主人公、従者にて 3
~謀反の従者、主人にて~
巨呈種。
それは人類種に比べかなり大きな体を持ち、その巨体を生かした戦闘にて上位種に君臨している種族である。
この世界の常識にて強さとはそのまま『魔力量』に比例し、その魔力量とはわかりやすく力量と魔力の二つを組み合わせたものになる。
また力量に比べ魔力というのは強大で、同じ力量と魔力が衝突すれば必然的に魔力が優位になっているのも常識である。
そんな常識をあっけらかんとして、魔力が少ないのにも関わらず上位種に君臨する巨呈種とは。
そう力量が桁外れなのである。
戦闘において劣勢である力量にて魔力を補う、そしてその魔力量は上位種の中でも上位ときたら、彼らの力量がどれほどばかげているのか納得がいくだろう。
その力量は一般的に身体能力のことを指し、筋力や運動能力、動体視力に反射神経などなど。
それが秀でている彼らであるがゆえに、同じ上位種の中でもただの物理戦闘で勝利しようなどとは考えないほうが良いとまでされている。
ただの指標であるだけの種族階級ではあるが、そうは言っても平均的な魔力量をみて作られた階位。
スキルの価値などで優に逆転することなど珍しくもないのだが、ただの人類種にとって一番の敵とも言っていいほど勝ち目のない相手が巨呈種なのだ。
それもその通り、力量が秀でている低級種の褐肌種や獣交種達、それにある程度の魔力を操るだけの脳筋集団である人類種等に勝ち目はない。
そんな危険の塊のような種族と、またその劣等種であるルークがこうやって対峙している光景というのは、誰がどう見てもおかしいとしか思えないだろう。
しかし両者ともに笑っている。
戦闘など一切存在していないかのような世界が二人、いやこの一帯を包み込んでいるのだ。
改めてリューネは、非現実的な周囲をぐるっと一周見渡した。
そしてその光景を作り出したのであろうルークをじっと見つめる。
「そんなに驚くことか?」
「すみませんでした、取り乱してしまい。
ですが...その―――――」
「まぁお前が言わんとしていることはわかる。
あまりに小さすぎて巨呈種っぽくないって事だろ?」
「違うッ」とツッコミそうになる気持ちを何とか抑え、「危なくないのか」という正論を口にしかけたところで、一瞬立ち止まるリューネ。
そして改めて自分の考えが【リバーレオン王国】の人たちと重なっているという間違いに気が付くと、急いで口を噤んだ。
危なくなどない、そう今ルークから学んだばかりだと言うのに、妖原亜種というだけで危険と思ってしまっていた自分に恥ずかしくなる。
そして自分を御することを意識して体得していたはずだったのに、未だ正し切れていない思考が存在しているという事実にも腹立たしく思ってしまった。
自分を救ってくれた恩人は、今目の前で敵対意識などとうに捨て去った笑顔を浮かべているというのに。
首を少しうつむかせ咳ばらいを一つ。
後にその偏見を消し去ることを念頭に置いて、改めて彼ら二人に向き直ったリューネは、ルークの問いかけに「失礼ながら。」と言葉を返した。
「ま、突然変異っていうのかな。
人原亜種の言葉だからこいつには聞こえないんだけど。
この体のせいで同じ巨呈種の中でいざこざがあったらしくてな。
忌子として扱われていたんだとよ。
知っての通り、巨呈種は魔力を力量で補う種族。
どう見ても力不足であるこいつを、村に置いていくわけにはいかなかった、と。。
騎士団で働いている俺だからこそよくわかることなんだが、警備の穴は内部が崩壊する理由となる事も確かに事実なんだ。
例えどれだけ覚悟を決めて、死ぬつもりまでできていたとしても、それが信頼される理由となることはない。
で、今ここで修業をしているってわけだ。」
「そ...その、復讐ってことですか?」
「ん、ふはっはっはは―――――
嬢ちゃん、怖い言葉知ってるんだな。
...まぁそうじゃないことを祈ってるけどな、実は俺も知らないんだ...こいつの鍛錬の理由。」
優しげな雰囲気と共に遠い目を浮かべるルーク。
そんな彼に首を傾げながら見つめ返したデューラへ、「何でもない。」と手を振って応える。
滝行は単なる精神統一で、鍛錬と言えば筋肉隆々の体躯からもわかる通り尋常じゃない努力をしているのだろう。
