主人公、従者にて
~謀反の従者、主人にて~
いつも通りに飯を食う。
同じメンバー、同じ食堂、同じ飯。
だがそんな日常も悪くない。
汗水流して働いた後の食事とはどうしてこんなにも格別なのだろう。
そして賑わいながらも落ち着いた周囲の雰囲気。
ここに酒があれば言うことなしなのだが、と皆も思っていることだろう。
だが現実はそんなに甘くはない。
何せここは騎士団の食堂なのだから。
...何を守る騎士団か、それはもちろんこの王国から国王陛下、そしてお偉い王族と貴族の皆々様である。
そう我々はここ、【リバーレオン王国】の王国騎士団。
弱気を助け強きをくじき、この国の平和と秩序を守る者。
という建前で少しの正義感を抱く、ただの平和主義者の集まりだ。
平和主義とは、王国の?それとも住民の?
いや、ここで言う平和とは、特にありもしない忠誠心に乗っかり優遇された賃金を得て、衣食住の保証された仕事をこなし自分の生活が豊かになることを願っているという自分勝手なものだ。
なんと腑抜けた集団か、なんと良い身分だ事、などよく言われているのも事実であるが、そうは言っても騎士は騎士。
この職を得るためにはそれなりの訓練も学識も当然必要で、誰彼構わずなれるというわけでもない。
いうなればそこそこのエリート集団ということだ。
血の滲む努力を怠らず、汗や涙も幾度となく流してきた、そして掴み取ったものがこの王国騎士団という職なのである。
それはもちろん仕事となれば命も懸けるし、これまでこの王国の危機を救ってきたという実績も残してきた。
だからこそ文句の一つや二つ、聞こえてきたとしても表立って潰そうなどど考える輩は存在しない。
仮にそういう輩がいたとして、それは国の長を守る存在を消しかける事に繋がるため国家反逆罪となり極刑に処される。
そして大概そういうことを考えるお貴族さんも、我ら王国騎士団に守られているからゆえ下手に手出しはできない。
もちろん戦う舞台が違うのだ。
頭を使う貴族たちの政治に関しては学識でいくらか勉強する程度であるが、こちらの本分は腕っぷし。
討論の場でやいのやいのやっている彼らに負ける者など存在しているはずがない。
それなりの自由と身の安全など色々なものから守られている、それがこの【リバーレオン王国】の王国騎士団なのだ。
一応はきちんと国民に寄り添い、命がけで皆を守っている。
そんな奴らが任務を疎かにして酒など飲めるか?
答えは...イエス。
そう飲めるのだ。
だからこそここには数人の夜勤団員しかいない。
他のメンバーはその通り。
呑気に酒を飲むため夜の街まで繰り出していったさ。
「はぁ、くそ。」
夜勤で働く予定の奴に代わりを任された、本来夜勤で働く予定のない奴、ルーク・アプリュピトは周囲に遠慮せず、一人ため息をこぼすのだった。
「残念だったなルーク。
聞いたところお前、夜勤明けらしいじゃねぇか。」
そう声をかけてくるのは数多くいる同期の中の一人、アスラーという大雑把な男。
歳は一つか二つくらい上らしいのだが、本人達ての希望よりその差を感じないよう接してくれと言われた、初期から仲良くしている仲間である。
彼は基本夜勤労働。
ここに就職した理由も皆と同じ楽目的のためだが、ルークと気が合ったのは結婚するつもりが一切ないというところ。
特に女性にトラウマがあるわけでもなければ、結婚というものを毛嫌いしているというわけでもない。
ただ働いた金は自分のために使うという分かりやすい性格と、趣味嗜好まで一致していることから仲のいい連中の中でもさらに仲のいい関係を築けていた。
そんな雑男の雑なちょっかいに雑な返事を返す。
「そうだよ、先週ようやく終わったと思ったのに。」
「また今週もか?」
「いや、今日だけだが。」
「なんだよ、それならいいじゃねぇか。」
「問題は日数じゃないんだよ。
人が入る予定だったところを入らされていることが精神的に疲れるんだよ。」
