主人公、従者にて 6
~謀反の従者、主人にて~
「そうか、ご苦労であったな。
もう下がって良い。」
とある部屋に一つの声が鳴り響いた。
女性ながら騎士団の誰よりも威厳のある声音。
その声で文言の一つでも聞けば、たちまち緊張が体中をめぐるであろう迫力を孕んでいる。
豪華絢爛な家具に反射したその声に、反応を示した対象はニヤリと笑ってみせた。
美しく着飾った者のみが立ち入ることを許可されるようなその場所で、明らかに不釣り合いとも思える格好をした者。
被るフードから青い髪の毛が垂れ、その間から翡翠の双眸が微かに見える、小柄な何者か。
またあの時と同じように見せたその笑顔の先で、人を人とも思わぬほど冷たくなった声音の命令が紡がれた。
「明日より実行に移す。
準備を怠るな。」
「はい。」
威厳のある声音とは別に、対象が初めて発した言葉は甲高い。
女性とも幼い男性とも取れるそんな声音を残し、フワッと対象は姿を消した。
この部屋に入る唯一の扉が、そっと開かれる。
決して瞬間移動をしたわけではない、従者のその事実を目の前で確信した主はそっと笑みを浮かべた。
「やつも存外、人の子か。」
全てが全て順調だと、その声音は明らかに上擦っていた。
わけもなく天井を見上げる一人の女は、そのまま笑い声を外に放ち、部屋中には甲高い笑い声が響き渡った。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
あれから数時間が経過した。
もちろんサルファスさんやリューネを送り届けたあれから、だ―――――
作戦の第一項目は安全にクリアした、と言っていいほど妖原亜種たちは彼ら二人を歓迎してくれていた様子。
皆が言葉が通じないなりにリューネで遊び、それを不安そうに見ていたサルファスも次第に笑顔を見せ、それと同調するようにリューネも笑顔になっていく。
そんな光景をルークは一人離れた位置で見守っていた。
自分の伸ばした腕の先、止まるヨールを見つめてはデューラ含め、妖原亜種と人原亜種の三人でとある話をしていたのだ。
ヨールから告げられた、とある言葉。
リューネら二人が隠れ家に歓迎され、ルークの元を去った瞬間から、先に話を受けていたデューラとヨールはすぐさまルークに近づいて、事の発端を語り始めた。
「お前、つけられていたそうだ。」
「なッ...迂闊だった、か。
どこから何処までかはわかるか?」
「ヨールが言うには橋の下?からここに来る途中の崖までだそうだ。」
「ほとんど全部だな。」
「もしかすると、やばいか。」
「...どうだろうか。」
いつになく真剣な表情だったデューラ。
そんな彼の様子を見て一瞬でその内容の種類と、いやな予感を感じたルークの心情はその通り大正解だった。
だが流石賢いレーヴィン・ヨール。
あの段階で直接事情を説明してくれていた方が危なかったのもまた事実だったからだ。
まだリューネとサルファスの二人にはフードを被ってもらっていたし、獣交種だとバレている可能性は限りなく薄いだろう。
ということは、それよりも鳥方種であるヨールと親し気に接している瞬間を見られる方がまずかったのだ。
もちろんこの【リバーレオン王国】は獣人である獣交種をこれでもかと差別しているのだが、それ以上に妖原亜種全般のことを完全否定している者達だ。
それは例え低級種であったとしても変わりない。
妖原亜種というだけでいとも容易く『討伐』の二文字が頭に浮かぶよう訓練をされてきた。
あの時は国民を守るため、そして自分の身を守るためだと信じて疑わなかったが、今になるとよくわかる。
騎士団での訓練の日々、その時受けた初めての教訓は、確実なる敵対意識を植え付けるものと洗脳に近いほどの執念だった、と。
そしてそれが【リバーレオン王国】と他国との違いを決定付けているのは、獣交種達まで影響を及ぼしているというところだ。
なぜそれほどまで獣交種が差別を受けているのか。
それは彼ら獣交種は身体に妖原亜種の特徴を持っているといった、ある意味では傍迷惑で横暴な理由が適応されているからなのだった。
そんな暴論を唱えているのは、我ら騎士団を束ねる頂点である国王陛下と、今は亡き女王に変わった王女の思惑そのもの。
つまり彼らがいる以上獣交種は愚か妖原亜種とのつながりを知られれば軽く首どころか一族すべてを根絶やしにされる可能性すらあるのだ。
それをなぜか知っている、というより考察したのだろうか、ヨールは全てを見越したかのように今までの行動を起こし、ルークを何度も救ってきてくれていた。
だが今回ばかりはそうもいかないかもしれない。
何より尾行にすら気が付かないとは、自分の能力が情けなく思う。
