バラライカ
「それで、遊撃隊に入ってどうよ?」
「どうって言われてもねぇ……」
休み時間、直斗は和也と話していた。
「まだなんとも言えないかな」
次の授業の準備をしながら答える。
「あ、そうだ。お前、雪のあだ名知ってるか?
和也は話題を変えた。
「聞いたことないな。どういうやつなんだ?」
「俺も最近知ったんだが、バラライカのユキって呼ばれてるらしいぜ」
「バラライカのユキか……何か由来があるのか?」
その名前を直斗は初めて聞いた。
「なんでも、1年の冬に戦場で大暴れしたらしいぜ。んで、使ってる銃からついた名前なんだってよ」
「ヘぇ〜。後で聞いてみるかな」
「そんな異名がつくくらいに、頼りになるらしいぜ、あいつ」
和也は話題の中心、雪の方へ顎をしゃくる。その本人は気付いていないのか、ただぼうっと外を眺めていた。先日銃に頬擦りしたり、明里に言われていたこともあり、直斗は雪に変わり者という印象を持っていた。
やがて放課後になる。まだ3回目だが、慣れた様子で装備を身につけ、整備庫で待機する。すでに車に、FALが積み込んである。この時間の整備庫は賑やかだ。他の分隊も出撃準備をしたり、その日の仕事を決めたりしている。時折、エンジン音を唸らせて車両が発進する。
「今日は直斗に選んで貰おうと思うの。どれにする?」
明里と直斗は、依頼書の貼られたホワイトボードの前に向かった。先日の戦闘で明里は軽い怪我を負い、休日を入れて4日間安静にしていたそうだ。今は完治したらしく、いつもと変わらない様子だ。直斗は気にはなったが、彼女のことも考え、あの出来事に付いては触れないでいた。彼女もまた、あの日のことは口にしなかった。HLとの戦闘後、明里の目に涙が浮かんでいたことに、直斗は気づいていた。
「急に選べって言われてもなぁ……これとかどう?」
直斗は適当に、報酬金の良いものを選んだ。あまり高いと難易度も上がるだろうから、程々のものを選んだつもりだ。
「『オーガタイプ』の撃破……いいと思うわ」
危険区域の一角、目的のHLの目撃情報があった場所で、直斗は車を停めた。数回切り返して、車の頭を来た方向に向ける。すぐに発進して逃げられるようにだ。
「奴の捜索、どうする?2手に分かれるか?」
「そうね……オーガならそれで充分ね。もし危険があったらこの笛を吹くか、ジープの所に戻って来て。1時間半後にはここで合流しましょ」
そう言うと明里は車から降り、直斗に小さな笛を投げを渡した。それを受け取り、首から下げる。
「ペアはどうするの?私は誰とでもいいよ」
UZIの点検をしながら柑奈が言った。
「だったら、今日は直斗と雪で組んで貰おうかしら。直斗も、メンバーの事は知っておいた方がいいから」
明里が提案する。
「俺はいいけど、雪はそれでいいか?」
「柑奈とだと遠距離が弱くなる。この編成が最適だと思う」
雪の言う通り、彼女と柑奈で組んだ場合、2人とも銃がサブマシンガンになる。そうなると、遠距離での戦闘には不向きだ。明里の提案した編成なら、火力のバランスが良くなるのだ。
「決まったようね。それじゃ、行くわよ」
それぞれは反対の方向へと進んだ。
直斗と雪は商店街のアーケードを歩いていた。屋根で日差しは遮られ、吹き抜ける風が心地よかった。周囲を見回すが、HLの気配は無い。探しているのは人の形をした大型のHLだ。その見た目から鬼やオーガなどで呼ばれている。名前の通り、怪力が自慢のHLだ。歩きながら、直斗は雪の装備が左右非対称な事に気付いた。サスペンダーとベルトで装着したそれの、右側には細長いポーチ、左側には膨らんだ正方形に近いポーチが付けられている。
「雪のそれって、サブマシンガンにしては大型だよな。重く無いのか?」
前から気になっていたが、雪の銃は大きく見えた。古い銃だから、仕方のないことではあるが……。
「重いよ。持ってみる?」
そう言うと彼女は、スリングで吊ったそれを直斗に渡した。
「本当に重いな……。それに装備も重そうだね。もっと軽いのは使わないのか?P90とかMP5辺りなんかカスタムも出来るし……」
女子の中でも小柄な彼女に、この銃は重過ぎる筈だ。銃を返す時に雪の顔を見る。彼女は、嫌悪を前面に押し出したような表情をしていた。
「えっと……なんかごめん」
「……悪くはない。でも、私の趣味じゃない……。木と鉄で出来たのじゃないと愛せない。愛せないのは使いたくない……」
彼女は呻くような声で言った。彼女は銃に対して強い拘りがあった。気まずく感じた直斗は話題を変えた。あれ程嫌悪感を抱かせるとは思わなかった。
「じゃあさ、なんでその銃に惚れたか、教えてくれるか?」