自分より5,6倍ほどデカいデューラの身体を見て、リューネは何となく悲しそうな表情を浮かべる。
これが全て復讐のためならば、本当に死ぬつもりなんだろうな、と。
そんな彼女を見て、話すべきではなかったかなと頬を掻くルークは、それでもこの場に慣れようとしている姿だけわかりやすく感じ取っていた。
そして丁度自分の番が終わったらしい、水浴びをしていたミーリィの方へ視線を送ると、目の前の少女に提案を飛ばす。
「ま、どうなろうと彼の背を押すだけなんだけどな、俺は。
そんなことより水浴びでもして来いよ、ミーリィが手伝ってくれるからさ。
ミーリィ、この娘を洗ってやってくれ!!」
「えッ。」と目を丸くする猫舞種の少女の背中を押し、返事らしきものを返した半人半蛇の女性の元へと連れていかれる。
その最中もにこやかに笑顔を作るルークは、まるで視線を合わせてくれないでいた。
それはまるで大勢の場へ突き動かす親と子の心境を表しているかのようである。
ミーリィと呼ばれた女性はこちらに手を振り、そのたわわな二つの果実が惜しげもなく揺れ動いていた。
この空間は羞恥心を捨てているのかと、助け舟を求めているリューネの涙目に、帰ってくる優し気な視線はない。
話を聞いても、それでもやはり怖いを思ってしまう自分は、恐らく間違ってはいないはず。
慣れるまでにはそれなりの時間が必要だったのに、優しさという暴力で強制的に水場まで運ばれてきてしまった。
そしてまたルークに視線を送る。
しかしやはり返ってくるものはなかった。
それどころか着ていた服をサラッと脱がされ、女の子らしく恥ずかしそうに体を隠しているリューネにお構いないしで、ミーリィの下半身がスルスルと体を這う感触が伝う。
生まれたままの姿で蛇の尻尾が体を包み、妙に生暖かい体温が妖原亜種だからという理由以外の面で気持ち悪さを醸し出す。
本当に最後。
本当に最後の視線をルークに送るため、首だけを後ろに向けたリューネの目には、笑顔で手を振る彼の姿が映った。
「いってらっしゃーい。」
「可愛い娘ね、すぐ綺麗にしてあげるわ!」
聞き取れない言語ゆえ、女性らしい声だとしかわからなかったが、何か邪な雰囲気を孕んだ声音がミーリィから発せられる。
そんな彼女もルークと変わらず笑顔のまま。
上半身から顔まで、本当に美人な人類種の女性なのだが、その体躯は蛇の尻尾を合わせるとルークすら余裕で越える。
とにかく下半身が大きく長いのだ。
そんなものに体を巻かれたら、もう逃げ場など存在しない。
捕食されるのかとも思える勢いで、笑顔の女性に水の中に引きずり込まれる。
そして後は剥かれたまま、身体の隅々まで綺麗にされるのだった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「あれ、放っといていいのか?」
「まぁ大丈夫だろ、手加減は知ってるだろうし。」
「いやそうじゃなくて。」
「慣れるためには気に入られるのが一番手っ取り早い。」
笑顔でこんなことを言うルークには、流石のデューラも畏怖の念を浮かべる。
色々なところで、それこそ本当に色々な経験をしている彼だからこその忍耐力なのだろうが、それでも流石にリューネに同情してしまう。
妖原亜種であるデューラは、一応人原亜種との関係値に関してはよく知っていた。
その常識で言うと、今の今妖原亜種にも自我があり、自分たち人原亜種と同じく生活しているだけだ、といわれてもすぐに順応することなど不可能であろう。
にも関わらず、恐怖の対象と思える凰蛇種の元に、成長の兆しが見え始めた年端もいかない少女を一人送り出すとは。
しかもあのミーリィは、極端な可愛いもの好き。
自我があるということはもちろん『好み』も等しく存在している。
過度とも思えるスキンシップを行う自分よりも数倍デカい体躯をしたミーリィは、少女にとって言うまでもなく化け物だろう。
涙目の子供に成長しきった大人が「大丈夫だ」といったところで、大丈夫なはずがないのだが、今は黙って見守ることにした。
ルークが少女をここに連れてきた理由はわからない。
それでも、初めて他人をここに連れてきたということは、何かしっかりとした理由があるのだろう。
もしくはそのことについて話すため、敢えて彼女を早々に死地へ追いやったのかもしれないとの思いを巡らせるデューラ。
