時計仕掛けのシークレット
-tips-
イディアリスの時間。
時刻みの水晶の特性である一定時間刻みに魔力を放つ特性を利用し、開発された時計を用いて時間管理を行っている。秒数や分、時間といったものも、その時刻みの水晶製の時計から設定された。
因みにセル・ラ・セージ魔導学園には全ての国の時差を示す時計と、最も古く巨大な時計塔が存在し、全イディアリスの時間設定の基盤となっている。
-???-
『……衝撃感知』
『魔力探査開始――反応あり』
『擬装魔窟 精密検査開始――』
『唯人種――多数。未明要素あり――一体。……番外個体――一体。反応あり』
『これより、博士の入力に従い、秘密通路を解放』
『ルート案内を開始します……』
◆ ・ ◆ ・ ◆
「はぁ、はぁ。流石に疲れた。熱も、少し出始めた気がする……」
青銅級冒険者リベットを撃破したアッシュ。とはいえ、練術の大量行使による激しい魔力消費と、右足を含めた全身の怪我もあり、満身創痍でへばっていた。
「リイムはどうなったんだ? 死んではいないと思うが……ん?」
ふと、アッシュの目の前に一瞬見間違いかと思う程に場違いな物が見える。それは、空中に浮かぶ光の矢印と、その先に続く誘導線の様な物だ。
「――なんだありゃ? うーん……ま、本来の目的はまだ達成してなかったしな」
罠の可能性も考えたが、わざわざこんな最奥から戻る様に誘導をする罠も無いだろう、と、鞄の中に保管していた水薬を口に含みながら誘導線に従って移動する。暫く歩いているとリイムの姿を見付け、アッシュは安心して声を掛けた。
「リイム! 大丈夫だったか?」
「我が光。ご無事で良かった。――突然で申し訳ありませんが、来て下さい。錆斧のメドの様子が変なのです」
リイムの言葉の意味を理解し切れず、とにかく付いて行くアッシュだったが、案内された先のメドのその様子を見て驚愕する。
「――が、……ぎ、グギ、が、ァああッ!」
「な、何だ、これ」
メドが地に倒れたまま、呻き苦しんでいる。頬は先程見た人間と同一人物とは思え無い程痩せこけ、髪はみるみる内に色素を失っていく。
「メドを倒し、意識を断ったのですが。その後直ぐに声を上げ始めたので、様子を見てみたら……」
「毒を使った――訳でも無さそうだな」
「私は【暗殺者】ではありますが、毒薬は専門外です。ですが確かに、彼は戦闘中妙な薬を口にしていました」
そう二人が話ている間もメドの呻き声は激しさを増し、一頻り声を上げ続ける、そして――急に声が止むと共に全身を弛緩させ、メドは一切の動きを止めた。
「失礼、暗殺者錬術。《簡易検死》……駄目ですね、亡くなっています」
「……そうか。先刻、薬とか言ってたけど」
メドの検死を行ったリイムに、アッシュは先のリイムとメドの戦闘中での話を聞く。アッシュも前に、強化薬の噂は聞いた事はあったが、所詮は噂と今日この日までそう考えていた。
「そんな薬が暗い所で蔓延っているのなら、危険だな」
「せめて薬を回収出来れば良かったのですが、申し訳有りません」
「全部使われたんならしょうが無いさ。それよりも――」
アッシュは先程から自己主張を続ける矢印と誘導線が示す先、それはリイムとメドが戦っていた部屋のある岩壁を刺し示していた。
「……一体なんでしょう? 私が居る間はこんな物なかったのですが」
「分からない。実際普通の壁にしか見えないが――うぉっ!?」
アッシュ達がその岩壁の前に立つと、眼の前の壁から軽い地響きの様な音がして、岩壁が扉の様に開き始めた。
「これは!」
そして、開いた先にあったのは、先程までの洞窟とはまるで違う――言うなれば、近未来的な研究所の通路の様な場所が現れた。
「……なんと面妖な」
「だが、入らないと状況は進まなそうだ。リイム、背後の警戒を頼む」
まずアッシュが足を恐る恐る踏み入れ、何も無い事を確認すると、人口的照明に照らされた通路の奥へと歩き始める。コツン、コツンと硬質な足音のみを響かせながら暫く歩いていると、明らかに厳重そうな扉に辿り着いた。
「こんな場所、全く聞いた事がありません。何故今まで誰も気付かなかったのでしょう?」
「分からない。けどある程度の想像は付く。俺がここに入ったのは始めてで、あの矢印はあからさまに俺を誘導していた。と、なれば」
リイムはハッとした様な反応をし、眼の前にいる己の光が飛び切りの異例である事を思い出す。アッシュが扉に手を触れようとすると、プシュッと空気が抜ける様な音がし、扉がゆっくりと開いて――そして。
『ようこそ、異例個体。私は君の様な人物を待っていた』
