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夏休みの後半、午後8時。乱雑とした部屋の中で直斗はFALのハンドガードに細いライトをテープで巻き付けた。弾倉ポーチを吊るサスペンダーにも、L字型のライトを取り付けてある。
「さっさと見つけて、倒しちまおうぜ」
「あまり長居はしたくないものね」
直斗に明里が答える。雪と柑奈も同じ部屋の中で準備をしていた。部屋には折り畳める長机やパイプ椅子が置かれている。
「もしかして明里怖がってる?」
「怖がってなんかないわよ」
揶揄った柑奈を冷たくあしらう明里。
「夏、夜、廃墟……。条件は揃ってるよね」
「変なこと言ってるとHLにやられるわよ」
彼女はもう呆れたという様子だ。
「準備出来た」
軍用モデルのヘルメットを被り、雪が言った。彼女はヘルメットにビニールテープでL字のライトを装着していた。
「俺も終わった。そろそろ行こうぜ」
「……そうね。早く終わらせましょう」
直斗に促され、明里も準備を終えた。
「宮堀の生徒諸君、今日は本当にありがとう。既に聞いたとは思うが、君達にもう一度注意をしておく。射線に注意しろ、無線機を確認しろ、廃屋に入るな、だ。奴はとても素早い。順番に警戒して任務に当たって欲しい」
先程の部屋から出た直斗達は広場の様な場所に集まっていた。そこには彼ら含め16人程、武装した宮堀の生徒が隊ごとに固まっていた。彼らの視線の先には眼鏡を掛けた背の低い60代の男がいる。彼がこの仕事の依頼者だ。
温泉街での任務を終えた帰り道、直斗達の携帯に届いたメールが始まりだった。仕事の内容は、特殊なHLの討伐。場所は宮堀からそう遠くない、危険区域にある研究所だ。そこでは捕獲したHLの研究を行なっていた。元々その場所は危険区域の中でも限定的に安全な場所だった。だが、駐屯していた民間軍事会社の部隊の撤退が決まり、研究対処のHLを処分することになった。
「他のHLは全て誘き出して掃討済みだ。だから諸君の標的はその時誘導に乗らなかった1体だけになる」
眼鏡の男、研究所の所長は続ける。
「奴は特殊な電波を発し、改造した無線機ではノイズとして感知が出来る。それで奴との距離を探るんだ。奴は素早い、繰り返しになるが、充分に注意して任務に当たって欲しい」
彼の説明も終わると、直斗達はそれぞれが散開した。広場の先に背の高いフェンスがあり、M16ライフルを背負った男がそのゲートを開けた。ライトを付け、分隊ごとに散開してゲートの中へと入る。
隔離された区域はそれなりの広さがある。区域内にはトタンや木の端材で出来たような建物が複数設置されている。これらはHLの寝床や隠れ家として用意されたものだ。作りは簡素だが、広さは充分にある。倒壊の恐れや、閉所での戦闘は不利になるため、立ち入りは禁止されている。また、所々には背の高い監視塔も置かれている。昼間の暑さの残りで生暖かい風が吹き、周囲からは虫の声も聴こえない。
「ねぇ、なんでわざわざ夜に来ないといけないわけ?」
「所長さんが言ってただろ?昼間は建物の中にいて不利だけど、夜ならその辺歩いてるから広い場所で戦えるって」
明里はずっと不満げだった。それに口数も多い。直斗は渡された小型無線機に耳を近づけた。今のところ何も聴こえない。同じような無線機は柑奈も持っていた。
「あっちからは何も見えないって」
彼女は後ろの方を指差す。
「了解した。バックアップがあるのは頼もしいな」
今夜は月も雲に隠れ、ライトの僅かな灯りと、後方にいる「バックアップ」だけが頼りだった。その時、無線機が小さな雑音を発した。明里が驚いて短く声を上げた。
「こちらCチーム。そっちにいたか?」
「見てないな。他のチームはどうだ?」
しばらく他のチームと無線で連絡を取り合った。未だに接敵はしていない。
「来るなら来なさいよ……化け物」
明里は低く呟いた。彼女はポケットから出発前に渡された資料を取り出す。討伐目標のHLの写真だ。HL特有の漆黒の体表で、身長は人間代の二足歩行。だが、手と首が異様に長く、刃物のような爪を持っている。そして黄色の瞳は爛々と輝いている。
「ねぇ、奴が現れたらどう対処するつもりなの?」
