次なる冒険と潜む悪意
-tips-
精樹。
エントとも呼ばれる植物系の異種。
妖精種が好む様な魔力の濃い土地で生まれる意思を持つ樹であり、基本的には大人しい。
ただし、住処である森を荒らす者には非常に厳しく、複数の精樹で協力しあって結界を貼り、中にいる者達を永遠に迷わせる事も。
妖精種とは協力関係である事が多い。
-トラインの裏町 とある場所にて-
「で、のこのこやられて来たってのか?」
「す、済みません。油断して……ごぁっ!!」
巨大な両刃斧を片手に持つ一人の大男が、眼の前で低頭して謝罪の姿勢をとっていた男を容赦なく踏みつぶす。傍らには、それと並ぶ程の体格の大男が同じく謝罪の姿勢をとる残り二人――先程アッシュ達に敗北した血塗れの大斧の下っ端である三人を見下していた。
「てめぇの間抜けが俺の顔に泥を塗る。分からん訳でもあるめぇ」
「あぐ……わがって、まず! 申じ訳、ありまぜ――」
ミシミシと音を立てながら、ゆっくりと足に体重を乗せられていく恐怖に怯えながら、命乞いにも似た謝罪の言葉を絞り出す男をそのままに、両刃斧の男は周りでその様子を眺めている者達に向けて言い放つ。
「――さて、俺達の面子を潰した奴らには、礼をしなきゃならねぇ。分かっているな?」
「はいメド様、奴らの事は既に我々で見張っています。動きがあれば直ぐに!」
メドと呼ばれた男が別の構成員に尋ねたのは、自分達の師団――血塗れの大斧に喧嘩を売ったアッシュ達の様子だ。彼らは主要な戦力こそメドとその弟分のみで、他は別の作業を担当する下っ端ではあるが、彼らだけでもトライン最大級の構成員数を誇る師団。それが血塗れの大斧である。
「ですが、あの蒼穹の銀翼のリイムは、メド様と同じ階級。並大抵の相手では……ぎゃあっ!」
メドは両刃斧を振るい、横から進言してきた部下の肩を容赦なく斬り付ける。
「俺の部下に臆病者なぞ要らん。それに、余計な不安を抱かせる者もな……」
ジロリ――と、己の脚の下に目を向け、睨まれていると気付いた構成員達は、頭を地に付けたまま恐怖で身を震わせる。
「……ま、良いだろう。大仕事の前で、手前ら如きの人員すら惜しむ状況だ。一度だけ、しでかしを忘れてやる」
フッ……と、メドは足を離し、両刃斧を床に打ち付ける。
「良いか。リイムは感の良い女だ。決して勘付かれず、近付かず――奴らが動きを見せたら直ぐに知らせろ。俺達を舐めたツケ、必ず払わせてやらぁな……」
「「「はいっ! メド様!」」」
その声に応じ、例の三人も含めて血塗れの大斧の構成員達が動き出す。
アッシュ達は今だ気付かない。彼らは――このトラインで最も大きな凶悪師団を怒らせたのだ、と。
◆ ・ ◆ ・ ◆
-一方その頃、流れ星の止まり木亭-
「これは、魔窟主の財宝と言う物です」
アッシュは突然の謎生命体の登場に、即リイムへ助けを求めた。そして帰って来たのがこの返事である。
「これが!? 魔窟の主や番兵を倒した際に手に出来る特別な品!」
それなりに大きな魔窟には、先日アッシュ達と死闘を繰り広げた魔窟の主や、魔窟の中で稀に発生する――莫大な宝が眠る部屋を守る番人。番兵など、強力な異種の個体が発生する事がある。
それら強力な異種を倒すと、何故かは今だ不明だが、特殊な品物を落とす。それこそが魔窟主の財宝だ。
「天からの贈り物や、強力な異種の残留思念の結晶――など、様々な説がありますが、とにかく珍しい物です。ソレルの大剣にも、その主の宝物で手にした金属が使われているのですよ」
「それであの頑強さか! ソレル達の奴。分かってて俺にこれの話をしなかったな? 全く……んで、結局お前は何なんだ?」
アッシュは手元の鉢――の上に乗っかった、ぷっくり丸っこい苗木にシンプルな顔がついた様な魔窟主の財宝へ尋ねる。
「よく聞いてくれたッス! 最初に言ったッスが、オレッキは"住居精樹"ッス!」
「「ハウストレント?」」
その言葉を繰り返し、アッシュとリイムは顔を見合わせる。どちらもその名前に聞き覚えは無い様だ。
「住居精樹ってのは、簡単に言うと家に成るッス!」
