主人公、従者にて 2
~謀反の従者、主人にて~
大通りから伸びる、急に人通りが0になる小道。
そこで佇む奴隷みたく衣服が汚れてやせ細り、生きているのがやっとといった雰囲気の幼い雌の猫舞種。
手を拘束され壁に追い詰められていて、ボロ頭巾を脱がせたことで生じた衣類の乱れからほとんど肌が露出してしまっている。
薄汚れてはいるが、それでも艶やかな若々しさを誇る肌に、同等に若々しい髪質の頭。
そんな可哀想な少女を追い立てているのは一国の騎士団所属、成人男性。
とまぁ、普段であれば世間体を気にするようなシチュエーションではあるが、この国においては...。
「ママ、屋台通りまでもうすぐだよ!
ほら速く速く!!」
「こら、危ないからゆっくりよ。」
刹那後ろから聞こえてきた声にルーク一人だけが体をビクつかせる。
この光景を見られたら最後、この国においては世間体ではなく人生そのものが終わってしまうのだ。
一瞬で嫌な汗をかくルークは焦りまくり、汚れた少女を抱きしめるのか、人生が終わるのかの二択でしか物事を捉えられないでいた。
そして早急に判断を迫られる状況で、少女の主に耳を隠す方を優先してしまった。
少女を壁に押し付けるような体勢で抱え、後ろを通ってもらうようにニュアンスで伝える。
その光景を見た母親は一言。
「すいませんね、ありがとうございます。」
最悪の事態は免れた様子。
だがボロ頭巾を脱がせ、猫耳が露わになった状態の彼女を一瞬でも後ろの親子に見られてはダメだと、焦りのあまり思わず強く抱きしめてしまう。
その痛みに耐えかねてか、少女がボソッと息を漏らす。
「んぁッ...」
「ん...?」
その聞き違えれば官能的にも聞こえる声に、母親の方が一瞬反応を示す。
他の騎士団とは違い、案外細身のルークでは少女を隠すには少し無理があったのだろうか。
母親からしてみても、角度を変えれば少女の姿はちらりと見えるだろう。
そして先程の吐息を変な風に捉えられると、今度は人生ではなく世間体が終わってしまう。
どちらの選択をしても、結局何かが終わってしまう状況になっていることに、今更ながら気が付いてもとうに手遅れであった。
ルークの焦りは最骨頂に、背中を汗が伝う感触が感じられる。
振り向かないでくれ、そしてできる限り早く立ち去ってくれと願うばかりのルーク。
そんな彼をあざ笑うかのように母親が後ろを振り返―――――
「ママ?」
「あぁごめんね。
さ、行きましょうか。」
振り返ろうとした母親を、完璧なまでのタイミングで息子が呼び止め、なんとが願いが届いたようだ。
背を向けた場所で2つの足音が明らかに遠ざかっていくのがわかる。
そして大通りの喧騒の中に消えていった。
その瞬間、とんでもない柵から開放されたことによる五感がすべて戻ってくる。
まず感じたのは体の熱さ。
女の子をトンデモ状況で抱きしめていることではなく、自分の首がかかってしまったことによる発熱だ。
なぜこの子を庇ってしまったのだろうか。
騎士団所属の身と、周囲の反応から理解してもらえれば彼女を庇わずとも自分は関係ないものとして処理されていただろう。
その時、焦りから自分の選択肢が間違っていたことにようやく気が付く。
本当に生き延びれてよかったと、心の底から再度安堵を浮かべるのだった。
そして次は嗅覚。
やはりというべきか彼女はとてつもない匂いを発していた。
屋台街の光景に、彼女がうまく隠れられたのは本当に奇跡だったのだろうなと、彼女の辛さに同情する。
しかしすぐにそのにおいが少女自身ではなく、着ている衣類から匂ってくるものであることに気が付いた。
彼女に頭巾を被せることで、どうしようかと思考する時間を作ったルークは、今後の彼女についての意見を出す。
なんと言っても可愛らしい。
服を着せ変え体を洗い、髪の手入れをすればそれだけで光り輝くであろう美貌を、幼いながらに秘めている少女を再度視界に映す。
このまま処刑されてもいいのだろうか、とルークの中で悪い考えが渦巻いた。
そもそもルークは、獣交種を差別対象とし、見つけ次第処刑にするこの国の方針は間違っていると考えていた。
しかし国の方針故、逆らうことも出来なければ、彼らを庇うことなど出来るはずもない。
今の状態からでも騎士団に彼女を差し出せば、自分が一瞬でも庇った過去と一緒に消えてくれることは間違いないし、それで罪を問われることもなくなる。
今でも彼女の体温、触覚共に感じることができ、吐息もしっかりと聴覚が感じ取っている。
