血塗れの大斧
-tips-
火薬。
工事における発破や、攻撃用の武器などに利用される粉。
火山に近い魔窟などで採掘できる爆炎石を加工する事で生産できる。
ただしその加工というのが、最初は鑿と金槌で砕き、小さくしてからは乳鉢で粉砕するというもので、力を入れ過ぎれば爆発する為、その加工には緻密な力加減と集中力が必須という厄介な代物。
因みにアッシュはこの加工が大得意で、道具屋や薬屋の依頼で加工を代行し、火薬を安く仕入れているという裏話があったりする。
「脱出門は――あの奥か。どの道逃げられそうにないな」
アッシュは今いる空間の奥にも道が続いている事を確認すると、改めて機械弓を構えて相対するリベットに向き直る。
「無駄だ。俺に飛び道具なぞ通じん」
「それは喰らってから言え!」
再びアッシュは炸裂矢を放つ。それに対しリベットが拳打を放つと、その拳圧によって炸裂矢が触れもせず爆発。その爆風すらも拳圧に負けて弾かれた。
「なんて拳打だ。これが上位職の一つ【拳闘士】か!」
【拳闘士】は武器を用いずに、拳のみで戦う事に特化した纏職。武器は当然の事、鎧など重い装備を扱えない代わりに、自身の機動力を底上げし拳打の威力を上昇させる。
(とはいえ、爆発と相殺する程の拳圧とは! 直撃すれば即死だな)
と、アッシュは考え鞄に手を突っ込むと、今度は黒色の小さな粒を掌いっぱいに握り込み、思いっきり地面にばら撒いた。
「……? 何の真似だ?」
周囲に黒い粒をばら撒くアッシュに問いかけるリベットに対し、アッシュは拳大の玉を取り出して叫ぶ。
「こんな真似さ!!」
アッシュが玉を地面に叩きつけた瞬間。そこから溢れんばかりの煙が噴出し、周りを煙幕で覆い隠して行く。
「煙幕? 舐めてんのか。俺がこの程度の煙で矢を撃ち落とせなくなるとでも?」
と、リベットは冷静に相手の動きに対処せんと、両腕を前に構えて出方を伺う――そして、右から風切り音。
「シィッ!」
また爆発する矢か、と見事な反射神経で飛来物に対応するリベット。だがおかしい。拳打によって砕かれたそれは割れる硝子の音を響かせ、中から酒の匂いのする液体が零れる。
「酒瓶!? ――ッ! まさか」
その意味に気付いたと同時に、再び炸裂矢が飛来する。リベットはそれを反射的に殴ってしまい、発生した爆炎がリベットの被った酒に引火した。
「ぐぉおああっ!!」
拳圧で爆風を防げていたリベットも、体や服に付いた酒による引火までは防げない。リベットは地面に転がって火を消すが、その際に地面に散らばっていた粒を踏み――粒は破裂音を立てて爆ぜる。
(かんしゃく玉!? くっ!)
更に風切り音。火が消えた事で起き上がったリベットを、炸裂矢が襲う。
「はぁっ! 無駄だと言っている!」
リベットの拳が炸裂矢を迎撃する――が、それとは別の矢が、先程とは全く違う方向から飛んできた。
「何っ!? くっ」
リベットは紙一重で躱すが、今度は全く別々の方向から複数の矢が飛んで来る。
「どうなっていやがる! シッ!」
その内の一本を撃ち落としたリベットは、その矢の構造に気付くと驚愕の表情を浮かべる。なんとその矢は、本来の矢の形状から大きく外れ、矢羽根や軸。鏃の形まで不均一で歪な形になっていた。
(――馬鹿な。こんな形じゃあまともな軌道で飛ばな……まさか!)
そう、実の所矢自体は、同じ位置から発射されたもの。ただしこの歪な矢は――その軌道を大きく曲げて飛ぶ特性を持つ。
アッシュは炸裂矢からこの歪な矢――歪曲矢に装填指定を変更し、連続発射。アッシュ自身の腕と矢の作者だからこそ可能な軌道予測。そして、この矢にも付与されている《命中補正》の特性により、常識外れの曲射を可能としたのだ。
「舐めやがって、このままで済ますと――」
リベットはそれでもある程度の位置は限られる筈と、当たりを付けて動こうとした――その時。パンッ! と足元で音がした。先程ばら撒かれたかんしゃく玉である。
(っ! そうか!)
リベットは横に飛び、先刻までいた位置にまた炸裂矢と歪曲矢が飛来、爆発した。
(や、野郎。煙幕の中で俺の動きを確実に見切る為にこんな物を――! しかも、先刻の爆発音の所為で、奴が移動したとしても足音での特定が出来ねぇ!)
下手に動くと、またかんしゃく玉を踏んで矢が飛んで来る。しかも今、遠くで何かがばら撒かれる音がした。恐らくかんしゃく玉が追加されたのだとリベットは推定する。
(冗談じゃねぇ、このままだと場を制圧される。邪魔だと部下共を下げさせるべきじゃなかったか――いや、良い。これで良い!)
リベットは両腕に魔力を込めると、思いっきり両腕を上げ――!