スッと目を細め、「これからどうするんだ。」と、そう訴えかけてくるような視線を向けてくるヨールとデューラはルークの言葉を待っていた。
明らかにいつもとは違う二人の様子に、現状を一番理解しているルークは冷や汗をかきながら、試行錯誤を繰り返す。
「とりあえず、二人には先に謝っておく。
すま―――――」
「いや、それはいい。
今に始まったことではないからな、。
それにお前がやろうとしていることは俺たち妖原亜種の間でも常軌を逸してることだ。
死んだとしてもここまで来たことに悔いはない。
俺たちは、な。」
謝罪は元より受け取るつもりはないとばかりにルークの言葉がデューラによって遮られた。
元よりデューラもルークの存在そのものに救われていたのも事実。
ここを、この妖原亜種みんなで暮らすこの場所を守ってきた中心人物同士、最後の瞬間まで恨むことなどしないと彼は自身に誓っていたのだ。
だからこそ、次に紡がれた言葉はルークにとってもかけがえのない、そして現状最も心に来る一言だった。
「お前だよ。
お前がいなくなれば、全部パーだぞ。」
そう言ってくれるのはありがたいのだが、彼から告げられることでその意味が二重にも三重にもなってルークに降り注ぐ。
そしてそれを肯定するようにヨールも目を閉じ頷いて見せた。
彼、もしくは彼女なのか、ヨールは一切喋らない。
だからこその無言の首肯が何よりも重たく感じてしまう。
「そう、だな。」
最良どころか良い選択肢すら浮かばず、言葉を詰まらせるルーク。
その様子にデューラも無意識に重圧をかけていたことに気が付き、前のめりになっていた姿勢を正した。
そして少しだけ冷静になった頭でルークの手助けとして、自分も知恵を絞ろうと目を閉じ思考を巡らせた。
その場に楽しそうな声が飛んでくる。
今思考を巡らせている、この想いの先で生きていく彼ら妖原亜種とリューネの弾んだ声が。
痛々しいその声に、ほんのわずかな時間だが数十回も思考を遮られ、閉じられる目がどんどん強くなっていく。
その二人を見たヨールが、ルークの腕から肩へと移動し、頭をこつんと小突いてきた。
「いたッ、どうした。」
珍しく小突かれたルークは思考がスッと遮られ、デューラも思考を中断させて声を上げたルークの方に目を向けた。
その二人の視線の先で、鳥方種は大きな翼をはためかせると、露わにした自身の足に付けられた、銀の丸い輪っかを外せと催促してくる。
こいつがこのように、身体を露わにする瞬間は、早々あることではない。
というよりも初めてヨールの足や胸辺りの羽毛を見たルークとデューラは、お互いに顔を見合わせ不思議そうな表情で見合った。
一向に進む気のないその様子に、ヨールは怒ったようにもう一度ルークの頭を小突いてやる。
「わかったわかった、ちょっと待て。」
その様子に慌ててルークは言う通り、ヨールの足からその銀色の輪っかを取り外すと、器用に嘴を使って今度はヨールがそれを奪い取り、ルークの腕目掛けて投げつけてきた。
どういう原理でついていたのか不明なその輪っか。
ヨールの足からはスルッと抜けたが、それがなぜ今まで外れることがなかったのかおかしくも思える。
そして輪っかには一切結合部などは存在しておらず、着脱する時は力づくで押し込むほかない様子。
ルークが手に持った段階では明らかに丸めた手の方が大きく、とても装着することは適わないと思っていたのだが。
「え、どうやって入っ...てか、取れないんだけど。」
スルッとルークの手を通り、腕に付けられたそれは今度手首側から抜こうとしても明らかにサイズが合っておらず、ともすれば抜ける可能性すらない。
先程調べた通り結合部は無いし、太すぎて変形させたりすることも叶わないようなその腕輪が、キッチリとルークの左腕に納まっていた。
「これ、くれるのか?」
その不可思議な状況をよそに、ヨールに向かって声を放つと翼を嘴で突いていた状態からコクッと頷いて見せた。
特に何か装飾があるわけでもなく、安っぽいと言えば安っぽい、単なる銀の太めなブレスレット。
だが、なぜかわからない不思議な安心感が身体を包みこんでくれるような、そんな感覚があった―――――
左腕を家の天井に掲げ、そのブレスレットをじっくりと眺めているルーク。
すでに自宅へ帰りついていた彼はイスの後ろ脚だけを地面につけ、パランスをとりながらユラユラと揺れていた。
外は既に真っ暗になり、家の窓から見える隣家の灯すらも消えるほど夜が更けた時間帯。
しかし家にいるはずの両親は不在で、ともすればやることもないため一人で暇を持て余していた。
買い物にでも出かけているのだろうか。
それにしても...