「まぁ、分からんでもないな。」
周囲の話し声を含めた環境音の一部となるくらいの声量で語る二人。
がしかし、怒りのパラメーターを可視化できるのであれば一人ずば抜けた数値を見せるであろう雰囲気を纏ったルークに対して、大雑把な男も流石に同情の念を送る。
「ま、でもいいじゃねぇか。
今日一日が終わったら明日から二日間休みだろ。
逆に俺はそれが羨ましいぜ。」
「まぁな。
それだけが唯一の救いだ。」
命がけで人を守る仕事をしているから、いつでも出動できるようにとの指示は働く前から受けていた。
だが、そういうことを了承のうえで、きちんと休みが用意されているというのも騎士団の良いところだった。
「その休みで、なにをしようかあれこれ考えを巡らせることで、今日の夜勤を乗り切るよ。」
「それはいいが警備を怠るなよ。
もちろん真面目に働けって意味じゃない、お前の身に何かあれば元も子もないからな。」
「はんッ、ありがとさん。
でも、城内警備だからな。」
「まぁ何かあるほうが珍しいしな...。
じゃ、俺はもう行くぜ。」
「おう、気を付けてな。」
早めに食事を済ませていたアスラーの持ち場は普通警備。
皆が暮らす王国全体の治安維持を図る、いうなれば街の警備隊だ。
だからこそ移動の時間を含め、一足先に出ていったアスラーに手を振りその背中に向かって一応手を拝んでおく。
騎士団の業務の内、やはり一番大変でそれなりの危険を伴うのは普通警備だからこそ、彼の安全を祈り...あとはほんの少しの冗談を込め、安全祈願を送ってやった。
そしてすぐに自分のご飯も食べ終え、食器を返すと業務の再開。
改めて職務中の自室へと戻り、汗水の原因である重い鎧を着こむと、持ち場へ向け足を進める。
後は警備と称した立ち仕事。
そのままの意味で、立ったまま時間が過ぎるのを待つだけ。
警備というからには何かしなければならないのかと思うかもしれないが、この王国において王城が一番安全なのは言うまでもない。
だからこそ本当に立ち仕事をしたまま、後は朝を待つだけ。
そうして今日も又、何事もなく一日の業務を終えていくのだった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
この世界には数多くの種族が存在している。
その種族はそれぞれ階級に当てはめられて危険度が決まっているのだが、何分多種族過ぎて全て述べるには気が引けてしまう。
まぁ説明が面倒なだけだが。
とにかく概要を説明すると、全ての命のことを全生命体と呼び、その中でも人類種や森召種、地槌種など人型の生き物については人原亜種と呼ばれている。
そしてそれ以外、人型でない生命体のことを妖原亜種という風に呼んでいる。
そんな彼ら、いや俺ら人類種も含めてなんだが、その階級が低い方から
低級種
中級種
上位種
覇劉種
超異種
神伽
という風に並べられていて、その中でも選りすぐりの奴らには亜王、そしてさらにその頂点に君臨するもの達を魔法の王、略して魔王などと呼んだりするそうだ。
ここが曖昧なのは仕方がない。
なんせそんな奴らが大勢の敵が住まう国に、のこのこと近づいてくるような阿保ではないからだ。
姿を見ることなどはそうそうない、まぁそんな奴らがホイホイ近づいてくるようなら、こっちとしても困るんだが。
賢く生き、その先で王へと至る、それは案外人原亜種も妖原亜種も変わらないところなのだろう。
そして皆も気が付いているだろうが、あえて人原亜種と妖原亜種という存在を別に紹介したのは、とある理由からである。
もちろん端的に分かりやすく、我々騎士団が存在する必要性が妖原亜種達から人原亜種と、人原亜種の住まう場所を守るためなのだ。
通常であれば初等教育で学ぶ範囲、これをおさらいした上でこの騎士団の業務について説明をしていくからよく聞いておくように。