まさに生きているのだ。
実際目にしたことはなかったが、獣交種にも命が宿っているという当たり前の思考が頭を交錯する。
すでに生を諦めたかのような、希望のない目をしている少女。
それでも生を渇望すれば、他の国でも生きているであろう素質と常識の宿った命を易々と見捨てる事が出来ようか。
答えは否、当然ノーである。
というよりも、端からルークには見捨てるつもりなどなかった。
その理由は、また後で...。
「とりあえずは、服だな。」
そう声をかけた優し気な雰囲気を孕んだルークの笑顔と一言に、一瞬で少女の目に光がともる。
そして見上げた顔は、今の自分が心の底から渇望している感情を向けてくれていた。
生への実感、そして含みのない愛情。
だからこそ、今から自分が同胞たちと同じ運命を辿ることがないのだろうということが、何となくでも理解できてしまう。
その瞬間、自分でも意図していない涙がこぼれ出てくる。
すでに涙も枯れ果ててしまったと思っていたのに。
同時に、同じく枯れ果てたと思っていた喉から、掠れながらもしっかりと意思のこもった願いが飛び出てしまった。
「た、助けてください。」
なぜ、この願いを伝えてしまったのだろうか、と後悔したのは後になってからだった。
助けてもらうということは、この人を殺すことでもある。
そして帰ってくる返答次第では一連の厚意が全て無駄なものとなってしまう。
それは今の自分にとって最後の最後に残された希望でさえも。
答えが肯定でも否定でも、結果は同じ。
自分にとってはこの人に嫌われてしまう事も、この人を殺してしまう事も等しく自分を殺すことに繋がってしまう。
それなら何も言わず、黙ってついていけばよかった。
ただそれだけでよかったのに。
伝えた瞬間から、彼は少しだけ困惑したような顔を浮かべていた。
それはなんだか状況が飲み込めないときの表情ではなく、もっとこう...「何言ってるんだ」という呆れ果てた際の様子に似ている。
だからだろうか、何となく返ってくる答えがわかってしまった。
そしてその時は必ずして、この表情を浮かべてくれるのだ。
全くの嘘偽りが含まれていない、純粋な想いでの、救済。
「あぁ、任せろ。」
全く同じような笑顔が今再度目の前で展開されている。
そして、先程のもので満たされていたと思っていた自身の心が、改めて温かくなっていく感覚を覚えた。
自分はどれほど欲深い生き物なのだろうかと嫌になる。
助けてほしいということは、嘘偽りなく彼に死んでくれと言っていることと同義だというのに、それでもこのお願いを取り消したくないとすら思ってしまっていた。
今、この言葉をとり消したら、彼は頷くのだろうか。
それとも、「イヤだ」と否定した上で助けてくれるのだろうか。
一瞬でもこう迷ってしまうのは、希望を持たされた全生命体の処世術であることはわかっている。
そして何よりも、未だこの国の人類種に心を許してしまいそうになっている、学ばない自分の悪いところも反吐が出るほど嫌いになる。
ほんのひと時の気の迷い、だからこの人に迷惑もかけられないし、誰かを信じることはもうやめた。
過去の苦い、と一言で表すには多くのモノを失いすぎた思い出を心の中に刻み直して最後の力を振り絞り、願いを取り消すために声帯を震わせた。
「あの、今のは―――――」
「あぁ、そういえば。
よかったらこれ食えよ。
のども乾くだろうから水も飲め。」
間髪入れずに袋を漁ると、腰の水筒らしきものと一緒に渡してくる彼の厚意に、言葉が詰まってしまう。
ただ、もう自分でもわかってしまっているらしいこの人の性格に、涙ではなく今度は笑みが零れてしまっていた。
どうせお願いを取り消したとて、断って手助けしてくれたであろう。
だからこそやはりこの人しかいないと、今はどん底まで落ちても希望を捨てなかった自分を褒めてやりたいとすら思えた。
続く言葉は出てこない、というよりもすでに何を言おうとしていたのかすら忘れ、思い出せないでいる。
そんな視界に映る、差し出された大きなパンに伸びる自分の腕を見ては呆れかえったように笑った。
もうどうにでもなってしまえ。
死ぬことを覚悟していた、それならもうこの人に全てを賭けてみようと決意する。
すでに自分は犯罪者、それ以前であってもこの国では居場所のないお尋ね者である。
どうせ死ぬ運命ならこの人の元で手足となっても、何をしてでも生きてやろうと吹っ切れた。
