メイを刻む者
-tips-
古代言語。
エンシェントワード。
錬術や旅団など、イディアリスには他の言語とは多少響きの異なる名称の言語が複数存在する。
それは古の時代から存在したとされているが、その語源は今だに分かっておらず、言語学者の間でも今だ議論が続いている。
-アッシュ対リベット-
「上からすげぇ地響きが聞こえるな。兄者が暴れているらしい」
「――ハァ、ゴホ……」
アッシュはふらふらの体を何とか支え、今だ余裕の表情を崩さないリベットのこれまでの動きについて考えを纏めていた。
(色々やってはみたが、アイツ先刻からちょいちょい動いているようで、背後の道への進路はしっかり塞いでやがる。それに先刻の……)
リベットは、煙幕の中にありながら、アッシュのありとあらゆる飛び道具に初見で対応していた。通常では有り得ない事だ。幾ら反射神経が良くても、見えない矢を悉く拳で撃ち落とすなぞ不可能。何かタネがあると考え、ふと――ある練術の存在を思い出した。
「無防備錬術。《スキンセンス》!」
「ほぅ? 気付いたか」
思えば妙ではあった。鎧を装備出来ない【拳闘士】とはいえ、通常なら手や足を守る防具位は付けているもの。だがこのリベットはそれすら付けず布製の衣服を着ているのみ。そこに理由があるとするなら、防具を付けると使えなくなる練術を取得しているからとしか思えない。
それが、無防備錬術。防御の殆どを捨ててこそ発揮できる練術類である。
「《スキンセンス》は、近くにある存在を文字通り肌感覚で感じ取れる様になる、名乗り不要の常動錬術。ハァ……確かにそれなら煙の中でも物が飛んでくりゃあ分かる……か」
しかも厄介な事に、その《スキンセンス》は、あの《気配隠蔽》の様な隠匿練術すら通じないと聞く。
(煙幕に紛れて《気配隠蔽》で抜け出す手も考えたが――まず様子見して正解だった。奥に向かおうとした瞬間ミンチにされてたな)
恐ろしい想像をして背筋が凍るアッシュ。だが、それを含めてもその反射神経は凄まじいものだ。更に飛来する矢に対し的確に拳を合わせる技量も並大抵のものじゃ無い。
「――あんた、ゲホ、さては上のメドより強いな?」
「得手不得手の問題だ。兄者は多数を蹴散らすのが、俺が一対一が得意ってだけの話だ。だが、最早ふらふらだろう。お前の手品にゃ多少楽しませて貰ったが――くたばりな」
遂に両腕を構え、アッシュへと真っ直ぐに走り出すリベット。このままでは五秒程で接近を許し、アッシュは好き放題に嬲られる事になるだろう。
「はぁ、だが充分。俺もとっておきを見せてやる」
アッシュは両手に持つ――全く同じ形をした二つの機械弓を前に掲げ、静かに言葉を続ける。
「真秘壊封」
「〔共に煌めけ――双星の涙雨!〕」
◆ ・ ◆ ・ ◆
-リイム対錆斧のメド-
(厄介ですね……噂の強化薬。これ程の力とは)
リイムは気絶した振りをして、背後のメドの様子を伺っていた。
機動力に分のあるリイムとはいえ、超広範囲を蹂躙する今のメドを相手にするには、多少無理がある。
(とは言え、どうしたものでしょうか。こちらまだ大きな怪我こそしていませんが、せめてこちらにもこの状況を打開する何かが……あ)
リイムは、アッシュから貰った――新しい外套に手が触れ、思い出した。
それは今朝の事、アッシュに外套を貰ったリイムだったが、彼女自身としては自分の事より、今だ貧弱なアッシュ自身に役立つ物を作って欲しいと思い、その事を伝えた時の事。
『それは違う。俺にとってリイムはもう大切な仲間なんだ。だからリイムを助けることは俺自身を助ける事と変わらないのさ』
そしてアッシュはそれに――と、続け。
『俺はどうも、俺の力が誰かの役に立つってのが嬉しいらしくてな。だから存分に使い倒して良いんだぜ? なんたってその外套もまた――俺の力そのものなんだからさ』
「……フフフッ」
「ん? 何だ、生きていたのか。丁度良い。どうせ何でも屋もそろそろ死んだだろうし、俺の力も分かっただろう。俺の物になるなら助けてやるぞ?」
メドが何か言っているが、リイムには聞こえていない。
アッシュの言葉を思い返し、体に力が戻る――否、それだけでは無かった。
「……良く考えたら私――二人で戦っていたのですね」
「はぁ? 頭がおかしくなったのか?」
リイムはメドの言葉を無視したまま立ち上がり、アッシュの仕立てた外套を握る。
「ならば、私が無様を晒す訳には参りません。私は――あの人の影なのだから」
その言葉を口にした瞬間、リイムの中で何かが溢れる様な感覚がした。
(――っ!? これは?)