その先の広い空間の中央に、半透明の人物が立っている。
「…………時計仕掛け、か」
アッシュが見渡すその場所は、そこいらに複数の歯車が連動しながら駆動している、正に巨大な時計の中に居る様な場所だった。
『ふむ、警戒しているようだな。ま、是非も無き事。とはいえこの私は何も出来はしない。非常に重要な話が有るので、近付いて貰えると有難いのだが』
「――リイム」
「はい。警戒を続けます」
アッシュとリイムは、空間の中央にいる人物――白衣を着た、半透明な初老男性の下まで移動した。
『よろしい、早速話を始める。最も私は君の質問に答える事は出来ない。この私は、ある程度の行動パターンを入力し、音声と映像で出力しているだけの――遺言に過ぎないのでね』
「? 彼は、何を言っているのでしょう?」
「多分だけど、俺達の目に映っているのは白衣の男本人じゃなく、そいつが残した映像と音声って事なんだろう。半透明だしな」
『話と言うのは簡単だ。君には、この子を預って欲しいのだよ』
白衣の男の映像がそう述べた瞬間。白衣の男の背後から地響きがして、その床がゆっくりと開き始めた。そしてその下から何か、大型のカプセルの様な物がせり上がって来る。
「な、昇降機!?」
「我が光。あちらを」
リイムが指し示す、地響きの停止と共に開き始めたカプセルの中。そこにはドールドレスを身に付けた少女が、眠り姫の如く手を交差させた状態で静かに眠っていた。
『紹介しよう。彼女は我らが技術の粋を集め、完成させた夢の結晶――磨製淑女。我が娘だ』
磨製淑女と称された――今だ眠り続ける少女を、白衣の男はそう紹介した。まるで、それを自分で作ったかの様な言い回しで。
「まさか……ロボット!?」
『おっと、アンドロイド。もしくはガイノイドと呼称したまえ。そして、その名称を知る君は――飛び切りの異例の様だ』
リイムは首を傾げるが、アッシュは内心しまった、と己を失言に気付く。
『だが、君の認識で概ね正しい。彼女は間違い無く人造人間。即ち、我らの手によって作られた生命体だ。ただし、心を入力する事が出来る――ね』
「心を、入力?」
すると、眠っていた少女の指がピクリと動き、瞼を開いてゆっくりと起き上がり始めた。その動作はとても、人造の生命体とは到底思えない程に自然な動きだ。
「――……」
少女はカプセルから降りると、アッシュの前まで歩いて行き、その顔をじっと見つめ始める。
(いや、どうだよ。これがアンドロイドだって? とても信じられない)
目の前の少女――目測で十四歳程か。純白のドールドレスに身を包み、翡翠色の髪は腰まで伸びている、だが耳の当たりから見えるのは、硬質的な機械部品だ。深い緑の瞳に、右目の下に小さな、バーコードに似た文様。そして瞳孔の奥に、点滅する光が見えた。
『彼女は今だ無垢なる者だが、君と共に在る事で人を知り、心を知り、その経験がこの娘を研磨する事だろう。さて――私からの話は以上だ』
「――は! 完全に置いて行かれた! いやいや待って下さい。行き成りこんなの預けられたって困るっていうかここの話とか貴方の事とか聞きたい事が山程有るんですが!?」
『質問は受け付けられない。余り音声を流していると、最悪傍受されかねんのでね。そうそう――』
『この娘が解放された時点で、この場所は遺棄――完全封鎖される事になっている』
「「…………はい?」」
『死にたくなければ、今すぐ元の場所まで退避する事を進める』
と、そう白衣の男が発言した時点で、先程とは明らかに質の違う地響きが起こり始めた。
「そう言う事は最初に言えぇえええっ!!!!」
アッシュは翡翠色の少女を抱え、リイムと共に歩いて来た通路を全速力で逆走する。
――そして。
『――あぁ、せめて。真に淑女となっ(ザザ……)彼女達を一目見た(ザ・ザザ)が、まぁ、仕方あるまい。愛して(ザ)よ。我が(ザザ―……)』
白衣の男の映像は、その音声を最後に形が崩れ始め、ブツリと消える。照明も次々と落ちて行き、全てが真っ暗闇に閉ざされた。
「づぁあああああっ! 脱出!」
「同じく脱出です! ご無事ですか? 我が光」
「何とかな、この娘も無事だ。――立てるか?」
アッシュに抱えられたまま、ただアッシュの顔を眺めるだけだった少女が、ゆっくり地面に降ろされ、自分の脚で立つ。
「で、この娘はどうしたものか」
「そうですねぇ。結局、先程の場所は――閉まってしまった様です」
先程まで開いていた岩の扉は、既に元の岩壁に戻っている。体験したアッシュ達ですら、その奥に先程の空間があっただなんて信じられない程に、それは完全に閉ざされていた。