「まずは見た目。それから性能。弾が沢山入るし、連射も早い。その分マガジンも重くなるけど」
そう言うと彼女は腰のポーチを軽く叩いた。雪は35連箱型マガジンを3本、71連ドラムマガジンを銃に付けているのと合わせて2つ携行している。
「この銃でHLを薙ぎ払うと最高に気分がいいの」
やはり直斗は雪に対して、少し変わってるという印象を受けた。
「……結構歩いたよね」
ふと、雪が口を開く。
「だな。もう少ししたら別ルートで帰ろうか」
いつの間にか、2人は商店街を抜けていた。その間HLとは遭遇していない。それらは昼間はあまり活発ではなく、大きな音を立てなければ遭遇しない時もある。
「意外と遭遇しないんだな」
直斗はすっかり緊張が解け、FALをスリングで右肩に掛けていた。
「割とそう。でも、今日の私達はついてるみたい」
雪は通り過ぎた道の先、通りから外れた住宅街を指さした。2つ先の横道、伸び放題になった生垣の陰から人型のHLが現れる。1体ではなく、何体もだ。それらは皆同じ方向に向かっていた。
「HL……でも、オーガじゃないみたいだな」
「雑魚があれだけの群れで移動するのは珍しい。ボスがいるかも」
「そう言えばそうだったな。先回りするか?」
直斗の提案に、雪は頷いた。
「そうだ、さっき近くに公園があった。その遊具の上からな見れるんじゃないか?」
直斗は少し前に通った公園を思い出した。そこには高いアスレチックがあったはずだ。
2分ほどでその公園に着く。先程の通りからは離れているが、遊具に登れば充分だ。その遊具は、滑り台に梯子や縄などいくつもの登る手段を付けた、子供用ながら大型の遊具だった。それを見つけると、2人は銃を背負って登り始めた。体育の授業で障害物突破の訓練があるので、遊具程度なら容易かった。
「結構高さあるな」
「うん。HLは?」
登り終えた2人は、それぞれ目を凝らした。最上階には戦闘をするための充分なスペースがある。直斗はポーチの中に小型の望遠鏡を持って来ていたので、それを使った。
「待ってろよ……ん?あれオーガじゃないか?」
そして、発見する。周囲に30体程いる他のHLより大きく、身長は約3メートル。真っ黒な身体だが、ゴリラに近い体格で、かなりの筋肉質である事が分かる。頭部には2本の角があり、口は耳の辺りまで裂けている。その姿は、まさに鬼だった。それは他のHLに囲われる形で、廃墟の街を堂々と練り歩いていた。
「いた。オーガ」
「本物見るのは初めてだ……何か持ってないか?」
直斗は双眼鏡越に、そのHLが某のような物を持っているのを見かけた。
「人型ので、頭良いやつはたまに武器持ってるの。……やる?」
雪は直斗を見上げた。距離はそこまで離れてなく、およそで50メートル。対象が大きいため、狙えなくは無い。
「ああ、やろう。まずは俺が」
直斗は銃のストックを肩に付ける。この距離ならFALの方が効果的だ。遊具の手すりに銃を置いて安定させ、狙いを絞る。多少ぼやけるが、照星とオーガの頭を重ねる。対象の歩行に合わせて動かす。幸い、風はない。彼は射撃の訓練を思い出した。そして、引き金を引く。
放たれた弾丸は真っ直ぐに空を切り、標的の首の辺りを撃ち抜いた。その衝撃で身体が少し傾く。
「弾着確認」
「やったか?」
「ん……ダメみたい。大型のはタフだから」
FALの発砲音はHLにまで届いた。単純な本能か、狙撃された恨みか、彼らは激昂し、公園の方へと押し寄せて来る。生垣や塀を乗り越え、そしてオーガはそれらを破壊して疾走する。
「雑魚は任せて」
雪の声が少し低く聞こえた。彼女はスライドを引き、PPShを構える。彼女に言われた通り、直斗は再びオーガを狙う。大柄な分他のHLより遅く、こちらに直進している。先程よりずっと狙いやすい。
(この距離、状況なら……)
直斗はセレクターを切り替えた。真っ直向かって来る相手には、連射の方が効果的だ。それも、首を撃たれても倒れないのなら尚更だ。引き金を引き続け、連続で射撃する。遊具の手すりで支えているので、反動はさほど強く無い。彼は残弾29発を数秒で撃ち尽くした。
「アイツ、まだ倒れないのか!?」
「思ったより頑丈みたい」
「どうすればいいんだ?警備科の時はあんなタフなのと遭遇してないんだ」
「撃ち続ける、とにかく。だから続けて」
雪に言われ、直斗は弾倉を交換した。この頃にはオーガの周囲にいた群れの先鋒が公園に入って来ていた。雪は座って狙いを安定させ、その群れに向かってPPShの掃射を浴びせた。雨のような射撃に、HLは次々と薙ぎ倒される。
「リロード」
「随分と早くないか?」
