チュートリアル
魔窟は、ある土地に一定以上の神秘の力――魔力が何らかの要因で留まる事で発生する世界の歪みにして歪みの世界。
その内部は元の土地の特徴をある程度模倣するが、その環境は異郷そのもの。
地形は入り組み、漂う濃密な魔力によって方向を定める道具は一部を除いて機能しない正に迷宮。
それだけでも危険な場所であるが、最も危険な要因それこそが異種。
魔力の濃い土地に発生する、生物の様で生物の理から外れたもの。世の生物と特徴が似るものも居るが、実際にはどの動物とも違うもの。故に異種。
濃密な魔力の中で生まれたそれは、只それだけで力を持つ。
兎に角凶暴なモノ。誰に学んだ訳でもなく武器や理術を使うモノ。その他にも複数特徴を持つが――今重要なのは一つ。
奴らは一部例外を除き、己と同じ種以外の存在に敵対的だという事だ。
――ガサリと前方の繁みが揺れた。アッシュは機械弓を構える。
(即装填できる矢は三本。敵一体なら撃つ。三体以上なら距離を開け、できれば逃げる。さて)
アッシュが思案すると同時に、繁みから影が現れる。人では無い。そしてそれ以外の獣でも無い。
「ゲげ、guげゲ下ぐゲ……」
それは瘦せ細った子供程の背丈、しかしその風貌は人のそれに非ず。
目は蜥蜴に似て金色に鋭く輝き、言語にもならない声を漏らす口は尖った耳まで裂け、肌は暗がりの森の中である事を踏まえても明らかに血色の悪い緑色。
腰に巻いたボロ布以外に着衣物は無く、手には石と木の棒を植物の蔓で縛っただけの簡素な石斧。
「こうして会うのは初めてだな」
アッシュは自然と口にする。
「ゴブリン」
それが何者か、あえて自分に言い聞かせる様に。
居る、とは聞いていた。アッシュはその名前を知っていたし、実際にその遺体を見たこともあった。
だが実際にそこに生きて動いている姿を見てしまうと、恐怖と困惑。そしてある種の興奮を覚えてしまう自分が居る、とアッシュは思考する。
「愚ぎゃッ!キァアあ嗚呼ァ!!」
が、そんなアッシュの感情なぞ露知らずとばかりに、ゴブリンが石斧を振るう。
アッシュは冷静に回避し、そのままゴブリンに向けて矢を放つ。肩に矢を受けたゴブリンはギャっと軽い悲鳴を上げ、地に倒れた。
(成程、弱い。これもまた聞いた通り)
アッシュが知る通り、事実ゴブリンは、異種の中でも最弱な部類の存在だ。
腕力は子供並みに弱く、知能も同じほど。元も子もない言い方をするなら、その能力は本当に小さな子供程の存在である。
だがそれは同時に、人間の子供程度には知能が有り、武器を持てる程度の腕力を有しているという意味にもなる。
「っ! 他にも!」
右側の視線の先に、繁みに半身を隠した二体のゴブリン。何やら紐を持ってブンブンと振り回している。
「まさか、痛っ!!」
右肩に衝撃。アッシュは即座に飛び退き、その勢いのまま近くの木の影に隠れる。その直後、その隠れた木の枝一本がバンと弾け、コロリと小さな石が足元に転がった。
「チッ! 投石紐か!」
舌打ち混じりに先程攻撃を受けた右肩を摩る。
痛みはある、更に軽く服も破れたが、幸い掠った程度だったのか暫く痣ができる程度、と判断。
「喰らえっ!」
痛みを堪えて機械弓を撃つが、ゴブリンは体の殆どを繁みや木に隠して当てられない。恐らく先程の戦闘場面を見て、アッシュの攻撃が障害物に弱いという事を理解しての行動だ。
しかもゴブリンは弾となる物をたっぷりと準備しているのか、投石紐攻撃が止まず、此方も迂闊に動けなくなってしまう。
「成程な、これがゴブリンの怖さか」
人擬鬼。それはゴブリンの異名。
人の行動を雑にながら学習し、模倣する。奴らは単体では弱い部類の異種かも知れない。
だが数を揃え、人の武器を知るゴブリンは……手強い。
「時に群れを成し、村すら飲み込む事もある厄介者。こりゃうかうかしてられないな」
