実戦訓練
放課後の整備庫にて。
「今日は危険区域での射撃訓練よ」
既に身支度を整えた明里が言う。
「何か的でも撃つのか?」
装備を身につけながら直斗は答えた。
「的じゃないわ。実戦訓練よ」
そう言うと、明里は車に乗り込んだ。運転席ではなく、後部座席だ。
「ごめ〜ん!遅れちゃった!」
整備庫の入り口の方から雪と柑奈が走って来る。2人は既に装備を整えていて、走るたびにそれらが音を立てた。
「柑奈が銃選びに時間かけてて」
雪が言った。柑奈の装備を見ると、前回とは少し異なっていた。一番目に付くのは、彼女の武器がUZIサブマシンガンでなく、短いライフル銃に変わっている事だ。
「その銃は?」
「M2カービンだよ。これ買う時、雪がおすすめしてくれたの」
「ほら、準備出来たなら早く行くわよ」
明里が3人を急かす。
直斗が車を運転し、危険区域に入った。廃墟の建物が静かに佇み、相変わらず不気味な場所だった。その中をゆっくりとジープが進む。
「そういえば、雪の銃はなんて名前なんだ?前に聞きそびれちゃったからさ」
運転しながら、ふと直斗は思い立った。振り返ると、彼女は短機関銃を抱え、普段より感情的な言い方で答えた。
「PPSh-41、7.62㎜短機関銃。通称ペーペーシャ」
「随分その……レトロな見た目だな。あと、マガジンがかなりデカイよな」
「1941年、ロシア製。私のは戦後の余剰生産らしいけど。装弾数は71発」
雪は詳しく、それでいて熱が入ったように教えてくれた。普段無口な方の彼女の印象とはだいぶ離れていた。
「雪は銃の事になると真剣になるよね」
彼女の事をよく知っているのか、柑奈は慣れた様子だ。
「だって、銃は私の趣味だから」
彼女はPPShの銃身に頬擦りした。
「変わり者なのよ。自分から敵陣に向かうんだもの」
「明里だってそうでしょ?」
「私は目的があって戦場に行くのよ」
いつの間にか雪と明里が話していた。
「変わり者……か」
確かに、銃に頬擦りする女の子を直斗は見た事が無かった。
しばらく車を走らせていると、T字に道が交差する大通りに出た。そこで、明里が車を止めるよう言った。
「この辺でいいかしらね」
彼女は車から降りると辺りを見回し、頷いた。放置車両が点在するが、左右と正面の道は視界が開け、背後には高いビルがある。
「戦闘準備よ。危なくなるまでM2は使わないで」
直斗達3人は車から降り、初弾を装填した。
「弾沢山持って来たから好きなだけ撃てるね」
「うん。楽しみ」
柑奈と雪の2人は楽しんでいるようだった。一方、直斗と明里は緊張した面持ちで3方向の道を見ている。
「準備出来た?」
明里の呼びかけにそれぞれ返事をする。
「じゃあ奴らを呼ぶわよ」
彼女は車に戻ると、長めにクラクションを鳴らした。警音が長く、廃墟の街に響く。そして、どこかから何かの息遣いや足音が聞こえてくる。
曲がり角、建物の中からHLの群れが現れる。3方向の道路からだ。彼らはゆっくりと近づいて来る。目が悪いとされるHLは、まず音に反応するのだ。
「一般的な人型。訓練には最適ね」
明里は左方の道に立った。
「私はここをやるわ。雪と直斗は右と正面。柑奈は2人をそれぞれ支援してあげて」
「明里は大丈夫なのか?」
「私は1人で平気よ……1人でやりたいの」
「直斗、どんどん来てるよ!」
