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-tips-
師団。
大体、10人以上の冒険者による構成チームがそう呼ばれる。
深度十層級以上の魔窟ともなると、その内部は正に異空間と呼べる程の広さになっていたりする為、自然と師団級の人手が必要となり、結果として、師団の創設が実質二桁層魔窟への挑戦権代わりになっている。
-魔窟 時刻みの洞窟 第一層-
時刻みの洞窟にて、岩鱗蜥蜴と相対したアッシュ達、その硬い鱗は並大抵の攻撃ではビクともせず、尻尾による叩き付け攻撃は木をもへし折る威力を持つという。
「つまり、接近しすぎるのは危険ってことだな」
牽制とばかりに矢を連射するアッシュだが、やはりその鱗に弾かれる。とはいえここは狭い洞窟の内部、爆弾など範囲の広すぎる攻撃手段も良い選択とは言えない。
「と、なると。練術でゴリ押すしかないな。《チャージボルトショット》なら」
いえ、とリイムがアッシュを引き留める。
「その技は威力こそ大きいですが、消費が激しくこの様な浅い階層で撃つのは時期尚早かと。私にお任せください」
リイムは岩鱗蜥蜴へと肉薄する。尻尾による迎撃をその俊敏さで躱し、背後に回って爪に魔力を込める。
「暗殺者練術。《バックアサシネイト》!」
リイムの一撃は岩鱗蜥蜴の体が大きく仰け反る程の威力を発揮し、岩の鱗が大きく崩れ剥がれた。
「背後から当てると威力が上がる技か! 素早いリイムと相性が良いな。そして隙あり!」
鱗の隙間から見えた肌目掛け、アッシュは矢を放つ。
岩鱗蜥蜴は慣れない痛みに悶絶し、暴れ出した。
「今だ!」
「了解。《ドリルクロー》!!」
リイムの一撃が岩鱗蜥蜴の鱗の隙間へ、そのまま皮膚と肉を抉る。岩鱗蜥蜴は勢いのまま壁まで吹き飛ばされ、べちゃりと崩れ落ちた。――しかし。
「まだ生きてる! 気を付けろ!」
アッシュはバックステップで距離を取り、リイムも鈎爪を構えて岩鱗蜥蜴を見据える。そしてその岩鱗蜥蜴はといえば、倒れた姿勢のまま一瞬体を縮こませたかと思うと、次の瞬間には先刻の倍ほどの大きさまで体を膨張させる。しかし岩の鱗はその膨張によって内側から罅割れ――。
「不味い! 逃げろ!!」
「っ! はい!」
アッシュ達が全力で距離をとった次の瞬間。バンッ!! という炸裂音と共に、岩の鱗が四方八方に飛び散った。
「あ、危ねぇ……」
アッシュは伏せた体勢から恐る恐る起き上がる。岩の鱗は投石紐の投擲以上の速さで飛んでいた。頭など急所に喰らっていたら命の危険もあっただろう。
「申し訳ありません。相手は岩の隙間から逃げたようです」
リイムも無事だったが、どうやら岩鱗蜥蜴は逃げた様だ。岩の鱗は鎧であり、いざとなったら脱ぎ捨てられる攻撃手段であった訳だ。
「そうか。確かに岩と岩の間に、人じゃ通れない程の隙間が……ま、しょうがない。あれは一撃で仕留めないと駄目な類だ、……ソレルならカモだったかな」
「そうですね。彼なら鱗も物ともせず、一撃で首を落としていたでしょう。私達もまだまだです」
二人で反省しつつアッシュ達は移動を再開した。暫く下へ続く道を足元に気を付けつつ下って行く。
「そういえばリイム。今朝渡した物の調子はどうだ?」
「えぇ、これですね。とても軽くて良い物です。先の戦いでも、まるで動きを阻害しませんでした」
そういってリイムが触れたのは、今朝アッシュから受け取り、身に付けていたフード付きの黒い外套だった。
「我が光は裁縫まで得意なのですね」
「俺が戦うには、道具を使うしか無いからな。鍛冶、裁縫、調剤、木工、細工……大体はいける。ま、今の俺がリイムに出来る事と言ったら、この程度しか無いからなぁ」
「謙遜を。――そういえば、光はどこでその技術を? その歳でそこまで熟すには、独学では厳しいとおもいますが」
「あー……、俺は救護院出身なんだが、その更に前は一人の爺さん所に世話になっててな。生きる術は大体その爺さんから学んだ――いや、叩き込まれたが、正しいかな」
アッシュは幼少を過ごした小屋と、そこで酒をかっ食らいながら、真っ赤な顔で笑う爺さんを思い出していた。
「で、一人立ちして以降は、ドラグレスト王国周辺の町や村を転々としながら、色んな人と会って――その中で学んだんだよ」
「それは、素敵な話ですね」
「ま、爺に関しては、何時でも酒を手放さない酔っぱらいだったけどな。しかも俺が五歳の時、デカい仕事があるから出掛けるとか言って、俺を救護院に任せて一人で行っちまったんだ。素敵なんて言う程の奴じゃないね!」
と、憎まれ口を叩くアッシュだが、その言い方に悪意が混じっていない事をリイムはちゃんと気付いていた。
「ん? あれは……浄火?」
更に暫く下って行くと、浄火の明かりが見えて来た。その先で少し広めの空間に、二人の冒険者が浄火の前で腰かけていた。
