転科、そして初仕事
新連載です。よろしくお願いします
少女は金属製の箱に座り、セーラー服の左肩に付けた腕章の位置を直した。腕章の色は黄色で、黒い文字で「機銃6」と書かれている。夕闇の中、彼女が立ち上がる。その時にどこかから声がした。
「第二波、来るぞ!」
それを聞いて、彼女は慌てて停めてあった車両の荷台に上り、鉄柱に固定されたM2重機関銃のグリップを握る。近くにいた別の少女が叫ぶ。
「ユキ、右の方!」
ユキと呼ばれた彼女はその方向にM2の筒先を向け、押し下げ式のトリガーを押した。強烈な反動が銃を揺らし、爆音、閃光と共に弾丸が放たれる。夕暮れの中、あちこちから銃声が聞こえ、発火炎が光る。時折曳光弾の緑や赤の光線が夕闇を切り裂く。放たれた弾は押し寄せる黒い影、人型や獣型のそれらに当たり、粉砕していく。それでも、その黒い影はフェンスの上や門の間から疾走して来る。そしてそれらを、弾幕射撃が迎える。
「カンナ、弾!」
ユキが引き金から手を離し、近くで待機していた少女に声を掛けた。先程敵の方向を教えた少女だ。彼女は持っていた弾帯ベルトを素早く機関銃に装填した。ユキが体重を使い、重い装填レバーを2回後ろに引く。そしてまた、射撃をする。左右に銃身を振りながら、着弾点を調整する。敵影の多い所にはなるべく動かさないようにして弾を送り込む。機関銃のトリガーは重く、だんだん指が痛くなって来る。それでも、彼女は引き金を押し、撃ち続けた。
授業終わりの数分前、高校2年生の古田直斗は先生の雑談を聞き流しながら、ぼんやりと窓の外を眺めていた。少し視線を下げると、隣の席にいる銀髪でショートヘアの少女、氷室雪が目に入る。彼女は両掌に湿布を貼っていて、手を握ったり、親指を動かしたりしていた。
やがてチャイムが鳴ると、日直が号令をかけ、その時間の授業は終了した。昼休憩の時間だ。直斗の席に、いつものように友人が椅子を持ってやって来る。体格の良い彼は、井上和也という。
「なあ、お前さっき雪のこと見てただろ?惚れてんのか?」
「たまたま目に入っただけだよ。それより、和也こそなんでそれ知ってるんだ?」
「そりゃあ、俺は後ろの席だからな。普通に前見たら分かるよ」
2人は他愛の無い会話をしながら、昼食の準備をしていた。2人とも、コンビニで買ったパンを食べる。
「そういや、俺アレ買ったぜ」
「お、遂にか」
和也は教室後ろのロッカーに行くと、そこからある物を持ってきた。それは、自動式の拳銃だった。
「Mk23、ソーコムピストルだ。安かったから、消音器も買ったんだ」
彼は自慢げにその大口径拳銃を見せた。開きっぱなしの彼のロッカーには、自動小銃も立て掛けられていた。
ある時期を境に、世界は大きく変わった。突如現れた敵性生命体と呼ばれる存在、通称HL(Hostile lifeformの略称)によって世界は未曾有の災害に見舞われた。神出鬼没で様々な姿形を持ち、群れを成して無条件に人を襲う。その存在により、人類は多くの都市を奪われた。それは日本も例外ではない。
自衛隊だけではHLの殲滅、都市の奪還を遂行し切れず、政府は民間人の火器による武装、軍事会社を承認した。そして更に、一部高等学校、大学を「前線学校」として設立した。それら学校の学生達は、授業の一環として武器を手に取り、HLとの戦いを繰り広げている。
直斗達の通う宮堀高校もその前線学校の1つだ。だから、和也のように、新しく買った拳銃を自慢する生徒もいるし、校庭には機銃座が設置されている。
「直斗、お前遊撃科に移って、それからどうよ?分隊は?」
「まだ校内での仕事だけ。そろそろ分隊決めないとな〜」
宮堀高校にはいくつかの科がある。それは普通の高校とは異なるものだ。学校をHLの侵入から守る警備科、高い戦力と技術を持つ特殊科、HLによって奪われた街で様々な仕事をこなす遊撃科、その他雑務を行う総務科。直斗は今年、警備科から遊撃科へと移った。今は5月の下旬。そろそろ分隊と呼ばれるチームに所属し、本格的に活動する時期だ。
「分隊って言っても、どのチームにしようかな……?」
「整備庫に行ってみれば、募集してるチームがあるんじゃねぇの?」
2人が話していると、雪が近づいて来た。彼女は、短くこう言った。
「私の分隊、来る?」
