表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
放課後遊撃隊  作者: 夜狐
4/27

笹原柑奈

 その日は梅雨入りした頃で、空には暗雲が広がっている。今にも雨が降り出しそうな天気の中、1台のジープが街を走り抜ける。運転しているのは直斗だ。助手席には柑奈が座っている。明里と雪は乗っていなかった。雪は風邪を引いたらしく、大事を取って学校が終わるとすぐに帰った。明里の方は別の分隊の仕事に参加している。2人では仕事も受けられない。そんな中、柑奈が「行きたいところがある」と提案したのだ。

「あ、ここでいいよ。ストップ」

柑奈が車を止めるように言った。直斗はエンジンブレーキで減速した後、停車した。エンジンを切って、FALを持って降りる。

「ここは……学校か?」

「そう。中学校だよ」

柑奈はM2カービンを担いで校庭へと入って行った。


 「中、危ないんじゃないか?」

「多分平気かな。エンジン音にHLが反応してないから」

 彼女は昇降口から建物の中に入り、少し躊躇った後、土足で歩き出した。直斗はFALのストックを折り、腰だめにして警戒しながら進む。校舎の中は薄暗く、少し寒気がした。

「急に来たいって言ったけど、何かあるのか?」

「大したことじゃないよ。ただ気になっただけ」

彼女は手近な教室のドアを開けた。そこには木製の机と椅子が並んでいる。

「あ、そのままなんだ」

「意外に荒れてないんだな」

 中は思ったより綺麗だった。そして当然だが人の気配が全くない。危険区域は総じてだが、この学校も不気味で寂しい雰囲気を放っていた。気がつくと柑奈は、2階へと続く階段を登っていた。彼女は迷う事なく、ある教室のドアを開けた。

 その教室もまた、先程の場所と大差はなかった。だが、柑奈は部屋の中をゆっくりと歩いている。ロッカーやベランダ付近、黒板の前などを通る。彼女の靴音がよく聞こえる。そして、しばらくすると教卓から見て左から列目、1番後ろの席の椅子を引いて座った。傍らにM2カービンを置き、黒板を見つめている。

「柑奈、どうかしたか?」

少しして、直斗は声をかけた。柑奈は黙ったままだ。

「柑奈?」

「え?ああ、うん。もう大丈夫。後もう1箇所付き合ってくれる?」

「別にいいけど……」

彼女は慌てて立ち上がり、教室を後にした。去り際、振り替えって室内を見つめている気がした。


 「行きたい場所ってどこだ?」

「行けば分かるよ。鍵開いてるといいんだけど」

そう言いながら、柑奈は3階へと登って行った。そして、先程同様真っ直ぐに1番端への教室へと向かった。彼女は扉を軽く引く。すると、鍵は空いていた。

「音楽室か?」

「そ。音楽室」

入ってすぐに、そこが音楽室だと分かった。グランドピアノや、均等に孔の空いた壁があったからだ。流石に、音楽家の肖像画は外されていた。

「なぁ柑奈、さっきの教室とこの音楽室って……」

「察しのいい人ならとっくに気づくかもね。ここは私の母校。さっきのは3年の時の教室だよ」

彼女は懐かしそうに部屋の中を歩いたり、窓から外を眺めていた。

「なんとなくそんな気はしてた。それじゃ、柑奈は吹奏楽部だったのか?」

「正解。トランペットやってたの」

彼女は端の方に放置されていた椅子を持って来ると、位置を合わせて座った。

「ここが私の定位置だったの」

彼女は目を閉じていた。きっと、思い出に浸っているのだろう。直斗は静かに、窓の方に歩いて行った。窓からは街が一望できる。その街も今や、完全に崩れたか、崩れかけの建物だけになっている。