「撃ち過ぎた」
連射が早い分、彼女のマガジンはすぐに空になった。雪はバナナのように曲がった、35連発のマガジンを装着する。直斗の方も、また1マガジン分をオーガに撃ち込んだが、怯む様子を見せなかった。2人がリロードする僅かな隙に、HL達はすぐ足元まで来ていた。
「そっちをやってくれ!」
片側を雪に任せ、直斗は階段を登るHLを撃ち抜いた。続いて別のルートから登ろうとする個体も仕留める。ストックを折り畳み、機動性を上げた。空いた隙に遊具に群がるHLを掃射する。その時、背後の梯子から来た1体が、直斗の足首を掴んだ。硬く、冷たい手の感触に悪寒が走るが、
「この野郎!」
罵声でそれを振り払い、右足で頭を思い切り踏み、続いて蹴飛ばす。落下する身体に1発撃ち込む。
「雪、大丈夫そうか!?」
ある程度片付けたところで、直斗は雪の方を見た。
「こっちは平気」
彼女は太い網を登って来るHLを迎撃していた。数が減って来ると登り切る直前の個体を蹴落としている。その様子は、どこか楽しそうだった。
「そっちはどう?」
「なんとかな。……今のが最後だ」
直斗は話しながら、登って来たHLを撃ち抜く。雪もまた、最後の1匹を仕留めたようだった。その時、下から咆哮が聞こえた。オーガだ。それは勢いのままに遊具を上り、直斗達のいる展望台へと上がって来た。
「逃げて!」
雪に手を引かれ、転がるように滑り台に飛び込む。3、4回程回り、出口に到達する。直斗は急に滑り出したため、装備で身体を軽く痛めた。降りるとすぐ、雪が早口に行った。
「私は囮であそこに行くから、直斗はあっちへ」
それだけ伝えると、雪は声を上げながら走り出した。無口な普段の様子との差に、呆気に取られたいると、後ろから地響きが聞こえた。オーガが飛び降りたのだ。直斗は慌てて立ち上がると、彼女に指示された、茂みの方へと走り出す。雪の目指す先には、ドーム型のジャングルジムの様な遊具があった。
雪は素早くその遊具の中に逃げ込む。やがてオーガが追い付き、右手に持った棒を振り下ろした。だが、その攻撃は遊具の鉄パイプに阻まれ、金属音を響かせただけだった。続いてオーガは左手を伸ばすが、雪は奥の方へと逃げ、距離を取った。そして、そこから射撃した。左手も届かぬと知ると、今度は棒を槍のごとく突き出した。しかし、その頃に彼女は遊具から抜けていた。
「すごい……」
直斗は彼女の戦法に感心していた。相手の攻撃を通さず、一方的な射撃が可能。そして内側にいるため、素早く反対側に移動が出来る。巨体を誇るオーガだが、この遮蔽物相手ではただ撃たれるのみとなっていた。
「て、感心してる場合じゃねぇ!」
直斗は思考を切り替え、オーガを狙った。この位置からなら、多少狙いがそれても雪には当たらなかった。怒り狂った様子のオーガは、無茶苦茶に棍棒を振り回し、強行突破を試みようとしていた。その胴体を直斗はFALで狙い撃ちする。外と中からの射撃で、オーガは全身から黒い体液を流し、地面には水溜りが出来るほどだった。
遊具の中、棍棒が打ち付けられる轟音に顔をしかめながらも、雪は射撃を続けていた。遊具の鉄柵は無惨にも曲がり、あと数回の打撃で折れそうになっている。弾倉は残り2本。加熱した銃身とバレルジャケットからは白い湯気が微かに昇っている。ふと、不愉快な金属音が止まった。顔を上げると、オーガは棍棒を振り下ろしたまま沈黙していた。そして不意に横に傾き、そのまま転倒した。自身の体液の飛沫を上げ、動かなくなった。公園端の草陰から直斗が飛び出して来る。
「倒したのか?」
「多分」
雪は死体の上に登ると、頭に数発撃ち込んだ。最後のダメ押しだ。だが、無数の弾痕が残るオーガからは、何の反応もなかった。
「良い作戦だったな、雪」
「我ながらナイスアイデア」
雪は誇らしそうにしていた。ふと、直斗は腕時計を確認した。今から全力で走っても、合流の時間には間に合いそうになかった。
「……倒したんだし、大目に見てもらえるよな?」
「半々だと思う」
証拠写真をスマホで撮影した雪は、散らばった弾倉をポーチに戻すと走り出した。後から直斗も追いかける。
「楽しかった」
走りながら雪が言った。
「なんていうかさ、雪って珍しいタイプだよな」
直斗は彼女に追い付いた。バラライカの雪。そう呼ばれる理由も分かった気がする。彼女は直斗よりずっと、上手く立ち回っていた。銃を使いこなしていた。
流石にもう間に合わないと分かったのか、2人は歩調を落とした。戦いの興奮と、疲労の余韻に浸りながら
「変わってる自覚はある。でも、それはしょうがないこと」
そう言う彼女は、とても満足したような表情だった。