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放課後遊撃隊  作者: 夜狐
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猛獣狩り

 チャイムが鳴り、授業の終了を伝える。担当の先生が教室を後にした瞬間、和也は大きく伸びをした。

「やっと終わった〜。相変わらず眠い授業だったぜ」

「確かにな。あの先生、話し方もあれだし」

この日はこの授業が最後だった。クラスメート達は帰宅や、放課後の活動に向けての準備をしている。机の傍らに自動小銃が立て掛けてあったり、マガジンに装弾している生徒がいたりするのも、前線学校ならではの光景だ。

「そういや、この後格闘訓練だった……」

授業からの解放を喜んでいた和也は、突然肩を落とした。彼は特殊科に所属している。特殊科とは特殊部隊さながらの戦力を持つ、いわば戦闘のプロの集団だ。

「そんなに嫌なのか?それ」

「ホントだよ。痛ぇし教官怖ぇしよ」

彼の話によると、HLとの接近戦を想定した訓練だそうだ。ナイフや銃を合わせた軍用の格闘術を練習するのだが、彼曰く1番キツイ訓練なのだという。

「和也達特殊科は結構活躍してるんだろ?俺も頼りにしてるからさ、頑張ってくれよ」

直斗は彼を励ました。事実、学校に侵入したHLを撃退する際に、特殊科の実力は目にしていた。

「ありがとな直斗。……よし、今のうちに出来るだけ座って、体力を温存しておくぜ」

そう言うと彼は素早く帰りの準備を始めた。

「そういや、直斗は今日どうするんだ?」

作業しながら和也がきいてくる。

「ああ。実は昨日行く予定だった仕事なんだ。でも、昨日雨だったからさ」

「だからそれに今日行くのか。で、内容は?」

「『ウルフ』の討伐だ。かなり大型の」


 直斗は危険区域で、ジープを飛ばしていた。「ウルフ」と呼ばれるHLの目撃場所を目指してだ。

「今回の相手は普段の獣型より大きくて、群れで動くらしいわ。充分に気をつけて」

助手席では明里が依頼内容を確認している。「ウルフ」とは狼に似た姿をしたHLで、群れで行動をする。姿、性質共に狼と似ている点があるが、大きさが違う。特に群れのボスは、乗用車並みの大きさになることもあるという。

「おまけに素早いんだっけ?どうやって倒す?」

「素早い相手か〜。まあ、これならいけるかな」

柑奈がUZIを掲げる。

「それなら、雪に作戦があるらしいわ。私もよく知らないけど。あ、そろそろかしらね」

明里が合図をし、直斗はジープを道の中央に停めた。エンジンが止まると、一気に静寂が押し寄せる。

 直斗達は銃を持って車から降りる。雪はPPShの他に、膨らんだバッグを小脇に抱えていた。そして、彼女は周囲を見渡していた。

「雪、そのバッグは?作戦に使うのか?」

「うん。……あ、そこで待ち伏せしよ」

直斗が聞くと、雪がすぐ近くの家を指差した。一階建の小さな家で、同じ建物が敷地内に4つ並んでいる。

「元は借家だったのかしらね。入れそうなところあるといいけど」

明里はその家に近づき、玄関のドアを引いてみた。開きそうにない。

「窓もだめだ。鍵がかかってる」

直斗もベランダに面した大きな窓を横に引くが、鍵がかかっていた。

「こっちもだめみたい」

念のため隣の家も柑奈が調べた。だが、結果は同じだった。

「下がって」

すると、雪がその窓へと近づく。彼女は自分の銃から弾倉を抜いていた。そして、銃を逆さに持つと、銃床を窓ガラスに叩きつけた。甲高い音がしてガラスが割れる。

「雪!?」

直斗は驚いたが、明里と柑奈はそれほどでも無かった。

「久しぶりに見たよね。雪が窓割るの」

「確かにそうね。でも、申し訳ない気持ちがするけど」

雪は割れ目を銃床で軽く叩いて広げると、鍵を開けて中に侵入した。もちろん、土足のまま。

「お邪魔しまーす」

続いて柑奈が入る。

「中は結構綺麗だな」

飛び散ったガラスに気を付けながら、直斗も中に入った。部屋の中には家具が何も置いてなかった。入居者がいなかったのだろう。

「それで、ここでウルフを待つっていうの?待ち伏せには最高だけど、ここを通るとは限らないわよ?」

明里は腕組みをして言った。

「なぁ雪、もう話してくれてもいいんじゃないか?」

直斗もどこか焦らされている感じがして来た。そろそろ作戦の説明があってもいい頃だろう。すると、雪が抱えていたバッグを開け、中身を見せた。それは、ポーチの様な物と、何かのレバーの付いた箱だった。