「ここからの眺め、いい景色でしょ」

柑奈は椅子から立ち上がり、直斗の隣に立った。

「私も好きだったんだ。この景色。窓を開けると風が気持ちよくて、運動部の声とかも聞こえて来て……。逆に運動部はここからの音を聴いてたんだって」

彼女は徐に窓を開けた。梅雨の湿った風が入って来る。

「こういう日もあったなぁ……あ、見て、あそこ!」

柑奈は窓の外、駐車場らしき所を指さした。そこには人型の、最もよく見るタイプのHLがいた。数は1体だけだ。

 柑奈はM2カービンを構え、そのHLに狙いを付けていた。

「撃ったら不味いんじゃないか?」

「これは音が小さいし、室内からだから」

そう言うと彼女は引き金を絞った。比較的小さな破裂音がし、次の瞬間にはHLが倒れた。起き上がろうとするが、上手く立てずにその場でもがいていた。

「脚を撃ったのか?」

「そ。練習になると思って」

続けて柑奈は素早く3回撃った。うち2発は肩と脚を貫き、最後の1発が頭を撃ち抜く。

「撃破完了!」

1発も外さない、彼女の射撃は見事なものだった。

「私はさ、あいつらに復讐がしたいんだ」

柑奈は窓を閉め、カービンに安全装置をかけた。

「あいつらって、HLか」

「そ。別に親しい人を亡くした訳ではないんだけどさ。でも、こうして私の育った場所を奪われたから。この近くに住んでた家もあるんだよね。……爆撃とか砲撃で更地になっちゃったけど」

「………」

直斗は何も言わなかった。なんて言えばいいのか、分からなかった。

「えっと、なんか湿っぽくなっちゃったね。直斗はさ、なんでこの学校選んだの?」

彼女は苦笑し、話題を変えた。唐突な質問に少し戸惑いつつも、

「宮堀に来た理由か……まあ、大した理由じゃないよ。ごくありふれた理由」

彼はそうに答えた。

「なるほどねぇ……」

柑奈はまた音楽室の中を歩いて、様々な角度から部屋の中を見ていた。きっと、それぞれの場所に思い出があるのだろう。

(俺がここに入った理由……)


 直斗はその事を考えていた。その時不意に、柑奈が声を掛けた。

「もう満足したから、そろそろ帰ろうと思うの。運転、お願いしていい?」

「ん?ああ、わかった」

直斗は思考を一時中断し、柑奈に続いて音楽室を後にした。改めてだが、チャイムや人の声の聞こえない学校は、寂しく感じられた。

「ここがHLに占領されてなくてよかった」

「奴らは建物を巣にする事多いからな」

直斗はジープを元来た方へと走らせる。結局、遭遇したHLはあの駐車場にいた個体だけだった。柑奈は母校をまた見ること、そしてHLに占拠されていないかを知りたかったのだ。帰りの道中、エンジン音にゆっくりと集まる、鈍間なHLを柑奈は暇つぶしに狙撃していた。

「いつの日かさ、この街を取り戻したいんだ。私の育った、この街を」

カービンの銃声の合間に、彼女の声が聞こえた。


 やがて2人は学校へ戻った。車を停め、帰ろうかという話をしていると、別の分隊と作業をしている明里が目に入った。

「あら、2人ともどこか行ってたの?」

「ああ。柑奈の母校に」

彼女は仕事を終えた後のようで、M16小銃をスリングで吊り、ポーチ類を持ってどこかへ行こうとしていた。

「今から帰るのか?」

「少し射撃場に寄ってからね。よかったら2人も来る?」

まだ時間も遅くなく、帰っても特にする事はない。直斗と柑奈の2人も、射撃場に向かうことにした。


 3人が向かったのは、学内にある野外射撃場。簡易的なテーブルから的を狙う、シンプルなものだ。的は一定時間になると、利用者達が再配置をする。設置中、射撃地点立つのは厳禁だ。行くと、ちょうど窓の設置が終わった頃だった。今日は利用者が少なく、3人並んで使うことができた。

「まずは直斗、やってみて」

明里が指示したのは、50メートル先の的だ。彼女は双眼鏡を使って、着弾点を観測している。

 直斗はFALを構えて的の中心を狙った。反動によるブレで、着弾点は中心より右上。中心を10点とすると、5点の辺りだ。続けて発砲するが、8点が最高で、3点の場所に当たることもあった。

「やっぱり、7.62は反動が強いな」

銃を下ろし、直斗は首を横に振った。

「だったら私と同じ5.56にしたら?反動も少ないし、軽くて扱いやすいわよ」

「今更別の銃買うとお金がな……それに、俺はFALの性能に慣れてるんだ」

命中精度はそこまで高くないが、彼はFALに慣れ切っていた。また、学校をHLから守る警備隊は、交戦距離長くなる場合が多い。その時に、FALの射程と威力には助けられた。直斗はそのことを話した。