そしてパンを受け取るとそのまま口に頬張り、甘さで訳が分からなくなる思考を置き去りに咀嚼をし始める。
どうやら自分はおかしくなってしまったようだ。
すでに涙のコントロールもうまくできず、止まる気配のない水分を消費しては補うように彼が差し出してくれた水筒に手を伸ばして中身を流し込む。
そしてまた甘味に支配されては、立つこともできなくなりその場にへたり込んで、慟哭するかのように周囲の喧騒に負けないほどの声量で泣き声をあげてしまった。
それはもちろん慟哭などではない、嬉しさからくる涙と叫びだ。
その様子を眺めている彼はどうやら困ってしまっているようで、周囲に誰の姿も見えないことを確認するようきょろきょろと辺りを見渡していた。
私がここにいる理由、そしてそんな私を庇っている理由からだろう、本当に申し訳なく思う。
しかしどうしても収めることができないのだ。
止めようとすればするほどこぼれ出てしまう涙、黙ろうとすればするほど嘔吐いてしまう胸。
そんな子供らしく一生懸命に泣いては、どうしようもないとわかっていながらも涙を拭い続ける少女を見て、ルークはフッと笑みを浮かべた。
これはどうしようもないなと諦めて、周囲に誰もいないことが幸いだと自分が着ていた服を一枚脱ぎ、彼女に投げ掛けてやる。
「とりあえずはそれに着替えろ。」
一生懸命頷く少女を見て、ルークも一つ決意した。
一人くらい増えたところで問題ないだろう、と。
そして彼女が泣き止むまで待ってやることにして、その場に腰かけ冷めぬうちに自分用のパンを貪り食う。
それから空を見上げては、改めて自分のしたことを見つめ返し、後悔していないことに呆れた笑みを浮かべた。
そんな少女が泣き止んだのは、ついにパンのぬくもりが冷え切る瞬間であった―――――
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
こういうことは初めてだったがゆえに色々と困惑したのだが、うまくいったようだ。
なんせ娘がいた経験もなければ、女児服を買いに来たことなど尚更ないからである。
金銭面に関してはそれなりに儲けているからあまり渋ったりはしていないのだが、それ以外のところであれほど悩まされるとは思ってもみなかった。
自分の服であればさらっと買うに限るのだが、女児服でフードがあり目立たないものというだけでかなり絞られるから焦る焦る。
そんなこんなで何とか服を買うことに成功。
地味目でしっかりとフードが付いている、そしてサイズ感もばっちりな服装を着た少女が目の前を歩いていた。
服を買っている間、「外で待っていてくれ。」と放った言葉を律儀に守っていたところを見ると、案外逃げ出すつもりはなさそうだった。
お腹が減っていただけかと思っていたのだが、それ以外に何か助けてほしい理由があるのだろう。
だがあまり大ごとにできないことと、それなりに自分の状況を把握しているらしい大人びた少女の配慮もあり、優先してこちらの用事を先に済ませることを承諾してもらったのだ。
それゆえ着替え終わり衣類についた匂いから解放された少女と共に、最初の目的地であった東門の外へ赴くため歩き出したのが20分前。
そして今、ここが東門のすぐ外にある森を横切る道の途中。
それなりに顔の知れたルークは特に何かということもなく、城壁を検問している主戦部隊の連中に一言声をかけるだけで外へと外出できる。
一般人であれば軽く外出する理由と、外出時に必要となる最低限の武器や食料などの整備点検、そして戻ってきた際は荷物確認が行われるところ。
こういう時、ある程度顔が利くと便利だな、とピクニックという名目上外出しているルークは一人頷いて見せる。
そして隣にいる少女も一言、ピクニックの同行者で片が付いた。
あまり戦闘光景などは見せていないのだが、まぁまぁな戦果を挙げているという評判だけで、だれも疑う余地がない。
だから特に少女に関しても心配されることなく「行ってこい。」の一言で外出が認められているのだが。
事実ルーク自身もそれなりに自分の身は守れると思っている。
それが一人増えたところで変わりない、だからこそ一切の心配をすることもなく、例の目的地まで鼻歌でも歌いながら平穏を願い歩いていた。
とそこで急に少女から声がかかる。
「あ、あの。」
「ん、どうしたのかな。」
「ル、ルークさんでいいんですか?」
「...あぁ、名前教えてなかったな。
そうだ、ルーク・アプリュピト。
嬢ちゃんは?」
「リューネです。
リューネ、アスレイ、ィ...いえ、リューネです。」