「腹が減った。」
独り言ちったその声は明かりをつけていない部屋の中を反響する。
そしていつしかゆっくりと消えていく、その音声と共に自身も消えていきたいと、今日という内容が濃すぎた一日に疲れ果てたルークはため息をついた。
あれから特にこれと言って何かが決まるわけでもなく、暗くなる前に帰っておきたいという我儘を理由に、今後の対応を考える時間に終止符を打った。
デューラはなんとも腑に落ちないような表情を浮かべていたが、ただあの場で何かが決まるわけでもないことは当人にも察しがついていたらしくため息をつき、「お前に任せる」と後の計画については今まで通り一任してくれる様子を見せた。
それが正しい選択だったのかは定かではない。
もしかすると今後の一切を左右する話し合いの場だったかもしれないのだが...。
現状のこの気ままに考えすぎているルークの内情は例のブレスレットのせい、もしくはおかげというべきか。
これを付ける前と付けてから、なぜは不思議と焦りというものを感じることがなくなっていた。
そのまま昼と同じように滝の後ろの洞窟を通り、家の井戸までやってくる間、ずっと様々な思考を張り巡らせ考えを浮かべていたのだが、でもやはりいい案など出てくるはずもない。
澄み切った思考でも答えが出ないとくれば、もう例の尾行者が何も見ていなかったということに賭けるしかないのでは。
幸いヨールの話では、隠れ家付近までは相手も来ていなかったらしく、そうともなればバレている可能性の方が低いのではとの結論に至る。
どちらにせよ、リューネとサルファスさんの面倒を見るだけで尾行に気が付かないほど気をとられるなんて調子が訛りすぎていると、浮ついた心に一発強い渇を入れ直すルーク。
今日で終わりではないということを念頭に置いて、今度は最優先で周囲の確認を怠ることのないよう決心すると勢いよく立ち上がり、今度はすでに落ちそうになっている睡魔との戦いに終止符を打つためベッドへと移動することにした。
そして倒れこむようにベッドに体を預けると、服も着替えず風呂に入ることもなくそのままスッと眠りに落ちた。
ただ、レーヴィン・ヨールが見たという、尾行していたらしき者の正体がどうしても胸騒ぎとして心にしこりを残していた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
あれから二、三日が経過した。
しかし一向に両親が返ってくる様子がなく、いつまでたってもガラッと空いた家の中には、相変わらずルーク一人の姿しかない。
仕事もあの新入団員の講習から三日間の休みが与えられていて、飯を食って寝て起きて、飯を食って寝て起きてを繰り返し行う堕落した休日を過ごしていた。
だが、例え暇を持て余していたとしても隠れ家には頻繁に訪れるわけには行かず、週に一回程度行けるかどうかで赴いていた。
それも直近で怪しまれて当然と思えるようなもの達を同行させていたが故、最警戒する必要があったのだ。
あとは尾行者のこともあるし。
あれこれ考えても答えが思い浮かばなかったから、とりあえずは外出を控えるところから始め、外で監視されているかもしれない奴らを変に刺激しないよう警戒しているのが現状なのだった。
だがそれももう限界、なんせ両親が3日も家を空けるなんてこと、これまで一度たりともなかったから。
流石にブレスレットに縋ることすらできなくなっている緊張感が、最悪な結末を想像する悪寒となりルークの体を蝕んでいる。
外出自粛と入っても近所の人達との交流は行っていたのだが、その誰もが両親の所在を知らないときた。
「どうしたもんか...。」
家に一人でいるということが、これほどまで言葉を扱わないことになるとは思いもしなかったルークは数時間、もしかすると1日ぶりになるかもしれない発声を行った。
と同時に数度咳き込み胸を押さえ、掠れる声に自身の情けなさとさらなる緊張感が同時に襲ってくる。
そしてまたその声は部屋の中へ反射して、空気中に溶けていった。
ドンドンッ――――――――――
とその瞬間、シンッと静まり返った室内を騒がしたのは家の扉をノックする、木製の打撃音だった。
鳴り響く音と衝撃に、身体を一瞬ビクつかせたルーク。