「舐めんじゃねぇぞ何でも屋!! 無手錬術。《グランドスラム》!!」
地面に両拳を叩きつけた。するとこの魔窟そのものが揺れる程の衝撃が発生し、更に巻き起こる風で煙幕が一気に剥がされた。
「しまった、煙が!」
「見つけたぞ! 拳闘士練術。《フィストミサイル》!」
煙幕が晴れると同時に、リベットは声の聞こえた方向に拳を撃った。空気を殴りつける事で、見えない拳を飛ばす練術は、アッシュの真横ギリギリを掠める。
「ぁぐっ!?」
しかし、その余波だけでアッシュは大きく吹き飛ばされ、岩壁に背から激突した。
「ぐがっ…は、う……」
「はぁあ……やっと捕まえたぜ、何でも屋」
リベットは勝ち誇った様に肩を鳴らし、アッシュは必死に壁に手を当てながらふらふらと立ち上がる。
「誰、が…捕まる、かよ。逆にお前の方をぶっ潰して、やるさ」
「はっ! やって見ろ!」
◆ ・ ◆ ・ ◆
-リイム対メド-
「喰らいなさい。爪練術。《エアリアルクロー》!」
「はぁっ!! 斧錬術。《アクステンペスト》!」
飛ぶ斬撃を連打するリイムに対し、メドは斧を回転させて突風の壁を生み出して弾く。
「ならば、《ドリルクロー》!」
高速回転したリイムが、メドに向かって突っ込んで来る。
「舐めんじゃねぇ! 斧錬術。《ライトニングチョップ》!!」
錬術によって帯電した両刃斧を叩きつけ、発生した電撃と衝撃波が、リイムの攻撃を相殺する。
「ふぅ……その破壊力。【破壊者】ですか」
「そうだ。全てを破壊する力――俺にこそ相応しい纏職だと思わないか?」
リイムはかつて共に旅した仲間――ソレルを思い出すが、首を振ってメドの言葉を否定する。
「迫る困難。絶体絶命の危機――そういったものを破壊してこその【破壊者】。ただ暴力をばら撒くだけの貴方とは、その名の意味が違うのです」
「っ! ――この女ぁ……舐めてくれるじゃねぇか!! 《アンガーマッシブ》!!」
叫ぶと共に全身に力を籠めるメド。怒りを力に変える《アンガーマッシブ》を発動させ、攻撃力を底上げしたのだ。
「もう手加減無しだぞリイム。挽肉になっても後悔するんじゃねぇぞ?」
「それはそれは。私、お肉は噛み応えのある方が好みなのですけどね」
軽口交じりにリイムは指で印を結ぶ。そして、切り札の一つを披露した。
「忍者錬術。《三身分身の術》!」
「ほう、増えるのか。益々欲しくなる!」
メドは両刃斧を構え、前方へと《アクステンペスト》を放つ。三人となったリイムは、斬撃の暴風を難なく躱し、三方からの《エアリアルクロー》でやり返した。
「チッ」
メドは再び《アクステンペスト》を展開。斬撃の壁が周囲を包むが、すかさずリイムは三人一か所に集まり、三人同時に《ドリルクロー》を放つ。リイムの高速回転攻撃は暫く斬撃の壁に阻まれたものの、遂に貫通してメドの腕を抉った。
「ぐぁああっ!! テメェ!!」
「諦めなさい。貴方の怪力がどれ程でも、当たらなければ無意味です」
メドは抉れた腕を押さえ、忌々し気にリイムを睨む。
「同じ階級だってのに、これ程かよ!」
「思うに貴方。余り強敵と戦った事が有りませんね? その攻撃力と範囲でなぎ倒すのが通常で、雑魚の群れは相手に出来ても、それ以上の相手と相対した事――ないのでは?」
リイムの指摘に、メドはぐっ、と図星を突かれた様な表情をした。それを見たリイムは、興味が削がれたとばかりにアッシュを気にして、外の道に視線を向ける。
――そしてそれが、メドの逆鱗に触れた。
「お、俺を弱い者みたいに扱うんじゃねぇ……リイム・ゼラ!!」
メドは懐からガラスの小瓶を取り出すと、それをリイムに見せつける。
「使う気はなかったが、もう形振り構ってられるか! これこそ俺の新たな切り札だ! テメェを殺すぜリイム!!」
そう言ってメドは小瓶の中の錠剤を嚥下する。リイムはと言えば、かつて噂で強大な力が得られる薬が闇市で取引されていると、そんな話を小耳に挟んだのを思い出した。
(とはいえ所詮は薬。正直眉唾もので気にもしていませんでした――っ!?)
「う、ぅう。うぉおおおあああああああっ!!」
しかし、薬を飲んだメドから、急激に魔力が溢れて来る。それは留まる事を知らず――爆発的な魔力の放出にまで至った。
「嘘! ここまでの強化を施す薬が――!?」
「うぉおおおっ!! 喰らえ《アクステンペスト》ぉ!!」
メドが両刃斧を振るうと、先程とは比較にならない程の規模となった斬撃の嵐がリイムへと放たれる。
「回避を――きゃあああああっ!?」
リイムは攻撃を躱し切れず、分身ごと吹き飛ばされる。そして、地面に墜落し、ごろごろと転がって止まった。
「はぁ、はぁ。凄ぇ力だ……。これで俺は、俺は。最強だ!! ギャハハハハハァ!!」
-tips2-
破壊者。
その名の通り破壊力に特化した高位職。
自身に強化を掛けてタダ殴る脳筋仕様――の様に見えて、耐久が薄目な為にちゃんと自身を含めた場の状況を見て、戦い方を考える必要がある。
しかしそれを鑑みてなお有り余る攻撃力は、時に苦難の突破口になる事も。