死守せよ!
爆発音に冬乃は振り返った。彼女は家の2階、光と隣の部屋からFG42を撃っていた。
「M2の音が聞こえない。それにさっきの爆発は……」
彼女が部屋を移動すると、光はM70に集中しているようだった。短い間隔で射撃している。その時、接近する影に気付いた冬乃は彼の服を掴み、後ろへ引っ張った。
「先輩!一体何を……」
言い終わる前に、彼がいた位置に他より小柄な飛行型HLが激突した。人に似た姿で、腕が翼になったそれは牙を剥き出して甲高く吠えた。
「狙撃の時は夢中になり過ぎるな……って奈美が言ってた」
「……面目ありません」
激突のショックから立ち直ったHLの首に、冬乃は着剣したFG42を突き立てる。
「撤退しよう。ここはもう不味い」
「しかし……」
「M2の音が聞こえない以上、孤立した可能性が高い」
「……了解です」
彼はM70を背中に背負うと、近くに置いてあった消音器付きのMP5を手に持った。
慎重にドアを開けると、付近にはHLが集まっていた。幸い、まだ気付かれてはいない。拠点であるアパートを見ると、建物周辺にHLの死体が転がり、燃えているものもあった。銃声が聞こえたが、その場所よりも後方からだった。
「撤退した後か……」
「予備の拠点に向かいましょう」
無線機を試すが、応答はない。
「なるべく、音を出さないように」
FG42をスリングで吊った彼女は、バックパックを背負い、釘バットと自作の槍を持った。断続的に聞こえる銃声で、付近のHLはその方向へと向かって行った。冬乃は槍を置き、自分の近くを通った獣型を釘バットで殴打し、2回頭に振り下ろしてトドメを刺した。
「前方、アシッドです」
光が小さく言った。確かにその方向には肥満体のアシッドがいる。
「ここで殺す」
「撃ちますか?」
「いや、そうすると他のも集まるから……」
冬乃はバックと銃を外し、槍だけを持った。それを構えて、ゆっくりと接近する。そして、背後から勢いよく首に突き刺した。アシッドは振り向きながら溶解液を撒き散らしたが、冬乃は後ろに飛んで避けた。
「まだ息があります」
「あれでいい。多分時期に死ぬ」
槍は首の辺りを貫通しており、アシッドは動き辛そうにしていた。冬乃は外した装備を拾う。2人は事前に定めた合流地点へと急いだ。
少し進むと、2人の近くの建物に弾丸が当たり白い煙を上げた。慌てて頭を下げる。狙いが逸れたか、貫通した弾だろう。
「これじゃあ味方にやられますよ」
「迂回しよう」
合流地点で派手に銃撃しているため、途中のHLの数は少なかった。
合流地点は放置車両と瓦礫の山をバリケードとしていた。2人はそこの側面に当たる場所に出た。激しい銃撃が突撃するHLの群れに放たれる。戦況は直斗達が押されている。冬乃はバックパックからFG42のドラムマガジンを取り出して装着し、腰だめで群れを掃射した。銃口は反動でかなり暴れた。隣で光もMP5で射撃する。2人の援護により、群れの撃退に成功した。
「無事でよかった。それに助かったよ」
奈美は2人に礼を行った。
「戦況は?」
光が直斗に聞いた。
「今のは撃退出来きたけど、後何回耐えられるか」
直斗はFALの残弾を確認する。残り80発程だ。フルオートで撃てばすぐに無くなってしまう。束の間の休息時間でそれぞれマガジンに保弾した。まだ撤退する訳にはいかない。だがオーガやアーマーなど耐久力の高いHLが来れば弾を浪費してしまう。直斗はかなり長い間戦っている気がした。何故HLはあんな大規模な攻撃を仕掛けたのか。そもそも、HLに組織的な攻撃が出来るのか?そんなことを考え、彼は空を見上げた。
上空に3つの影が見える。飛行型のHLだ。
「上だ!!気を付けろ!!」
彼がそう叫ぶと明里達が一斉に撃ち始めた。
「全然当たらない!!」
明里が銃を下ろして言った。
「ギリギリまで引き付ける。降下した所を狙うんだ!」
直斗はそう伝えると、旋回する1体に狙いを合わせた。やがてそれは、彼に向かって急降下した。
「来るぞ!!」
直斗はセミオートでFALを乱射した。一斉射撃を受けて飛行型は墜落し、2、3度地面を跳ねた。