「それって……」

「爆弾だよね?」

明里と柑奈は察しが付いた様だった。雪が頷く。

「これでまとめて吹き飛ばすの」

彼女は爆弾の方からコードを手繰り出す。

「爆弾か……でも、さっき明里が言ったけど、あいつらがここに来る保証は無いだろ?音で誘き寄せるにしても、他のHLも来るだろうし……」

「それなら、秘策がある」

そう言うと、雪は爆弾の入っていたバッグを持って隣の部屋へと行った。部屋の中から「絶対に覗かないで」と声が聞こえた。

 数分後、部屋から彼女が出てくる。彼女は右手に白い布を持っていた。

「それは?」

「私の靴下と下着」

直斗は思わず目を逸らした。

「まさか、今脱いだやつ……?」

「大丈夫。替えは履いてるから」

明里も彼女の行動には驚いていた。

「あー……そう言うことね」

一方で、柑奈は何かを察した様だった。それを気にせず、雪は爆弾を手に取って外へと向かった。家の裏、砂利になった空き地に出ると、そこに爆弾を置き、その上に下着を被せ、風で飛ばないように石を乗せた。続いてその周りに中に石を入れた靴下を無造作に投げた。

「柑奈、あいつが何やってるか分かる?」

「多分だけどね」

明里の問いに、柑奈が答える。

「臭いで誘き寄せようとしてるんじゃない?ほら、ウルフって嗅覚が強いってあったじゃん?」

「他にやりようなかったのか?」

その方法なら、嗅覚の鋭いウルフを、効率的に爆破の範囲まで引き寄せられる。だが、直斗としてはなんだか複雑な気持ちだった。仮にも、女子が付けていた下着を見張ることになるわけであって……

「終わった」

作業を終え、土埃を払った雪が戻って来る。

「なぁ雪、他に方法無かったのか?まあ、俺も思い付かないんだけどさ……」

「本当なら体液を使いたかったとこだけど、流石にそれは恥ずかしいから」

彼女は、直斗の予想を超える様なプランも持っていた。

「本当雪って変わり者よね……」

「まあ、それが雪らしいとこだけどね……」

流石の柑奈も、これには苦笑していた。雪は仕上げとして、爆薬から伸びているコードをレバーの付いた箱、起爆装置と繋げた。その間に直斗達はある程度の荷物をジープから部屋の中に移動しておいた。

「準備完了。後は呼ぶだけ」

「オッケー。じゃあ、呼ぶよ?」

柑奈がベランダから外に出て、ホルスターから抜いたコルトM1911を上に掲げた。そして、3回引き金を引く。


 乾いた発砲音が響く。危険区域での大きな物音は最も避けるべきことの1つだ。すぐに柑奈は部屋へと戻った。

「今更だけど、他の奴らも来るよな?罠を置いたとはいえ、都合よくウルフだけ来るかな?」

「それなら大丈夫だよ。大抵のHLは少し探して人が居ないと分かるとどっか行くから。それに、嗅覚も弱いみたいだしね」

拳銃をホルスターに戻した柑奈は、部屋に備え付けられたカーテンを閉めた。雪の割った場所から風が入り、時折揺れる。

「後はひたすら待つだけね。」

明里がカーテンの隙間から爆薬を設置した場所を覗く。今のところ、変化はない。

「来たら教えて」

雪はいつの間に持って来たのか、文庫本を読み始めていた。

「にしても、結構暇だな」

「そんなものよ。でも、室内でのアンブッシュだから楽な方ね」

明里はマガジンのチェックをしている。直斗は外の様子を見た。先程は何の変化もなかったが、視線の40メートルほど先にHLの姿が見えた。目当てのウルフではなく、よく見かける人型だった。