彼女は直斗に話しかけた。
「そうだな……明里に銃剣で刺してもらって、動けなくなった所を雪のPPShの弾幕を浴びせようと思う」
「弾幕なら任せて」
雪が銃を上に挙げて答えた。
「上手くいくと良いわね」
明里はM16の銃剣が固定されていることを確かめた。
その時、直斗の無線機からザザ……という音が鳴った。その音は強弱や長短を不規則に変え、明らかに異常だった。
「な、何よこの音!」
「多分、奴が近いんだ……」
明里はM16を腰だめにして周囲を見渡す。直斗もライトで辺りを照らした。しかし、HLの姿は見えない。そうしている間にも、その音は少しずつ大きくなっていった。
「これで位置が分かるな……。戦闘準備だ」
直斗はFALの安全装置を外した。ゆっくりと歩き、音が大きくなる方へと進む。少し進むとザザザザ………と音が一定の大きさで止まった。不快に感じる程の音量だ。その音を消すように、柑奈の無線機から声が聞こえた。
『後ろだ!!』
直斗は慌てて振り返り、FALを腰だめのまま乱射した。ライトの中、HLが甲高い声を上げて突進して来る。一瞬で間合いを詰めて飛び上がり、鋭い爪を振り下ろした。
「直斗!!」
明里に服を引っ張られ、直斗は後ろに転倒した。間一髪、爪の一撃を回避する。着地したHLに雪がPPShを連射すると、後ろに跳躍した後HLは闇の中に姿を消した。
「ケガは?」
「なんとか無事だ。助かったよ」
明里の手を借りて立ち上がる。
「あっちに逃げた」
「了解だ」
雪がHLの逃げた方向を指差す。直斗は他のチームに無線で連絡をしてから、捜索を開始した。無線機からは僅かにノイズが聞こえる。つまり、まだ近くにいるということだ。
直斗は左右に蛇行するように歩いていた。そうやって無線機の雑音が大きくなる場所を探るのだ。そして、ある1点で止まった。
「この辺りだ……」
耳障りな雑音が鳴りっぱなしだ。銃に付けたライトでその方向を照らす。
「あそこ!!」
柑奈が叫び、小屋の屋根の上に向かってUZIを乱射する。しゃがむようにしていたHLが跳躍し、彼女へと突進する。柑奈は自身の銃で辛うじて爪の斬撃を防いだ。しかし、勢いとHLの重さで、地面に組み伏せられる。
「誰か助けて!」
HLの下で柑奈は必死に暴れる。直斗は助走を付け、FALの銃床で頭部を一撃した。続いて明里がM16の銃剣を突き立てる。怯んだ隙に、柑奈は素早く逃げ出した。HLもまた、闇の中へと消えた。
「柑奈、怪我は!?」
「軽く痛めただけ……問題ないよ」
明里が彼女の身体に傷がないかを調べる。腕に切り傷があったが、出血は酷くない。
「念のため消毒しよう。俺は辺りを見張るから頼めるか?」
直斗は銃を腰だめにした。無線機の雑音が小さいことから、この辺りは安全なはずだ。雪も見張りについた。その間に明里が柑奈に応急処置を施す。消毒液を使い、絆創膏を貼る。処置が終わると、彼女の無線機から声が聞こえた。
『このままじゃ同じことの繰り返しだ。私も合流する』
しばらくすると、草木を分けて何者かの近付く音が聞こえた。直斗達は反射的に銃口を向けようとした。
「私だよ」
大袈裟に手を上げて無線で交信していた人物、神崎奈美が現れる。以前直斗と明里は狙撃任務を手伝ったことがある。彼女は大型の暗視スコープを付けたKar98kを背負っている。元々この銃に暗視スコープは付かないが、専用のマウントによって様々な照準を載せることが出来るようにカスタムしてある。この仕事に参加する前、直斗は奈美と連絡を取り、協力してもらうことにしていた。そして、彼女は後方からその暗視スコープで支援をしていたのだ。
「彼女の傷は軽いみたいだね。動くと痛む?」
「はい、少しだけ」
奈美は柑奈の傷の具合を確認した。
「よし、ここからは3人で行こう。私と直斗君、それから……雪さん、いいかな?」
直斗、雪、奈美の3人はHL捜索に向かった。明里は負傷した柑奈と残った。
「方向的には追い詰めているから、あの2人の所に戻る心配はなさそうだ」
奈美は時折スコープを覗きながら前進する。雪は彼女の銃をずっと見ていた。
「どうかした?」
「いい銃だなと思って」