放課後は、各部署ごとの活動になる。遊撃科の場合は、射撃訓練に勤しむか、廃墟となってしまった街へ向かう事が多い。直斗は雪に連れられ、遊撃科の整備庫へと向かった。そこには武器弾薬を仕舞うロッカーと、何台もの車両が置いてある。M2重機関銃を搭載した、古い型のジープに2人の人影が見える。雪はその方へ歩いて行った。
「彼が新メンバー?」
「そ。元警備科だって」
雪の所に背の低い、黒髪ツインテールの少女が駆け寄った。後からもう1人もやって来る。
「古田直斗だ。今日からよろしく」
彼はその2人に挨拶をした。
「笹原柑奈!よろしくね!」
先程の背の低い少女、柑奈が言った。
「東阪明里よ。よろしく」
続いて、茶色掛かったセミロングの少女、明里が挨拶する。彼女は小柄な雪と柑奈より背が高く、直斗と同じくらいの身長だ。
明里、雪、柑奈の3人は既に顔馴染みのようだ。
「雪が連れて来たった事は、知り合いなの?」
「ああ。同じクラスで、たまに話したりする」
柑奈に訊かれ、直斗が答えた。
「さ、挨拶はこの辺にして、遊撃科の説明するわよ」
明里がその場を仕切り、直斗を整備庫の一角、大きなホワイトボードの前に案内した。
「ここのボードにあるのが依頼。これを持って、あそこの窓口に行くのよ」
ボードには10枚ほどの紙が貼ってあり、そこに依頼者と依頼の内容が書かれている。内容は「廃墟のショッピングモールを調査して欲しい」「占領地に取りに行きたい物があるから、護衛して欲しい」など様々である。そして、1番下には報酬金の額が書いてある。
「説明は聞いてたけど、なんかゲームのクエストみたいだな……」
「私もそれ思ったよ!」
直斗の呟きに柑奈が応えた。
「いいじゃないの、分かりやすくて。手始めにこれ行くわよ」
そう言って彼女が取ったのは、写真撮影の依頼だった。廃墟の街へ行って、写真を撮って来て欲しいとのこと。報酬金はそれなりに高いが、仲介料や車両使用費を引き、それを4人で割る。結果、1人の懐には数千円が入る計算だ。簡単な仕事のため、安いのは仕方ない。
「そう言えば、その手どうしたんだ?」
「昨日M2撃ちすぎた」
直斗はふと、雪が両掌にしている湿布が気になった。彼女は簡潔に答えた。雪は口数が少ないタイプだ。だから、こういう応答が多い。
「昨日?何かあったか?」
「夕方大規模なHLの攻撃を受けたのよ。もしかして居なかったの?」
明里が呆れたように言った。事実、直斗は昨日用事で放課後すぐに帰宅していた。
「私はこれの手続きして来るから、準備してて」
「わかった」
明里は依頼の紙を持って、事務員が座っている窓口へと向かった。残された3人は、ジープへと向かう。
それは米軍風の屋根の無いジープだ。荷台には数個の箱や雑嚢が積んである。雪と柑奈はロッカーに入れて置いたそれぞれの銃を取り出すと、座席や荷台に積み込んだ。直斗も、ケースに入れてライフルを持って来ていた。
「銃、何使ってるの?」
雪が覗き込んで来る。
「FN FAL。ストックが畳めるやつだな。拳銃はブローニングのハイパワー」
直斗はライフルやマガジンを車に乗せながら、彼女に銃を見せた。それは金属製の折り畳み銃床の付いた大口径ライフルで、少し古いデザインをしている。
「私はこれだよ!」
柑奈が自分の武器、UZIサブマシンガンを見せてくる。小柄な銃だが、彼女が持つと少し大きく見える。
「それで、雪のは……」
いつの間にか雪はジープの荷台に乗り込んでいた。彼女は、古めかしいデザインの短機関銃を抱えている。木製のストックに、大型のドラム弾倉が特徴的だ。
「準備は……まだみたいね」
雪の銃を聞こうとした所、意外にも早く明里が戻って来た。彼女は首からカメラを下げている。
「ごめん。どんな銃使ってるか聞いててさ」
直斗は急ぎめにマガジンポーチの付いたベルトとサスペンダーを装着し、後部座席に乗り込む。
「明里は銃、何使うんだ?」
「M16のA3よ。それからこれ」
彼女は腰のホルスターから、ベレッタ92Fを抜いた。勿論、安全装置は掛けてある。
「今日のところは私の運転だけど、あなた、運転出来る?」
「任せろ、とは言えないけど、人並みにはね」
エンジンをかけながら明里が言った。助手席には柑奈が座り、UZIを膝の上に乗せている。明里はギアをローに入れ、クラッチを踏んでゆっくり発進させる。直斗はこの時初めて、この車がミッションだと気付いた。