「らしいな。やはり救護院? あの人の世話に……いやしかし由来を尋ねられたら――うーん」
「我が光? 如何なさいましたか?」
と、アッシュとリイムの二人で翡翠色の少女を如何するか悩んでいた、その時だった。
「ここから地響きがしたぞ?」
「メド様はどうなったんだ?」
外の方から複数の声がし、血塗れの大斧の構成員と思われる者達が入って来た。
「あいつら、まだ残っていたのか」
「そう言えば、この魔窟内の素材を独り占め……とか言っていましたね。恐らくそれらを運搬する為、元々人手を集めていたのでしょう」
「め、メド様!!」
「メド様が……ひぃ、何て姿に」
「お前らか! お前らがメド様を殺ったのか!!」
と、ここでメドの遺体をそのままにしていた事に気付いた二人。血塗れの大斧の残党は各々に武器を手にし、怒りのままに襲い掛かって来た。
「……まぁ、誰だって怒るよな。リイム、半分頼む」
「了解で――あら?」
と、ここで。沈黙を貫いていた翡翠色の少女が前に出て、武器を手に此方に向かう男達と相対する。
「ちょ、おい危な……」
「――警告」
少女が初めて口を開いた。その声色は少女の物にしては余りに冷たく、一切の情を感じない。
「敵性反応を多数感知・武装確認・自己保護の為・制圧モードに移行・三秒以内に武装を解除せよ・繰り返す」
「なんだあのガキ」
「構わねぇ! あいつ等を血祭りに上げた後、奴隷商にでも流しちまえ!」
「武装を解除せよ・三・二・一」
「零」
――瞬間。翡翠色の少女から魔力が溢れ、その体を淡い光が包み込む。――そして。
「敵性対象選択完了・模造練術・《バリアペースト》・発動」
血塗れの大斧の残党は、突然何かにぶつかる様に動きを止める。
「痛ぇっ!!」
「うっ!? 何だ?」
残党達が目の前を良く見ると、薄緑色の光で構成された、半透明な壁が目の前に展開されていた。
「こりゃあ、壁か!? 何時の間に」
「引き返して――ぐえっ! ってこりゃあまさか」
急いで戻ろうとした構成員の一人が振り返り、再び壁にぶつかる。よく周囲を確認してみれば、すでに周囲と真上を薄緑の壁に囲われており、全員逃げ場が無くなっていた。
「捕縛完了・続けて制圧に移行・模造練術・《バリアコンプレッション》」
少女は言葉を続け、そして、残党達を囲っていた壁が、ゆっくり縮小し始めた。
「え、まさか! ひぃ、やめてくれ!」
「助けて! 潰さな、いで……」
「ぐ、苦し――」
壁に閉じ込められた残党達が苦しみ始めた。当然。周囲全ての壁が狭まるなら、中の空気すらも圧縮される。それは数秒もしない内に、中の人間ごと全てを圧縮して――。
「――そこまで」
アッシュが、少女の目を覆い、手を押さえて止めに掛かる。少女は暫く動きを止めたが、アッシュのもう良い。と言う言葉に、了解。と返し、光の壁が消失した。
「は、ゲホゲホッ! し、死ぬかと思った」
「まぁ、良かった。では――そのまま大人しくしていて下さいますね?」
「「「――……はい」」」
何とか生き残った残党達だったが、今先刻簡単に殺されかけた事と、いつの間にか近くに居たリイムの圧に押され、心が折れたのか一人残らず観念した。
「何故」
「ん?」
アッシュに抑えられていた少女が、アッシュに尋ねて来た。
「敵性対象・制圧不許可・理由求める」
「制圧するだけなら止めなかった。だが殺しは駄目だ」
「何故」
少女は、真っ直ぐにアッシュを見つめる。その目に一切の敵意も害意も無く、ただ疑問を浮かべているだけ、と言わんばかりの――確かにある意味無垢と言える表情を前に、アッシュは。
「血みどろの人間なんか見たら、今日の晩飯まで血の味がしそうだったんでな」
と、舌をだして不味そうな表情で答え、少女は首を傾げながら――考察・保留と呟いた。
-tips2-
透影の黒衣
アッシュがリイムに託したフード付きの黒い外套であり、アッシュが初めて他人の為に作った遺物。
その素材には大梟熊の羽毛や大顔蝙蝠の飛膜などの素材が使われており。それ自体が軽くて頑丈な防具にもなる。
付与錬術
《防刃》《遮音》《魔抵抗・風(小)》
幻装錬術。銘を解放すると発動可能。
《十二人影》
分身系練術の最大分身数を十二人に増やす。更に、分身による能力減衰を低下させる。
《潜影》
自身の影に溶け込み、物理攻撃の回避率100% ただし潜影中、呼吸が不可能となる上、光属性のダメージが200%増大。
因みにアッシュは、タルンカッペの本来の特性である姿を隠す効果をリイムに利用して貰う積りで渡した。が、後にリイムがその効果を大きく変質させて使っていた事を聞き、知らん…何それ…怖…となった模様。