狙撃
今回から、後書きや前書きに世界観設定を書くことにしました。
昼休み。学校がもっとも賑やかになる時間だ。前線高校の生徒も他の高校生と変わりなく、机を寄せて昼食を食べたり、廊下や教室での談笑に花を咲かせたりしている。直斗もまた、和也と話していた。
「最終的に、信号弾を撃ち込んで倒したんだ」
「なるほどなぁ……にしてもよく思いついたよな、それ」
「使えるもの探してる時に信号銃が見つかったからさ」
「しっかし、随分と厄介なのに遭遇しちまったよな」
「全くだよ。あんなのにはもう会いたくない」
2人は直斗が先日遭遇した、スライム状のHLについて話していた。直斗の咄嗟の閃きで倒せたものの、銃弾が効かないのはかなり手強い相手だった。
「今、ちょっといい?」
雪が教室に入り、直斗に話しかけた。彼女の後から柑奈もやって来る。雪は昼休みに入った時から、教室にはいなかった。
「ん?どうかした?」
「今日の放課後、仕事行けなくなった」
「用事でも出来たのか?」
「そゆこと。私と友達数人で、雪の服選んであげるの」
柑奈その用事についてを伝えた。
「だって雪、私服のバリエーション少ないんだもん」
「まぁ私も……興味ない訳じゃないから」
「それだと、今日の仕事は無理か」
「そうだね。明里にはもう言ってあるから」
それだけ言うと、2人はまた教室の外へと向かった。
「遊撃隊って、2人だけじゃ行けないのか?」
「無理なことはないけど……まあ、推奨はされてないな」
1年からずっと特殊化にいる和也にとって、遊撃科は知らない世界なのだそうだ。
「俺も遊撃科に移ろっかな〜。特殊よりは楽そうだしよ」
時折そうは言いつつも、彼は特殊化である事に誇りを持っていると、直斗は知っていた。
「さて、俺たちはどうする?」
直斗と明里は整備庫に来ていた。2人だけでは受けられる仕事も少ない。柑奈のように、仕事以外で行きたい場所もなかった。
「私は射撃訓練するつもりよ。直斗は?」
「じゃあ俺も行こうかな」
「そこの2人、ちょっといいかな」
そうしていると、後ろの方から声をかけられた。やや中性的ではあるが、女の声だった。
「そう、君たちだよ。違ってたら申し訳ないけど、暇かな?」
話しかけたのは、髪が長く、少し背の高い女子生徒だった。隣に、無口そうな男子生徒もいる。2人は木製ストックのボルトアクションライフルを背負っていた。
「今は一応暇……ですね」
直斗はふと、その女子の方の制服を見た。セーラー服のワンポイントに色があり、それで学年が分かる。彼女は、3年生だった。
「それなら、私達の仕事に付き合ってもらえるかな?もちろん、報酬は渡すよ」
「私は大丈夫よ。直斗は?」
「俺も……そこまで危険じゃなければ」
「なるほどね。あ、自己紹介がまだだったね。私は神崎奈美。こっちが……」
「大塚光だ」
彼、光は奈美を遮るように言った。
「さて、早速仕事についてを話していいかな?」
そう言うと奈美は仕事の内容を話した。
「今回、私達はあるHLを狙撃する予定だ。本来は私達狙撃手の護衛として、2人分隊員を連れて行くんだが、生憎どっちも行けなくてね」
「倉岩の奴はともかく、フユノ先輩は今日見ましたよ?」
「ああ見えて体調が優れないそうだ。察して欲しいな。……さて、どうかな?HLが集まらない限り、激戦にはならないはずだ」
奈美は光から、直斗達に視線を戻した。彼と明里は、それぞれ了承した。
4人は奈美達のジープへと乗り込み、光の運転で出発した。直斗達が使っているのよりやや大型だ。車載のM2の他に、荷台後方にM1919機関銃が載せられている。光は片手でハンドルを握り、結構な速度で危険区域を走り抜けた。
「光はどんな銃使ってるんだ?」
後部座席の直斗は彼に声をかけた。
「ウィンチェスターM70だ。弾薬は308ウィンの炸薬を増やして弾頭を潰した、308スーパー・マッチ・ハントだ。トリガーも削って軽くしてある。スコープは……」
彼は一方的に話してきた。専門用語が多く分かりづらかったが、物凄い拘りがあることは伝わった。
「彼、ストイックだからね……ちなみに私はKar98kだよ」
助手席の奈美が苦笑して振り向いた。
「先輩、この辺りでしたっけ?」
「そうそう。あのビルだね」
狙撃地点のビルに近づくと、光はスムーズにシフトチェンジし、速度を落とした。そして、ビルの入り口に横付けする。そこはオフィス街だったようで、背の高いビルや、飲食店の廃墟が並んでいる。
「中に入ろう。先は任せていいかな?」
「直斗、行くわよ」
