最大VS最大
-tips-
拳闘士。
格闘士から派生する拳打・爪術特化の高位職。
両腕を用いた練術を多く取得でき、重い鎧を装備できない代わりに手数や機動力に特化した戦法を得意とする。
「あ、あり得ねぇ。遺物を作れる人間……だとぉ!?」
「信じられぬならそれで結構。どの道、貴方には倒れて頂ます」
又もリイムは影に溶け込み、高速で滑る様にメドへと迫る。
「く、くそっ!」
(い、いや、落ち着け。先刻までの行動を見るに、奴は影に入ったままの攻撃は出来ねぇ。影は物質じゃ無ぇからか)
メドは両刃斧を強く握り締め、影の動きを見定める。
影から出て来る瞬間。リイムは人の形に戻ってから攻撃に入る。そこを狙えば倒せると、そうメドは踏んだのだ。
(つまり、影に入っている間こっちの攻撃は効かねぇが、アイツも同じだって事だ)
――そして、メドは気付いていた。先程影から出て来る瞬間、リイムは――息継ぎをしていた。
(恐らく奴は、影の中で息が出来ねぇ! ずっと潜っては居られねぇ筈!)
メドの予想通り、リイムは直ぐに影から姿を現し、メドに向かって爪を振るう。
「馬ぁ鹿が! 死ねぇ!!」
その動きを待っていたとばかりに、両刃斧をリイムの頭に叩き込む。哀れリイムは、両刃斧の露と消え――る事なく、ドロンと姿を消した。
「何ィ!?」
「――えぇ、気付いていましたよ? 貴方が冷静だった事、直ぐにこの能力の特性を見抜き、攻撃の隙を狙っていた事は」
影から、一人、二人とリイムが現れる。当然、彼女が持つ練術による物だ。
「影の中で分身を――ハッ! だが何人出た所で同じだ。先刻みたいに吹き飛ばしてやらぁっ!!」
「まぁ、何人でも……と、仰いましたね?」
そう言うなり、影から更にリイムが現れる。三人、四人――メドの顔が青褪め始めても増え続け、そして。
「では、現私の最大分身数」
「『十二人でお相手致しますわ』」
「何っ……だと――!?」
影から現れた十二人のリイム。そう、彼女が銘を解放した透影の黒衣には、彼女を影と一体化させる能力ともう一つ、彼女の分身数を十二人分にする特性を持っていた。そもそも、この透影の黒衣は、とある伝説に置いて、身に付けた者の姿を消し、力を十二人力にする効果を持つ外套が原型の道具。彼女は知ってか知らずか、その特性を己で変質させていた。
即ち、姿形を消す能力を、姿の形を無くす能力に。そして、十二人力になる能力を、十二人分に増える能力に変えていたのだ。
「ふ、増えたからと言ってどうした! 俺は、最強の力を手にしたんだ!」
メドは例の強化薬を小瓶ごと噛み砕き、更に魔力を増幅させる。そして、両刃斧を思い切り振り被り――彼最強の技を放った。
「影に逃がしもしねぇ、この魔窟ごと生き埋めにしてやるぅ! 斧錬術、《ヴェイカントグローブ》!!」
その名の如く、森一つを更地にすると言われる程の極大の斬撃が放たれる。
「「では私も、本気の本気です」」
逃げ場の無い一撃を前に、リイムもまた、自身の最大を以て相対した。
「「「《エアリアルクロー》!」」」
まず六体同時に斬撃の連打を重ね当て、極大の斬撃を一瞬だけ押し止める。そして、その一瞬を狙って更に三体のリイムが、一点に向けて《ドリルクロー》を放ち、そして斬撃の壁に僅かな隙間を生んだ。
「「「はぁああああっ!!」」」
「何ィっ!? ば、馬鹿なぁッ!!?」
リイムは、その僅かな隙間をこじ開ける様に二体で《ドリルクロー》を発動。最後の一人がその隙間を脱け出し、勢いのままにメドの両刃斧を吹き飛ばす。遂にメドの目の前へと到達したほぼ無傷のリイムを目の前に、メドは後ずさりし、納得出来ないとばかりに叫ぶ。
「は、はは、おかしい。おかしいだろう! 何でお前程の奴が、あんな小僧と組む様な真似してるんだ!」
「? おかしな事を聞きますね。人が誰と組もうと――誰を主としようと貴方には関係ないのでは?」
「それがおかしいってんだよリイム・ゼラ! お前程の女なら、もっと強い――王都に居る様な一流の冒険者とも組めただろう!? なんであんなパッとしない奴と!!」
