-
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