「家?……もしや、住居になるって事ですか!?」
住居精樹は、この世界でもかなり珍しい、他者に害意を持たない異種の中の一体。
非常に生息域が限られ、妖精種の森で住居に使われる以外では先ず見る事の無い希少な植物系異種である。
「そりゃ凄い! じゃあ早速……って、こんな場所じゃ宿が潰れるか? お前、外に出れば家になれるか?」
「ウーンと、無理ッス!」
「成程リイム、明日は焼肉だ」
「ふむ、薪としては小さいですが――鉈、ご用意しました」
「ギャー! 人類の闇を見たッスー! 待つッス無理ってのは、必要な物が足りないって意味ッスーッ!!」
話を聞く所によると、曰く住居精樹が育つ為にはそれこそ妖精種の森の様な特殊な環境が必須らしく、それが無いと住居形態になれないとの事だった。
「じゃあ、お前が家になるには妖精種が暮してる様な土地にでも行かなきゃならないのか?」
「そこは大丈夫ッス。オレッキは結構凄い奴なんで、兄貴達にオレッキの言う物を持って来て貰えれば、どうにかなるッス」
「物、ねぇ。と言うか兄貴って俺の事か」
そうッス! と言うので、取り合えずそれはそれで良いやと、改めてリイムに相談する事にした。
「どうする? 嘘はついて無さそうだが」
「では、こう言うのはいかがでしょう? 取り合えず先に払った一か月分はこの流れ星の止まり木亭を拠点とする。そしてこの子の言う物、というのが我々で集められる物なら集めて、実際にこの子の能力を見てから、改めてその先の事を考える、と言うのは」
ふむ、とアッシュは暫し考え、住居精樹の苗木に向き直った。
「なら、先ずはその必要な物ってのを教えてくれ。それによってお前の処遇を決める」
「了解ッス! オレッキが欲しいのはッスね――」
◆ ・ ◆ ・ ◆
「――それで、ここがその洞窟か」
「はい。通称、時刻みの洞窟。深度等級、四層級の魔窟です」
翌日二人が到着したのは、トラインから西南に位置する洞窟系魔窟の一つ。
常に天井から雫が秒刻みで垂れ、その音が響く薄昏の洞窟。時告げの洞窟である。
二人は入口に居る衛兵に認識札を見せ、問題無い事を確認の上で中へと入る。その後、住居精樹の話を思い返した。
『先ず、オレッキが欲しいのは、水属性の魔力をタップリ含んだ水ッス。そうッスね、青く光るぐらいが良いッス』
との事。それならばこの魔窟の深度二以降にて採取出来る、"蒼霊水"が良いのでは、とリイムが言うので、それならと時告げの洞窟を目的地とする依頼を探し、やって来たのだ。
「蒼霊水ってのは、良質な聖水や水薬の材料にもなるっていう湧き水。個人的にも欲しい素材だ」
「それは何より。とは言え、ここはもう魔窟の中。つまり――油断は禁物、です」
そう言うなり、リイムは鈎爪を構え、アッシュも二丁の――前の種類とは違う小型の機械弓を両の手に、前方から飛んできた大顔蝙蝠の群れに相対する。
「張り切って参りましょう!」
「任せろ。前回の木材で完成した、新武器の性能を見せてやる!」
先ずリイムが前に出て、真っ先に相対した大顔蝙蝠の顔を鈎爪で切り裂く。
そのまま通り抜けざまに次々と大顔蝙蝠の群れを切り裂いて行き、怯んだ所をアッシュが機械弓で全ての大顔蝙蝠にとどめを刺した。
アッシュの新作である二丁の機械弓は、付与された《自動装填》の練術により、アッシュが矢を放つ度、鞄の中などに保有する別の矢を自動で再装填する事が可能。
板ばねや、その他細かな絡繰りを利用した連射機構も手伝って、これまでにない連射速度を誇る新たな相棒である。
「っと、何と全員眉間に一発ですか。やはり光は腕が良いですね」
「そうでも無いさ。俺がここまで当てられるのは、矢に込めた《命中補正》のお蔭だ」
と、アッシュは大顔蝙蝠の遺体を回収しながら遠慮気味に話す。
アッシュの武器は全て本人の手作りで、当然矢も同様。その為特殊な《エンチャント》による付与がなされている。実際何でも屋としての客からも非常に当てやすいとアッシュの矢は好評だったり、主力商品の一つなのだ。