その理由を話してくれる瞬間を待つため、一連の流れに引き攣った笑みを浮かべながら、強靭の精神を持つルークの言葉を待った。
「...多分、彼女はここで暮らすことになる。
一番手っ取り早いとは言ったけど、流石にそれは無茶だってこと、俺にもわかっている。
ただ、リューネに関してはどうしようもないんだ。」
「ようやく話す気になったのか。」
「気付いてたか、っと。
またこいつの仕業?」
そうやって語り出したルークのそばで、一羽の鳥の羽ばたく音が聞こえる。
そのままルークがそっと腕を上げると、通常の鳥の数倍の大きさをした鳥方種が一羽止まった。
くちばしをゆっくりと撫でてやり、嬉しそうに顔を綻ばせるこいつの名前はレーヴィン・ヨール、通称ヨール。
常日頃から周囲一帯を飛び回っては、ルークが来る際に皆を驚かせないよう伝達役をしてくれている。
そのおかげもあってリューネがここに来た時、皆が特に気にすることなく通常通り過ごせていたのだ。
それ以外でも不思議なことに、このレーヴィン・ヨールは逐一のルークの行動も知っているようで、その伝達役もしているそう。
街中のこともどこから見ているのか平気で知っているというのだから怖い。
そもそも【リバーレオン王国】の城壁内では空を飛ぶ鳥方種ですら撃ち落とすことに騎士団が総動員するくらいなのだから、危ないことに変わりないのだが。
そう言ったところもうまく切り抜けているからこそ今があるのだろう。
そしてその今のおかげで、デューラが「話す気になったのか」と尋ねてきた理由の見当がついたのだ。
今日のことも全部筒抜けで、リューネとの動向もすべて報告が済んでいたのだろう。
嬉しそうに目を細めるヨールに呆れながらも優しい笑みを浮かべ、彼の言葉に答えるよう話を続けていった。
「奴隷なのか?」
「いや、今んとこ王国での奴隷制度に関しては今まで通りだからそれはない。
奴隷商売は御法度で、見つけ次第即刻処罰。
それに、獣交種を取り扱ってるともなればより刑が重くなるだろ。」
「じゃあどうして。」
「多分、騎士団の中にやらかした奴がいるんだろうな。
スラム街の方はある意味無法地帯だから何とも言えないが、彼女を見つけたのは王城へ続く大通りの屋台街だ。
スラムから明らかに距離があるし、人前に出せば確実に怪しまれる見てくれをしてたから、体力的に大丈夫でも騎士団がすぐに取り押さえてたろう。
恐らく、どこか近くの城門で賄賂を受け取り、中に招き入れた騎士団員がいる、と踏んでるんだが。」
「まぁ、状況はヨールから聞いただけだから何とも言えないが、事実はそうだろうな。」
今まで王国内で獣交種が見つかった試しというのはいくらかあった。
それこそスラム街という貧困民たちがより多く住む犯罪の巣窟となった場所に近い北門の方では、少し前に大騒動があったばかりだ。
内容は、検問をしていた騎士団員が多くの賄賂を受け取り、夜中にこっそり獣交種達をスラム街へ招き入れていたというもの。
大体そういうやつらは金持ちが多く、なぜ逃げてきたのかというと夜逃げしなければならない状況になり、この国は獣交種の入国を拒否しているからこそ逆に安全であると思われているのだ。
そうして招き入れたものは総勢40人にも及ぶらしい。
人数に関しては比較的曖昧としているのだが、その人数にたる根拠としては、彼が手にした額がおよそ500万ヴェールに上るとされているからだ。
分かりやすく言うと王国騎士団の全部隊平均、約10年分の給金額に値した。
しかしそんな彼の悪行はすぐにバレることとなり、捜索された14人の獣交種と共に、500万ヴェールかけて作られた処刑台にてあっさり極刑されたのだった。
ルークが騎士団になる前の話ではあるが、そんなに遠い過去の話というわけではない。
その時から制度が一新され、さらに厳しくなった取り締まりの社会下での生き残り...なのかどうかわからないが可能性が高いと思っているのが、ここにいるリューネであった。
あくまでこれはここまでの道中で整理した内容。
ただ間違っていないとの思いはデューラも同じなのか、あっさりと肯定してくれていた。
「実は一つ、彼女からお願いされてることがあってな。」
「あぁ、助けてくれってやつな。
内容は聞いていないんだろ?」
「そこも筒抜けか。
まぁ聞いていないんだが...な。」