「――ふぅ……む」
リイムは一瞬考え込む。そして、口を開いた。
「強さとか、見た目とか、そういったのは良く分からないですし、興味もありませんね。そもそも私、人の顔の区別がまともに付きませんので」
「――……は?」
メドが啞然としている事を気にも留めず、世間話でもする様にリイムは続ける。
「私。昔から人間という物が――決まった形の無いナニカに見えるのです。子供の頃は気付かなかったのですが、異常らしいですね、その感覚」
「あ、でも人の出す音と、仕草が違うので、そこで区別は付きますよ? だから私、特に不便はありませんでした」
(何を――何を言ってるんだ、コイツは……ッ)
メドの背中を冷たい物が伝う。今更になって気付いた。気付いてしまった。
「ですから、私にとって魅力的な人物と言うのは、力や見た目では無く心。心に熱を絶やさぬ方。難題を前にしても屈さず、心を燃やして挑もうとする方です」
「――そんな方の影でいれば、私はこの容を保っていられる気がする。理由があるとすれば、そんな所でしょうか?」
その時、メドは眼の前で笑う少女の、その表情に――形の無い怪物を幻視した。
「ひ、ヒィッ!!?」
(化け物! コイツは、俺の力でどうにか出来る奴じゃ――)
「お話は終わりです。では、さようなら――暗殺者錬術。《ヘッドアサシネイト》」
一瞬で距離を詰め、すれ違い様に渾身の一撃を叩き込むリイム。《ヘッドアサシネイト》は、王や部隊長や組織の頭など、人を纏める人間を討つ練術。この戦いの締めに相応しい一撃を以て、メドは逃げる間も無く意識を刈り取られ、崩れ落ちた。
「最も、そんな熱の持ち主である方を、我が奉仕を以て虜にし、堕とすというのもまた――一興ですけどね」
リイム対錆斧のメド 勝者 リイム・ゼラ。
◆ ・ ◆ ・ ◆
-アッシュ対リベット-
「これで終わらせてやる!」
「出来るものかぁ!! 俺はリベット! 血塗れの大斧のリベットだ!!」
リベットは《ミサイルフィスト》を片方のアッシュに叩き込む。
が、放たれた拳を受けたアッシュは浮かぶ機械弓を残し、フワリと消え去った。
(やはり幻影。あの機械弓は、片方が独立して装備者の幻影を生み出し、装備者が二人に増えた様にみせる物――こんなもんどこで手に入れやがった!?)
「外れだ喰らえ! 《兄星の散星矢》!!」
炸裂した閃光の散弾が、グリドに襲い掛かる。
衝撃と共に全身を満遍なく光の矢が貫き、グリドは大きく後ろに吹き飛ばされた。
「がはぁあああっ! 糞がぁっ!!」
「よし、と。更にオマケだ!!」
本物のアッシュは、幻影が持っていた機械弓を回収し、炸裂矢を再び連射する。
「チィッ!!」
即座に起き上がり、再び拳打で防ぐリベットだが、同時にやられた――と、内心で舌打ちする。
炸裂矢で発生した煙が晴れた頃には、再び二人に戻っていたアッシュが、新たな攻め手の準備をしていたからだ。
「「行くぞグリド! 《Wチャージボルトショット》!!」」
「洒落臭ぇ! 《グランドスラム》!!」
同時に放たれた《チャージボルトショット》を《グランドスラム》ではじき返す。
「くっ!!」
「うわっ!」
激しい衝突にお互い弾き飛ばされ、大きく距離が開く。
「まだまだぁ!」
アッシュが先に体勢を立て直し、二手に分かれて別方向からリベットを狙う。
「この数は対処しきれないだろう! 《Wレギオンショット》だ!」
二人のアッシュが、矢を複数連射する《レギオンショット》を発動。当然矢には炸裂矢や歪曲矢も含まれており、更に複雑さを増していた。
「ぬ、ぐぅおおおあああッ!!」
流石に防御し切れず、リベットは複数の矢を直撃で受ける。煙が晴れた後、リベットは一瞬体をふらつかせた。
「どうだ!」
「ぐ、あぁ……中々効いた。良いだろう、最早お前格下とは思わん!」
リベットは体を捩じる様に構え、右拳に全力を込め始める。