明里は車から降りるとM16を腰だめにして中に入った。ビルのガラスドアは開きっぱなしになっていた。
「階段は……」
「あれじゃないか?」
直斗は上に登る階段を見つけた。エレベーターを使いたいが、当然電気は通っていない。
彼らは階段で6階まで登った。武器弾薬を持っての6階分は、中々に骨が折れた。
やがて、屋上に出た。奈美達は依頼されたHLの居場所に目星は付けてあったのか、北と東の2方向に狙撃の準備をした。銃を置くための3脚や、双眼鏡を荷物の中から取り出す。
「そろそろ、教えてくれてもいいんじゃないの?」
準備の終わった光に、明里が言った。今回狙撃目標のHLに付いては、あまり詳しい説明を受けてなかったからだ。
「ああ。ターゲットは4本足で無駄にデカイ。ノロマだが、毒を撒き散らす」
「毒を?」
「神経毒の類いだ。動けなくなったところを、蚊みたいに血を吸うそうだ」
彼が渡した依頼書には、その不気味なHLを捉えた写真が添付されていた。
「対象が大きいから、見つけさえすれば楽なんだけどね」
奈美が双眼鏡を覗きながら言う。直斗と明里も索敵を手伝った。高いビルから見下ろすと、少し先の住宅街が完全な瓦礫となっている事が分かった。
「あの辺、建物がほとんど崩れてますけど何かあったんですか?」
「あれは……自衛隊との交戦の後だね。火砲で廃墟群ごと吹き飛ばしたみたいだけど……奪還は出来なかったらしい」
それを聞くと、直斗はなんだか複雑な気持ちになった。
その時、直斗は視界の端に何かを捉えた。それは、緑色の車体の戦車だった。
「明里、戦車だ!あのビルの近くに」
「……あれは星道の戦車ね」
「知ってるのか?」
「逆に知らないの?」
星道、というのは県内にある女子校、私立星道女子高校のことだ。宮堀と同じ前線学校だが、女子校である以外に大きな違いがある。それは全国でも有数の、戦車を保有する学校である事だ。
「そこに戦車があるのは知ってる。でも、見るのは初めてだよ」
その戦車は少しすると、建物の裏に入って見えなくなった。珍しさを感じた直斗は、少しがっかりしながらも索敵に戻った。
「ちょっと、あれ!」
隣から明里の声が聞こえた。
「私にも見えたよ。光、こっちだ。ターゲットを捕捉した」
奈美にもそれは見えたようだった。直斗が後からそれを探す。
見えたのは、5体のHLだった。細長い4本足で、高さは10メートル以上はある。胴体には丸い頭部が付いていて、そこから太く、長い針が突き出ている。恐らく、吸血用だろう。それらはゆっくりと歩き、ビルの影から移動してきた。距離は200メートル程離れているが、巨大であるため、発見は楽だった。
「なんだあれ……」
写真で見るよりもずっと異様な姿をしていた。
「HLはどんどん多様化して、変なのが増えてるって言うからね。見えないけど、あの周りは毒が充満してるんだろう」
「先輩、話してないで仕留めましょう」
「はいはい。2人とも、バックアップは頼んだよ」
光はビルの端の方に伏せ、奈美は座って3脚に銃を乗せ、狙撃の体勢を取った。ボルトを操作して弾を込める。静かに呼吸をし、照準を合わせる。
「前の2体は俺がやります」
それきり2人の会話は終了した。後ろで見ていた直斗は、2人だけが違う空間にいるように感じられた。それだけ、奈美達は狙撃に集中しているようだった。
「ボーッとしてないで、他の方向見張るわよ」
明里に言われ、直斗は2人から視線を逸らした。
「先にいいかな?」
「どうぞ」
そんな会話が交わされると、奈美のKar98kが火を吹いた。少し遅れて、光もM70の引き金を絞った。2発の轟音が空気を揺らす。弾丸が正確に頭部を撃ち抜き、組織を破壊する。特に、光の特殊な弾薬はかなりの威力を発揮したはずだ。2人は素早くボルトを操作し排莢、装填を行った。視線の先では2体のHLがゆっくりと崩れ落ちる。それを一瞥すると、また次の2体を狙撃する。今度は光のM70が先だった。そして、最後の1体に2人分の弾丸が命中する。動きの遅い、大きな的を射抜く事は、奈美と光にとっては簡単な事だった。それゆえ、最初の1体が動かなくなる頃には最後の1体が片付けられていた。
直斗は、以前戦ったオーガの事を思い出していた。確実に頭に当てて、何十発もの弾を受けてもなお、あのHLは暴れ続けていた。
「オーガは頭撃ち抜いても生きてたのに、あの2人はあんなデカイのを1発で仕留めるなんて」
「オーガは特別頑丈なのよ。それに、今倒されたHLは生命力は弱いみたいね」