彼女の問いかけは少しびっくりしたものだが、恐らくは騎士団の奴らと話していたのを聞いたのだろう。
それとも屋台街での時の話か、どちらにせよまだ名前を教えていなかったことに気が付いて、情けなくも笑って見せた。
そしてなんと言っても彼女から話しかけてくれたということは、それなりに良好な関係が築けていること間違いないだろう。
飲み物を飲んでご飯を食べ、調子を取り戻しつつある声は既に掠れとはおさらばしたように透き通っていた。
また同じように透き通った声音に含まれた意志からは、どうやらかなり好意を寄せてくれているようす。
それは言い換えれば忠誠心に近いのだろうか。
主人を見つめる従者、というよりペットのような感覚に近い。
ルークがなぜその雰囲気をすぐにくみ取ることができたのか、それは。
「よしリューネ、着いたぞ。」
その声と共に、これまで下を向きながら歩いていたリューネは前方に目を向ける。
そして目前の様子に、ただただ感嘆の声を漏らした。
「わぁ...。」
「すごいだろ、みんな妖原亜種だ。」
森の道を外れては、明らかに人通りなどない道を右往左往。
さらには上下に降りたり登ったり、そんなことをこの短い時間でも数回は繰り返しただろう。
【リバーレオン王国】の外壁からしてもおそらく20分程度の範囲内なのだが、おそらく探そうとしても見つかるはずもないようなそんな場所。
最後の木々をかき分けた先は、妖原亜種の巣窟となっていた。
明らかに隠れられるように造られた周囲の風景、そして崖から流れ落ちてくる水、その滝の下には小さな池が広がっている。
石で囲まれた池の水は、これでもかと透き通っていて、そんな中に水浴びをしている蛇の下半身を持つ男女の姿が映っていた。
また中心に位置しているその池から見て上流、滝つぼの辺りでは滝行をしている人の姿があり、その周囲を色とりどりの鳥が飛んでいる。
他には小さな原っぱで掛ける孱鬼種や虫たち、それに自身の腰辺りまである体躯を持つ兎。
彼らは皆が楽しそうに遊びまわっていた、まるで近くに自分たちの命を脅かす存在が多く暮らす国がある事も知らないかのように。
そしてまた、ある意味では自分もルークもそのうちの一人であるはずなのだ。
だからこそ身構えたリューネをよそに、ルークはそんな彼らの合間をスルスルとすり抜けては、奥にいる滝行をし続けている人の元へと歩いていく。
オロオロとその様子を眺めていたリューネだったが次第に覚悟を決め、離れてはならないとルークとの間を走って詰めていった。
その様子を横目で見て微笑んだルークは、例の修行者に声を掛ける。
「デューラ、寝てないよな。」
「起きとるわ。
今日も悪いな、わざわざ。」
「いいってことよ。
それより、濡れたままだとパンがふやけるから、離れたとこに置いとくぞ。」
「助かる。」
まるで武人かのように強面で、ルークに低い声を放つデューラと呼ばれた男からは、なぜだか不思議と恐怖の感情は感じられなかった。
それよりもまたルークと同じように暖かな雰囲気が醸し出されている。
肩に落ちる水を受け、その合間からチラッと目を開け自分のことを睨みつけては、瞬時にパチッとウィンクまでされた。
意図が汲めず首を傾げるリューネをよそに彼から少し離れた場所に向かうと、そこにあった岩を綺麗に割ったような机らしきものの上に紙袋を置き、隣にあるまた同じように作られた腰掛けにルークが座った。
そして同じように座れと隣の座席を叩き、リューネに合図を出す。
その厚意に甘え、リューネが腰を掛けたのを皮切りに、ルークが現状の説明を行ってくれた。
「まず、事情説明なんだが長くなるから楽に聞いてくれ。」
そう指示を出したルークは座席の背もたれにグッと体を預けると、木々の合間から見える青い空を眺め、言葉をつづけた。
「全生命体はスキルってものを持ってるだろ。
当然おまえにもあるはずだ。
そのスキルが、俺の場合は【対話】だった。
自分の中に顕現したとき、何となくわかるだろ、スキルってものは。
だけど正直言って俺の場合は絶望だったんだ。
そりゃ【対話】だって知ったら、まず初めに思い浮かぶのはコミュニケーション能力の向上だろ。
俺はそんなに人見知りじゃねぇって。
でも、他人と取り換えることなんてできるはずがない。
だから、特に人生に固執することなく、自由に楽に暮らしてやろうと思ったんだ。
騎士団に入ればそれなりの給金をもらって適当に働いて、まぁ長生きはしないだろ?