支援射撃のため、ジープの上に陣取った柑奈が叫ぶ。直斗はFALを構え、狙いを付ける。狭く、悪い視界に獲物を捕らえた戦闘の1体が、腕を振り回しながら走り出す。それに触発され、群れ全体が向かってくる。その先頭に照準を重ねると、直斗は引き金を引いた。1体を貫いた7.62㎜弾が、後続の2体目も貫く。反動制御のしやすい単発で、彼は次々と弾を送り込む。放置車両のお陰でHLの進路は限られ、その場所に狙いを付けておけば当てやすい。車を乗り越えた変則的な標的は、仕留めるのに少し時間がかかった。後ろからも銃声が聞こえる。1つは明里のM16、もう1つは柑奈のM2カービンだ。時折狙ってもない後方のHLが倒れるのは、彼女の狙撃によるものだろう。
「雪の銃声がしたない!大丈夫か!?」
ふと、直斗は雪が撃っていない事に気付き、彼女の方を見る。彼女は銃を構えてすらいなかった。
「雪なら大丈夫。そろそろ撃つんじゃないの?」
柑奈は気にしていない様子で、直斗の方へと近づく敵を狙撃していた。
「そんな事言っても……」
無性に心配になり、雪の様子を見ていた。やがてHL達が10数メートル程の距離になった時、彼女は銃を構えた。PPShが火を吹き、弾丸の雨がHLに降り注ぐ。貫通力が高いのか、数秒で近づいた敵を一掃してしまった。
「すごいな……」
「言ったでしょ?大丈夫だって。それより、前」
呆気に取られていた直斗は前を向き直した。すると、すぐ近くまでHLが迫っていた。
「うわっ!!」
思わず声を出し、咄嗟に銃床で頭部を殴り付ける。横によろけたHLに、柑奈が30カービン弾を撃ち込んでトドメを刺す。
「助かったよ柑奈」
「これが実戦訓練の醍醐味だよね。ほら、まだまだいるよ」
彼女の射撃は正確で、銃声1つで1体のHLが倒れるのが分かった。戦闘音を聞き付けたのか、道の奥の方からまた次の群れが向かって来る。接近したターゲットには、多少精度が落ちても連射が有効だ。直斗は弾倉を変えるとフルオートに切り替え、疾走するHLを掃射した。大口径弾の連射はどうしてもブレが大きくなる。弾幕を生き延びたHLは柑奈が仕留めてくれる。また雪の方を見ると、彼女は短い連射を繰り返して、群れを捌いていた。
「ラスト1匹、譲ってあげるよ」
柑奈が言った。気が付けば道路はHLの死体が無数に転がっていた。その中、果敢にも最後の突撃をする1匹を、直斗は容赦なく撃ち抜いた。
「まだ死んでないかも。もう1発やっとけば?」
「そうなのか?」
「あいつ他のより大きいから、その分体力があると思うの」
胴体に弾を受けた人型のHLは後ろに倒れる。直斗は柑奈に言われた通り、その身体に撃ち込んだ。
「今ので最後だな。雪の方も……終わってる感じか」
ジープの方に振り替えると、直斗は歩き出した。地面に散乱した空薬莢を蹴って、転ばぬように道を作る。
「流石に撃ちすぎたかもな。銃身から煙が出てる」
彼のFALのバレルからは、微かに湯気が上っていた。弾薬も、ほとんど使い切ってしまった。
「明里、そっちはどんな感じだ?」
直斗は背を向けた彼女に声をかける。撃っていない所を見ると、彼女も敵を殲滅したようだった。
「直斗、下がって」
近づいた彼女は、短くそう言った。彼女の声からは、緊張感が伝わって来る。
「明里?」
彼女の見つめている方に目をやると、HLの死体を踏みながら、1体の影が向かって来る。
それは、異形の獣だった。熊のような巨体に、狼のような細長い顔。両腕の先には鋭い爪。背中には棘が脊椎に沿って生えている。その赤い瞳は、明里を睨んでいた。
「あんな奴がこんな所に!?」
直斗は驚きの声を上げた。今接近している強力な種類に分類されるHLは、もっと奥地、人が近寄らない場所にいるはずだ。
「明里逃げろ!ライフルだとそいつには不利だ!」
直斗はジープの荷台に飛び乗り、マウントされたM2機関銃をそのHLに向けた。
「私にやらせて」
だが、彼女はM16の弾倉を変えると腰のポーチから抜いた銃剣を取り付けた。