まずは騎士団の業務内容としては5つ。
一つ目は主戦部隊。
これが先程述べた、王国周辺で妖原亜種が発見された場合に率先して対処しに向かう騎士団である。
また...あー、あんまり言うのは憚られるんだが妖原亜種だけじゃなく、人原亜種同士の戦争でさえ先導して戦わなければならない。
本当に、お偉いさん方は何を考えているんだか、って感じはするがな。
もちろん死ぬ確率は高くなる、そりゃ知性のある人原亜種同士で戦うんだから当然のことだ。
そしてまた当然のように、給料と退職後のあれこれに関しては他の部隊より保証はされてはいる。
最近ではめっきり人原亜種同士の争い事はなくなったから今が得っちゃあ得になるが、いつ駆り出されても文句は言えないのが俺たち騎士団の仕事だということをよく覚えておけ。
...まぁそうは言っても先陣を切るのが彼らだというだけで、一部隊を省いた他四部隊ももちろん戦場へは行かされるんだがな。
腕っぷしに自信があるやつや死ぬ気で金を稼ぎたい奴は進んで志願するように。
あぁ、後は手柄を立てれば当然名誉を授かることができ、その内容によっちゃ退役後に爵位を授かることもあるから、将来安泰に過ごせる希望にワンチャン...と思ってるやつもな。
ちなみにだが、毎年志願者が多いのはこの主戦部隊と今から説明する二つ目の部隊だ―――――
「出来る限り弱腰にさせるよう説明させてもらってるから怖いことを言ったが、戦争となれば他部隊も死ぬ可能性が平等に与えられているからあまり気を負うことなく、志願したい奴はすればいいさ。」
その声にまるで怯えた表情を浮かべていた総勢250名の新人騎士団員たちは、一転して安心したように一息吐いて胸をなでおろしている様子が伺えた。
ここは王国騎士団の新人研修室、その一番大きな講堂。
なぜこの場にてルークが話をさせられているのかというと、まぁ当然仕事だからである。
それなりの人望と実績、それなりの経験と学識を持っている打ってつけの人材だった彼は、今もこうして今年入団した新人への教育を行っているのだった。
任された仕事だからきちんとこなしてはいるのだが、正直言って辞退してやろうとも考えていた。
なんせこの仕事を押し付けてきた張本人が、三日前の勤務を放り投げ夜の街に消えていった直属のクソ上司だからである。
何でも「女を待たせてる。」とか言ってたなマジでぶっ〇してやろうか。
お世話になる前はかなり好印象の男だったのだが、一体どうしてしまったのだろうか。
どうしようもないと思う反面、確かにそいつからもさらに上の上司からも人徳のあるルークは、重ね重ねお願いされてしまい断れずに承諾してしまったのだ。
このことを思い出したのは例の代わりに勤務した夜勤の日。
おかげで休みはこの準備で消えてしまったのだからもう怒りは有頂天。
とは言ってもその上司が勤務をしながらも片手間で資料作成などを手伝ってくれて、そのおかげで彼を殺さなくて済んだよかったね。
そんなこんなで休んだ気のしない、仕事人ルークは今もこうやって新人研修の講演を続けていくのだった。
「それじゃ次の業務内容だが、二つ目は公安部隊というものだ。
民衆の安全を守り、この街の治安維持に努める事が業務となる部隊。
さっきも言ったがこの部隊も志願者がかなり多い、が先程の主戦部隊とは違い希望者は全員取ってくれるだろうから安心して志願するように。
特に言うことはないんだが、それぞれの担当区域に配属されその地区の取り締まりや、悪党どもから住人たちを守ってやることが必要とされている。
まぁ腕っぷしに自信がないやつはいないとは思うんだが、それよりも住民一人一人に寄り添ってやるというスキルが重要視されているという事をよく覚えておくように。
次、三つ目は公正部隊。
これは簡単にお偉いさんや俺たち騎士団の取り締まりを行う部隊だ。
