拠点構築
宮堀では様々な車両が使われている。メーカーや品名も異なるが、概ね軍用車やジープと呼称されることが多い。
9月の中頃。その年は暑さの収まりが早く、長袖が苦ではない気温になっていた。そんな中、宮堀の対HL方針に動きが見られた。
「仕事が掃討と占拠が多いわね」
ボードに貼られた依頼書を見ていた明里が言った。
「もうすぐ大規模攻勢に出るらしいから、その準備だってさ」
隣にいた直斗が答える。
「そう。今度は失敗しないといいけど……」
時刻は放課後。2人は今日の仕事を選んでいた。そこへ、後ろから声をかける人物がいた。神崎奈美だ。隣には大塚光もいる。2人は夏休み前と同じく、ボルトアクション小銃を背負っていた。
「前にもこんなことあった気がするけど、私達の仕事を手伝ってもらえるかな?」
直斗と明里は明らかなデジャヴを感じた。
「俺は大丈夫ですよ。明里は?」
「私も」
2人が承諾すると、奈美は言った。
「それならよかったよ。夏休み一緒にいた2人も連れて来てくれるかな?うちの分隊との顔合わせをしたいからね」
既に装備を整えていた雪と柑奈が合流すると、奈美は整備庫の一角に案内した。そこには彼女らのM2とM1919機関銃で武装した、やや大型の軍用車が停まっている。そして、2人の生徒が待機していた。黒いショートヘアでメガネを掛けた背の低い女子生徒と、大柄でクルーカットの男子生徒だ。
「紹介するよ。こっちが三原冬乃、私の同級生。それで隣のタフガイが……」
「1年、黒田大和であります!!」
クルーカットの男子、大和は姿勢を正して言った。彼のポロシャツから伸びた腕は逞しく、胸板も厚そうだ。背も高く、和也と同じかそれ以上に鍛えられた体をしている。一方、隣の冬乃は三白眼で、体格は雪と同じくらいに小柄だ。直斗達はそれぞれ自己紹介をした。その時、雪が車に立て掛けられた銃を指差して言った。
「先輩、その銃は……」
「君の銃も……」
冬のは雪のが背中に背負っているPPShを見つめた。そしてしばらく見つめ合った後、2人は握手を交わした。
「中々いい趣味をお持ちで」
「先輩の方こそ」
冬乃の銃はFG42だった。大戦期のドイツ製で、側面に弾倉が付けられている。弾薬はKar98kと同じ7.92モーゼルだ。古い銃を好む2人は、あっという間に打ち解けていた。
「もしよろしければ、自分が席を交代しましょうか?」
大和が提案した。
「大和はそれでいいの?」
「はい。自分もあちらの先輩方から色々と学ばせてもらえるので」
冬乃が尋ねて彼が答えた。
「決まりだね。それじゃあ、手続きをして来るから準備を整えて貰えるかな」
奈美は既に依頼書を持っており、窓口の方へと向かって行った。雪の代わりに大和を迎えた直斗達は、自分達のジープの準備に取り掛かる。
危険区域の荒れ果てた町、を2台の車が駆け抜ける。戦闘は光の運転する車両だ。
「明里、少し飛ばし過ぎじゃないか?」
「仕方ないでしょ。あいつが速すぎるのよ!」
光はかなりの速度で進んでいる。ハンドルを握る明里は見失わないように精一杯だ。
「光先輩は運転が得意なのです。それに狙撃も、格闘戦も優れております!」
後部座席、直斗の隣に座った大和が言った。彼は軍人のような喋り方をしていた。
「そんなに固くならなくても大丈夫だよ」
「いえ、好き好んでやっておりますゆえ」
彼は自衛隊がかつて採用していた64式小銃を装備していた。彼の付けている弾倉帯や銃剣も、陸上自衛隊の物のようだった。
奈美が選んだ仕事は拠点の構築、具体的にはとあるアパートとその付近の制圧だった。光が危険な程の速度で飛ばしたこともあり、予定より早く目的地に到着した。だが、そこはアパートを見下ろせる高地だった。目的のアパートは細く長い坂を下った先だ。
「直接行かないんですか?」
「この場所から様子を見たいからね」
直斗は狙撃の準備をしている奈美に質問した。彼女は転落防止の金網越しに、アパートの付近を監視している。隣で光もスコープを覗く。
「近くに6体か……普通の人型4に、獣型が2。よし、あれの排除は冬乃と大和に任せよう」
彼女がそう言うと、指名された2人が坂を下る準備を始めた。なぜこの場所から狙撃しないのか、直斗は質問した。
「銃は音が出て、余計なのを呼び寄せかねないからね。それに、あの2人はこう言うことが得意なんだ」
冬乃はFG42を車に残し、バックパックを背負った。そして、右手に長い木柄の枝切り鋏を持つ。大和の方もライフルは持たず、銃剣を鞘から抜いた。
「あの2人、銃を持たずに……」
「大丈夫だよ。さっきもいたけど、あの2人の得意分野だからね。それに、いざというときは狙撃で援護するさ」
不安げな声を出した明里に、奈美は優しく言った。
坂を下った2人は物陰を伝いながらアパートに接近する。直斗は双眼鏡で2人を追っていた。彼女らは途中で2手に分かれた。冬乃はまず、1体の人型に狙いを付けた。ゆっくりと背後に回り込むと枝切り鋏を持って突進し、槍のように突き刺した。その勢いで地面に押し倒すと、腰の鞘から抜いたナイフで首を掻き切った。続いて彼女は石を投げてHLの注意を逸らすと、再び枝切り鋏で刺殺した。それを引き抜くと、頭に突き刺してトドメを刺す。直斗はその手際の良さに驚いていた。