「...恐らく彼女の容姿からして、父親か母親、もしくはその両方と逃げてきたに違いないだろうな。」
「やっぱりそうなるよな。」
当たり前の事なのだがこんな幼い子が亡命を、さらには最も危険とされるこの場所を選ぶにはちょっと現実味がなさすぎる。
それに助けてほしいと言っておきながら今のところ逃げる様子も見せていないとなれば、初手ルークが想像していた空腹やら衣類関係の話ではないだろう。
そうなってくると精々両親、または彼女の知能から兄姉、最後に仲間関係に限定される。
もう一人か二人くらいなら大丈夫なのだが、流石に仲間となれば数人は堅いだろう。
三人以上ともなれば可哀想だがここで面倒を見てやることはおそらく不可能になる。
それは土地の話ではなく、三人分の食費を賄ってやれるほど今の生活に余裕がないからだ。
ルークの父親は元騎士団所属だったが事故で片足を失ってからは退職し、今は母親に面倒を見てもらっている状況。
母親に迷惑をかけるわけにもいかないからそれなりの金稼ぎは行っているのだが、それでも専業主婦な母親を養ってやれるほど儲けてはいない。
今はルークの仕送りだよりとなっているわけである。
そんなルークは特に欲がなく、かかる費用と言えば食費くらいなので賄えてはいるのだが。
リューネの面倒を見ると言った以上、ここにいる妖原亜種にはともかく、しっかりと人原亜種である幼い彼女に自給自足をしろとは死んでも言うことができない。
食費もかかれば、いつまで面倒を見るかによっては服も新調しなくてはいけなるなるだろう。
「ま、お前が面倒を見ると言った以上、ここにいるときはしっかりと守ってやる。
あとはうまくやれよ。」
「お前ならそう言ってくれると思ったよ。」
「あのな、お前首がかかってるんだぞ?」
「ま、それはお前らと共存してる現状を見れば...わかるだろう。」
あっけらかんと笑って見せるルークを本気で心配している素振りを見せるのは、彼が頬張るおいしいパンが理由なだけではないだろう。
しっかりと自分のことを思ってくれている彼からの好意は嬉しくもあり、同時に悲しくもなってしまうのも事実。
いつまでもこうしているわけにはいかないのだが、どうしても踏ん切りがつかないし金も貯まらない。
責任を持てないのなら最初から期待させないほうがいいという言葉は正しいとは思うが、救える命が目の前に転がっているのなら、救ってやるのが人原亜種の常識ってやつだろう。
綺麗事なのはわかっているのだが、すでに彼らとの生活が楽しいと思えてしまっているルークは、すでに手遅れの位置まで足を踏み込んでしまっていたのだった。
まぁとにかくバレなければどうってことはない。
後の問題点としては彼女のお願いを聞いて再度ここに連れ戻してくるまで、その正体をバラしてはいけないという事だけ。
その後は彼女には申し訳ないがここで鍛錬を積んでもらって、速くても3年後には別の国へ連れて行かなければならない。
その時の路銀もこの【リバーレオン王国】の立地からしてかなり必要になるから、稼ぎも十二分にいる。
隣国との距離が離れすぎている【リバーレオン王国】であるが故の苦しいところではあるのだが、ここに来る獣交種達はその条件を飲んででも来る理由があるやつらばかり。
だからこそ仕方ないのだと、慣れたのか楽しそうに水浴びをしているリューネを見て、遠い目を浮かべるルーク。
そんな彼の表情を見て、より一層心配になるデューラはパンの最後の一切れを勢いよく口の中に放り込んだ。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「ここは、なんでしょうか?」
「これはな、うちの井戸に繋がってるんだ。」
「秘密の通路ですか?」
「そ、秘密の通路。」
今ルークとリューネがいるのは、例の妖原亜種のたまり場にある滝のすぐ後ろに隠れた洞窟のなかである。
ミーリィと既に打ち解けたようで、言葉が通じていなくとも彼女の意志疎通がうまいのとリューネの適応能力が高い事が理由で、怖いという意識をすでに取り払ってくれたらしく二人はすぐに仲良くなっていた。
そんな彼女がリューネに向かって不安げに手を振っている。
あの後、少しだけ時間をもらってリューネ以外の面々には現状のすべてを話しておいたのだ。
身体の大きな兎である仔兎種、虫たちの総称虫厭種、他には孱鬼種や翼彩種 等々。