「あ、あの圧は――不味いっ!!」
「喰らえ拳闘士練術。《ギガキャノンブロー》!!」
己が肉体を限界以上に駆動させ、放たれる渾身の拳の一撃が放たれる。その巨大な一撃は一方のアッシュを簡単に消し飛ばし、もう一人は右に飛んで躱そうとするが――右足が僅かに掠り、吹き飛んだ。
「がっ! 危、ねぇっ!! 痛っ!?」
「よく躱した――だが、次は逃がさん!!」
リベットは再び身を捻る。今度こそ、と言わんばかりに全身に魔力を滾らせて、先刻の攻撃を放つ準備を始めた。
「させるか!!」
アッシュは煙玉を使い、自分の姿を隠した状態で再び二人に分身する。先刻の攻撃には溜めが要る事に気付き、片方がリベットへと駆けだして双星の涙雨を向ける。
「そっちだってもうふらふらだ! もう一度《兄星の散星矢》でお前は倒れる!」
「ああ、そうだな。爆発する矢程度ならともかく。あの光る攻撃は俺でも厳しい。――だが、撃てないだろう? お前は偽物だからな」
もう一人のアッシュを睨みつつ、言い放たれたリベットの言葉に、アッシュが青ざめた表情をする。
「その顔、当たりだな。偽物に注意を向けさせ、隙を作る気だったか? だが無駄だ。俺は気付いているぞ? お前のあの光る一撃は、本物からしか撃てない。左利きのお前からしかな」
「っ! お、前っ!!」
「つまりもう間に合わん。終わるが良い!!」
リベットは煙幕の中から遅れて現れた本物のアッシュに向かって拳を放たんとする。対する本物のアッシュは、リベットに向かって真っ直ぐに走り出すが、先程の攻撃で足を痛めたのか、その速度は余りに遅い。
「ヤケになったか。逃げない姿勢は見事だが、くたばれ!!」
そして、こちらに向かうアッシュに向けて、リベット最大最強の一撃が放たれ――。
「《ギガキャノンブ……――っ!?」
そして気付いた。アッシュの顔が、笑っている。そして次の瞬間。更に奥、則ちアッシュの背後から爆発音がし――アッシュは、リベットの目前にまで迫っていた。
「な、何だとぉおおっ!!?」
「ぅおおおおおおっ!! 喰らえ、《兄星の散星矢》!!!!」
アッシュはここまで、走りしながら自身の魔力を双星の涙雨へと注ぎ込み続けていた。それは今のアッシュにとっての最大最強の一撃となって、ほぼ零距離でリベットに炸裂する。
「ぐぉああああああああああっ!!!?」
リベットは向こうの岩壁へと吹き飛ばされ、激しく叩きけられる。そしてその中で、先刻のアッシュの挙動の意味に気が付いた。
(あ、あの時か。俺が偽物に意識を向けていた瞬間。奴は煙幕の中で、上に向けて爆発する矢を放っていた!)
そしてアッシュはリベットへと走る。先に放った複数の炸裂矢がアッシュが通り過ぎた後に着弾からの爆発。その爆風は追い風となり、アッシュは本来間に合わなかった筈の距離をギリギリで縮め、間に合わせた。
「はぁ、悪いが。俺は神の塔に登らなきゃならないんだ。こんな所で死ねるかよ」
「……ぐ、は、はは。神の、塔? そんなお伽話を、信じて、るのか?」
「お伽話じゃないからな。必ず有るよ。神の塔は」
「…………」
(あぁ、全く何処までも腹の立つ。ガキの頃信じて、そして捨てた夢を、今も抱く男に負ける、とは、な――)
そして、沈黙したリベットに語り掛ける様に、アッシュは続ける。
「はぁ、ゲホ。《兄星の散星矢》が、本物の持つ機械弓からしか撃てない事に気付いたのは大したもんだ」
「だが、俺は何でも屋なんでな。タネ一つバレた程度で品切れになんかならないし、負けてもやれないんだよ」
アッシュ対リベット 勝者 アッシュ
-tips2-
双星の涙雨。
アッシュが開発した遺物の一つ。
全く同じ形の二対の機械弓。双星の涙雨・兄星と双星の涙雨・弟星からなる。
付与錬術
《自動装填》。
幻装錬術。銘を解放すると発動可能。
《兄星の散星矢》
双星の涙雨・兄星の能力。強力な光属性の散弾を放つ。
《弟星の双像》
双星の涙雨・弟星の能力。自立行動し、所有者と同じ姿の幻影を生み出す。