己の魔力が、アッシュより受け取った外套に沁み込んで行っているような――そして、外套から更に魔力が溢れ、自分に返ってきている様な。
「これは。そう、なのですね。これが光の――」
「何をゴチャゴチャ言ってやがる!!」
メドは自分の両刃斧を、ブンブンと振り回し始める。
「ハハハ……これは先刻までのお遊びとは違ぇぞ? 俺の物にならないってんなら、このまま挽肉にして異種共の餌にするしかねぇなあ!!」
これまでに無い魔力の高まりと共に、メドの両刃斧が唸りを上げる。
「微塵になれぇっ!! 《アクステンペスト》!!!!」
放たれた斬撃の暴風を前に、リイムはフードを被り。影に隠れた中で嗤って、そして呟いた。
「確か、こうでしたか。真秘浸食」
「〔融けよ――透影の黒衣〕」
そのままリイムは、暴風に飲まれ――人の形を失った。
◆ ・ ◆ ・ ◆
「何だ? また目潰しか!」
アッシュが何かを呟くと、両手の機械弓から光が溢れて所有者の体を包む。リベットは構わずアッシュへと肉薄し、止めを刺さんと腕に力を込めた。
「死ね! 拳闘士錬術《シャープフック》!!」
それは、研ぎ澄まされた剣にも匹敵する切断力を誇る練術。それは確かにアッシュの首を捕えた――筈だった。
リベットの一撃は、アッシュの首をすり抜けた。
「な、何っ!?」
「そこだ! 幻装練術、《兄星の散星矢》!!」
ドゥウンッ!! とリベットの腹部に衝撃。
首を断たれた筈のアッシュの背後から別の人影が現れて練術を発動。放射状に発射された魔力の矢が、至近距離で炸裂したのだ。
「ぐぅうおほっ!?」
溜まらず腹をくの字に曲げ、――後ろに吹き飛ぶリベットに、アッシュは更に追い打ちを掛けようとする。
「まだまだだ!」
「待……お前、そりゃ何だ!! くそ、《ミサイルフィスト》!!」
混乱するリベットは、理解が追い付かないまま、二つの人影に拳の弾丸を放つが、それはあっさりと躱される。
「ハァ、ハァ、手前ェ……一体何者だぁ!!」
吠えるリベットに対し、してやったりという顔を二つ並べて、アッシュ達が答える。
「「何者かって? もう知ってる筈だろう」」
とある世界に置いて、双子の勇者を象る星の図形と、そこから発生する流星群。
ふたご座流星群の銘を持つ機械弓をそれぞれの手に――二人へと分身したアッシュが、反撃を開始した。
「「俺の名はアッシュ! 何でも屋のアッシュだよ!!」」
◆ ・ ◆ ・ ◆
「ひゃー-っはっはっはぁ!! 跡形も無くしてやった!」
メドの《アクステンペスト》は、荒々しく魔窟の床を削り、視線の先に居た筈のリイムの姿は完全に消失していた。
「ハァ…ハァ……ごほごほっ、はは。少し、疲れたが、邪魔者はもういねぇ。後はリベット共と合流して、改めてこの魔窟の素材を総取りだぁ。クク……ハハハハハハ!!」
そして、堪え切れぬとばかりに、大笑いし始めたメド。
「フフ……」
その様を、闇の中から別の何者かが嗤った。
「っ!? 何だ!?」
「――成程。魔窟そのものを第二の拠点とし、衛兵すらも抱え込んで部下を魔窟内に巡らせ、期間毎の再構成に合わせて異種を含め、丸ごと素材をガッポリ。中々狡っからい手をお使いになるのですね……」