自分たちの方が立場が上だとか、ふざけた理由で国民に横柄な態度をとるバカな騎士団やあれなお貴族さんらは、この人たちの厄介になるだろうから覚えておくように。
それと志願に関しては先の部隊とは少し違って、頭が必要になる。
もちろんお貴族さん達が行っている政治なんかにも精通しなければならないし、それなりの行政も知っておく必要があるからだ。
どの程度の知識量を必要とされているのかは今の俺からはなんとも言えない。
頭はいい方だ、と思うような奴はとりあえず受けとけばいいだろう。
受かってから入るかどうかを決めることもできるからな。
ちなみに正直腕っぷしにあまり自信がないやつは受けとけ。
で、縁がなければ諦めて、必死に自分を鍛え上げろ。
はい次、四つ目は近衛部隊だ。
これもわかりやすく国王陛下並びに王族の皆さまに仕え、身を呈しお偉い方を守護する部隊だ。
基本的には行幸の際の護衛と、常時城内の警備が該当する。
後はたまに...いや結構な頻度で貴族の方の護衛も任される時があるな。
まぁどちらにせよ、お偉いさんを守るためどの部隊に比べても優れた力量、技量、忠誠心、向上心、あとは鋭敏さが必要とされるから自信のある者だけ受けるように。
楽ではあるがいつも気を張っていなければならない、ある意味一番疲れる仕事で一番やりがいのある仕事だな。
そして最後に調整員だ。
ここは騎士団の頭脳と言えばわかりやすいだろう。
経費管理や情報収集、連絡事項や物資の調達などを大まかに取り扱う部署で、体を動かすってよりは6対4で事務作業の方が多いかもしれないところだ。
もちろん簿記に読み書きなどある程度の学識面も必要だが、情報収集や戦場での物資調達は自力で行うため身体能力も必要とされる。
公正部隊も頭が必要だが、それとはまた違った能力値が求められる...だが基本は机に向かって事務作業になるから一番楽かもしれないな。
いい表現をすると、地味でコツコツ同じ作業をすることが好きな奴はここが似合っていると思う。
だが繰り返し言うけど公正部隊よりは体力面も重視されるから、日々の鍛錬を怠れるわけではないことも十分把握しておくように。
さ、以上で一通りの業務内容についての説明は終わる。
何か質問があるやつはいるか?」
久しぶりに長々喋ったことでどうやら喉が掠れてしまったようだ。
緊張でもしていたのだろうかと、唾液を飲み込んだ喉が少しズキッと痛む事をよそに、読み終えたことによる達成感を感じ取ったルークは一人満足そうに微笑んだ。
そしてそのまま時間は質問へと移行する。
250人もいれば数人から1つや2つくらい疑問が飛んでくるだろう、とも思ったがやはりこんな大勢の前での発言はある意味勇者なのだろうか。
その想いを事実とするかのように講堂は静寂に包まれる。
こちらも暇ではない、ということで1往復だけ首を左右に振って皆の様子を流し見し、早々に話を終えるよう準備に取り掛かった。
「じゃあ俺からの説明は以上。
ここにいる皆の入団を心から祝福している、日々精進してくれ。」
少し偉そうかなとも思ったが、これくらい気取ったセリフの方が実際偉そうに見え、なめられることがなくなるぞとのお達しを得ていたため堂々と発言したルーク。
それゆえ気取ったようにセリフを吐き、後のことは別の指導員が頑張ってくれるだろうと雑なパスを出して、速攻袖へと立ち去る。
拍手が鳴り響く中、退場というのは少し気持ちがいいものだ。
何人の者がしっかりと話を聞いてくれいたのかどうかは知らないが、それでもそれなりにやりがいを感じていたルークは満足そうに新人研修室を後にした。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
今日の業務は終了。
本当はこの後から明日まで同じように仕事が入っていたのだが、流石に色々押し付けてくれやがった責任は果たしてくれるらしく、クソ上司が代役となってくれたのだ。
