帰路
「ねぇ!HL倒したからさ、私達の仕事ってもう終わりだよね!?」
旅館に戻り、報告書を作成していると柑奈が嬉しそうに言っていた。
「だからこれからは暇になるな。だよな明里?」
「田辺さんの言ってた通りならね。他の場所はどうなのかしら?」
明里がそう言うと、畳に寝転がっていた和也が携帯の画面を見せて来た。
「それなら順調そうだぜ」
彼の友人から送られたであろう写真には、5メートル程の猪のようなHLと宮堀の生徒が写っていた。その生徒はAKMを肩に担いで誇らしげにしていた。
「わざわざ死体の写真を撮ったわけ?」
「大事な撃破記録だぜ」
明里は顔をしかめた。
「そんなことよりさ、この後の相談しようよ!明日の夕方まで遊べるんだからさ!」
「私は……ここで黄昏れてるから。外は暑い……」
「せっかく来たんだから楽しもうよ!」
無邪気にはしゃぐ柑奈とは対照に、冷房の風が1番当たる場所で雪は力が抜けたように座っていた。
「楽しむねぇ……。HLは倒したけど商店のほとんどはまだ休業中だろうし……」
余暇時間で旅行気分を味わおうとしていた直斗は、行ける場所が少ないことを考えていた。
「じゃあ、浴衣着て散歩するのはどう?風情はあるでしょ?」
「明里天才だね!これすごくいいよ!」
夕暮れの町を浴衣に着替えた直斗達は歩いていた。未だシャッターを降ろした商店が目立つが、今後はまた活気が戻ることだろう。夕日に照らされた世界と蝉の声が昼とは違う雰囲気を演出していた。
「まだ完全にって訳じゃないけど、俺たちが取り戻したんだよな」
ふと、直斗はどこを見るとなく言った。
「ええ。彼らの故郷を守ったのよ」
「HLを倒して町を取り戻す。それが1番やりがいを感じるぜ」
和也が拳を握った。
「出店でもあればいいのに」
静かに言ったのは雪だった。そしてその場の全員が同じことを思った。
「確かにな。でもさ、こうして静かに過ごすのもいいよな」
直斗は大きく伸びをした。静かな時間を享受できるのなら、汗を流した甲斐があったものだ。
「ねぇ、せっかくだから写真撮ろうよ!」
柑奈の声で、感慨に耽っていた直斗は引き戻された。彼女はバックから携帯を取り出していた。
「こんなこともあろうかと、自撮り棒持って来たの!」
彼女は手早く撮影の準備を整える。
「いいかもな。よろしく頼むよ」
「じゃあそこをバックにね。明里、もっと寄らないと写んないよ!」
やや窮屈ではあるが5人は夕陽に照らされた町を背景に写真を撮影した。
「もう枚撮るよ!明里と雪はもっと笑って」
「……やってはいるんだけど」
「慣れてないのよ、こういうの……」
何枚か撮り直すと、ようやく柑奈は満足したようだ。彼女は直斗達に撮影した写真を順に見せる。
「よく撮れてるじゃない」
「ああ。俺がちゃんと男前に写ってる」
最初に明里と和也が画面を覗く。次に直斗雪の番だ。
「綺麗に撮れてるな。あ、2枚目俺目瞑ってた」
「……いいと思う」
「気に入ったみたいでよかった。後で写真送るね」
携帯を仕舞おうとした彼女はその手を止めた。
「明日の予定だってさ。今メールで届いた」
若葉の繁る山地で激しく銃声が鳴り響いた。様々な銃器が同時に吠え、まさしくそこは戦場だった。
「柑奈!そっち行ったぞ!!」
「見えてるよ!!」
「これじゃあ誰の戦果か分かんねぇよ!!」
激しい破裂音の中、大声を出さなければ隣の声も聞こえない。そして、誰がどの標的を仕留めたのかも分からなくなっていた。
最終日、直斗達はこの地域のHLへ最後の掃討戦を展開していた。直斗達とは別の班が山中に追い込んだHLを、参加している全員で攻撃している。しかし山の大きさやHLの残存勢力からすると、この人数は明らかに過剰だった。放たれる弾のほとんどは死体撃ちになってしまっている。射撃をしながら前進すると、足元に原形を留めぬ死骸が目に入った。
「撃つだけ無駄じゃない?これ」
「……確かにな。雪はやけに張り切ってるけど」
「文句言われずに撃ちまくれるからでしょうね」
明里は呆れた様子で、銃を構えてすらいなかった。実際、直斗達が居なくても作戦遂行には何の問題もなかった。
「この分だと、後はもう時間の問題ってとこだな」
「そうでしょうね」
そう話していると、徐々に銃声が収まっていった。直斗達は山頂の開けた場所へと到達した。皆銃を下ろして、一点を見つめている様子だった。
「何かあったのか?」