「急所は抜けなくても充分な威力があるし、硬いHLも倒せるからさ。俺はこれでもいいかなって」

「まぁ、それが大口径の利点ではあるわね。でも、精度を上げるのに越したことはないわ」

そう言う明里に、直斗は僅かながら対抗心を感じた。

「じゃあ、明里の方はどうなんだ?射撃の腕は」

「自慢じゃないけど、結構ここには通ってるのよ。だから、並以上はあると思うわ」

そう言うと彼女は的に向かった。着弾の観測は、直斗と退屈そうにしていた柑奈が行う。彼女はM16を構え、キャリングハンドルに付いた照準器で的を狙い、引き金を引いた。3回発砲し、8点、10点、9点の場所に風穴が空いた。

「流石明里だね」

双眼鏡から目を離した柑奈が言った。自分で言っただけあり、彼女の腕は確かなものだった。

「すごいな。実は半信半疑だったから驚いたよ」

「これくらい当然よ。扱いやすさが、小口径の最大の武器だもの」

彼女は毅然とした態度で言うと、銃に安全装置をかけ、マガジンを抜いた。

「ねぇ、次撃ってもいい?」

言うが早いか、柑奈が射撃位置に立った。

「あなたもう充分でしょ……」

「でも撃たせてよ。せっかくだから」

彼女はM2カービンを構える。今度は直斗と明里が双眼鏡を覗く。

「いつでもいいぞ」

「オッケー」

言い終わると同時に、彼女は発砲した。双眼鏡で的を見ていた直斗は、何が起こったか分からなかった。的の中央、明里が開けた穴が僅かに広がったのだ。


「嘘でしょ……」

明里は驚いてるようだ。

「よく見えなかったから、もう1回いいか?」

「んー、分かった」

彼女はまた発砲した。今度は、3発続けてだ。だが、結果はどれも、的の中央の穴が広がるだけだった。

「なあ、穴が少しずつ広がってる感じがするんだが、どういうことだ?」

直斗はよく理解できずに、明里にきいた。

「あいつ、私の開けた穴に自分の弾を通そうとしてるのよ。その時に、弾の端が当たって穴を広げてるの」

「マジか」

言われてみれば納得できる。彼女の発砲で広がった穴の面積は僅かだ。つまり、弾丸のほとんどは既に空いている部分を通っている事になる。

「柑奈、そんなに命中率高いのか……」

「ほんとよ。無駄に射撃の腕があるのよね。一体どうやってるの?」

「どうって言われてもなぁ……私は銃の癖を掴んでなんとなくで狙ってるだけなんだよね」

柑奈自身、特に意識ししているコツなどは無いそうだ。

「凄いなそれ……狙撃手やった方がいいんじゃないか?」

今のを見ても分かる通り、彼女の腕と勘があれば、優秀な狙撃手になれるはずだ。しかし、柑奈はその提案を断った。直斗はその理由を尋ねる。

「なんで断るんだ?そんな腕があるのに」

「そうよ。勿体無い才能よ」

明里も彼女には狙撃手としての適性があると感じている。

「なんて言うかさ、じっとしてるのは性に合わないんだよね。だからスナイパーはやりたくないの」

彼女の言葉に、明里はため息を吐いた。

「まったく、あなたらしい理由ね」

「でしょ?私には私のスタイルがあるの。あ、話変わるんだけど、直斗のFAL撃ってもいい?」

彼女は思い付いたように言った。

「ああ。柑奈には少し大きいんじゃないか?」

直斗は彼女に銃を渡す。女子の中でも背の低い柑奈には、持ちづらそうに見える。セレクターなどの操作を簡単に教わると、彼女はさっそく的を狙った。同じ距離の、別の的だ。

そして、4発目で真ん中を撃ち抜いた。続けて3発、中心と付近の位置を撃ち抜く。

「う〜、やっぱり反動が強いね。肩が痛くなりそうだよ」

右肩を回しながら、彼女は銃を返した。直斗は唖然としていた。なぜなら彼が初めて的の中心を射抜いたのは、数10発撃ってようやくの事だったからだ。それを柑奈は、いとも簡単にやってのけたのだ。

「マジかよ……」

「こいつの才能は他の銃使っても発揮されるのよ……」

明里ですら、彼女の才能には驚いていた。それを見て柑奈は、無邪気に笑っていた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