キス禁止令
「わぁ! これふわふわで甘くておいしい~」
「でしょう? シーラの手作りなの」
アンジュはシュークリームを幸せそうに頬張っていた。
丸い大きな瞳をうっとりさせて、次のお菓子を吟味する。
「これは何ですか?」
「ショコラよ」
「しょこら? すごい黒いですけど、お菓子なんですか?」
「ふふ、食べてみなさい」
何たって私の一押しです。
「んん~! 溶けました~!」
将来の騎士様とは思えぬほど緩んだ顔をしています。
喜んでくれてよかった。
「そう言えばアンジュに渡したいものがあるの」
「えぇっ!? まだおもてなしされるんですか!?」
私はシーラから細長い小箱を受け取る。
「急ごしらえで悪いのだけれど」
テーブルの端にそっと小箱を置いた。
そう言えばアンジュに贈り物をするって初めてかもしれない。
なんだかちょっと照れくさいです。
「すごい……きれい……」
小箱の中のレースの飾り紐を見ると、途端にアンジュは大人しくなった。
「髪にも結えるし、薄いから服に挟んでてもいいし。お守り代わりにしてもらえたらと思って」
「リシリア様が編んでくださったんですか?」
「えぇ。アンジュの安全を願って」
一針一針気持ちを込めた。
アンジュの行く先で、アンジュが無事であること祈って。
「う、嬉しい……」
アンジュはその大きな瞳から、はらはらと涙を流した。
「アンジュ!?」
「絶対、絶対大事にしますっ」
「う、うん」
「あぁでも汚してしまうかも」
「そうしたら何度でも編むわ」
「リシリア様ぁ~!」
「もう、泣かないの」
「さっきまで甘かったのに、しょっぱいです~」
私は子犬のようなアンジュの頭を撫でた。
全く、可愛いのだから。
コンコンコン。
ノックの音がしてシーラが外へ出る。
「ほらアンジュ、お菓子はまだたくさんあるのよ?」
「ふぁい」
私はアンジュの涙をハンカチで拭いてやる。
しばらくするとシーラが戻ってきた。
「リシリア様。アルバート殿下がお呼びだそうです」
「急ぎでしょうか」
「用件までは。執事が外で待っております」
うーん、執事が取り次いでいるということは、何か公の呼び出しでしょうか。
「私待ってますから行ってきてください」
「そう?」
「今日はお泊りですからねっ。時間はたっぷりありますよ!」
それもそうか。
「ではシーラ、アンジュをお願いね。少し席を外します」
「承知いたしました」
「ごゆっくり!」
ゆっくりするつもりはありません。
私は廊下に出る。
「リシリア様、休日に申し訳ございません」
「いえ、大丈夫です」
ほんのわずかな距離を、執事についてアルバートの部屋に入る。
「殿下は居室でお待ちですので、そちらへ」
えぇ。
前室で執事付きとかがいいのですが。
「こちらではいけないのですか?」
「人には聞かせられない話ですので、念のため」
話し声が漏れたら困るということでしょうか。
「わかりました」
私は居室へ続く扉の前に立ちノックをする。
花の水路でのキス事件以来話していない。
皆の噂話はアルバートの耳にはどう伝わっているんだろうか。
やけに気恥ずかしい。
「入れ」
「失礼いたします」
アルバートはラフな格好で執務机にもたれていた。
その手には便箋が一枚握られていた。
「母上から手紙が来た」
「ザラ様から?」
「叔父上の処遇についてだ」
「フランシス先生の」
フランシス先生は昨年度いっぱいで学園を退職した。
生徒たちは何も知らないが、夜会でのことが原因であることは私たちには自明だった。
「母上の監視下で、一からやり直すそうだ」
「そうですか」
「母上は相当ご立腹なようだ。見るか?」
そう言って封筒を差し出すアルバート。
「いいえ。やめておきます」
私はもう怒ってないし、本当は懲罰だって望んでいない。
でもやはり、王族には王族のけじめがあったのだと思う。
「ではこれは処分しておこう」
「はい。ザラ様にはご迷惑をおかけいたしました」
「それはこちらの台詞だ」
アルバートは手紙を執務机に置くと私に近付いた。
「あ、あの! 今日はアンジュが来ているので、失礼いたします」
「なんだ、そうなのか」
「はい」
「お泊り会か?」
アルバートの手が私の顎にかかる。
否が応でも目が合う。
「は、はい」
「私の希望はまだ叶えてもらっていないのに、羨ましいことだな」
「それは……ちょっと」
「仕方ない。キスで我慢しよう」
!!
「それも! ちょっと!」
「なに?」
「キスはしばらく禁止にします!」
呆気にとられるアルバートをぐいっと押し返した。
「なぜだ」
なぜってわかるでしょう!
だいたい最近会うたびに安易にキスしすぎだったのですよ!
「慎みを! 持とうかと!」
「は?」
アルバートは眉をひそめた。
あぁ、そんな目で見ないでください。
「何を企んでいる」
「企んでなどおりません」
「しばらくとはいつまでだ」
「しばらくとはしばらくです!」
私の剣幕にアルバートは少しひるんだ。
よし、いける。押し切れる。
「よろしいですね?」
「あ、あぁ、いや――」
「ご理解くださって嬉しいです」
「嬉しいのか?」
「ではアンジュを待たせているので失礼します」
「おい、リシリア」
私はアルバートが頭を回す前にさっさと部屋を出た。