明里はHLの死体がある方に顎をしゃくった。奈美と光の2人はその死体に向けて銃を撃ちまくっていた。確実にとどめを刺しているのだろう。やがて弾が切れると、クリップを使って弾薬を押し込んだ。
「にしても、随分楽でしたね」
「支援型は特化してるのが多いからね。奴らは毒が厄介だけど、それ以外は大したことないみたいだ」
支援型、という聴き慣れない単語を奈美が口にした。直斗は、そのことに付いてを質問した。
「2年生はまだ習わないんだった。HLの大まかな括りの1つで、味方のHLを助けるタイプの呼び名だよ」
「さっき倒した、毒みたいに?」
「そう。他にも霧を出したり、偵察のような役割をするやつとかもね」
「なるほど……」
「勉強になります」
いつの間にか、明里も真剣な様子で聞いていた。
「ただ、ここらで支援型は珍しいはずだ……」
奈美は顎に手を当てていた。
「珍しいんですか?」
「ああ。この辺りで長らく支援型は目撃されていなかった……。それに、支援型単体での行動は……」
彼女は何か考え事をしているようだった。
「先輩、そろそろ帰りましょう。奴らが集まって来ます」
光に言われると、奈美は「それもそうだね」と普段の調子に戻った。彼女は銃をスリングで背負うと、撤収の準備を始めた。光も同様だ。
行きと同様、明里と直斗を先頭に階段を降る。登りよりはいくらか楽だった。先にロビーに出た直斗は足を止めた。なぜなら、ロビーの中に2体の人型HLがいたからだ。今はまだ気付かれていない。彼は明里達を手で制した。
「まずいわね……」
「あの2体だけ……な訳無いか」
群れで行動するのが基本のHL。恐らく、建物の周辺に集まっているのだろう。4人は階段出口から様子を伺った。割れた窓の隙間から、数体を視認した。
「私が囮になるから、3人はジープまで走って」
「囮って、相手の数も分からないのに?」
「エンジンがかかるまでの僅かな間だけよ」
「ジープにはM2とM1919マシンガンが積んである。エンジンさえかかればこっちのモンだ」
直斗は難色を示したが、光は同意したようだ。
「先輩は荷台の機銃に付いて下さい。あんたはそのジープまでの護衛だ。いいか?」
光の命令口調に思う所はあったが、代替案は無かった。
「明里、無茶はしないでくれ」
「分かってるわ。……行って」
明里が飛び出すと、「こっちよ!」と叫んでHLの注意を引いた。続いて直斗達がその後ろを通り抜ける。背後から銃声が聞こえた。全力疾走でジープにたどり着くと、光がエンジンを掛けた。車の前後、2方向から人型のHLが迫る。
「そっちは任せた!」
奈美がM1919で後ろの敵を掃射した。直斗は前方のHLを狙う。ギアをローに入れた光も、ホルスターから抜いた大口径拳銃、デザートイーグルで応戦する。
「明里!急げ!」
走り寄る2体の胴体を撃ち抜いた直斗は、ビルの方へ向かって叫んだ。数秒後、彼女が飛び出した。振り返り、腰だめで追尾するHLを射殺する。
「早く車に!」
明里が後部座席に転がり込む。続いて直斗も助手席に乗ると、光が乱暴にギアを繋げ、発進させた。彼は急速にジープを加速させ、座り掛けていた直斗は身体を車体にぶつけた。その間、ずっとM1919の銃声が聞こえていた。やがてHLとの距離が開き、奈美が機関銃の掃射を止めた。
「なんとか、逃げ切れたみたいだね」
奈美は機銃のグリップから手を離した。
「明里、お陰でスムーズに徹底出来たよ」
「あれくらい当然。基本戦術よ」
直斗は明里に礼を言った。行きよりは少し遅く、ジープが街を走り抜ける。
「あいつらの毒も、あと数時間で消えるだろうね」
奈美が先程までいた狙撃地点の方に顔を向けた。
「2人とも今日はありがとう。あの個体はなるべく早く仕留めたかったんだ」
彼女は完全に警戒を解いた様子だ。
「俺からも礼を言う」
光も、前を向いたまま言った。
「役に立てたみたいで良かったです」
直斗は謙遜した。
「あの先輩」
「何かな?」
明里の声に、奈美が顔を上げる。
「上手く射撃するコツって、何かありますか?」
「コツねぇ……」
顎に手を当て、彼女はしばらく考えた。
「練習あるのみかな。銃のクセを掴んで、それを見越して射撃する。風速とか落下分も考慮すべきだけど……アサルトライフルではそこまでは要らないかな」
「狙撃のコツなら俺が教えられる。まずはミルを覚えるところからだがな」
運転しながら、光が静かに口を開いた。
「……彼にそれを聞くとかなり長くなるから、相当の覚悟が必要だよ」
彼の言葉に、奈美は苦笑した。
前線学校で狙撃手を目指す生徒は多数いる。だが、実際に狙撃手として活躍するのはその3割程度と言われている。