まるで何かに追われている犯罪者にでもなったかのような自身の様子を後から俯瞰し、その情けなさから「ハハッ。」と乾いた声を漏らし、緊張の糸を緩めるとスッと立ち上がり玄関へ向かう。
そして依然、震えの止まらない手を伸ばし、家の扉に触れた。
「...ふぅ。」
ため息を一つつき、その状態のまま制止して、まずは表情を作り直す。
そして意味もなく首を左右に振り、ポキッと音を放ちクラッキングさせてからもう一度深々とため息をつく。
その数秒で心の準備をし直すといよいよ覚悟を決め、そのままゆっくりドアノブをひねって扉を奥へ押し開けた。
「どちらさま―――――」
「ルーク様ッ!!!」
と、扉を開いたすぐそばで正体確認をするよりも先に、室内から顔を覘かせたのがルークだとわかると、呼び方ひとつで誰か判別できる人物が飛び込み膝辺りへと抱き着いてきた。
突然のことで身構えていた両腕が、虚しく宙に浮かんでいる。
ノックを繰り返していたのは、フードで顔を隠しても唯一ルークのことを『様』付けて呼ぶ、可愛らしい猫舞種の少女、リューネだったのだ。
しかしその可愛さは、いまはもはや欠片もない。
なんせ彼女が着ていたはずの新品の服は、所々が破れたり黒ずんでいたり。
そして極めつけには真っ赤な血痕がべったりと付き、無二の可憐さをこれでもかと汚していた。
呼吸は乱れ、涙を流し、それでも必死に救いを訴えかける小さな手は、抱きしめていた状態からルークの顔を目掛け伸ばされ、限界の位置にあった胸辺りの服を握りしめる。
そのただならぬ様子に、流石のルークも緊張感を忘れ去り、焦りと困惑に支配された形相でしゃがみ込むや否やリューネの顔を覗き込み、声を張った。
「リューネ、なにがあったッ!?」
「わからないの、デューラ様が、ルーク様をって―――――」
その一言で全てを察した。
井戸からここまで来たのであろうリューネと、彼女の状態に、紡がれた言葉。
すでに焦りを通り越して混乱の域に達しようとしている感情を、「くそッ」と張り上げた声で何とか抑え込み、イスを蹴り飛ばしながらリビングの奥にあるクローゼット目掛け突っ走るルーク。
そのまま扉を手前に引き、中から小さ目の服を取り出すとリューネに投げて渡す。
「すぐに出る、準備しろ!」
とりあえず破れたり血がついたりしている外見はこれを羽織れば隠せるだろう。
後は自身の準備だと、一つ奥の部屋まで急ぐと程度は低いがすぐ着れる防具に着替えてから、訓練用ではなくしっかりと対象を叩き切る事のできる真剣を手に取った。
そして頭を守る用の堅い帽子を被る前に、顔を覆い隠すために作られた布をしっかりと装着した。
顔を隠すため、それは相手が人原亜種だった場合でも容赦はしないことの覚悟の表れ。
これは彼自身の意思だったのか、はたまた無意識のうちの行動だったのか、どちらにせよそれは彼自身にもわからない。
だが例え敵が人原亜種であったとしても、今のルークにはすでに立ち止まる気など微塵も残されていないのだった。
そして部屋から飛び出して、そのまま玄関へと突き進みリューネの姿を視界に映した。
「よしリューネ行く...いや、お前はここに残っておけ。」
とその瞬間、彼女の姿を真の意味で視界に焼き付けたルークは一瞬だけで冷静さを取り戻し、ギリギリ正しい思考回路に自身を落とし込むことに成功する。
よくよく考えれば彼女を連れていく必要は全くもってないことに気が付いたのだ。
その判断を行ったルークは、改めて自分の言葉を取り消し、正しい命令へ切り返してリューネの顔を見た。
ルークから紡がれたその言葉の意味がまだ理解できないように、涙ながらに困惑の表情を浮かべていたリューネは、次第に首を左右に振った。
「お願いです、私を―――――」
「いや、お前がいると...足手纏いだ。
だが約束する、必ず戻ってくると。」
「ッ...いやです、私を―――――」
「リューネ...頼む。」
他に聞くことなどないと、ルークはリューネの言葉を遮って大人としての、そしてサルファスの想いを背負った覚悟としての表情と共に、強めの口調で言い聞かせた。
初めて見たルークの怒りを孕んだ表情と、言いようもない迫力のこもった声音に、リューネはすぐさま大粒の涙を流し始める。