「私たちの免許で走れる場所は分かるわよね?」
「危険区域内と、そことを繋ぐ道だけだよな」
前線高校の生徒は、高校生ながら車の免許が取れる。もっとも、走る場所に制限の多い免許ではあるが。
整備庫、校庭、校門と車が走り出した。校門から僅か数10メートル先には大きな橋がある。その橋を越えると、HLの占領地、危険区域が広がっている。橋の詰所、簡易的な機銃陣地を抜けると明里はギアを上げ、ジープを加速させた。
直斗は危険区域に訪れた事自体はあった。だが、4人という少人数で訪れたのは初めてだった。ジープから見えるその景色はまさにゴーストタウンそのものだった。道路は片側2車線で、大きな建物が幾つかあることから、かつてここは栄えていた場所なのだろう。しかし、今となっては自分達の車のエンジンだけが虚しく響いている。曇り空が、その雰囲気に拍車をかける。
「……なんか、不気味だな」
「ええ。気分の良いところじゃないわ。……怖気付いた訳じゃないわよね?」
前を向いたまま明里が言った。辺りは当然静寂に包まれていた。それでも、あちこちから異様な雰囲気、気配を感じる気がする。ふと、明里がジープを止めた。
「柑奈、あれ撮って来てもらえる?」
「あの車?分かった」
彼女は柑奈にカメラを渡した。後から銃を持って雪も続く。
「俺も行ったほうがいいかな?」
「私たちはここで待機よ」
直斗と明里は車に残った。柑奈と雪は何かのビルの駐車場へ向かった。そこには赤い車が止まっている。だが、その車体には無数の弾痕があった。2人はその写真を撮る。
「なるべく、事実を知りたいって。だから壊れたものとか、戦闘の後を撮るのよ。それっぽいのあったら教えて」
直斗は辺りを見回した。窓ガラスが全て割れたレストラン、暗闇に包まれたホールの見えるパチンコ店、半壊したコンビニ、と視点を移していく。すると、10数メートル先に動くものを見た。
それは人の形をしていた。だが、人ではない。全身が真っ黒で、腕の先は鋭く太い、獣の様な爪がある。敵性生命体、HLだ。1体だけではない。5体はいる。彼らは今、腕を振りながら、ふらふらと歩いている。だが、獲物を見つけると全速力で襲って来るのだ。
「明里、HLだ!」
直斗はFALを構えた。セレクターを安全状態から単発に切り替え、発射の準備をする。明里が銃身を抑え、照準の邪魔をした。
「無闇に撃たないで!奴らは音に反応する。幸い気付かれてないから、やり過ごすわよ……」
「でも、ここで仕留めた方が……」
「いいえ。下手したら数十体を相手にすることになる。……でも、よく見つけてくれたわ」
彼女に言われ、直斗はFALに安全装置をかけた。警備科とは違い、撃たない選択肢がある事を初めて知った。
やがて写真を撮っていた雪と柑奈が戻って来る。
「どう?」
「あの車と、風景をいくつか」
彼女は明里に保存した写真を見せた。
「こんなところかしら。それで、次はどうしよう?」
「あれは?」
雪がとあるビルを指さした。看板から、かつてはボウリング場だったことが分かる。
「なるほどね。中に入ってみましょう」
明里を先頭に、4人はその廃墟へと入って行った。
元々窓の少ない建物だったのか、中は薄暗かった。崩れたコンクリートの隙間から入る灯りだけが頼りだ。
「……あんまり長居はしたくないわね」
「ああ。中々に雰囲気あるもんな……」
光の当たらない部屋の隅は闇に包まれ、レーンの先に至っては別世界に繋がっていると言われてもおかしくないほど、陰湿な雰囲気を放っていた。ひんやりとした空気に直斗は肩をすくめた。その時、隣の部屋から大きな音が響いた。何かが崩れる音だ。明里が悲鳴を上げて後ろに飛び退く。
「な、なんの音だ?」
「直斗、警戒して!」
明里は壁を背にして暗がりに銃を向け、安全装置を外した。
「私、柑奈だよ!撃たないで!」
薄闇の中から、両手を挙げて柑奈が歩いてくる。後ろには雪もいる。
「写真撮ってたらさ、ガラクタが崩れちゃって」
「脅かさないでよ……」
明里は呆れたような、安心したような溜息を漏らした。直斗も、こっそり胸を撫で下ろした。
「明里、すっごい驚いてたよね」
「少しだけよ、少しだけ。それより、もう充分じゃないの?何枚か撮りながら戻るわよ」
明里は踵を返し、外へと歩き出した。