「冬乃はああいう奇襲が得意なんだ。そして、確実にトドメを刺す」
「先輩、大和の方がミスったみたいです」
光に言われ、大和の方を見ると彼は人型と獣型1体ずつに挟まれていた。近くには別の人型の死体が転がっている。
「あのままじゃ……」
明里は銃を持って駆け出そうとした。だが、奈美がそれを宥めるように言った。
「あれくらい、彼なら余裕だよ」
彼女の言う通り、大和は見事に立ち回った。前方の人型を力任せにアパートの壁まで押し込み、その頭を壁に叩き付ける。倒れたところを、頭蓋骨を踏み砕いてトドメを刺す。素早く振り返り、飛び掛かる獣型をジャブで怯ませた。逞しい右腕で首を押さえ、左手の銃剣で顎と頭を貫く。
「奇襲は冬乃の方が上手だけど、格闘戦は大和の特技だ。さあ、私達も続こう」
そう言うと奈美は坂道をアパートの方へと歩いて行った。エンジン音でHLを誘き寄せないためにだ。
アパートは2階建てで、少し古い印象だ。住宅地だが、アパート周辺に建物は少ない。まずは室内の探索を行うことになった。2人組みになり、1部屋ずつ中を調べる。部屋は風呂とトイレ、キッチンの他に3部屋ある。直斗は流れで冬乃と組み、1階の部屋の窓ガラスを割って、鍵を開けて入った。
部屋には生活感が残っている。埃を被ったソファーや、テーブルの上に置き去りのコップが目に入った。
「独身男性の一人暮らしと推測……」
拳銃を構えた冬乃はリビングから続く右の部屋へと向かった。直斗は奥の、トイレと風呂を調べる。玄関に鍵がかかっていたことを見ると、HLが侵入した可能性は低い。トイレのドアを開けたあと、彼は狭い風呂場へと入った。そこにも異常はない。次の部屋へ移動しようとすると、冬乃の悲鳴が聞こえた。
「先輩、HLですか!」
ホルスターから拳銃を抜いて駆けつける。開け放たれたクローゼットの前で冬乃が腰を抜かしていた。
「いや、HLじゃないんだけど……」
彼は薄暗い中を覗き込む。そして、短く声を上げてしまった。
中には大量の人形があった。フランス人形から日本人形、更には等身大のマネキンまで置いてある。その数は20を超えていた。
「HLじゃないけど、これは……」
「……まあ、ここの住民の趣味なんだろうね」
冬乃はゆっくり立ち上がると、クローゼットを閉ざした。
「もし駐留することになっても、この部屋だけはゴメンだね」
そう言いながら彼女は部屋を後にした。
小さいアパートのため、15分もすると全部屋の捜索が終わった。結果、HLは0だった。直斗達はその場に留まって、本格的な拠点作りの準備をすることになった。と言っても、民間軍事社の部隊を待つだけだが。付近にもHLがいないことを確認し、直斗と光は上の高地から車を移動した。
「『故郷解放戦線』への連絡はしておいたよ。1時間で到着するそうだ」
故郷解放戦線は今回協力することになった軍事会社の名前だ。宮堀の生徒が拠点を制圧し、彼らがそこを守る。そうしてまずは前線を築くのだ。奈美は無線機で連絡を取ると、直斗達に頼みごとをした。
「ジープでこの近く、特に奥の方を偵察して欲しいんだが、頼めるかな?」
「俺たちは大丈夫ですが、ここの守備は?」
「それなら、自分達にお任せを!」
大和が意気揚々と答える。直斗は彼らは重火器を持っていて個々の戦力も高いため、4人でも平気だろうと思い、それを承諾した。
直斗達は危険区域の奥の方へ偵察に向かった。周囲には時折ありふれたHLが見えるだけで、後は廃墟が続いている。
「ねぇ、今度の作戦、明里はどう思う?」
後部座席の柑奈が、助手席の彼女に声をかけた。
「まだ分からないわ。でも、事前準備してるだけマシに思う」
2人が話しているのは、冬に行われた吹雪作戦のことだろう。失敗し、明里に大きな影響を与えた……。
「そういえば、どこまで吹雪作戦について知ってるの?」
明里が直斗に言った。
「結果と規模くらいだな。俺はその頃警備科だったから」
直斗はその作戦の日、宮堀の大部隊が出発するのを見ていた。そして疲れ切った顔で、何も言わずに帰還したことも。
「今思うと、勢い任せの作戦だったわ。だから不意を突かれて、失敗した」
明里は吐き出すようにそれだけ言った。大敗となった吹雪作戦。再び行われる大攻勢に彼女は何を思うのか。直斗には分からなかった。思考に耽りつつ車を走らせていると、遠くから銃声を聞いた。他の3人も、それは同じだった。
「明里、今のって!」
「ええ。確かに聞いたわ」
直斗は車を止める。銃声はまだ続いていた。複数だ。明らかに交戦している。
「この辺りってあんまり来ないところだよね?」
柑奈が言った。彼女の言うように、この場所に宮堀の生徒はあまり訪れない。
「でも、とりあえず様子を見に行くぞ。まずい状況かも知れないからな」
直斗は音のする方向へ車を発進させた。
前線学校の生徒はあくまで高校生であり、長期の駐留を行うことは少ない。それらは民間企業や大学の部隊、あるいは自衛隊が行う。