ちょうどいいかなって思っていた、とある日まで。」
昔を懐かしむようにそう口にしたルークはどこか遠い目をしていた。
そして急に現在へと戻ってくると、先ほど水浴びをしていた蛇の下半身を持つ男女に向かって指をさして言葉を続ける。
「あそこにいる二人、種族名は知ってるか?」
「はい、男性の方が巳皇種、女性の方が凰蛇種です。」
「お前、案外物知りなんだな。」
恐らく歳は7つくらい、そう思っていたのだが何分初見ゆえに獣交種の年齢感覚は人とは違うらしい。
驚きつつも感心しながらルークは言葉をつづけた。
「まぁその二人なんだが、最初に国の外であいつらに出会ったんだ。
当時は騎士団の主戦部隊ってところに入っててな、戦いのときは最前線にいなければならなかった。
そんなとある日の戦い、あぁもちろん戦争なんて大それたものじゃなく、【リバーレオン王国】に近づいてきた妖原亜種の処理だったんだが。
長らく訓練した後の初任務で、かなりの数の妖原亜種と対峙させられてな...初っ端から死にかけたんだ、俺。
この辺、一国があるにしては立地が悪すぎるだろ?
そういうところも相まって、吹っ飛ばされた衝撃で崖から落ちてな。
下には川があったんだが、もちろん衝撃は地面と何も変わらない。
正直生きていたのはまぐれとしか思えない状況だったんだが、その川を流れた先で、そこの二人に拾われた。
年寄りの巳皇種はロフじい、若い凰蛇種の方がミーリィって名前、んで二人は師匠と弟子。
目が覚めた俺に何も言わずご飯を用意してくれて、体を見たらきちんと包帯がまかれていて、そんな身体は清潔なベッドの上に寝かされていた。
殺そうと思えば簡単に命を奪えた状況でも、なぜか俺は生きていたんだ。
その理由が知りたくてなのか、まるで夢でも見てるのか、とにかく状況説明が欲しくて二人にあほらしく問いかけたんだ。
『どうして助けてくれたのか』って。
そしたら、慌てた表情でこう返事が返ってきた。
『どうして言葉が通じるのか』って。」
そこで思い出し笑いを浮かべるルーク。
その表情を見て、少しだけ頬が熱くなる。
赤面し、うっとりとしたリューネは急いで首を横に振ると、彼の言葉の続きを予想し、声を返した。
「【対話】、ですか?」
「そう、ビックリだろ?
まさかそんな訳、とも思ったけどある意味納得してた、【対話】なんてスキル聞いた試しがなかったからな。
それが理由なのかって笑ったさ、なんせこれが事実なら俺たちは何のために戦ってきたのやらって。
...だけど結果は事実だった。
俺たちは無意味に余計な血を流してたんだ。
そう気付いたのは、ゆっくり落ち着いて二人と話をした後だった。」
落ち着きを取り戻すかのように手を揉んだり擦ったりして、仕草が激しさを増すルーク。
そんな彼を不安そうに見つめていたリューネの視線に気が付いて、瞬時に微笑みを返してくれた。
「ま、今では納得してるんだけどな。
つまり、悪い人原亜種がいるように、悪い妖原亜種がいるだけだ、と。
その関係から言うとここにいる連中は、人原亜種で言うところの善人たちばかりという訳。
彼らにもしっかりと自我がある、それも俺たち人原亜種と何一つ変わらない自我が。
みんながみんな、戦いを求めているわけじゃない、もちろんそういったやつが0だとは言わないけど、少なくともその多くは自分たちが暮らす場所を脅かされた者達の集まりという事。
そうやって自分たちが生きる場所を求めては勇気を振り絞り近づいて、何も知らない我々が問答無用に虐殺する。
全く持って愚かだよ、そんな俺も最初はやらなきゃ殺されると思っていたんだから。
考えたくはないけど、そう思ってたがゆえに戦っていた時も彼らの声が聞こえなかったんだろう、正気を保てず。
でも、彼ら二人と意思疎通ができた。
そして、妖原亜種は悪だとする間違った考えに終止符を打つことができた。
あの時は何もかもが驚きだった、と同時に正直、この力をくれた神には感謝してる。
まぁスキルが神からの贈り物だという汎神論はさておき、最初から俺は無意味な命を奪うことがあまり好きじゃなかったんだろうなって思ってな。