「お? 同業者かい」
「ああ。そっちもだな」
アッシュは先客に対し軽く挨拶し、ゆっくりと近寄る。
「はは、別に警戒しなくてもとって喰いやしねえよ」
「警戒は当然だろう。お前は見るに怪しいからな」
その二人は、角付き兜の戦士風の男と、ローブで体をすっぽりと覆い、杖を手にした魔導士風の男の二人だ。
「ほう其方も二人か。素材探しかい?」
「それと、人探しだな。なぁ、あんた達。こんな奴見てないか? もしくは青銅級の認識札か」
アッシュの依頼書に映る人物の似顔絵をじっと見て、二人の冒険者は直ぐに横に首を振った。
「悪いが見てねぇな。俺達は、"時刻みの水晶"って素材を探しに来たんだ。蒼霊水と似た輝きを放つ水晶。そっちも情報あったら教えてくれ」
アッシュ達は見てないと言う。二人もまともに期待して無かったのか、だろうなと軽く笑った。
「まぁ折角巡り合ったんだ。どうだい」
戦士風の男が取り出したのは水の音がする陶器。微かに酒の匂いが漂っている。
「悪いが未成年だ。そもそも仕事中だしな」
「私も同じく遠慮させて戴きます」
やんわりと断った二人に、男は只そうかいと返し、仲間の二人で飲み始めた。
「で、あんた等二人はその人探しに来たのかい。古いのに物好きだねぇ」
「失礼だぞ。すまんな御二人共。こいつはまぁ見た目通りな奴でな」
と、魔導士風の男が戦士風の男を窘める。
そんな風に些細な雑談を交えながら、暫しの間、静かに雫の音だけが響く。
――少しして、戦士風の男が口を開いた。
「さて、そろそろお暇させて貰おうかねぇ」
戦士風の男は、そう言うなり仲間と共に立ち上がり、アッシュ達が入って来た道へと歩いて行く。
「そっちは出口だが、良いのかい」
「ああ、何せ俺達の役割――時間稼ぎは終わったからなぁ!」
戦士風の男がそう叫ぶなり、アッシュ達が入って来た道とその先に続くであろう道から、合わせて十人以上の人相の悪い男達が現れた。
(《敵意感知》に反応あったし、警戒はしていたが……この仲間の数は想定外だぞ)
アッシュは内心で警戒度を上げ、リイムは来た側の道の更に奥から、真に警戒すべき相手がやって来た事を、肌で感じ取っていた。
「はっはぁ、……見付けたぜ。リイム・ゼラ」
「貴方は――錆斧のメドですね?」
「!! 血塗れの大斧の団長。錆斧のメドか!」
「ほぅ、手前ェの様な木っ端でも俺の名位は知ってるか」
トラインの荒くれ者師団、血塗れの大斧。
そのボスが錆斧のメド。その怪力は巨大な両刃斧を片手で軽々と振り回せる程で、そして何より凶暴で手の速い性格故に、相棒の両刃斧が血に濡れない日が無いとまで言われ、それが彼の異名と師団名の由来だ。
「リイム。そして何でも屋よぅ。俺達が何をしたいか……分かるかぁ?」
「さぁ、教えていただけますか?」
あぁ――と、メドが手を上げ、手下達が戦闘態勢に入る。
「俺達を舐めた手前ェらに、血塗れの大斧の恐ろしさを地獄の底まで宣伝させる為さぁ!」
次の瞬間。先程の男を含めた、複数の魔導士風の下っ端達が詠唱をはじめ、そいつ等の前方に魔法陣が形成され始めた。
「道を!」
「はい!」
このままでは集中砲火にされる――と、アッシュとリイムがただ一言交わして同時に動く。リイムは下へ続く道を塞ぐ下っ端達に迫り、アッシュは両手の機械弓をメド達に向ける。
「はっ、そんな玩具で俺達が――コイツ!?」
余裕ぶっていたメド達だが、機械弓に番えていた矢の特殊な形状。そして導火線からバチバチと火花を散らす様にギョッとする。
「これだけ広い場所なら存分にぶっ放せる! 喰らいな!!」
引き金が引かれ、発射された矢はメドの下まで飛来すると同時に爆発した。これこそアッシュの新兵器。火薬仕込みの炸裂矢である。
「「「ぐわぁあああっ!!」」」
「まだまだだ!」
相手から聞こえる悲鳴にも構わず、アッシュは更に炸裂矢を連射し、メド達を爆炎と煙で包む。
「邪魔です。退きなさい!」
リイムは《サイクロンスクラッチ》を接近の勢いの儘に人の壁へと叩き込み、先の道をこじ開けて奥へと飛び込んで行く。
「「うわぁああああああっ!!」」
「駄目だ強すぎる!」
幾度の爆発と、発生した煙幕で周りがパニックになった所を狙い、アッシュも続いて奥へ逃げようとする――が。
「ふんっ!!」
「何っ!? うわぁっ!!」
煙幕の奥から、両刃斧が飛んで来る。回転しながら迫るそれをアッシュは跳んで回避し、斧は奥の岩壁に激突して止まった。
「生意気な真似しやがるじゃねぇか、雑魚が……」
煙が晴れた先、無傷でメドが立っている。メドの片方の手は何かを投げた形で止まり、もう片方の手には恐らく爆発の影響でボロボロになった二人の手下をぶら下げていた。
(部下を盾に! 俺が言うのも何だがエグイ事を!)