仲間を呼ばれればジリ貧。ならば一度に吹き飛ばすのみ、とアッシュは鞄からある物を取り出した。
それは、パッと見た限りではアッシュの掌に収まる程の大きめの木の実。しかしよく確認してみるとそれには加工の跡がある。
この木の実は少し特殊な性質があり、団栗に似た形状の、しかし凄まじく表皮の硬い種子を作り、熟して来ると――その内の一つが勢い良く弾ける。
その勢いで、残りの種子をばらまき、生息域を広げるのだ。
ハゼルオーク。通称バン栗と呼ばれるその木の実は、人の手による加工を経る事で他者に害を成す殺傷兵器――則ち手作り爆弾へと姿を変える。
「せぇの、そらっ」
木に背を付けたまま、アッシュは後ろ手にそれを投げて耳を塞ぐ。てんてんと転がった先はゴブリン達の隠れていた木の根元。攻撃に夢中でゴブリン達は気付かない。或いは、気付いていたが木の実一つ取るに足らぬとでも思ったのか。
そのほんの僅かな慢心が、命を奪う原因になるなんて事は――この世界でなくとも良くある話だ。
――炸裂。
砕け散った表皮と中に仕込まれた鉄片が四方八方に乱れ飛ぶ。近くに居たゴブリン達は突然の爆発に成す術なく吹き飛ばされた。
アッシュは想像以上だった爆音に耳を痛めながら、木の影からゆっくり敵の様子を見渡す。
「…………」
アッシュは静かに、ゆっくりと木から離れ、先の爆発地点へ移動。ボロボロになって倒れているゴブリンが二体居る事を確認し――。
「ゴぶるruaァアッ!!」
背後――正しくは、何時の間にか背後の木の上に上っていた、先の石斧のゴブリンがアッシュの頭目掛けて飛び掛かり、そして。
「きぃ也ァ嗚呼ッ!!」
倒れていた、傷の浅かった一体が起き上がり、アッシュへと襲い掛かった。
「――だと、思ったよ!」
が、アッシュもまた無警戒では無かった。機械弓の矢を背後のゴブリンに放つ。矢は眉間に命中し、ゴブリンはそのままの体勢のまま地に落ちる。
そして、その勢いのまま背面から、矢の無くなった機械弓を前から襲うゴブリンに叩き付ける。
「愚ゲッ!? か、カヒ……」
「悪い、な」
即座に矢を装填。タン――と、三本目の矢がゴブリンの額に突き刺さる。ゴブリンはクェ……と、呟く様な息を吐いてそのまま動かなくなった。
アッシュはもう一度辺りを確認。他に隠れていた奴らが居たとして、先の炸裂音と衝撃で炙り出せる。とも考えての爆弾だったのだが……。
「敵の気配は無し……っふぅ。先ず一戦。生き残れたか」
こうしてアッシュはこの世界に生を受け、初めて個人での戦闘に勝利した。――最も、あくまで初めての戦いに、ではあるが。
◆ ・ ◆ ・ ◆
-???-
「あら?」
アッシュが奮闘していた場所より離れた位置。其処に誰かが居た。
「爆発音、でしょうか? 逸れた仲間……ではなさそうですね」
それは顔をフードで覆い隠していた。体の輪郭が解り易い全身黒一色の衣で身を包むその姿は、ただそれ自体が地に立つ影を思わせる。
凹凸のはっきりした丸みを帯びた肢体と高い声色は、それが女であると思われるには充分な要素だが――両手に付けた血塗れの鈎爪と、周りに倒れ伏す複数のゴブリンの死体が、今この場とそこに立つ者の異質さを際立たせている。
「ふむ、仲間でないのなら同業者かまだ見ぬ異種か。どちらにせよ当ても無いですし」
ソレは軽やかに歩きだす。己の興味を引いた音へと向かって。
「あ、死体は……まぁ掃除屋さんに任せるとしましょうか。さて、何と出会えますかしら?」
――出会いの時は近い。
-tips-
手作り爆弾
初心者冒険者が大体お世話になる手投げ爆弾
硬い木の実の中身をくり抜き、火薬と鉄片を仕込んだ単純な物
投げて使い、敵グループを火・斬撃・打撃のランダム属性で攻撃する
レシピ 硬い木の実 + 鉄くず + 火薬