「まだ2ついるよ!!」
柑奈が叫ぶ。再び弾幕が張られ、1体は途中で地面に落ちた。だがもう1体が光に激突した。彼は衝撃で後ろに転倒した。牙を剥き、振り返った飛行型を直斗は素早く射殺した。
「光、大丈夫!?」
「クソ……腕が……」
彼の左腕は袖が破け、出血していた。
「大和、応急処置を!!」
冬乃がバックを投げ出し、救急箱を開いた。
「折れてる感じはねぇ……。だが、M70を構えるのは無理そうだ……」
大和はそれを使い、手早く処置を施した。
「傷は浅いです」
処置を終えた大和の言葉に、皆は少しだけ安心した。だが、腕の痛みで彼はライフルを構えられなくなった。
「まだ来るよ!こんどは地上から!」
柑奈が言った。HLの群れが再び現れる。
「さっきより数が多いわ!!」
明里は群れの中程に榴弾を撃ち込む。爆発で数体吹き飛ばしたが、侵攻は止まらない。その上アシッドやオーガの姿も見える。
「爆弾を!俺が使います!」
「了解だよ。各自、あの建物まで撤退!!」
直斗が奈美に提案すると、彼女は即席爆弾を渡し、指示を出してくれた。その場には直斗の他に、雪と明里が残った。2人が群れを食い止める間に直斗はFALをスリングで吊り、手榴弾のピンを抜く。
「投げるぞ、先に行け!!」
彼は爆弾を車の向こうに投げると2人に続いて走り出す。頭の中で数を数え、起爆のタイミングで地面に伏せる。その一瞬後、大爆発が起こる。千切れたHLの一部が近くに落ちた。しかし、群れはまだ健在だ。その上慌てて逃げたためか、奈美達の逃げた場所とは反対の所にいた。
「撤退場所はあっちよ」
「だな。撃ちながら横から合流しよう」
幸いなことに、奈美達の射撃に群れの大半引き付けられている。直斗達は自分の方に来たHLだけ仕留めれば良いのだ。
3人は移動を開始した。走りながら時折振り返り、追跡者を攻撃する。
「援護を頼むわ!」
明里はM16をリロードした。雪が立ち止まり、PPShで薙ぎ払う。高速連射は残り1体の所で止まってしまった。弾切れだ。彼女に獣型が迫る。雪はマガジンを抜くと、それでHLの鼻先を殴った。怯んだ隙に距離を取る。そしてポケットから折り畳みナイフを出すと、それを突き立てた。その間に、今度は壁際にあった冬乃自作の槍を持ち、それでHLを仕留めた。
「残りこれだけ」
彼女はドラムマガジンを装着した。残弾は71発だ。
「俺も残り少しだ。明里は?……明里?」
返事をしない明里を直斗は不審に思った。
「アイツ……」
彼女は答える代わりに、唸るように言った。
彼女が見つめる先に、1体のHLがいた。それは3人の方へと向かって来る。棘の生えた熊のような体に、犬科に近い細い顔をしたHL。以前、明里が白兵戦を挑んで敗亡したHLだ。それは強靭な生命力を持ち、今の装備では苦戦する。
「相手が悪い、逃げるぞ!」
明里はそのHLを睨んだまま止まっていた。
「……ええ、分かってるわ。だから、これをお見舞いしてやる!」
彼女は銃身下に付けたグレネードランチャーに榴弾を装填し、HLの足元に発射した。爆発がそれの姿を隠す。煙が収まると、それはまだ意識を保っていた。体液を流しながら地面に横転して、暴れている。
「ホントなら殺してやりたいけど、今は動けなくしたから充分よ」
彼女はランチャーを操作して排莢した。
大型のHLを行動不能にし、3人は残りのメンバーと合流した。場所は崩れた店の中だ。かつてはレストランか喫茶店だったのだろうか。放置されたテーブルや椅子からそのことがうかがえた。
そして、そこに到着すると真っ先に雪が柑奈の所へ駆け出した。
柑奈は怪我をしていた。額から血を流し、顔の半分が赤く染まっている。
「柑奈!!」
雪は彼女の肩を掴んだ。前髪をかき上げて傷口を見ると、止血された後だった。
「派手に出血してたけど、軽傷の部類だよ。本人も元気そうだ」
「そゆこと。結構痛いけどね……」
奈美と柑奈の言葉を聞いて、雪は脱力して座り込んだ。他の面々も、軽い切り傷などが目立った。
「今のは凌げたけど、そろそろ弾が尽きそうだね……」
