そして、もう一つのシークレット
-tips-
古きにあって、遥か未来を築いた国あり。
しかしその国は新たなる■■を生みだそうとしたが為に神の怒りを買い、歴史ごとその名を滅ぼされた。
最期に生き残った私は、世界各地の魔窟に隠れた空間を築き、己の夢を託す。
純白・紅蓮・黄金・翡翠・紺青・滅紫・漆黒よ、今は眠れ。
―とある魔窟で見つかった手記。
「当機名・磨製淑女・翡翠色」
「まんまだなぁ、でもそれは種別名だろ? 個別の名前は無いのか」
「個体識別名称・該当無し」
「君が作られた目的は?」
「不明・記録無し」
「何か頼まれているとか」
「事前入力命令・無し」
「……本当に何も無いのか?」
翡翠色の少女は首を前に振って肯定し、アッシュは溜息混じりに分かった……と呟いた。
「リイム、質疑の結果だが、結局何も分かりません」
「聞いておりましたので、報告は大丈夫です。しかし、いよいよ困りましたね」
結局二人は何も分からないまま、翡翠色の少女を前にする。
「だが、このまま放っとく事は出来なくなった。彼女は少々純粋すぎる」
武力に晒されたとはいえ、一切容赦無く多数の人間を殺害しようとしたのを見るに、彼女は自身の行動に一切の戸惑いが無い。そんな彼女をただ放置すれば、何処でその危険な力を奮うか分かった物じゃないからだ。
「では、連れて行くと?」
「元々預った娘だし、仕方無い。君、それで良いか?」
「問題無し・契約・完了済み」
聞き慣れない言葉に、アッシュとリイム共に首を傾げる。
「利用者の光彩・魔力形質・先程の接触にて登録完了した・当機は利用者に従う」
「い、いつの間に――いや、待て」
アッシュは少女の耳元(耳では無く機械部品だが)に口を寄せ、内緒話の如くぼそぼそと話しだす。
「登録って、悪いが俺の顔は……あー、変装でな。本当の顔じゃ――」
「把握済み・血統種別・妖精種と窟人種の混血・擬装魔力も確認した」
「よーし分かった! リイム! この娘他所にやったら絶対駄目になった!!」
結果として、アッシュは自分より(恐らくは)若く小さな少女に、まさかの弱みを握られる事となるのだった。
◆ ・ ◆ ・ ◆
「――これで全部か?」
「へ、へいっ! 全部です!」
メドが死に、リベットが倒された事で反抗する気力を失った血塗れの大斧の残党達は、アッシュ達に従い時刻みの洞窟の脱出門前に、彼らが独占していた素材やその他荷物を集めさせられていた。
「勿体ないが、これらは一旦。全部トラインの役所行きだな」
「魔信具を持っていた者が居たので、トラインに話を付けました。衛兵を連れ、役所の方が来るそうです」
今回の血塗れの大斧の行いは、全国冒険者共通規格にある、魔窟独占禁止法に触れる。間違いなく彼らは逮捕される事だろう。
因みに魔信具は、特殊な通信練術である、《ナンバーコール》と同じ効果を持つ付与道具である。
《ナンバーコール》は番号を登録する事で、他の番号を登録した《ナンバーコール》の取得者と対話出来る練術であり、非常に便利なのだが取得が難しく、魔信具もまた非常に高価な為、今だ一般への普及には至っていない。
「そうか、了解――しかし」
アッシュは手にした依頼書を見ながら集められていた荷物の中にある――複数の認識票の中の一つを見比べ、渋い顔をする。
「殺されていた、とはな」
「彼らはこの魔窟を独占する上で、多くの冒険者を事件に巻き込んでいた様です。彼も、その一人だったのでしょう」
つまり、話はこうである。血塗れの大斧は、この時刻みの洞窟内の素材が旨い事に目を付け、まず門番を秘密裡に殺害。部下が入れ替わっていた。
更に洞窟内の至る場所に構成員を紛れ込ませて、数の暴力に任せて素材を狩まくる。そして、通常の冒険者は何かと理由を付けて門番前で追い返し、それでも侵入して彼らの悪事に気付いてしまった者は――と、言う訳だ。
「実際、メドとリベットが組んでいたら銀級一人だと厳しいだろうしな」
「この事件。思った以上に大きな話になるかもしれませんね」
「だな。よしお前達! これからこれ全部持って外に戻る! 逃げるなよ? 逃げたら……」
脅しを掛けるアッシュの横で、翡翠色の少女が右手を上げ、小さな障壁の正八面体を生み出し――握り潰す動作をする。それだけで構成員達は顔を引きつらせ、言う通りにするのだった。
「ふぅ、今日は疲れましたね」
「まぁ、色々あった。だがまぁ、手に入れる物は手に入れたしな」
アッシュが鞄から取り出したのは、この時刻みの洞窟の湧き水――蒼霊水の入った革の水筒だ。どさくさに紛れて採取していたのだ。
「後はトラインの役員達を待って、あいつ等をしょっ引くだけだ」
「ええ、ありがとう御座います。我が光」
「? どうしたんだ? 急に」