「こうして見ると、本当に便利な能力ですね。私では決して真似できません」
「誰にでも向き不向きはある。俺だって、近接戦闘は本当に厳しいんだからな」
アッシュのこの言い分は、あながち言い過ぎという訳でも無い。
例えば昨日の話。血塗れの大斧の下っ端達に対し、アッシュは一方的に勝った――様に見える。
しかし、もし彼らの攻撃練術が一度でもクリーンヒットしていたら、アッシュはあっさりやられてしまっていただろう。だからこそアッシュは相手の油断を突き、脅す様なやり方で、一切攻める余裕を与えなかったのだ。
「俺が安心して戦えるのも、リイムのお蔭だ。頼りにしてる」
「まぁ嬉しい! あ、我が光。こちら下り道になっておりますので、私が手を引いて差し上げましょうか?」
「そういう頼りは期待してない! せめて前向いて歩いてくれ本当。それより……」
と、一度ここで、改めてアッシュ達が受けた今回の依頼を確認する為、酒場からの依頼書を取り出した。
「これが今回の依頼――この洞窟に入ったまま帰らない冒険者の回収、か」
「一月前から音沙汰無しだそうで――まぁ、そう言う事なのでしょうね」
アッシュは一瞬苦い顔をするが、すぐ切り替えて魔窟内の散策に意識を戻す。
よく有る事、そう、よく有る事なのだ。
あの日、アッシュ達は命からがら、一人の欠けも無く特例魔窟を脱出できた。
――が、別の魔窟では一つの旅団が、中で全滅――二度と帰れなくなる事も、これまたよく有る事なのだ。
「まぁ、先ずは散策しながら二深層へ。蒼霊水を採取して、余裕が有れば更に詳しく散策……って、所かな」
「えぇ。私でも単独での三深層度以降は危険です。まして、我が光も魔窟内での行動は今だ素人。無理は禁物かと」
と、ここで今度は爬虫類の唸る様な声。のそりと奥の方から現れたのは、岩の様な鱗を持つ大型の蜥蜴だ。
「岩鱗蜥蜴。頑丈な鱗を持つ為、軽い攻撃は、こちらの消耗にしかなりません」
「なら、あれを回避するのも視野に入れた上で――抑え気味に戦おう。今回は飽くまで、同業者の救助だからな」
アッシュは敢えて救助と言う言葉を使った。
その意味を理解したリイムは嬉しそうに笑い、はいと答える。
(それに前と違って、今回はたっぷり準備もしてきたんだ。前回みたいな恰好の悪い戦いはしない!)
こうして二人は新たな魔窟の奥へと向かう。その先に何が待つかは、まだ誰にも分からない。
◆ ・ ◆ ・ ◆
「メド様! 奴らの動きが掴めました! 時刻みの洞窟に向かった様です!」
「来たな」
彼らのアジトにて、部下の知らせを聞いたメド達は、待っていたとばかりにそれぞれで準備を始める。
「おい、確かそこには既に、それなりの部下共が潜伏していた筈だったな」
「はい、再構成の時期を過ぎたので、大仕事の為の人手がそこに」
メドはよしと呟く。
「魔信具で向こうの連中に連絡を入れろ。袋の鼠にしてやろうじゃねぇか」
「……兄貴」
メドを兄貴と呼ぶのは、彼の弟分にして血塗れの大斧の次席。青銅級冒険者の大男――名はリベット。
リベットは鋲の付いた革紐を拳に巻きながら、メドへと確認を取る。
「リイム・ゼラは生け捕り。――残り物は好きにして良いんだな?」
「はっ! その台詞だけで何でも屋に同情しちまうぜ」
そして、荒くれ者ばかりの冒険者師団。血塗れの大斧の団長。
笑いながら両刃斧を担ぐ彼こそ、ソレルやリイム達と同じ銀級冒険者にして、ソレル以上に破壊力特化の【破壊者】――"錆斧のメド"だ。
「嗚呼、楽しみだなぁ。……狩りの時間だ」
と、舌なめずりするメド。暴力的な悪意が、動き出そうとしていた。
-tips2-
時刻みの洞窟。
常に水滴の落ちる音が響く薄暗い洞窟。
完全に闇に閉ざされている訳では無く、この洞窟に存在するある水晶が自ら発光する特性があり、その成分が岩壁に混ざっている為夜中でもほんのり明るい。
イディアリスの人間はこの洞窟から時間の感覚を決めた――と言う説があるが、実際の所は不明。
――ただ、このイディアリスにて初めて時計が発明される前から、この洞窟はその名で呼ばれていたらしい。