「弾無くとも、この銃剣で屠って見せます!」
苦笑しながら言う奈美に、大和は意気揚々と答えた。弾薬は残り少ないが、士気は下がっていない。片腕を負傷した光も、まだ戦えそうだ。
「そうだな……。やれるだけやってやろう」
直斗は撤退という言葉が浮かんだが、それを振り払った。今は弱気になるより、士気を上げた方がいい。
「そんなこと言ってたら来たわよ。休ませてくれないみたいね」
明里の指す方向を見ると、HLの群れが再び向かって来る。前回と違うのは、先頭にアーマーがいることだ。数は6体。
「アーマーは眼を狙え!」
奈美はスコープを通して唯一装甲のような皮膚に覆われていない眼を狙撃する。柑奈も隣で応戦するが、疲労からか1発で仕留められなかった。最初に奈美が2発目で命中させ、柑奈は6発撃ってようやく撃破した。その間に取り逃がした個体に距離を詰められる。
「自分が受けて立ちます!!」
大和が着剣した64式を構えて店の外に出た。1発撃って注意を引き付ける。アーマーは狙いを定め、全速力で突撃した。彼はギリギリまで近付けると、渾身の刺突を放った。見事眼を貫いたが、重量を乗せた突進の勢いに押されて転倒し、銃を手放してしまった。アーマーはまだ息があり、64式を刺されたまま暴れ狂っている。
「トドメは任せろ」
光は素早く接近するとホルスターからデザートイーグルを抜き、片手で眼を至近距離から撃ち抜いた。マグナム弾の強烈な反動で銃口は真上を向くほど跳ね上がるが、弾丸は確実にHLの脳を破壊した。
「アーマーは猪と同じ。真っ直ぐにしか進めない」
冬乃も外へ飛び出し、自分の方へ突進するアーマーを迎え撃った。激突する直前に真横に飛んで回避し、素早く回り込むと眼球に銃口を押し付けるようにして発砲した。
「やるわよ、直斗!」
「ああ。2人同時にな」
直斗と明里も冬乃同様店を飛び出し、HLの突進を回避してからの攻撃を行う。至近距離から1発、確実に撃ち込む。残る最後の1体は、柑奈がM2カービンで狙撃して仕留めた。
「硬いのは今ので最後だな。後は……」
残るHLの群れの何体かを射撃で仕留めた。
「くっ、このマガジンで最後だ!!」
直斗は残り1つの弾倉を銃に装着した。
「私もあと1つと半分。ライフルは最後の手段で、後は拳銃と銃剣頼りよ」
明里はM16を置くと、M16用の銃剣を構える。グレネードランチャーを付けた状態では着剣出来ないからだ。直斗もコンバットナイフを鞘から抜いた。
「来るぞ!!」
やがて群れの最前列が到達した。瓦礫の影から飛び出した直斗は人型の首に不意打ちを食らわせた。素早くナイフを抜くと、隣では雪がいつ冬乃から貰ったのか、釘バットを振り回すのが見えた。
「頭、押さえて」
彼女にそう言われ、直斗は倒れたHLの背中に乗った。雪が頭部を叩き割り、絶命させる。
「ナイフより、こっちの方が良さそうだな」
直斗はそれを見て、冬乃の作った武器を思い出した。丁度近くに手製の槍を見つけ、それを手に取る。長さがある分、安全に攻撃出来る。
「アシッド!!向かって来るよ!!」
柑奈が叫ぶ。肥満体のHLを3体視認した。
「近付かれたマズいな。銃を使うぞ」
隣で獣型を刺殺した明里にそう言い、直斗はブローニングハイパワーを抜いた。明里もM9を構える。拳銃弾に余裕はあるが、多い訳ではない。慎重に狙いを定め、確実に頭を狙う。乱戦での精密射撃は難しく、弾を浪費してしまう。
アシッドを拳銃で狙っていた時だ。直斗は雪の悲鳴を聞いた。彼女は獣型に脚を噛まれている。無事な方の脚で蹴り付けるが、HLは平然としていた。
「この!!」
柑奈は叫びながらHLの胴体にカービンを乱射した。雪は無事脱出したが、カービンの弾はそれで最後だった。
「大丈夫!?」
「軽い出血。靴越しでどうにか無事」
脚を少し引きずりながらも、雪は戦闘を再開した。
ふと、直斗は衝撃を感じ、何かに押し倒された。肩に鋭い物が食い込み、痛みが走る。うつ伏せになり、地面しか目に入らず、状況が理解出来ない。ただ痛みがあるのみだった。
「こいつ!!」