直斗は銃の安全装置を確認すると、少し急な斜面から登り、視線の集まる先を見た。そこには手負いのHL、鬼のような姿形の「オーガ」が膝を付いたまま直斗達の方を睨んでいた。
「奴はもう動けない!誰がトドメを刺す?」
1人の生徒が銃を置き、司会者を気取るように両手を広げて前に出た。
「明里、あれは?」
「瀕死のHLを虐めてるの。よくあることよ」
彼女はため息混じりに言った。先程前に出た生徒はオーガに石を投げて挑発している。
「遊撃科の生徒が1番危険に晒されるから、こういう時くらい優位性を味わいたいんでしょうね」
「……明里もなのか?」
「まさか。私にそんな趣味はないわ」
明里と話していると、1人の人物が前に進み出た。彼は、宮堀の制服を着ていなかった。
「田辺さん!?」
その人物は、昨日直斗達と行動を共にした猟師の田辺だった。彼は水平二段の散弾銃を担いでいた。
「俺にやらせてくれねぇか?」
「もちろんいいですよ。道案内の御礼もありますし!」
最初前に出た生徒との会話でなんとなくの関係性が分かった。というのも、直斗達のグループは隊列の後ろの方におり、この掃討作戦も概要しか知らされてなかったので彼が道案内を務めている事は初耳だった。
彼は散弾銃を構えると、オーガーに近づく。
「お前の顔も見たことあるぜ。いつか仕留めてやりてぇと思ってたんだ」
彼はそう低く呟くと、引き金を絞った。放たれた最初の散弾がオーガの顔を削り取り、2発目で原型を留めないほどに破壊された。彼は銃を折って薬莢を取り出した。
「ここは俺達と動物達の場所だ。お前らバケモノの住処じゃねぇ」
田辺は息絶えたHLに吐き捨てるように言った。
「ありがとうな学生さん」
そう礼を言うと、彼は人垣の方へと戻って行った。
最後のHLの沈黙を持って、温泉街での作戦は終了した。旅館に戻った直斗達は朝日館の女将や従業員、商店街の人々、そして田辺や村山を始めとする地元の猟師達に見送られた。
「この度は誠にありがとうございます。復興が済みましたら、是非当館をご利用くださいませ」
女将が頭を下げた。
「こちらこそありがとうございます。今度はゆっくりしに来たいと思います」
「温泉もよかったですよ!」
直斗と柑奈がそれぞれ返答をした。
「学生さん、本当にありがとうな。お陰で故郷を守り抜けたし、奴等を根絶やしに出来た」
続いて田辺が猟師の代表として礼を言った。
「俺たちも協力してもらって助かりました」
「女将さんに言われちまったが、また遊びに来てくれ。まだ地元の自慢が出来てないからな」
そう言って田辺は高らかに笑った。彼らの見送りを受けて直斗達は照れ臭く、そして誇らしい気持ちでバスの方へと歩いて行った。来年の夏にはこのメンバーで旅行に来よう。直斗は心の中でそう計画した。
帰りのバスは静かだった。約半数の生徒がシートに身を預けて眠り、残りは彼らに気遣ってか小さな声で話していた。1番後ろの席に並んで座った柑奈と和也も目を閉じており、雪は行きと同じく音楽を聴いている。直斗と明里は小声で雑談をしていた。
「無事に終わってよかったわね」
「そうだな。なんか、達成感がすごい」
「でしょ?遊撃科は危険でもあるけど、HLから町を取り戻して、この感覚が味わえるのよ」
明里も嬉しそうだった。直斗はこれまであまり彼女のそんな様子を見たことがなかった。
「と言っても、奪還出来た場所は少ないし、すぐ奪われることがほとんどよ……。吹雪作戦の時もそうだった……」
「そうかも知れないけど、また取り戻せばいい。明里は努力してるし、他の人も敗北から学んだはずだ」
俯きかけた明里をなんとかして直斗は励ました。彼の言葉に「そうね。今度こそは」と言い切った。
しばらくは他愛のない会話をしていた。そんな中、片手間に携帯を操作していた直斗は1通のメールに目を止めた。送信者は学校で夏休み中の仕事についてだった。彼はなんとなく、それを読んでみた。「どうしたの?」と明里が訊いた。
「やけに報酬のいい仕事があったからさ」
彼女に内容を見せる。
「夜戦……ねぇ……」
「目標のHLは1対で、そいつの情報もくれるらしい。それでこの報酬は良いと思うぜ?」
示されていた報酬の額は、最終的に手元に残る分を計算してもかなり高い方だった。
「そうね……。やってもいいわ」
明里は少し考えている様子だったが、拒否はしなかった。しかし募集の締切はまだ先だ。雪達に伝えるのは後にして、直斗は今はまず休息をすることにした。温泉街を奪還した余韻にゆっくりと浸りたかった。