「誰だ……誰だ!! 俺を笑いやがったのは!」
「まぁ、誰だ。なんて酷い事……」
その声と共に、抉れた石の床に残っていた影から――黒い人型がぬるりと伸び、先程まで戦っていた少女の姿に戻った。
「貴方と先程まで踊っていた人物を忘れるなんて、悲しいです……」
「ば、馬鹿なッ!! お前は俺の攻撃に飲まれて――いや、そもそも何だ今のは!?」
捲し立てるメドに対し、静かに暗い笑みを浮かべるリイム。
その得体の知れない表情に、背筋に冷たいものを感じたメドは、とにかく今度こそと両刃斧を構える。
「余裕ぶってんじゃねぇぞ女ァッ!!」
その笑みごと顔を潰してやる――と、一気に接近してリイムの頭を狙う。
動く気配の無い相手に、殺った――!! と、思ったメドの目の前で、リイムがドロリと黒く溶ける。
「な、何ィッ!!?」
突然溶けて人型でなくなったリイムは、そのまま足元の影に沈み込む様に消え、メドの視界から消える。
「何処へ行った!?」
「ふぅ。――はい、後ろです」
影から再び現れたリイムにメドは背中を切り裂かれる。
メドは背に走る痛みを歯を食いしばって堪え、反転すると同時に斧を振るうが、またも溶けて消えたリイムは、影に潜ったままスイスイと地を滑る。
「くそぁっ!! ドロドロと鬱陶しいっ!! お前、何なんだそりゃあ!!」
メドの問いに答える様に、また影から姿を現すリイム。
「――ふふ、これがアッシュさん。我が光の力です。あの人が生み出す道具は――単なる付与道具以上の常識で測れぬ力を持つ。意味が、解りますね?」
「ま、まさか――」
リイムの言葉の意味を理解したメド、信じられないという表情でその答えを口にする。
「あ、遺物。遺物を作れる人間……だとぉ!?」
このイディアリスには、特別な"銘"を持つものが複数存在する。
ただ、親が子に付ける様な名前では無く。このイディアリスという世界が与える祝福と言うべき名前――それこそが銘である。
銘を持つ存在は多岐に渡る。
世界中の魔窟。銘を得て、唯一無二の存在となった銘持ちと呼ばれる異種と、それすら及ばぬ程に突飛な力を持って君臨する異種の最強種。そして――魔力を帯びた道具。
魔窟の中で取得できる強力な魔力や効果を持つ器具。そして、主の宝櫃。
その中でも特に希少な、最初から銘を持って発生するそれを――人は遺物と呼び、誰もがその力を求めた。
プロの【付与術士】でも生み出せない。
その唯一無二の力を手に出来るだけで、己の存在価値、能力を一気に格上げする事が出来るからだ。
誰が最初にそれを作ったのか、誰も知らない遺物。
そう、今現在に置いて。遺物を生み出す事が出来る人間は、一人として存在しなかったのだ。
アッシュが、このイディアリスに生まれるその日までは。
-tips2-
遺物。
アーティファクト。
深度の深い魔窟などでごく稀に見つかる、最初から銘を有する器具。
一流の冒険者のほぼ全員が所有しており、特に日緋色金級冒険者の一人、邪竜喰らいのセンティペドが所有する魔剣。「ヒドゥンクレバス」などは特に有名。