明里の声だ。少しすると肩の痛みが軽くなった。刺さっていた物がゆっくりと抜かれる。
「立てる?」
「助かったよ……。こいつにやられたのか」
隣にはいつの間に接近されたのか、人型の死体が転がっていた。明里の手を借りて立ち上がる。そして2人は同じものを目にした。廃墟の中を抜けて、更に15体以上のHLが向かって来る。
「マジかよ……」
別の方向から奈美の声がした。
「増援だ!!」
そちらからもHLが進軍して来る。
「これ、マズいんじゃないの……?」
「そうだな……だけど、やるしかねぇ……」
直斗は右手に拳銃を、左手に槍を構えた。明里も銃とナイフを手に持つ。他の面々も少しずつ後退し、背中合わせになるように陣を組んだ。新手との距離は、徐々に縮まる。
「やってやるわよ……」
「ああ。なるべく一撃で仕留めよう……」
皆が決戦の覚悟を決め、武器を構える。
すると唐突に機関銃の轟音が響き、HLの群れが薙ぎ倒された。
「この銃声は!?」
直斗は顔を上げた。すると今度はエンジン音が聞こえた。ジープの音ではない。それよりも大きく、重いエンジンのようだ。
その方向から現れたのは、緑色の戦車だった。それが4台。車体には完全武装の、見慣れぬ戦闘服の生徒が5〜6人乗っている。1台が直斗達の側で停車し、ハッチが開いた。
「ご無事ですか?」
ハッチから黒髪の女子生徒が顔を出した。彼女には見覚えがある。星道女子校の玲花だった。他の人員も、そこの生徒だ。
「玲花!?どうしてこの場所が?」
「先程、そちらの学校から無線での連絡がありましたの。現在各拠点に戦車隊が支援に向かっていますわ」
「そういうことか……」
直斗は納得した。宮堀は応援を送るのは厳しいため、星道にその要請を出したのだ。合同作戦がここでも実を結んだのだった。残る戦車隊は攻撃を始め、次々とHLは銃と砲弾の前に倒れていく。
玲花は戦車1台と生徒6人を護衛に残すと、残る3台を率いて別の場所へと向かった。星道の戦車隊が辺りのHLを殲滅したのだ。
「どうにか、全員無事に守り抜けたね」
「星道が来なかったら、ヤバかったけど」
安心した様子の奈美に、冬乃が皮肉を込めた風に言った。
「そのことに関しては、私の判断ミスだったよ。危険な仕事に付き合わせてすまない」
彼女はその場の皆に頭を下げた。それに対して明里は応えた。
「いいんですよ。元から危険は付き物ですし、それを承知で残ったんですから」
彼女以外にも、誰1人として奈美を責めるようなことは言わなかった。思わぬ増援に助けられたが、直斗達はこの場所を守り抜いたのだ。
戦闘が終わってしばらくすると、明里がゆっくりと歩き出した。直斗も後に続く。
「全員、無事でよかった」
「そうね」
後は再編成した民間企業の部隊を待つだけだ。星道の戦車は辺りに脅威なしと判断すると、別の場所へと向かって行った。明里は何気なく歩き、近くの民家に入ると2階へと登った。
「どこ行くんだ?」
「風に当たりたくて」
2人はドアを開けてベランダに出た。周りに見えるのはHLの死体と廃墟だけだ。
「いつか、取り戻してまた住めるようになるといいな」
「その礎を築くのが、前線学校の仕事よ」
「分かってるよ。もっと戦線を押し上げて、奴らを追い出してやろう」
2人の頬を撫でる風が心地よかった。直斗は周囲を双眼鏡で観察した。と言っても、目視の範囲に動くものは見えないのでかなりの距離の索敵になる。
「何か見つけた?」
「……あの方向にHLの群れだ」
直斗がそう言うと、明里も双眼鏡を覗いた。
「結構な数ね……でも、危険区域の奥に向かってるみたい。気付いた様子は……待って!!」
「どうした!?」
明里は驚きの声を上げた。そして、直斗も同じものを目にした。
「あいつ、合同作戦の時の……」
群れの中にいる、長身の人型のHL。星道との合同作戦の後に目撃したのと同じ個体だ。
「……あの時感じたのは間違いなかった。私は、アイツに一度会ってる……」
明里は唸るように言った。
「一度会った?」
双眼鏡を下ろすと、彼女はそのHLを睨んでいた。
「……去年の冬、吹雪作戦の時よ」