もちろんやられるならやるまでだけど、そうじゃないなら共存の道も歩めるんじゃないか、そう思って仕方なくてな。
結局二人の元で全快し、国に戻ったことで結果、英雄扱い。
なんでも俺が帰った段階で一切妖原亜種の存在を見なくなったからって最後の最後まで戦い抜いた戦士として崇め奉られそうになったよ。
欲しいものは何でもくれてやると...でも、正直心境的にあまり嬉しくはなかった。
だから願いとして、この件に関してはかなり噛み砕いた形で流布し人徳を得るためだけに利用して、後は主戦部隊から外してもらうことに使ったんだ。
妖原亜種との戦闘は避けることを第一に考えて。
けど、この国で暮らしている以上、妖原亜種は悪だと考える勢力には逆らうことができない。
そこで、こうやって妖原亜種たちが暮らす隠れがみたいなのを創ったって訳だ。
正直、妖原亜種及び獣交種に関して、極端とも思えるほど嫌悪感を示し差別する、あの国の方針はどうかしてると思っている。
でもやっぱ、俺一人じゃどうしようもないんだよな。
もちろん考えはある。
【リバーレオン王国】にいる両親を残して旅立つことはできないから、そことの兼ね合いがうまくいけば他大陸に移り住む予定だ。
あと金が貯まれば。」
そう言った彼は改めて朗らかな微笑みを浮かべた。
両親も大事だし、ここの妖原亜種たちも大事だし。
そこで周囲の光景に目を移したリューネは、今更ながら先程デューラという名前しか聞き取れなかった彼ときちんと会話していたんだなと思い出した。
そして辺りを見回して、例の巳皇種と凰蛇種へと視線を移す。
水浴びをしているミーリィを、隣で舟を漕ぎながらも見守っているロフじい。
そんな二人の様子が、自分と父親を思い出させ、目まぐるしく回る思考は自分の両親へと移った。
抱えている過去なら自分にもある。
しかしここで話してしまっていいのだろうかと、踏みとどまることを数度繰り返した。
色々と話してくれていい雰囲気になっていることは確かだからこそ、ここで自分も話をするべきなのでは。
いやでも、これ以上負担をかけたくはないからこそ話すべきじゃないのでは、とあれやこれや考えを巡らせて、結局は何も喋れない。
そんな二人の間を切り裂くのは、ちょうどいいタイミングで声をかけてきたデューラだ。
「まだ考えているのか、ルーク。」
「あ、あぁ。
まだ話すことができなくてな。
前にも話したけど、うちの親父は騎士団出身だからな。」
「何を恐れている、お前自身の意志だろう。」
「そうもいかないんだよ。
まぁその通りなのは事実なんだけどな。」
ルークが何を話しているのかはきちんと理解できるのだが、デューラさんとやらが何を話しているのかはさっぱりとわからない。
何やら不思議な光景を見せられている気分だが、それでもルークのみの返答で内容がそれなりに理解はできた。
そんな二人のやり取りと何となくで眺めていたら、次はどうやら自分の話題で話をしていることに気が付くリューネ。
だからこそ聞き漏らさないように、しっかりと耳を澄ませてみる。
「お嬢ちゃんの名前は?」
「リューネだ。」
「リューネちゃんか。
奴隷なのか?」
「いや、獣交種だ。」
「それは、また厄介な問題を抱えたな。」
「お前らがいるんだ、一人二人くらいは大丈夫だろ。」
「違いないな。」
その後二人は笑い声をあげた。
空気を読んでリューネも苦笑いを返してみる。
するとデューラがまたもや同じウィンクをしてくれた。
その様子に、完全に悪い人じゃないことを悟ったリューネは、一つ疑問を浮かべる。
「そういえばルーク様。
この方...デューラ様は、人類種ではないのですか?」
「あぁ、こいつはな。
こう見えて巨呈種なんだ。」
「え、えええええ!!!???」
か弱い少女にしては余程驚いたのか、ルークもびっくりするほどの大声を上げる。
しかし、まぁ仕方ないかとも思えた。
そんな彼女の目の前で、偉そうにしているこの武人は、巨人たちの総称巨呈種。
種族の階級では上位種に部類される、強者なのである。