「いいえ? 貴方が居なければ私は生き残れなかった。それだけです」
リイムもリイムで大変だったのだろうか、と思いながら。アッシュはそれ以上聞かなかった。それにアッシュ自身も、リイムが待っているという前提が無ければ、ギリギリの賭けが出来ずリベットに敗北していたかも知れない。
「礼を言いたいのはこっちだっての」
つい、ボソリと内心を零してしまいリイムの顔を見るが、リイムは軽く首を傾げるばかりで、気付いていない様だった。
何でもないと言う言葉を最後に、アッシュとリイム――そして翡翠の少女は、脱出門を潜る。そして、眼の前が光に包まれ――。
◆ ・ ◆ ・ ◆
「へー、そんな事があったッスか!」
魔窟を脱出し、トラインの役員や衛兵とのやり取り終えたアッシュ達。翡翠色の少女の事は、認識票を失った他所の冒険者と言う事で何とか誤魔化し、事情聴取を終えて、何とか流れ星の止まり木亭に帰って来た形だ。
「で、そこのが新しい仲間ッスか。宜しくッス!」
「仲間――仲間になる。のかな」
結局連れ帰って来た少女を横目に眺めるアッシュ。少女はと言えば、周囲を興味深げに見まわし、落ち着かない様子だ。
「で、あれば。明日はこの娘のトラインでの登録ですね。認識票を失っているので、恐らく最初からになるでしょうが」
「だな、あー……それなら。名前が居るな。この娘の名前……緑……よし」
アッシュは暫く考えた後、翡翠色の少女の顔を真っ直ぐに見つめ、伝える。
「君の名前は――ヴィリジア。ヴィリジアだ」
それは、顔料としても使われるヴィリジアンが由来の名前だ。ヴィリジアンは、緑色系の色の中で、他の色との配合から作るのが難しく、その他の緑色の素になったりする色である。
アッシュはその名に、最も純粋な緑という意味を込め、人工の少女に送ったのである。
「ヴィリジア・当機の・名称」
「ああ。気に入らないなら別の――」
「当機個別名称・ヴィリジア・登録完了」
「……ま、気に入ったなら良いけどさ」
と、ここで住居精樹が声を上げた。
「ズルいッスー! オレッキも名前欲しいッス!」
「ああ、そういえば。この子も名前がまだでしたね」
「マジか……マジだな。因みに皆、候補あるか?」
アッシュがそう言うので、三人(実際には二人と一機)が考える様な動作をする。
「そうですね、地に根付く者……ハウ=スー……」
「識別番号・45940345」
「……一応木ってことでヒノキオってのが浮かんだが」
「ヒノキオが良いッス」
こうして改めて、ヒノキオとヴィリジアがアッシュの仲間となった。
「所で、アッシュ兄貴は変装してるッス?」
「ああ、そうだな。――ここなら大丈夫か」
アッシュは顔に手を触れ、擬装疑似解除と呟く。すると彼の顔が本来の――禁忌種としての顔に戻る。
「大丈夫なのですか?」
「俺の被る仮面はそもそも、被った者の特徴を封印する、って物でね。今は魔力だけを封印しているから、直接見られない限りバレないよ」
「おー、これが兄貴の本当の顔ッスか」
「解析・相違無し」
(……何となく、違う? いえ。口にするのは控えて置きましょうか)
「つまり、それも遺物なのですか?」
「原型ありきの遺物――あえて名付けるなら創作遺物とでも呼ぶべきかもな」
アッシュは再び顔に手を触れ、普段の顔に戻る。ここでリイムは、ふと疑問に思った事を述べた。
「前から思っていましたが、我が光は妙に物事を知っていると言いますか、歳と振る舞いにズレがある様に思います」
「ぬぐっ!?」
アッシュは、遂に其処を突いて来たか。と言う様な渋い顔をする。
「私が知らない様な――ロボット。でしたか? 聞いた事も無い名称を知っていたり、不思議な感覚ですが……何かある。と思ってしまうんです」
「……うーむ」
アッシュは、今まで以上に難しい問題だ、とばかりに頭を捻って深く考え込む。
「申し訳ありません。貴方が口に出来ないと言うならこれ以降は……」
「いや、何時かは言わないとならない事だ。なら別に今でも構わないだろう」
アッシュは決心した様に自身に気合を入れ、口を開いた。
「――俺には、前世の記憶がある。このイディアリスとは違う、異世界の記憶が、な」
-tips2-
錆斧のメド
乱暴者で、常に血に濡れた両刃斧を振るう怪力の男。己の利の為なら何人死んでも構わないという身勝手な性格であるが、自身の能力が伸び悩んでいた事。弟分が最近メキメキと力を付けていた事に焦りを覚えていた。結果として彼は、禁忌の秘薬に手を出し――。
リベット
乱暴な所は兄貴分のメドと変わらないが、此方は武人気質な面もあり、向上心も高い。
だが格下相手だと露骨に油断し、足を掬われる精神的に弱い面もあった。
アッシュ達の活躍により敗北。トラインの衛兵によって連行され、拘留所にてメドの死を知った。