皆は等しくよい妖原亜種たちで、ともすれば仲間だという意識はすぐに芽生えるため皆は口をそろえてリューネを心配してくれていた。
そしてそんなリューネのことに対し、「ありがとな」とカラッと返事を返すルーク本人のことも。
今回は外の世界から妖原亜種を連れてくるのとはわけが違っていた。
壁の中の、それも人原亜種でありながら差別対象となっている獣交種である。
本当に、どこまでお人好しなのかとは皆の心情。
しかしそんなこと一切察してくれないルークだからこそ、またより一層心配の念を浮かべているのだ。
ともかく、そんな二人がこれから戻ろうとしているのは例の危険地帯の壁の中。
この滝の裏の洞窟はとあるところから道が続き、すでに使われなくなったらしいルークの実家の井戸に続いているのだ。
しかし一方通行になっているということもあり、こちら側からしか向こうには行けない仕様になっている。
これに関しては細心の注意を払っているということもあり、ルーク起っての希望で向こうからこっちに来れないよう改造したりはしないのだとか。
幸いなことに基本ルークが国を出て、通常戻る頃合いには別の騎士団員に検問員が変わっているということもあって特に怪しまれた試しなどはない。
そんな好条件の立地も、この道を見つけ偶然にも自宅の井戸と繋がっているという奇跡に恵まれた事も、自身の【対話】のスキルに関しても、神のお遊びなのだろうと考え笑い声を漏らしてしまう。
不思議そうに見つめてくるリューネにすぐ気が付き、首を振って応えるとみんなに今日の別れを告げその道を歩き始めた。
そして二人の姿は暗闇の中に消えていった。
「暗いですね。」
「怖いか?」
「い、いえ。
慣れていますので、大丈夫です。」
「...そうか。」
獣交種の少女など初めて見たから、彼女が一体何歳でこのくらいの外見は人類種で言うところのどれくらい成長しているのかなどは一切把握することができない。
だが幼い事だけはわかるそんな少女の口から紡がれた年相応でない返答に、ルークの顔も少しだけ影がかかる。
幸いなことにリューネはその表情の変化を、生憎の暗さで気が付けていない。
だからこそ少しでも気分の高そうな声を出し、道中の退屈な時間を紛らわすための会話に花を咲かせてやる。
「巳皇種のロフじい、あの人俺の師匠でもあるんだぞ。」
「そ、そうなんですか。」
「ああ見えて剣士なんだ。
すでに老いぼれだと言って剣を握ることはなくなったんだが、彼に指導してもらってかなり力を付けた今でも、おそらく剣を握り直したあの人には勝てないだろうな。」
「そんなに、お強いんですか。」
「おう、強いぞ。
それにミーリィも弟子なだけあって、かなりの強者だ。」
「ミーリィ様、とてもいい方でした。」
方だと、リューネの口からさらッと聞こえた単語に、ルークは本調子を取り戻す。
すでに慣れたとは思っていたのだが、彼女の適応能力は思っていた以上のものだった。
それは言い換えれば自分を御することが得意という事。
またしても獣交種の幼い子はみんなこうなのかなと気になって、だがそのことについては彼女のことを思って聞かないでおくことを心に決め、そのまま話を続ける。
「こうなると、会話できないのが心苦しいだろ?」
「はい、とても。
お話しすることができれば、どれほど楽しい事でしょう。」
「...なんか、言葉遣い丁寧なんだな。」
「あッ、えっと...その、幼い頃から厳しく教育を受けていまして。」
「そういう事か、さぞかし娘想いの...あぁ、両親なんだな。」
そこで敢えて声音を変えたことで、リューネも何となく悟ったのか、一瞬場が静かになる。
そして次に覚悟したように語り始めたのは、リューネの方だった。
「ルーク様、お願いと申し上げたことなのですが、その理由をお話しさせていただきます。
...無理を承知で申し上げます、私の父を助けていただきたいのです。」
その言葉は、案の定ルークの思っていたところの内容であった。
そして、その言葉はルークの思っていた以上に、暗がりを含んだ声音だった。
洞窟内はその雰囲気と同じように、声が響くという様子などは一切在りもしない。
だからこそ、そのブツリと切られた音声が、よりいっそう暗がりを孕ませ、周囲の岩に溶け込んでいった。