何と清々しい気分か。
昼過ぎすぐで終わる仕事、そのために職場へと赴いては早々に退勤し、人が働き行き交う大通りをドシドシと歩く事が癖になりそうなルークはさらに満足そうな笑みを浮かべる。
自分も重労働をしている身分であるからこそよくわかるこの気持ち。
いっそのことこの時間から酒でも飲んでやろうかと意気込みながら賑わう街中を歩いては、とある目的地へ向かっていた。
「っと、その前に。」
途中の屋台通りで足を止め、いつも通りの店で甘い菓子と安いパンを買うため立ち止まる。
「チヨばぁ、いつも通りのを。」
「おぉルークか、仕事は終わったんかえ。」
「たった今。」
「いい御身分だねぇ、こんな昼間に終わるだなんて。
ま、それだけこの国が安全ってことかのう、ほれちょっと待っとれ。」
そう言って準備しているらしい袋を取り出そうとしているこのしわくちゃな婆さんは、チヨさん。
うちの実家のすぐ隣、仲もよく新婚というわけではないがそれと近しいほど未だにラブラブな夫婦の母方の祖母だ。
小さい頃はその家に住んでいて、良く可愛がってくれていたのだが、今は家を離れこの大通りの近くで暮らしているらしい。
理由は聞いていないのだが、趣味の菓子作りと露店をやっているということは、もう好きに余生を謳歌しているという状況なのだろう。
そして小さなころからチヨばぁの作る菓子で育ったといっても過言ではないほどそれの虜になっているため、今でもこうやって夜勤以外の日は必ず買いに来ているのだ。
チヨばぁにはもっと長生きしてもらわないと困る。
まぁ他の理由もあることはあるのだが、それは目的地に着いてからのお楽しみ。
そんなこんなで間もなくチヨばぁが例の品を持ち出してきてくれた。
「ほらよ、500ヴェ―ルだ。」
「はい丁度。」
「これもおまけしとくわ、持ってきな。」
「あー悪いね、どうも。」
「いんさね、わしが食わしたいと思っとるだけなんやから。」
そう言って差し出してくれるのは新発売したらしい初めて見るパン。
かなり大きめのもので中には4種類のクリームが入っているらしい。
嬉しい誤算だ、なんせ甘いものは大好きなのだから。
しかしこの年になっても未だ開発心と向上心を忘れることのないチヨばぁには、騎士団に属すルークもさすがの脱帽だった。
それも、この嬉しそうに笑う顔はまだまだ色んなものを作ろうと考えてるときの顔だ。
いつも通りその微笑みを受け取ったルークも一緒に笑みをこぼす。
そしてありがたく頂戴し同じ袋に入れると、「また来るよ。」と同じ一言を返し、その場所とあとにした。
「またいつでもおいで。」
本当に好きな瞬間だ、それは鼻孔をくすぐる匂いからもわかるだろう。
そして何より腹を満たすため、チヨばぁには長生きをしてもらわないといけない。
そのためにも?日のように買いに来ては、新商品開発という人生の楽しみを抱き続けてもらおうと、心のなかで決意した。
そんな幸せな空間に別れを告げ、少し暖かい袋を抱えて目的地へと足向け歩き出す。
周囲の喧騒もまだ騒がしい。
行き交う人の群れに押しつぶされそうになりながら、チヨばぁに向けたものとは違った苦笑いを浮かべると、早々に乗り切るため少しだけ早歩きを始める。
「おいそこのガキ、待ちやがれッ!?」
とそんな幸せが満ちる空間の中、その雰囲気を台無しにするかのような怒号が周囲に鳴り響いた。
苦笑いをしていたルークもその刹那、仕事モードの騎士へと表情を変え、その場所へと走って向かう。
この仕事をそれなりに経験しているルークには、その正体がすでにわかっていた。
どうせ露店の商品を盗んだ輩がいるのだろう、と。
ともすれば必要とされるのは我らが騎士団。
面倒だなとは思いながらも一応は金をもらっている立場ゆえ、あとはこの露店には知り合いの店が多くあるから、彼らの思いも一緒に背負って別の目的地へと赴いた。
「どうした、おっさん。」
「あん?