「なるほどね。君の銃もいいと思うよ。それに古い銃が好きなら、私の友達と趣味が合いそうだ」
雪と奈美の話を、無線機の雑音が遮った。
「大分近くにいます」
「そのようだね」
奈美は素早くスコープで索敵をした。暗視スコープ特有の緑色の視界で見回す。そして捉えた。木の上で見下ろす姿は、笑っているようにも見えた。十字線をその身体に合わせる。
「見つけたよ」
それだけ言うと、彼女は引き金を絞った。閃光と共に弾丸が放たれる。
だが、撃たれる直前に跳躍したHLは目にも止まらぬ速さで直斗に襲い掛かる。
「一瞬遅かったか!」
「来い……!」
FALを横にして、先程柑奈がしたように防御の耐性をとる。迫り来るHLの爪を弾倉で防ぎ、突進の衝撃に全身を使って耐える。
「今だ!!」
直斗が叫ぶと、雪が彼とHLの間に割り込んだ。至近距離でPPShを掃射した。40発余りの弾丸を受けたHLは、再び逃走を図った。
「今度こそ逃がさない」
だが闇に紛れた直後、奈美のKar98kが火を噴いた。暗闇から悲鳴が上がる。彼女は確かな手応えを感じた。
「今度はちゃんと当てたよ」
彼女はボルトを操作し、排莢した。
直斗達は死体を確認した。胴体は雪の弾丸で裂かれ、頭部には穴が空いている。雪が軽く死体を蹴るが、反応はない。
「撃破報告……しないとか」
直斗は気が進まないが、死体の写真を撮った。提出したらすぐに削除する予定だ。無線機の雑音ももう聞こえていない。
「さぁ、撤収しよう」
途中で明里達と合流してしながら、彼らは入り口の方へと戻って行った。
無事に撃破の報告が終わり、集まった宮堀の生徒たちは各自解散となった。その後、研究所の所長からHLについての話があるそうだが、残ったのは直斗達だけになった。明里の要望があってだ。談話室で話を聞くことになった。
「君達だけでも残ってくれて嬉しい。さて、今回倒したHLについてだが、奴は元は群れのボスだったんだ。そしてそれは、君達が受け取った無線機の雑音とも関係している」
「それが、あのHLが電波を発してた理由ですか?」
「HLは群れで行動するものが多いだろう?群れの中に中心となる『指揮型』と呼ばれる個体がいることは明らかになっていたが、今回その命令手段が電波のようなものを使っている仮説が生まれたんだ。奴らは無線機のような器官を持っていて、それで交信していると考えられる。つまり、君達はHLの言葉を聞いたようなものなのだ」
初めて聞くことに衝撃を受けた。しかし、それだけではなかった。
「奴らは自身の所属する群れに指示を出す他、どうやらどこかから受信もしている……。そのような仮説も立てられた」
「じゃあ……奴らは組織で行動してるってことですか……?」
明里が驚きを隠せぬ様子で質問した。
「ああ。奴らの規模は分からないが、そう解釈できる」
HLは電波を使って交信している。その事実は衝撃だが、HLの存在事態が特殊であるがゆえに、不思議と違和感はなかった。
「それなら、HLの通信を傍受出来るのでは?」
部屋の端の方にいた奈美が口を開いた。
「私もそれを試みたが、解析には時間とHLの数が必要だ。すぐには難しいところだ」
その上、今回は撤退するために研究対象を始末してしまった。
「あの、HLは一体何が目的なんでしょうか?」
直斗が質問する。
「そのことは、まだ誰も知らない。奴らに意思があるのか、それとも暴れ回るのが本能なのか……とにかく、奴らには謎が多過ぎる」
しかし、と所長は続けた。
「この惑星や我々人類も奇跡の産物のような謎多き存在だ。猿が進化して高度な文明を築くとは誰も想像出来なかっただろう。だから、HLのような未知の生物の出現も、充分にあり得ることなのかも知れない……」
電波で互いに交信し、そして思っていたよりもずっと大きな組織で行動している可能性。無差別に人を襲う性質。HLへの謎は深まるばかりだ。しかしそれでも、直斗達の思いは変わらなかった。HLを殲滅し、土地を取り戻す。HLがどのような存在であっても、それには変わりがない。
HLは群れで行動し、リーダーが群れに指示を出す手段が電波のようなものであることが明らかになった。また、最新の研究では異なる群れ同士が交信している可能性も指摘されている。