「どう?ウルフは来てた?」

「いや。ただの人型だ」

直斗はそのまま外を覗いていた。

「雪、あんたのその……罠は本当に役に立つの?」

「今日は汗かいたから臭いは強いはず………HLにとってはね」

明里が作戦に疑問を持つのも無理もなかった。直斗自身、半信半疑ではあった。時折HLが訪れるが、どれもありふれた個体ばかりだった。


 「1時間経過。目当てのは来ないみたいね」

窓から離れた明里は床に座り込んだ。段々と会話も少なくなって来ていた。

「退屈もここまで来るもんなんだな。動物カメラマンとかこんな感じなのかな」

「その忍耐力すごいよね〜。雪なんかもうアレだし」

柑奈が指差す先、雪は仰向けになったままぼうっとしていた。起爆装置は、部屋の端の方に置いてある。

「次、私が見てくるね」

少しして柑奈が立ち上がる。彼女はしばらく黙って見張りをしていた。

「ねぇ、ターゲットは狼みたいな姿なんだよね?」

「そうよ。大きさは違うけど」

「……じゃあ来てるかも」

その言葉を聞き、直斗と明里は窓に走った。雪も遅れてやって来る。カーテンを開く明け、4人でその場所を覗く。

 そこには5体のHLがいた。それらはHL特有の黒い体表に狼のようなしなやかかつ堅牢な体躯を持ち、雪の下着や国前高の生徒から貰ったタオルの臭いを嗅ぎ、時折顔を上げて鼻を鳴らしている。

「雪、起爆装置!」

明里に言われ、雪が起爆の準備をする。

「待った、ボスがいないぞ。みんな同じ大きさだ」

事前情報では、群れのボスは一際大きな体をしているそうだ。だが、今集まっているウルフはほとんど大きさが同じだ。

「確かにそうね……ボスが来るまで待つ?」

「でも、すぐ起爆しないとこっちの居場所がバレちゃうよ!直斗はどう思う?」

柑奈にきかれ、直斗は少し考えた。ボスを待つか?いや、奴らの嗅覚では居場所を割り出すのに時間はかからないはずだ。今ならあの5体をまとめて吹き飛ばす事ができる。

「起爆した方がいいと思う。雑魚を片付けて、ボスとは1対4で勝負だ。それに、仲間がやられたならボスも出てくるだろうし」

「なるほどね……。確かに単体ならそこまで強くはないはず。雪、お願い」

明里が雪の方を振り返る。

「窓から離れて!飛散物に注意よ!」

彼女は隣の部屋に移動し、頭を窓と反対方向に向けて伏せた。直斗柑奈もそうする。爆発から身を守る姿勢だ。

「起爆5秒前。4、3」

「カウント省略!すぐやってくれ!」

直斗がそう言うと、背後から凄まじい爆音が響いた。地震のような轟音に続き、爆発で吹き飛んだ瓦礫や石が家の壁にぶつかる。その衝撃で、窓ガラスは粉々に砕け散った。

「行くわよ!」

爆発が収まってすぐ、明里はM16を掴んでカーテンを開けた。

 爆心地の地面は抉れ、そこを中心に5体のウルフが横たわっている。うち1体は胴体が千切れていた。

「うわ……」

直斗は思わず顔を背けた。

「あ、奥のが生きてる!」

柑奈はUZIを持って来ると、起き上がろうとする一体に単発で撃ち込んだ。5発目で動かなくなる。

「後はボスだけだな」

直斗は身支度を整え、FALを手に待つ。

「ええ。外の方がいいわね。別のHLにも注意よ」

彼らは武装し、ジープを留めた場所に向かった。4人はそれぞれの方向に銃を向け、警戒体制を取る。


「今、見えた気がする」

直斗は小さく言った。視線の先に、一瞬何かの尻尾が見えた。だが、それはすぐに隠れてしまった。彼は照準を合わせながら、隅々まで目で調べた。その視界の端、黒い影が動いた。

「来たぞ!」

群れのボスだ。その体躯は普通車ほどもあり、それでいて物凄い速さで距離を詰めて来る。直斗はFALをフルオートで撃つが、ウルフは蛇行してそれを回避した。そして、巨大な口を開けて襲いかかる。