「奴はあのタイプの中でも小さい方よ。私でもやれるはず」
彼女は振り返らず、前に進んでいく。
「明里!戻って来い!」
「言うだけ無駄だと思う」
彼女を引き止めようと、直斗は叫んだ。あのHLの凶暴さは知っている。巨躯に見合わぬ準備さと、外見通りの腕力を備えた猛獣だ。おまけに生命力まであり、彼女の5.56㎜弾では相性が悪すぎる。引き止める直斗に、雪が静かに言った。
「多分言っても聞かないし、喧嘩になるだけ」
「だから、このまま見てろって?それじゃあ……」
「明里もバカじゃないよ。自分が危なくなったら引くと思うから、撃つのはその時にしよ。それまで、見守るだけ」
柑奈まで直斗を諭した。彼は分からなかった。どうして彼女が自ら危険に挑むのか。そして、雪と柑奈の2人がそれに手出しをしまいとしているのか。
「始まった!」
柑奈の声で我に帰る。見ればHLが明里に向かって突進した。彼女は重心を低くして構え、疾走するその巨躯に弾丸を撃ち込む。やがて距離が縮まり、相手が腕を振るった瞬間、真横に飛んで明里は回避した。着地し、そのまま腰だめにして残弾を全て撃った。
「やっぱりダメか……」
その様子を見ていた直斗は呟いた。彼はM2のグリップを握り、いつでも撃てるようにしている。雪と柑奈もああは言ったもの、銃の狙いは付けたままでいた。
「これなら!」
明里は銃剣をHLの体躯に突き刺す。浅く刺し、大振りに抜いて傷を広げる。続いて縦振りで斬りつけ、横に薙ぎ払って後ろへと下がる。弾丸30発と、銃剣3連撃を受けても、それは疲れすら見せなかった。その証拠に、右手を振るって油断した明里に直撃させる。その衝撃に、うめき声を上げて彼女は倒れた。幸い打撃のみで、爪による傷はなかった。それでもダメージは大きかった。
「まだよ……私はまだ……」
素早く立ち上がると、再びその野獣へと突撃する。動きを読まれたのか、また腕の1撃で突き飛ばされてしまった。数回地面で転がり、歯を食いしばって立ち上がる。
「こいつ!!」
彼女は少し軌道を変えて横から接近し、銃剣で何度も突き刺した。それがいけなかった。頭に血が上っていたのか、彼女はHLの攻撃を見切れなかった。先程と同じ、だが威力の桁が違う横振りを胴体に受け、大きく吹き飛ばされた。
「明里!!」
直斗が声をかけるも、彼女は立ち上がれなかった。そんな彼女に、HLは近づく。勝利を確信し、舌舐めずりをしながら。
「そっちに行くな!!」
直斗は耐え切れなくなり、M2のトリガーを引いた。大口径弾が連続で放たれ、HLの巨躯を貫く。小銃弾とは比べ物にならない、鉄板すら射抜く威力。それを連発で受けては堪らなかった。咆哮ともとれる声を上げ、その野獣が倒れる。胴体に空いた無数の穴から、黒い体液を流している。
「明里、大丈夫か!?」
直斗はM2から手を離すと彼女の元へと駆け寄った。あとから柑奈達も付いて来る。
「おい、大丈夫か?」
彼女の隣にしゃがみ、身体を軽く揺する。
「……ダメ、だった……」
「無茶なんかするから……いや、それよりも無事でよかった」
どうにか起き上がり、横座りの体勢になった彼女。彼女は、直斗と目を合わせなかった。
「早く離脱しないと。戦闘の継続は困難」
雪が周囲を警戒していた。
「そうだな。立てるか?手を貸すよ」
直斗が差し出した左手。明里はそれを取らなかった。代わりに銃で身体を支え、よろめきながらも立ち上がる。
「……軽い打撲よ。どうって事ないわ……。でも、ごめんね。足引っ張っちゃって」
彼女はゆっくりと、やや足を引きずりながらジープへと戻り、転がるようにシートに座った。後から雪達も乗り込むと、直斗は車を発進させる。
帰り道、明里は一言も話さなかった。