子供らしいと言えば子供らしい、そんな彼女にはただただ申し訳ないが強めに手を引いて家の中に連れ込んだ。
そして代わりに前へと進むルークは力任せに扉を閉めると、今度は足に力を入れこれ以上ないほど本気で住宅街を走り抜ける。
まさかこんなことになるなんて思いもしなかった。
最悪のパターンを想定して、井戸の出入り口をやはり両方から通れるようにしておけばよかったなと今更ながらに後悔。
しかしもうすでに過ぎたことだと捨て去って、今は目の前の問題に思考を巡らせることにした。
今も多くを犠牲にしながらも戦いを繰り広げているであろう妖原亜種たちの事。
そんな彼らの身に何が起こったのか、大方ルークには察しがついているのだった。
だからこそ顔を隠し、だからこその覚悟を胸に抱いているのだ...恐らく相手は人原亜種であろう。
始めは別の妖原亜種が来て縄張り争いに発展した可能性を考慮したが、デューラにロフじい、さらにはヨールが対応しきれないはずがないのだ。
それゆえすぐさまその思考を捨て去って、すぐ湧いた別の要因に目を向ける。
それが例の尾行者とその正体。
その者が人原亜種だということは先の話し合いの場でヨールから聞いていた。
さらにこの現状が最近起こった諸々の事情の延長線上にあるということは何となくだが察しがついていた。
不可思議な技術を身に着けた追跡者が、特に何かをするでもなくその場を立ち去った、それもヨールが空から監視できないほどの魔力量を行使して。
そして元よりそれが、リューネとサルファスを仲間に招くと決意したその日ともなれば、確実にこれが引き金となって現状を引き起こしているに違いない。
やはりあの時の話し合いの場で、きちんと今後の流れを決めておけばよかったと、さらに今になって後悔するルーク。
隠れ家の場所を移すなり、警戒心をさらに強めておけと命令するなり、やり様はいくらでもあったのにと、その具体例まで頭に浮かんで、情けなさから歯を食いしばる。
すでに手遅れなことだと、先程同様考えてもみるのだが、結局悪いのは全て自分ではないかとどんどん暗い方向へと思考が落ち込んでいってしまう。
それでも、おそらく今を打破するためには話し合いの最後、デューラが口にした「お前に任せる」と言ってくれた言葉通り、自分が助けてやらなければと罪滅ぼしの意味も含め、走る足にさらなる力を入れる。
そして間もなく隠れ家から一番近い、城壁の東門の元まで辿り着いた。
普段であれば15分ほど掛かるこの距離を、所要時間たったの5分で走り抜け、その短縮した時間分の汗が体中を伝い発熱が止まらない。
苦しそうに息を吐いても、止まることを許されないルークのその先で、城門付近が何やら騒がしそうにしているのが目に留まった。
通常2~4人程度しかいない騎士団員が今は10人ほど見受けられたのだ。
皆が物々しい雰囲気で通行止めを指示し、周囲に立ち往生する住民たちも外の方を気にかけ人だかりができていた。
そんな彼らの光景にいの一番で嫌な予感を感じたルークは、少し顔隠しの布を深めに装着すると、人混みに紛れるよう野次馬たちに近づいていく。
そして、すぐさま駆け寄る騎士団の防具を身に着けた何者かの存在に気付いた検問員たちは、一瞬こちらの様子を伺うと、すぐさま左右に広がって道を開けてくれたのだ。
その瞬間、ルークの予感は悪い形で的中することとなった。
今自分が身に着けている装備は確かに質の落ちるものではあるが、その紋章に刻まれた階級はかなり上の方の位であるということを意味していた。
そして彼ら検問員達は階級の違いはあれどルークよりも位は劣る者達ばかりであり、そんな彼ら騎士団であっても必ず城壁の外へ出るときは検問を受けなければならない制度がこの国にはある。
ただし、緊急事態発生時においての主戦部隊出動命令時は例外であった。
つまり彼らがルークのために道を開けたのは、外で緊急事態に該当する事例が発生し、その対処に出動した主戦部隊のお偉いさんだと勘違いされているという事だ。
そしてそれはつまり、妖原亜種たちの元、あの隠れ家へ攻撃を仕掛けたのは、他の妖原亜種でも、例の尾行者でもない。
この【リバーレオン王国】の王国騎士団、その最前線に立ち、実質的にこの国を武力にて守ってきた、精鋭部隊であるという事だった。