外に出てすぐ、乗って来たジープは見つかった。だが、問題があった。
「あれは……」
「HLね。囲まれてる」
ジープの周りに、黒い人型のHLが群がっていたのだ。おそらく、ここに入る前に目撃した群れだろう。嗅覚が優れているとされるHL達は、ジープに残った臭いから直斗達を探しているのだ。
「アレを片付けて、一気に逃げるわよ」
「うん。でも、私と柑奈が仕留めるから、2人は撃たないで」
雪と柑奈の2人は前に出て、それぞれの銃を構えた。「どうして?」と直斗は訊いた。
「2人のライフル弾だと、車へのダメージが大きい」
雪らそれだけ言うと、膝を着いて射撃体勢を整えた。
「なるほどね。じゃあ、頼むわ」
明里が一方下がる。それを合図に、2人は撃ち出した。柑奈のUZIは普通だったが、雪の銃は異様に連射速度が速かった。小気味良く、破裂音が連なって聞こえる。薙ぎ払う様に撃ってはいるが、一応は狙いを付けていて、HL達は頭や上半身に弾を受けて次々と倒れていく。
「走って!」
あらかた片付くと、明里が走り出した。彼女は生き残った一体をM16で殴り倒すと、素早くエンジンをかけた。転がるようにして直斗達が乗り込む。雪に至ってはほとんどそんな感じで荷台に乗った。最後に柑奈が乗り込み、それと同時に車が発進する。
「なぁ明里、今ので奴らに……」
「ええ。集まってくるわ。周囲を警戒して」
直斗は車に座ったまま銃を構える。
「こういう時はね、抱え撃ちするといいよ」
「抱え撃ち?」
「ストックを折って、銃を抱えるように撃つの」
「俺のFALじゃ厳しいかな……」
柑奈はその方法を見せたが、それは反動の小さいサブマシンガンでないと当てるのは難しそうだった。
「後ろ。犬が追って来てる」
「犬?」
雪の声に振り返ると、ジープの後方から真っ黒な犬、正確には犬の形をしたHLが3頭疾走していた。それらはジープとの距離を詰めている。
「大丈夫。任せて」
雪は銃を構え、引き金を引いた。ミシン目のように弾痕が地面に作られ、やがてそれがHLを捉え、甲高い悲鳴を上げさせる。
「私も!」
柑奈が助手から振り向き、UZIの狙いを付ける。そして牙を剥く1頭を正確に撃ち抜いた。
「最後のは譲る」
そう言うと雪は銃を下ろした。
「背もたれに銃乗せると当たるよ」
「こんな感じか?」
直斗は2人に言われるまま後ろを向き、座席の背もたれにFALを乗せた。
「こんな時に射撃の練習?」
その会話を聞いて、明里が振り返る。
「こんな時こそじゃない?実戦は大事だよ」
「……それもそうね。速度落とすから、ちゃんと仕留めなさいよ」
明里はアクセルを緩めた。これにより、HLとの距離が縮まる。直斗は3、4発ずつの短い連射で狙った。1回目は右、2回目は左に外れた。犬型のHLは蛇行しながら進んで来る。3回目も外した。
「2人ともよく当たるな!」
「こういうのは勘だよね」
「あとは慣れ」
今度こそ、と直斗は銃を構え直す。やがてHLが頭一つ分まで接近する。明里が一瞬だけ振り返る。
「奴は飛び掛かる前は真っ直ぐ走るわ。そこを狙って!」
「わかった!」
疾走するHLに照準を合わせたまま、直斗は待機した。やがてHLが唸り声を上げ、速度を更に上げた。直斗は引き金を引こうとした。だが、僅かにタイミングが遅かった。HLは跳躍し、疾走の勢いそのままに飛び掛かる。
「こいつ!」
直斗は慌てて照準で追いかける。そして、引き金を強く引いた。残弾が全て撃ち尽くされる。
「命中だね」
「お見事!」
雪と柑奈が称賛の声を上げ、直斗は自分が仕留めた事に気付いた。至近距離で7.62㎜弾を受けたHLは、何かの体液を撒き散らしながら後ろへと飛んでいった。
「当たった……」
直斗は緊張が解け、椅子に座り込んだ。
学校に戻った直斗達は、カメラを窓口に届けた。依頼者が確認をし、数日後に報酬が渡される。一仕事終えた彼らは、帰りの支度をしていた。
「まずは初撃破おめでとう、直斗。でも、まだまだこれからだからね」
「ああ。頑張るよ」
直斗は明里の言い方に、どこか先生や教官に近いものを感じた。
「まぁまぁ、そんなに厳しくしなくてもいいじゃん」
「遊撃隊が1番危険なのよ。気を引き締めて」
柑奈にそう返す明里の言葉は力強かった。
ありがとうございました。この先もお楽しみください。