あールークか、ちょうどよかった。
このボロ頭巾を被ったガキが、俺の商品を盗んだんだ。」
気軽におっさんと声をかけることから皆も気づいただろうが、やはり顔なじみの店主が切り盛りする屋台が被害にあっていた。
そのおっさんも、ルークが来ればもう安心と、やはり顔なじみの騎士に安堵の表情と怒りの表情が入り交じる顔を浮かべている。
そんな彼の先、視線が向かう場所でかなり体の小さそうな誰かさんが周囲の同業者に取り押さえられている光景が視界に映った。
ボロく着回した服を着た上に更にボロ布を羽織っている犯人。
その背丈からおそらく子供であることを察したのだろう、かなり小さく細身という印象を受けた。
とりあえず周囲に人だかりが出来すぎて、人の流れが混雑する兆候が見え始めたので、早々に預からせてもらうため犯人の元に駆け寄っていく。
するとその連中もルークが来れば安心だと、一人また一人と自分の店に戻っていってくれた。
そしてその流れに合わせるように客通りもすんなりと流れ始め、周囲には先程と同じ賑わいがすぐに広がり始める。
その様子を横目で確認したルークは、手っ取り早く引き取ってからの作戦を考えながら間もなく犯人の元へ詰め寄った。
悪いことをした自覚はあるのだろうか、逃げる様子もなければ抵抗することなく大人しそうにしている。
そんな盗人の隣で最後に残った店主と交代し、「頼んだぞ。」との一言をもらって例の犯人を拘束する。
警備隊の仕事終わり故、鎧は来ていなかったが捕具は所持していたことが功を奏した。
そしてそのまま被害者の店主に向かい直し、頭を下げさせる。
「じゃ、あとは任せたよ。」
「ああ、おっさん。
いくらだ?」
「いや、お前さんから金はせびらんよ。
その代わり、しっかり言って聞かせてくれ。」
「あぁ悪いな、じゃあ用心するように。」
「あい分かった。
また今度は普通に飯を食いに来いな。」
特に怒った様子もなく後のことを任せてくれたおっさんに感謝し、最後の言葉にうなずきを返してその場を去る。
全く面倒なことになってしまったが、まぁそれでも人のため。
特に正義感があるわけではないルークだが、今ある幸せな空間を維持向上し続けるのなら、と精一杯働いている実績がこの屋台街の住人によく知られている理由なのだ。
人徳とは善い行いをすれば自然とついてくるもの。
それを体現しているのが彼というわけ。
そんな気持ちに応えるべく今日も罪人を検挙。
というわけで少し行った先の小道に入り、その盗人と正面から向き合う。
まず初めに見た目に関してだが、遠目から観察した印象通りやせ細った体にかなり小さい体躯が目に移った。
続いて酷い匂いも。
そしてそやつが手に大事そうに抱えているのが、結局おっさんに返すことのなかった果物である。
例のおっさんの情報だが、昼間は屋台で果物を売り、夜はそれを使った食事処を展開している商売人。
そんな商売をしているやつが他人の、それも体の汚れている者が触ったものなど御客に提供できるわけもなく捨てるしかない故、まぁ一種の諦めと優しさというものか。
金も要らない、商品は邪魔になるから持っていけと外見を見てその判断をするくらいには、屋台街の連中は人がいいのだ。
だからこそそこで粗相を起こす奴のことは許せない。
普段から気だるそうにしているルークだが、自分の決めたことはしっかりと真面目に向き合う男なのだ。
そしてここで言う自分で決めたこととは、屋台街の雰囲気を壊したくないという事。
皆の想いと自分の決意を背負っている、ゆえに一発きつく言ってやろうと、子供相手であるが一切躊躇せずに怒ろうとして、その者のフードをめくった。
「あのなぁ...は?―――――」
これから怒鳴りつけてやろうと思っていたのだが、早速一言目から勢いを失ってしまい、逆にルークがたじろぐ番となってしまった。
ピョンっと可愛い擬音でもついているかのように、めくったフードから二つの猫耳が飛び出す。
それは獣人の総称、獣交種に見られる身体的特徴だった。
数多くいる獣交種の中でも猫舞種と呼ばれる種族。
全ての獣交種は特徴的な耳に尻尾を有していて、その違いによって獣交種の中で種族分けされていた。
そしてここでいう猫舞種とは当然猫耳。
その階級は低級種に属される人原亜種で、人類種と比べると身体能力がかなり高いとされている。
とまぁここまで語っておいて、なぜルークが驚いているのかという理由なのだが。
この国において、獣交種は過激な差別対象とされているからである。
どれくらいかというと、そもそも【リバーレオン王国】への入国は禁止とされているほどだ。
他の国では当然獣交種と人類種は一切の分け隔てのない関係が築かれているのだが、この国では違う。
【リバーレオン王国】をぐるっと一周する城壁で我々警備隊が入国審査をしているのは、獣交種を門前払いするためなのだ。
そして他国との商売にしても獣交種との取引は無し。
さらにもっとひどいところでは...
国内で存在が確認され次第、当人及び入国の手引きをしたものや匿ったものはこぞって、皆処刑と定められている。