効いてない以上は逃げるしか無いと、アッシュは今度こそ奥の道に駆け込む。そのまま全速力で走り抜けると、先程の空間より広い場所にでた。周りを見てみると、恐らく先に来ていたリイムに倒されたのであろう、冒険者達がボロボロで倒れている。
「こいつらも全員血塗れの大斧なのか? 幾ら何でも多すぎる!」
(いや、そもそもおかしいぞ? 五層級以下の魔窟は余り広くないから、一度に十人以上での侵入が許可されていない。他の冒険者の邪魔にもなるしな。だから普通なら門番に止められる筈――)
「まさか、そもそもこの魔窟そのものが――」
と、ここで後ろから複数の足音。メド達が追いかけてきたのだと判断し、アッシュは更に先へと進む。――が、ここで目の前に現れたのは複数の分かれ道だ。リイムの姿は無く恐らくはそのどれかに行ったのだろうが……流石にどこに行ったかまでは分からない。
「とはいえ止まる事も出来無い。なら――《風の通り道》……よし、道が続いているのはこっちだ!」
下へ向かい続ければ脱出門もある。まず脱出への道を探るのが定石と、アッシュは最深層へと続く道へ走って行った。
◆ ・ ◆ ・ ◆
「ふぅ、一息ついたでしょうか」
一方のリイムは別の道を進み、その先に待ち伏せていた下っ端達を相手にしていた。それなりの人数で襲い掛かってきたが、誰も赤色級や黄色級程の相手で、左程苦も無く相手できた。
「どうやら行き止まりですね。一度戻ってあの人を待ちましょうか――っ!」
近付いて来る気配に、リイムは臨戦態勢で警戒する。そして現れたのは、錆斧のメド一人だった。
「おうおう派手に暴れやがる」
「貴方一人ですか?」
「テメェら暴れすぎなんだよ。こちとら大仕事の前で人手が必要なんだ。これ以上削られたら敵わん」
ふむ、とリイムは一瞬考える。思えば、この魔窟は最初から妙だった。侵入している人間の数。彼ら以外に見ない他の冒険者。浅い層以外で見なくなった異種。
「見えてきましたね。ある……アッシュさんは【斥候】。最短で最奥へと向かったのでしょう。貴方をどうにかすれば、私達はここを脱出できますね」
リイムの言葉に、メドはへぇ、と笑う。その態度に訝し気な表情を浮かべるリイムに、メドが告げた。
「何でも屋は下へ行ったか。なら残念、そこには弟分が先回りして陣取ってる。可哀そうにな」
「っ!」
◆ ・ ◆ ・ ◆
「吹き飛べ!」
アッシュは立ちふさがる相手を炸裂矢で吹き飛ばして行く。そして、駆け抜けた先――広い場所に出た。
「また似た様な場所に――っ?」
アッシュの視線の先に、一人の男が立っている。メドと並ぶ体格の大男。拳に鋲の入った革紐を巻き、此方を睨めつける男が。
「リイム・ゼラは来なかったか。まぁ良い。先ずはお前を血祭りに上げるとしよう」
「お前も血塗れの大斧か!」
言うなりアッシュは、炸裂矢を放つ。
――しかし、炸裂矢の爆発が晴れると、何故か拳を構えた姿で、男が無傷のまま立っていた。
「な、何だって!?」
驚愕の表情で固まるアッシュに対し、男は告げる。
「一応名乗っておくか。青銅級冒険者。拳闘士のリベットってもんだ。少しは楽しませてくれよ?」
-tips2-
蒼霊水。
水の属性魔力を濃く内包する湧き水。深い洞窟の中や、森の奥などで採取できる。
不純物が少ない為、聖水や水薬など複数の道具の材料や、錬金術などの媒体として使われる事が多い。