女騎士
「ただいま~」
「アン! 帰ってきた!」
アンジュは濡れ髪にタオルを押し当てながら部屋へ入ってきた。
「えぇっと、リシリア様の幻が見えるのですが」
「本物よ。今から例の噂について聞くとこ!」
いやいや、話しませんよ!?
「アンジュ、今日はお願いがあって来たのだけど、何だかそれどころじゃないっていうか」
キスを見られていた件とか、貴女が騎士団に入ってる件とか。
ちょっと情報量過多なんですが。
「やっぱりキスの噂は本当だったんですって!」
ナナが興奮気味に言うと、アンジュは冷めた顔で言った。
「知ってますよ。私見ましたもん」
見たの!?
「アン、さっきそんなこと言ってなかったじゃない」
「本人がいなところでコソコソ言うのはどうかと思って」
アンジュ。良い子に育ちましたね。
涙が出そうですよ。
「どこで見たの!?」
ラッタが食い気味に聞く。
「訓練場の見張り台から。そりゃもうばっちりと」
そんなところからも見えるのですか!?
視力良いですね!?
「リシリア様」
恥ずかしさのあまり座り込む私に、アンジュはしゃがんで視線を合わせた。
石鹸の香りがふわりと香る。
「は、はい」
「時と場所はわきまえられた方がいいですよ」
「ごめんなさい」
アンジュに怒られた。辛い。
「あ、あなたこそ! 騎士団って何!?」
「聞いちゃいました?」
「どういうことなの」
「えーと。あ! 馬です」
なにその今思いついたような顔。
「夏期講習で乗馬をやったじゃないですか。それで馬にハマってしまって。馬に乗れる科目が騎士団だけだったんです」
「で、でも、危険じゃない。剣技なんて」
「リシリア様は私を淑女にしたがってたからなかなか言えなくて。ごめんなさい」
「いえ、謝ることではないのだけれど」
ノースリーブから覗く二の腕が、なんだかたくましい様な。
「じゃあ行きましょっか!」
「え?」
「用事があるんですよね。ここじゃあラッタとナナがうるさいし」
「えぇ~アンだけずるくない?」
「私たちも聞きたいっ」
「リシリア様は殿下とのプライベートを話すような口の軽い女性じゃありません〜」
あぁ、何て頼もしいのでしょう。
かすかに女騎士の片鱗が見えますよ。
「立てます?」
「え、えぇ」
私はアンジュに連れられて外へ出た。
庶民棟の裏手は小高い丘になっている。
「リシリア様、登りましょうか」
「えぇっ」
「馬出しますから待っててください」
「私、乗れないわよ」
「あはは! 私が乗せますよ。今からなら夕日に間に合います」
お、男前!!
私はアンジュに馬に乗せてもらう。
視線がぐっと上がると景色が違って見える。
風が吹くと、小高い丘の短い草が波のように揺れた。
「さ、着きました。このあたりで」
アンジュは私を下ろすと地面にハンカチを敷いてくれた。
「ありがとう。アンジュったらすごいわね。いつの間にか教えることもなくなって、それどころか私の知らないところでどんどん進んでいく」
嬉しいような、少し寂しいような。
「えぇ? そんなのお互い様じゃないですか。リシリア様、ちょっと会わなかっただけなのにすごくキレイになりました」
「侍女がついたのよ。シーラっていうのだけれど。彼女のおかげだわ」
「またまた。私はリシリア様が努力家だってことよく知ってます」
「ふふ、アンジュこそ」
夕日が地平線に近づく。
オレンジ色の大きなそれは、じわじわと光を放っていた。
「リシリア様、私さっき嘘をつきました」
「嘘?」
「騎士団を専攻したの、馬が理由じゃないです」
「そう」
アンジュは遠い目をしていた。
「ここを卒業したら、リシリア様は王宮に、私は実家に帰るでしょう? そうしたら2度と会えないじゃないですか」
「それは……」
寂しすぎて認めたくはないけれど、きっとそうだろう。
「でもひとつだけ、見つけたんです。騎士団は平民の募集もある。そこで結果を残せば、いつかリシリア様のもとにいけるかもって」
「私のために!?」
「それに、もしリシリア様のおそばに行けなくても、リシリア様が王妃をしているこの国の、どこかを守ってるって思ったら、それはとても意味のあることかなって」
アンジュは私の手の届かないところで未来を決めたのだ。
それについて私が何かを言う資格はない。
「あと、夜会でのことも大きいです」
アンジュは顔を曇らせた。
「あの時はたまたま助けられましたけど、もしあの男が剣を持っていたら……。あとからそう考えると怖くなりました」
マメだらけの小さな手をアンジュはじっと見つめた。
私は思わずアンジュを抱きしめる。
「ごめんなさい。怖い思いをさせました」
「いえ、リシリア様を失うかと思って怖かったのです」
「大丈夫よ」
「そう言えますか? 王妃というお立場は、それほどまでに重いでしょう?」
アンジュの真摯な声が私の胸に染みる。
「貴女の言うとおりだわ」
今は学園という安全な場所にいるけれど、ここを出たらそうはいかない。
いつも侍女がそばにいて、外へ行こうものなら常に護衛がついて回る。
本当に王妃になりたいのなら、私はその自覚を持たなくてはいけない。
私はすっとアンジュから身体を離す。
アンジュは進む道を決めたのだ。
私もしっかりしないといけない。
「心配をかけますね」
私はただ微笑んだ。
するとアンジュはいつものように、にこっと笑った。
「案外楽しいです。馬に乗るのも、剣を振るのも!」
「頼りにしています」
「はい!」
私たちは沈む夕日を見ながら笑った。
「あ、そう言えば、リシリア様の御用って何ですか?」
あぁ、忘れていました。