「っ!!」

間一髪、転がるようにしてその攻撃を回避した。ウルフは見事に着地すると、その反動を活かして再び突撃を仕掛ける。今度は、明里を狙ってだ。

「明里!」

彼女は避けきれずその突進を直撃した。奇跡的に、M16の銃身でその牙を防いだ。それでも、衝撃で彼女は押し倒されてしまった。

「明里を離せ!」

直斗は至近距離から残弾を全て撃つと、銃身で思い切りウルフを殴った。するとウルフは飛び退き、距離を取った。そして、建物の裏に隠れる。

「大丈夫!?」

柑奈が駆け付け、彼女に手を差し出す。雪がその間、辺りに銃を向けていた。

「迂闊だったわ。それより、奴は?」

「距離を取ったみたいだ。でも、まだ近くにいるはずだ」

直斗は弾倉を交換すると辺りを見回した。明里もM16の先に銃剣を取り付けた。そして、弾倉を外した。

「明里?」

彼女はマガジンを外したままだった。そのまま、銃を腰の位置で構えている。

「あいつは素早いわ。銃弾も避けられる。でも、攻撃の瞬間は無防備になる」

「明里、お前まさか」

「ええ。私が囮になって、あいつを突き刺す」

彼女は強い口調で言い切った。

「そんなの危険だよ!」

「そうだ。それにこの前……」

2回目の出撃の時、明里は大型のHLに戦いを挑み、負けている。直斗と柑奈は彼女を止めようとした。

「でも、それが有効策でもある。私は信じるよ」

雪だけは、彼女を肯定した。

「だからお願い。確かに無茶だけど、私を信じて」

「……こうなったら明里は止められないもんね。分かったよ。ただ、怪我だけはしないでよ」

柑奈は彼女の説得を諦めた。明里の性格を知っての事だ。

「直斗、あなたは?」

「柑奈も言ってたけど、止める気はないんだろ?」

「そうね」

「……分かった。じゃあ、任せるぞ」

直斗も意を決した。近くにまだ奴がいるはずだ。明里は刺突の構えをした。直斗達は彼女から離れる。

 そして、それを見計らったかのようにHLが現れる。赤い瞳で真っ直ぐ明里を睨み、走り出す。

「来たぞ!」

「分かってるわ。……かかって来なさい。あなたと私の一騎打ちよ」

ウルフは風のように走り、身体を沈めると一気に飛び上がった。狙うは明里の首。計算された攻撃だ。だが、明里はそれを読んだ。先程の攻撃で大体の軌道は分かる。後は、その場所を狙うだけ。弾倉を外し、扱いやすくしたM16を、思い切り突き上げた。

 銃剣が深く突き刺さる。衝撃を相殺し切れず、明里は後ろに倒れ込んだ。それでも彼女は銃を離さなかった。上顎を銃剣で貫かれたウルフは激しく暴れ、逃げ出そうとした。明里はそれを許さず、腰のホルスターからベレッタ92Fを抜いた。

「これで終わりよ!!」

素早く安全装置を外し、全弾を撃ち込む。弾が切れ、スライドが後退した位置で止まる。それと同時に、銃剣がウルフから抜ける。

「まだ生きてるなんて……」

明里はその生命力に驚愕していた。銃剣を刺した時、確かな手応えがあった。それでも、その野獣はまだ息をして、歩いていた。

「いや、もう終わりだ」

直斗は彼女に近づいた。ウルフは明里を睨み付け、再び突撃して来た。だが、その半ばで足をもつれさせ、地面に倒れ込んだ。2、3度荒く息をすると、そのまま動かなくなった。

「……やったの?」

「ああ。無事にな」

明里は立ち上がると、M16を拾い上げた。その銃剣には、黒い体液が付着していた。

「作戦終了!帰ろっか!」

「撤収……やっと終わった」

柑奈が明るい口調で言い、雪が早速車に乗り込む。

「明里」

「なに?」

運転席に座った直斗が言った。

「ナイスファイトだったよ」

「ええ…………ありがとう」

その時明里は、照れたような笑みを直斗に向けた。夕方の涼しい風を切って、ジープは学校の方へと戻って行く。

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